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君に歌を。俺には花を。
登場人物一覧
●花の女
美しいものが見てみたい。
足を運ぶ理由は、それだけで十分だった。
そこには
「カッカッカ! なるほど、この本全てが"そう"か。こりゃあ依頼がひっきりなしに来るのも頷けるな!」
図書館に並ぶ本棚には、ぎっしりと本が並んでいる。大判の分厚い図鑑から巷で流行りの薄い本とやらまで、陳列されている物の種類も多岐に渡るが、どれを取っても別の世界へ渡る鍵だというのだから世の中っていうのは面白い。想像の範疇を軽く超えて"事実は小説より奇なり"を五月雨のようにぶつけてくる。
(別世界に飛んでる間は、流石に"ヤツ"も追って来れねぇだろうし……逃げ回るにも丁度いいな)
一度くらいは試してみるか。そんな考えを巡らせていると、ほの甘い香りが窪んだ鼻を擽った。
それはまるで、優しさと切なさでふわりと包むような、あの花の――。
「ごきげんよう。初めて見る顔ね」
振り向いた先には黒い女が立っていた。神子らしき衣を纏いながらも、その色は神なる座に仕えるには黒く青く。
足元に至っては、何故かベルトが肉へ食い込むほど深く戒められている。
一目見て明らかに危険だと分かる風貌だが、それも何処かの異世界では一般的な装い……なのかもしれない。
「それとも暫く会わないうちに、装いを変えた人かしら?」
「装いを変えるノリで白骨化する奴って珍しくねえか?」
「ここは世界の坩堝ですわ。常識の尺度が違うなら、どんな姿も大抵のものは"当たり前"ですもの」
意地悪そうに女が小首を傾げてみせると、髪に絡みつくツルや花もさらりと揺れた。
聞き覚えのない声から判断したのだろう。手元に花束を抱えたまま、彼女はその場で小さく会釈する。
「初めまして、白骨の貴方。私は
「カッカッカ! そうか……
俺はボーン・リッチモンド。しがない骨野郎だが宜しくな!」
「動じませんのね? 意味に気付いた方は大体の場合、目を逸らしますのに」
まるで悪戯が失敗したといわんばかりに唇をへの字に曲げ、ボーンの顔を覗き込むロベリア。
それで言えば、動く白骨に恐れも見せず、落ちくぼんだ目の奥を真っすぐ見上げる女も珍しいのだが。
「"危険"は女の魅力のうちだろ。俺は名前の恐ろしさよりも、ロベリアちゃんの手元のソレが気になるけどな」
「まぁ! ボーンは花に興味がおあり?」
花全般に詳しいかと言われると、そうでもない。綺麗な花はただ"綺麗だ"と刹那の出会いに満足し、また新しい花を愛でる事もよくある話だ。
現に彼女が抱える花束も添え花からメインの花まで、どれも華やかに色づき、力強く咲いている。
ただ、たった一輪。
「それ」
白磁のように白い指先が示した花を、ロベリアは手折らぬようにそっと束から引き抜いた。
「ヒナゲシね。目が冴えるほどの綺麗な色。愛と悲しみに塗れた逸話を持つ花だけど、貴方が惹かれたのはどこかしら?」
表面的な美しさか、はたまた切ない花言葉か。
あるいはまだ、誰もしらない。
「超ヒミツ、って言ったら怒るか?」
「ふふ。面白い事を聞くのね。"秘密"は男の魅力のうちですもの」
ボーンが紡いだ甘い言葉を真似するように言葉を返して、彼女はヒナゲシの花を差し出した。
「差し上げますわ。この子もきっと喜ぶでしょう」
女性的な細く繊細な指と、骨の指が絡み合う。
手渡された一輪をフードの隙間に刺し込んでから、ボーンは指輪をはめた手で宙を撫でるように指先を踊らせた。
刹那。手元に青白い虚ろなる輝きを帯びた光が集まり、ひとつの姿を成していく。
――エーテリック・オーケストリオン『Etheric O』
「気前のいいロベリアちゃんに、出会いの記念ってやつも兼ねてな」
零体のヴァイオリンがクリアな音色を空間へと響かせる。
図書館ではお静かに! それは誰しも共通で持つマナーだが、ここは特異運命座標に図書館のようだと観測されたたがゆえに、そう呼ばれた場所にすぎない。
何より響き渡る音の波は、止めるには惜しいほど心揺さぶる熱を持ち――長い耳を揺らすロベリアの表情は、とろけるような甘い微笑みに変わっていた。
君に歌を。俺には花を。そして出会いは幕を開け、新たな運命の歯車が噛み合い動き出した。
●閑話休題
「――ところで、依頼を受けに来たのではありませんの?」
「っと! そうだった。ロベリアちゃん困りごとねェか? 何でも受けるぜ」
「それではこちらをお願いしますわ。救って来てくださいね、ゴリラを」
「カッカッカ! 任せとけ、ゴリ……、何だって?」