千姉妹

登場人物一覧

　沸騰していた世界に一滴の悪夢をこぼす、溢れんばかりに昂った『父』が夢を視ていた。方舟に倣って不要を還してから幾度目かの横たわりに溺れる。
　永久の粒が、種が、萌える事を望まれて、星となる。
　――アウトサイダーが鏡面、マトモな姿を魅せるなんて。
　兄弟、姉妹に頭を下げてくれ……。

　血液の流れを逆転させる事は出来ないのだとある種、神様の群れは吐き散らかした。それ故に現実は運命と偶然の螺旋で出来ており、それを三文字に治めた人こそが賢いものと謂えるだろう。只管と浪費する今だけを脳髄に置き、しわくちゃにもしない滑稽さがなんとも、私には愚かに想えてならない。結論付ける前にひとつ改めて終いたいのだが、果たして私は何に祈るべきなのか。神も佛も存在しないのだと周囲の連中は嗤うが、異厭、そんな莫迦げた無真はありえまい。事実、私の目と鼻の先には最も美しい偶像が聳えているのだから。いいや、正確に書き記すとしたら、愈々、人間大のシルエットか。絡み付くような慈愛に晒されての朦朧、これぞ、おそらくは菩薩の仕草と考えられよう。そうとも、たとえ世界が混沌で、私が悪質な召喚に侵された者だとしても――この、心からの五体投地は阻めないのだ。知っての通り、私は再現性東京――再現性アーカムで暮らしている。何故かと問われたならば此処のアイスクリームが故郷の味に近いからだ。特に濃厚なバニラ感は私の舌を躍らせてくれている。おっと、他愛もない話に逸れてしまうところだった。さて、私の信ずる存在の貌を沿って往こうではないか。インスタントに喰えるものではない故、まあ、あついミルク・コーヒーでも飲みながら、ゆっくり、ゆっくり……。
　そもそも人類に必要なのは己で進む意志、意思ではないと私は此処に提示する。勿論、反対意見は多い事だろう。ケイオス・ハウスの連中も如何してか私を排除しようと企てていた。あんな場所なんぞは此方から願い下げだと謂うのに、まったく、度し難いの一言に尽きる。ゴホン。私はアカシックレコードと呼ばれるものを一度認めた事が在るのだ。我々人類の前には不可視の壁が立しており、ただ、決して壁は絶対の代物ではない事を証明せねばならない程度か。聞いた事はないか？　次元とは高次元の断面に過ぎないのだと……。悪魔の証明？　よろしい。では、臭いで、音で、くされた肉の欠片で、反芻するのがただしい。意識をよぉく、よぉく、明確に、鮮明にするのだ。玉座に相応しいダイモーンが宇宙色の貌を晒している。もしや忘れてしまったのか、積もりに積もった雪には、足跡など残らない……。
　……私は召喚される前、ただの傲慢な、強欲な一国の王だった。故にこそ、あの獣の在り方について、グロテスクさについて理解している。根底から傾斜しているのだ。世界の均衡を維持する為に生じたのだと、殺される事にも慣れたのだと、そんな戯言をこぼしていたのを記憶している。或いは、私自身が如何しようもないほどに発狂しているのか……なに？　オマエはその通り正気ではない？　王だなんて滅茶苦茶なデタラメを……？　そう笑い飛ばすのは勝手だが足元を掬われないように注意しろよ。
　――頭が転がっている。
　この頭が何か疑問に思っているのか。答えは視たまんま、私が過去に何度も何度も落とされた『頭』だ。石のように硬いだろう。つまり、後の祭りと謂うワケだ。ひどくナンセンスで、虚無的な、永遠を求めて、縋って、栄える事に盲目だった時の名残だ。阿呆な、白痴な結末だろう？　神は、佛は、存在は、ボコボコと娘を孕んでいると謂うのに――！　無自覚だからこその特権だと？　ヘイローやかましい。

　妙な奴に絡まれた。おそらくは旅人なのだろうが、言動がまったく正気とは思えない。偶像も何も『ない』と謂うのに神仏の類を懸命に、畏れるかのように語ってくれていたのだ。俺はきっと奴の騙りに中てられたのだろう。さて、もう少ししたらローレットの連中との顔合わせか。最近、家の周りでワンワン鬱陶しい犬、駆除の依頼の話し合いだが――先程から身体がむず痒くて仕方がない。掻かなければ、搔かなければ、がりがり、がりがりがりがり――？　ヤケに『角が立つ』な。内側からツルツルとした、硬質な……。
　捲れても剥がれても削っても、血潮には届かなかった。ちっぽけな、人間大のシルエットなんぞを、脳味噌なんて表現が出来る筈がない。あれが永劫からの使者で在れば良かった。あれが※※※※※で在れば良かった。こんな場所に溜まっているのは人の心の底からの妄想でしかない……！
　――ゴルゴー。
　――姉妹を連れてやってきた。
　――闇と霧と混沌、犬の真似事。

　なんだか知らない仔がいますね。
　迷子ですか？　※※※と一緒に来ます？
　あ、そうですか。北極星が観たいんですね。
　ええ、ええ、※※※に任せてください。
　――マイノグーラ！
　――嗚々、マイノグーラ……！