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この強がりは、決して折れない

登場人物一覧

コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)
慈悪の天秤
コルネリア=フライフォーゲルの関係者
→ イラスト

『見てみたいから言ったんだ。髪を伸ばした姿も、きっと似合うんだろうから』

 ふと、思い出す。
 優男の様でいて、存外に硬くなってる指の皮は、得物を繰る過程で出来上がった経験の証。
 傷つけたくないと、優しく、ゆっくりと梳いてくれるその手が、アタシは嫌いでは無かった。
 素直になれなかった自分は、やって欲しいなんて言えずに、彼がそうしてくれることを期待しながら見つめるのが限度。
 借りた部屋、ベッドに腰掛けている彼の隣に座り、その肩に頭を預ける。言葉にはせず甘える其れが、何時しか偶にある触れ合いの一つとなる。
 毎日のルーチンとは成らず。
 どちらかが甘い声で寄ることも無い。
 気紛れに訪れる蜜月の一時は、未だに誰かを殺めるのに抵抗があったアタシが、まだこの世界で温もりに触れて良いのだと教えてくれる、大事な時間であったのだ。

 何時だったろうか。
 シャワーから上がった彼が、アタシが咥え吸っていた煙草の火で、同じく咥えていた自分の煙草に火を移し、言う。
『偶には伸ばさないのかい、其れ』
 最初はなんの事だか分からなかった、主語が無いんだもの。時折、こういう問いかけをしてくるから、止めなさいって言っているのに聞きやしない。
「なにを」と、聞いてやれば、笑いながら手をアタシの頭に載せて撫でる。
『髪』
 流石に此処までされれば分かるけど、怒るとわかってからかわれてるのだから、アタシは眉を顰めて不貞腐れてしまうのだ。触れてもらえて満更でもない癖に。
 突然なんだと思いながら、ショートスタイルで整えている自らの髪を弄る。
 この髪型で居るのも、動きやすく仕事しやすい位の理由であったのだが、伸ばすことを考えなかった訳では無い。
 育ての親であるシスターを想えば、あのロングヘアになるのも悪くないと、心の何処かで憧憬を抱いていたのだから。
「今のアタシには飽きた?」
『そういう訳じゃないよ』
 分かってる。ただの意地悪だ。
 好きな子を困らせたいが故の、子供みたいな駄々。
『見てみたいから言ったんだ。髪を伸ばした姿も、きっと似合うんだろうから』
 言われた時の自分がどんな顔していたのか、思い出しただけでも憎たらしいものであっただろう。
「気が向いたらね」
 そう、こう返したのだ。
 心内では割と乗り気で、手入れが面倒だとか何やら言いながらも、何処まで伸ばそうか、腰までなら数年かなんて、呑気に考えていたものである。
 数ヶ月後、似合うだろうと言ってくれた彼の額に銃口突きつけ、引き金を引くことになるなんて、知る由もなくね。

 意識が現実へと戻ってくる。
 なんてことない会話。思い出でさえ無い、薄れつつある記憶の残滓。
 しかしそれも、寄せて集めれば彼と自分を繋ぎ止める楔となる。振り払ってバラバラにしても、直ぐに集まって消えてくれない。
 なんて厄介なのだろう。
 なんて面倒なのだろう。
 終わった事で、これ以上あの人の手によって不幸な誰かが出なくなったというのに。
 覚悟を決めて臨み、自ら望んで決着をつけたのは間違いない。その筈なのに。
 アタシは今此処で、止まったままなのだ。
 信念の中で悩み、決める。
 目的を果たす為に歩く。
 気侭に、思うがままに生きる。
 特異運命座標達が各々、足を止めずに進む中で、取り残されてしまってると錯覚してしまう。
「はぁ……ダメね……酔ってるんだわ」
 酒に、では無い。
 不幸という強烈で不味い澱みに浸かってしまっている。
 切り替えようと、煙草を咥えて安物のオイルライターで火を灯す。
 揺れ動く紫煙が天井に向かって登る。ぼーっと眺めていれば、それなり煮詰まっていた脳内も少しは気が紛れてくれた。
 つまるところ、アタシの中で溜まっている膿は全て未練なのだ。
 元とは言え、恋人を手にかけてしまった後悔や、どうにか元に戻せないのか、有り得ない可能性を心の何処かで消せずに居たから。
「嫌い、嫌い……ね……」
『アンタなんて、嫌い! 嫌いなんだ!! お前はアタシの、敵だ……』
 脳裏に過ぎるは最後の応酬。感情と義務でぐちゃぐちゃになった心が痛かった。
 もうこの人に、誰も傷つけて欲しくない。
 自らにも向けた憤怒で悲しまないで欲しい。
 殺したくない。
 誰にも、この役目は譲りたくない。
 此処で撃たなきゃ、皆の頑張りを裏切ってしまう。
 あの場ではどうにかして任務を完遂させないといけないと、切れかけた理性が身体を動かした。
「嫌いになれる、ワケ無いじゃない……」
 絞りかすだとアイツは言った。だが、間違いなく、かつて自分の横に居てくれ男だったのだ。
 その手で攫ってくれたのなら、何処までも着いて行った。
 無意味でも、無価値でも関係無い。またあの時、共に過ごしたあの頃に戻れるのなら。
 だけど、そうはならなかった。
「だって、アンタ……出来ないでしょ」
 アタシの根幹。マチルダとスキーピオの想いを継ぎたいと生きているアタシを、
 自らに科した罪に逃げながら、生きていく事を選び苦しむアタシを、あいつは知っていた。
「何方かが苦しむって分かってたから、手を取れないって理解していたから」
 あの人達が生きた、この世界が消えるなんて認める訳にはいかない。
 知っていて、でもどうにもならない憤怒の中、アタシに殺される事を選んだのか。
 弱虫で、とんでもない屑だ。それでも。
「確かにアタシは
 愛していたんだわ」


 鏡を眺める。
 いつも通りの自分の顔。
 一箇所だけ違うのは、頬を掠る髪。
 首元ぐらいまでの長さであった灰髪は、腰の丈程までに届いていた。
「ふぅん、思ったより良いじゃない」
「……けどこれ、似合ってるのかしら。わ、わからねぇ……」
 誰かに聞いてみたい気持ちもあるが、前の方が良いとか言われたらどうしようか。ちょいちょいと弄るも、自分でも見慣れていないからか、納得より不安が勝ってしまう。
 練達の技術か、試しにとやってもらった付け毛は、想像以上に自然に見える。地毛も伸ばしつつ、現在の長さで調整出来ればと思う。
 自然に伸びるまで待つのも良かったが、アタシ自身の中で整理する為の何かが欲しかった。
 どれだけ心で自らを責めても、迷い、立ち止まったのだとしても、時は進む。
 世界は待ってくれない。
 悔いも未練も心に渦巻いたまま。
 何処までもアタシは弱い人間だけど。
 皆と肩を並べようと足掻くことだけは許して欲しい。
 この髪は、貴方が見たいと言ってくれたアタシで在り続ける証で。
 貴方が大嫌いだったこの世界の中で、これから先も迷い苦しみ、数多の後悔がアタシを襲っても、歩みは止めないという誓い強がりなのだ。

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