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登場人物一覧

ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子

「ぶいあーる、戦闘シミュレータ?」
「VR。Virtual Reality、仮想現実シミュレータのことだ。まぁ百聞は一見に如かず。あいつの紹介ってならまずいこともするまい。一つ、思うままに動いてみてくれや。痛覚フィードバックはあるが、喩え死のうが現実に命を取られることはない。気楽にやるといいさ」
「……誰が痛苦を受けることもなく、血も流さない、でも経験になるというのはなんとも不思議なものですね……ええ、でも、喜ばしいことです。では、早速お願いします」
「あいよ。それじゃあ、現場は山間の広場。半径おおよそ五十メートルってところか。見通しはよく、射線がよく通る。敵は山賊の大群。練度はそこそこだが、指示系統はそこまで整っていない想定だ。アンタは押し寄せる山賊共の進路、五十歩余り先で佇んでいる。百人はいそうな軍勢を前に、どう立ち向かうか――全てはアンタ次第だ。幸運を、ドラマ」
 男は呟いて、少女を、その現の夢の中――仮想現実の中へと送り出した。


 ところは超科学国家『練達』、そのある研究所。
 これは、技術の粋を集めたという仮想現実の産物に、少女――ドラマ・ゲツク(p3p000172)が挑むその一幕の話である。


 知人より紹介を受けた時は懐疑的だったが、シミュレータの出来は目を瞠るほどであった。
 ドラマの鼻腔を青い風の匂いが擽る。葉擦れの音に、草木が靡く音。
 仮想現実というのは、こうまで克明に現実を写し取るのか。
 ドラマは自分の状態を検分する。バイタルに問題なし。心拍、血圧、脈拍、いずれも正常。腰には鞘に収めた直剣、左手に魔導書。武装問題なし、戦闘行動に支障なし。
 確認し終えてすぐに前方より鬨の声。土を蹴立てる音が連なり、地を揺らすかのようだ。
 ドラマは視線をゆっくりと上げる。
「説明通りですね」
 このシミュレータのマイスターである男からの説明通りの状況であった。正に山賊と言った風体の男達が、粗雑な斧や短弓、錆びた剣を武器に駆け寄せてくる。
 以前ならば警戒すべき状況だったろう。ドラマの得手はあくまで後衛としての魔術行使。前衛なしで戦うには耐久力に疑問が残る。
 ――しかし、彼女はかの『蒼剣』――ローレットの立役者、レオン・ドナーツ・バルトロメイに師事することで変わった。あくまで得手が魔術であることは変わりないが、今となっては近接戦闘もこなすオールラウンダーとしての資質を備えるに到っている。蒼剣の的確な指導と、それを真摯に受け止め彼女が励んだ成果である。
 本と共に生き本と共に死ぬかに思われたビブリオフィリアが剣を持つに到った理由は、自衛の術を増やすためにのみにあらず、とは周知のことだったが――まあ、詳細は省こう。
「――では、始めましょうか」

 とにもかくにも。
 恋する乙女は、無敵なのだ。

 ドラマは左手の魔導書を指先で宙に押し上げた。
 魔導書は浮かび上がりくるりと回るなり、ひとりでに捲れてページを散らす。ページ諸共に周囲を衛星軌道で自律浮遊する魔導書をよそに、ドラマは剣を抜いた。『リトルブルー』。彼女のひたむきさを示すような蒼き直剣。
 冴え冴えとした青剣は、ドラマが魔力を注ぎ込むなり、彼女の魔力を束ねて蒼白く輝いた。
(まず、体勢を崩す)
 ドラマは紅い瞳を細め、左手を真っ直ぐ前に突き出した。口の中で転がした詠唱に従い、風の流れが収束する。無辜なる混沌にかつて在った、猛き力のひとひら――
 気圧変動、風量増幅、限定的天変地異。

