PandoraPartyProject

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朽ちるを許さず

登場人物一覧

アレン・ローゼンバーグ(p3p010096)
茨の棘
アレン・ローゼンバーグの関係者
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 ふたり。ずっと。永遠に。
 ふたりだけで、きっと僕たちの世界は完成しているから。
 ずっとずうっと、一緒だよ。リリア。僕の愛しい赤薔薇。


 2月2日はアレンとリリアの誕生日だ。
 混沌にやってきてからもそれは変わらず。今日という日付を楽しみに待っていたことは、自宅のカレンダーが一番知っているだろう。
 双子の姉であるリリアは世間から嫌われている。そのため外に出ることは極めて少なく、アレンの帰りをずうっとひとりぼっちで待っているのだ。
 きっと退屈でつまらないだろう。リリアのためにも早く帰って二人の誕生日パーティの準備を始めなくては。
 時刻はまだ午後1時と少し。空はまだ青いがちらほらと雪が振り始めている。
 今年の誕生日プレゼントは香水にした。甘い香りのコロン。けれどそれでは足りない気がして、赤薔薇を買って帰ることにした。きっと、リリアも喜んでくれるに違いない。
 彼女の笑顔を想えばなんだって出来てしまう気がするのだ。そう、例えば、女性向けのお店に入ることだって。
「すみません。予約をしていたものなのですが……」
 小さな重みを宿した紙袋を抱えて。それから、美しい赤薔薇を二本。その意味はきっと、この心だけが知っていれば良い。
 足早に帰る道すがらですらも、リリアに似合いそうなものがあれば足を止めてしまいそうになる。そんな自分をなんとか叱咤して帰る。
(姉さんが、待ってるんだから)
 きっとひとり寂しくしているに違いない。彼女には己しかいないのだから。
 リリアが生まれたことを認めない世界なんていらない。リリアの生まれた今日ですらも、リリアを傷つけ苦しめる世界に、彼女を一人には出来ない。
 早歩きが駆け足になって。鍵なんてものは煩わしいけれど、リリアと、彼女を傷つける世界とは隔絶しておかなくてはいけないから。
「……っ、はぁ、遅くなってごめん、姉さん」
「アレン?! 走って帰ってきてくれたの?」
「うん、なんだか居ても立っても居られなくって……」
「そんなに急がなくったってよかったのに。おかえりなさい、アレン」
「ただいま、姉さん」
 二人だけでの家ではない。家族だって居る。それなのに、父も母も姉のことは見えないふりをしているのがたまらなく苦しい。
 双子だというのに。二人でひとつなのに。それなのに、どうして。
 だからキッチンだけを借りて、お祝いは二人きりで。おめでとうの手紙を握らされたけれど、どうしたって一通で。リリアの分は用意されていなくて。
 『生まれてきてくれてありがとう、アレン』だなんて。それはただアレンだけに向けられていることがわかっているから、より一層にくくてたまらなくなる。
 リリアの華奢な手は冷たくて。絡め取るように、触れて、寄せて、繋いで。引っ張るように、部屋の奥へと進んでいく。
「アレン。アレン?」
「大丈夫、姉さん。僕は、僕だけは、姉さんを見ているから」
 豪勢なディナーとはいかなかったけれど、温かいビーフシチュー。ややかためのバゲットにガーリックバターを塗ったもの。それから、二人で飾り付けたケーキを、決して大きいわけではないけれどいつものテーブルの上に乗せて並べて。
「誕生日おめでとう、アレン!」
「ふふ。姉さんも、誕生日おめでとう」
 じゃじゃーん! と包装を取り出したリリア。
 彼女は外に出ることがないから、大体何を作ったのかは予想ができている。今年のリクエストは毛糸だったから、セーターかマフラーか手袋か。
