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IF//I missing you.

登場人物一覧

アレン・ローゼンバーグ(p3p010096)
茨の棘
アレン・ローゼンバーグの関係者
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 はぁ、と吐き出した吐息に滲むのは憂鬱ではなく、やや倦怠に塗れた恍惚だけ。
 どうせ死ぬなら綺麗に死にたいとは思っていたのだけれど。
(……こんな形で体験できるとは思わなかったな。花びらになって死ねるなんて、美しいね)
 花弁病と呼ばれるそれは、内側から身体を蝕んでいく呪いだ。吐く花は人それぞれらしく、アレンの場合は赤い薔薇だった。治療の方法も知ってはいるのだけれど、使うつもりもない。
 身体を起こすのもだるい。けれど無理矢理に動かして、窓の外を眺める。まっしろだ。空は雲に覆われていて、その先を見ようとすら思えない。
 無理矢理に身体を起こした反動だろう、こほ、と咳き込めば。ぽろ、と赤い薔薇が溢れていく。
 アレンの口から吐き出されたのは赤い花びら。薔薇の花弁。口元はまるで吐血したかのような汚れ具合だけれど不思議なことに痛みはない。
 吐き出した花弁は内側――つまるところは臓器なのだという。
(花弁に変わりゆく臓器がこうして吐き出されているのかな? まるで自分の肉体が少しずつ崩れていくみたいだね)
 他人事のように花びらを掬っては、ふふと笑みが溢れる。それくらい夢のようで、おかしくて、不思議だ。
 僕がこの花びらを見せることで、大切な人――姉さんを救うことができるのなら。勿論、喜んで見せるさ。でも、こうも思うんだ。姉さんを一人で置いて逝けないなって。
 世界からも愛されないリリア。両親すらもその存在を否定するリリア。誰もリリアを見はしないし、世界が、すべてがリリアを愛さない。
 その事実は悲しくもあるけれど、アレンにとっては好都合にほかならなくて。リリアにとって唯一であればいいなと願う自分は、こんなにも醜い怪物だっただろうか?
 ぐるぐると思考をしていたアレンだが、悲しそうな顔をするリリアを前にしては意識も引き戻されてしまう。大切なひとの頬には涙が伝う。そっと手を伸ばして拭ってやれば、より一層激しく涙が溢れ出す。
「アレン、アレン……!!」
 叫んでも誰も助けてくれない。そんなことは解りきっているのに。珍しく取り乱したリリアの姿は、空っぽになっているはずの内側をじんわりと満たしていく。とても、あたたかい。
(だって姉さんは僕がいなければ生きてはいけないもの。誰も姉さんに優しくしてくれないのだから。だったら――)

 ――――僕が姉さんの命を攫ってしまってもいいよね?

 願いか。それとも願いの成就か。僕はずっと姉さんの傍にいるから、きっと姉さんも同じ病気にかかってしまうだろう。そんな考えが頭を過ったそのとき。
 けほ、とリリアが咳き込んだ。その口からは青い薔薇の花弁がこぼれ落ちていく。
「姉さん……?」
 けほ。けほ。それは望んでいたものではあったけれど。やや悲しさもあり。驚いて目を見開いたのはリリアもアレンも同じ。
 焦ったのはアレン。安心したように笑ったのはリリアだった。
 花を一通り吐き出して肩で息をしたあと、不安を見せないように、リリアはアレンをぎゅっと抱きしめた。
「これで、一人で死なせなくて良くなったね、アレン」
「そう、かもしれないけど、でも……」
「だいじょうぶ。アレン、私はお姉さんだもの」
「ほんとうに?」
「うん」
「そっか」
 アレンとは正反対、リリアは苦しそうに咳き込んでいく。
 小さな咳がふたつ。こだまする。けほけほと音がするたびに、ぼたぼたと落ちていく花弁が、床を汚していく。
 その小さな背中があまりにも苦しそうだからさすってあげると、涙が滲むほどにリリアは花を吐き出した。まるでアレンと同時に死ぬのを願っているかのように、リリアはアレンがこれまで吐き出したぶんだけ花を出している。
 そのうちに色違いでおそろいの瞳は色を失っていくのだ。けれど、白くてもおそろい。ふたりだけの特別。だから、なんだってかまわない。
「姉さん、瞳が……」
「アレンと、おそろいね。ふふ、うれしい」
「僕も嬉しい。ありがとう、姉さん」
「ううん、いいの」
 こつん、とおでこをくっつける。そうするだけで、胸の奥まで満たされていく。この身体の内側には一体何が残っているのだろう?
 リリアの脈打つ音が聞こえないような気がして、より一層近づいて、リリアに触れて。そうしていくうちにも、二人共どんどん衰弱していく。
「まだ、死にたくないなあ……」
「うん、僕も」
 なんて、嘘だ。姉さんと死ねるなら。リリアと共に果てるなら。それが一番いいと、アレンは思っている。
 勿論口にすることはない。リリアの悲しみに寄り添ってこその弟だ。これ以上リリアが苦しむ姿を見たくはない。
(……病気をなおす方法はあるけれど、姉さんには教えてあげない。だってそのほうが、ずっとずっと、幸せだから)
 赤い薔薇はみるみる真っ白なシーツのうえに散らばって。リリアの波打つ銀髪すらも赤くなってしまったかのような錯覚に陥りそうだ。
 それに、青薔薇。リリアが口から吐いているのは青薔薇なのだ。それはまるでアレンを想っているかのように甘く、耽美で、愛おしくて。
 苦しんでいるリリアには悪いけれど、ずっとそうして青を吐いていてくれれば、なんて願ってしまう気持ちがないわけでもないのだ。
「僕たちの命もあともう少しだね」
「そうね」
「……ごめんね、姉さん」
「大丈夫よ。薔薇って、綺麗だもの」
 そんな言葉を吐いて、悲しいふりをして、ただただ子どもみたいに甘えて。
 隣に寝転がったリリアの細い腰を抱きしめて、ぎゅうと首筋に顔を埋める。そうしておけば、リリアは憐れむようにアレンの髪を撫でてくれる。心配することはないのだと子守唄を歌ってくれる。本当は強がりで、腕が震えているのなんてお見通しなのに。
 甘い。まるで花に誘われた蜂のようだ。きっとリリアから離れることは出来ない。死ですら、僕たちをわかつことはできないのだ。その事実が酷く嬉しい。だから、早く死にたい。
(僕の恋が叶わないのは知ってる。だったらせめて別の何かが欲しいとも思ってた。だから、姉さんの最期は僕が貰っていく)
 失われないように。いかせないために。より強く抱きしめて。
 誰にも奪わせないし、汚させるつもりもない。愛おしい僕だけの赤薔薇。どうか、この腕の中で咲き誇って、枯れてくれ。
 胸元を汚す青薔薇。リリアの涙と嗚咽。軋むベット。隠すように吐き出した赤い薔薇。
 いつだってこの乾きを潤してくれるのはリリアただひとり。この思いは999本の薔薇ですら足りないほどだ。
「どうして泣いてるの、姉さん」
「だって、私、アレンになにもしてあげられない……」
「ううん。こうやって一緒に居てくれるだけで、僕は嬉しいよ」
「そう……」
 僕は赤い薔薇になって、姉さんは青い薔薇になって消える。
 こんな最期が迎えられるなら、死だって甘美なものに思える。
 そっと瞼を閉じれば。遠くで、両親の悲鳴が聞こえたような気がした。

「ああ、アレン!!」
「目を開けて……!!」
「こんなに、赤い薔薇が散らばって……」
「……でも、幸せそうだわ」

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