 ドラマ・ゲツクは、それを『嵐の王』と呼んだ。

 ――ごうっ!!
 最早空気のひずみが可視化するほどに到った暴風嵐が、ドラマが手を伸ばした軌道上を薙ぎ倒した。打ち付ける雨は弾丸めいて、風は鎌鼬を孕み、軌道上にいる山賊達へ真っ向より吹き付ける!
「なんっ、」
「があっ?!」
「ぎゃあああああっ――!」
 直撃範囲にいた者は遙か後方に吹っ飛ばされた。それほどの風量。直撃を逸れたものも足を止めざるを得ない!
「野郎共! きっちり踏ん張りやがれ!!」
 鎌鼬による刃傷、暴風の猛威を受けての転倒、雨粒による視界不良。山賊らが浮き足立ち、頭領が活を入れるように叫んだ時には、ドラマは既に次の動作に移っている。
 ――一足飛びに、その、起こした嵐に飛び乗って。


「ンなぁっ……?!」
 誰もが驚愕した。ドラマは自らが巻き起こした『嵐の王』の暴威に乗り、その軽い身体で一足飛びに山賊共へ肉薄!
 その速度は正に風そのもの、あるいは嵐の王とは彼女自身のことであったか!
(初手で奪った注意に乗じる。剣は真っ直ぐに、)
 リトルブルーが蒼白く煌めく。ドラマは剣を両手でホールドし、決して離さぬままに風を蹴る。
 手近な一人に肉薄。慌てて武器を上げ構える、敵の錆びた剣の刃毀れすら見て取れるほどの近距離。
(刃を立てて、――迷いなく)
 教わった基本に忠実に、ドラマはリトルブルーを一閃。錆びた剣に叩き付けられた白蒼の剣閃が――キンッ、という甲高い金属音を立てて剣ごと山賊を断った。血が飛沫く。倒れ伏す敵の横を抜けて着地。
「が、ふっ」
「こ、このガキッ!」
「野郎共、囲め! なぶり殺しにしろ!」
(罵倒の語彙が単調ですね)
 言葉にせずに嘯きつつ、ドラマは四肢に魔力を満たした。体術だけでは彼女は前衛職の戦士に及ばない。――はずであった。
 言葉通りにドラマを囲むように位置取り、一斉に打ちかかってくる敵のその隙間をちらり、針のような視線で縫い通し――
 ドラマは跳ねた。
 まるで、蒼白い稲妻のように。
「はっ……?!」
「速すッ、ぎアッ?!」
 山賊らでは到底捉え得ぬ速度で、ドラマは彼らの隙間を縫い駆け、リトルブルーで次々と蒼白い斬撃の弧を描いた。一閃ごとに血が飛沫き、次々と山賊らは戦闘不能に追い込まれていく。
 元が本の虫だ。ドラマがたとえ少々鍛えたところで、瞬発力も筋力も十全には備わらない。それに対する解法はシンプルだ。身体に有り余る魔力を巡らせて不足を補えばよい。魔力による身体強化により、蒼剣の教えの一歩先を、彼女が自分の足で征くために編み出した魔技――これぞ魔力加速剣術、『蒼魔剣』!
「私一人も捉えられないようでは、廃業した方が賢明ですね」
「クソがっ!!  ちょこまかと動き回りやがって……!」
 瞬く間に十名ばかりの山賊達がドラマの白蒼剣の餌食となり血を散らして倒れる中、それでも果敢に数で圧倒せんと迫る山賊達。四方から襲いかかった四名の内三名を剣で打ち倒すドラマの背後より、
「取ったァ!! 死ねェ!」
 襲いかかった一人が――『何かに掴まれたように』動きを止めた。
「グッ、え……?!」
「剣だけだと思いましたか? ――お生憎様、です。私、かしこいので」
 正に、正に、男を掴んだのは不可視の『悪魔の腕』。ドラマの周りを舞う本のページから召喚されたそれが、常にドラマの死角を護っている。瞬く間に悪魔の腕に気力を根こそぎ吸い取られ、干からびたようになって倒れ臥す山賊を尻目に、ドラマは剣を青眼に構え直し、たじたじと後退する敵の残兵を向き直った。

「もう一山くらいないと盛り上がりません。……さあ、次に遊んでくれるのは誰ですか?」

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  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2019年12月18日
  • ・ドラマ・ゲツク(p3p000172

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