 誕生日が近づいた頃家に帰ると、リリアが作ったものを慌てて隠しだすのがかわいいから。だからプレゼントの内容は分かっていないふりをしているけれど。
「ねえアレン、あけてみて?」
「そう急かさなくたって、僕は逃げないよ。それじゃあ、あけるね?」
 可愛らしいボーダーの包装もアレンが買ってきたものだけれど。それをゆっくり開けると、中からは赤いマフラーがでてきた。
「ふふ、どう? 頑張ったんだから!」
「とっても嬉しい。ありがとう姉さん。ずっとずっと、大切にするよ」
「うふふ、それなら良かった。アレンが気に入ってくれてうれしい!」
「でも姉さん。今日は姉さんの誕生日でもあるんだから……ほら、これ。僕からのプレゼント。誕生日おめでとう、姉さん」
「わ、高そうな袋……あけちゃってもいいの?」
「姉さんの為に買ってきたんだもの、あけてあげてよ」
「じゃあ……」
 紙袋から小さな箱へ。ゆっくりと箱を開いたリリアは、わぁと歓声をあげる。
「きれい……!」
「ふふ、良かった。気に入ってもらえた?」
「勿論! こんなに素敵なもの、いいの?」
「姉さんのためならなんだってあげるよ。例えば……」
「例えば?」
「薔薇の花、とかね」
「わぁ、いつから持ってたの? 全く気付かなかった!」
「さぁ、いつからでしょう。これも姉さんにあげる」
「アレンと、私ね。素敵、ありがとう!」
 本当は違う意味だけれど。でもそう解釈したのならそれで構わない。
「姉さんは可愛いね。嬉しそうに笑ってくれるのが好きだよ」
「アレンは……ふふ、あまえんぼなところが変わらないわ。好きよ」
「姉さんがこうやって甘やかしてくれるんだもの、甘えられるうちにたんと味わっておかないとね」
「まぁ! それなら沢山甘えて。お姉さんに任せて」
「ふふ、でも僕のほうが姉さんのことは守れるんだけどね」
「そ、それは引き合いに出しちゃだめでしょう……もう、ずるいんだから!」
 ぷうっと頬を膨らませたリリアがとびきり可愛くて。こんな姿をみたら他の男はきっとメロメロになってしまうだろうに、だれも彼女を愛さない。わけがわからない。
 こうやってアレンの頬を撫でて、髪に触れて、優しく触れてくれる彼女をどうして嫌うのだろう?
(姉さんはこんなに優しくて素敵な人なのに、どうして皆は姉さんをいないって言うんだろう。父さんも母さんですら姉さんのことをいないって言うし、僕へのお祝いの手紙には姉さんのことは書かれていなかった。姉さんは何もわるいことはしていないのに、こんなに冷たくされるのはおかしいよ)
 姉さん。
「あ、アレン。このビーフシチュー、とっても美味しいわ!」
「良かった。お肉はやっぱりじっくりしないとだめだね」
 姉さん。
「姉さん、ケーキだよ。ほら、あーん」
「ん! おいしいぃ……じゃあアレンも。ほら、あーん!」
 姉さん。
「今年の誕生日も楽しかった……ありがとう、アレン」
「僕の方こそ。今年も一緒に居てくれてありがとう、姉さん」
 二人だけの時間。二人きりの毎日。
 きらきらと輝いているのはリリアを中心とした世界で、それ以外はまるで枯れた花のように褪せていて。
 アレンの肩にもたれかかって眠るリリアを抱きとめながら、両親からの手紙に目を通す。

 アレン。私達の愛しい一人息子。どうか来年も幸せで――

 一人息子? 違う。ここにリリアはいるのに、どうして。
 悲しいような切ないような気持ちになって、思わずリリアの髪に口付ける。
 月明かりに透けるようなリリアの銀髪は柔らかくて、甘くて。
 世界はリリアを拒絶する。それが、酷く悲しい。なのに。
(だけど、だけど。皆が姉さんに冷たいから、僕だけが姉さんを守れる。姉さんの力になれるのは僕だけなんだ。これは、何だか、とっても嬉しい。おかしいね)
 だから。今はこの気持ちを飼い殺す。知らなければ、きっと幸せでいられるから。
 この日常のまま、いつまでも――

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