SS詳細
お願いと対価
登場人物一覧
●赤い狐と紫の月の契約
「商人殿、頼みてぇことがあるんだが」
ある日、嘉六は武器商人の元を訪れていた。依頼で必要な物が出来たのだが嘉六のツテでは用意をすることが難しく、ローレットの中でも『商人』の異名を持つ武器商人の元を訪ねたのだ。優雅に紅茶を飲んでいた武器商人は客人に気が付き、カップをソーサーへ置いて嘉六を出迎えた。
「これは珍しいお客様だね。いいよ、話を聴こうじゃないか」
いい紅茶も仕入れたからねと武器商人は嘉六を通した。
「――って、訳なんだが。頼めるか?」
「ふむ……それは構わないけれどね。お願いには対価が付くものだろう?
御伽噺の人魚姫だって足の代わりに声を差し出したんだからネ。
ましてや、我(アタシ)は商人だからね。きっちりしておきたい。先払い、ってやつサ」
「勿論
じぃっと、武器商人は嘉六の顔を見た。
狐らしく吊り上がった目。色は
(本当にそっくりだね)
且つて武器商人を置いて、勝手に白い光の中に消えていったトモダチを彷彿とさせる出で立ちに、武器商人はつい嘉六を甘やかしたくなった。少し待っていておくれと嘉六に断り、武器商人は上等なブラシを持ってきた。
「とりあえず今日のところはブラッシングさせてもらおうかね」
「ブラッシングぅ?」
てっきり目玉が飛び出るくらいの金額でも要求されるのかと思っていた嘉六はやや面食らった。普段から世話されることに慣れている身だ。別に身体を差し出すくらい訳は無い。(年下の
嘉六が首を傾げて問いかけた。
「俺ァ、構わないが……そんなので釣り合うのか?」
「我(アタシ)がこれが良いっていってるんだから、気にすることはないんだよ。さ、こっちへおいで」
その場に正座をした武器商人は、自分の前にクッションを置いて嘉六に座る様に指示を出した。特に抵抗するそぶりも見せず、嘉六はぽすんとクッションの上に座る。座り心地の良さに「おお」と感嘆し、暫くぽすぽすとクッションを叩いていた嘉六だったが、満足したのか商人に毛並みが豊かな尻尾を差し出した。
「やはり見事なものだね、少し分けてほしいくらいだよ」
「そうか?」
「コートの襟なんかに付けたら良さそうじゃないか」
軽口を叩きながら、商人は香油を手に取り嘉六の尻尾を掬い上げてするりと毛に香りを纏わせる。慣れない冷たさと感触に一瞬嘉六の身体がびくついたが、毛玉などをほぐされているうちに心地よくなってきた。
「うん、これだけ香油が行きわたればブラシも通りやすくなるだろうさ」
「女の子の髪の手入れみたいだな」
「ふふ、例えが
ブラシを優しく当てて、丁寧にゆっくりと通すと凝り固まっていた毛玉や絡んだ抜け毛がほぐれていく。一つ梳いたら、大量についてきた抜け毛にくすりと笑み零し、それを取り除いてからもう一度ブラシを尻尾に通す。それを繰り返していく。
「どうだい、痛かったり痒かったりしないかい?」
「いや、大丈夫。寧ろ按摩されてるときみたいな感じで気持ちいい」
「そりゃよかった……うん、こんなものかね」
数十分ほどブラッシングをし続けた結果、嘉六の尻尾は艶々になり毛並みが整っていた。
余分な毛が梳かれたからか、心なしかブラッシングを受ける前より軽くなっている気もする。だが、嘉六としてはもう少し受けていたかったというのが本音であった。
「え、もう終わりか?」
と出した声が思いのほか名残惜しさが滲んでいたので、武器商人は笑ってしまった。
よしよしと形の良い頭を撫でてやりながら、ブラシをしまった。
「あんまりやり過ぎても毛や地肌を傷めてしまうからね。今日はこれでオシマイ」
むぅと唇を尖らせた嘉六だったが、銀の髪の奥に見える
ここまでが、約二か月前の頃である。
それからというもの、すっかりブラッシングが気に入ってしまった嘉六は、自分でも十分解決できるようななんでもない『お願い』を武器商人にするようになった。
武器商人は武器商人で嘉六を甘やかすことに味を占めたのか、嘉六の『お願い』を片っ端から叶えては『対価』としてブラッシングや手作りおやつを与えて可愛がっていた。
「しかし本当に嘉六の旦那は綺麗なカオをしているね。周りが放っておかないわけだよ」
今日も対価として要求した『嘉六を可愛がる時間』に、武器商人は徐に嘉六の容姿を褒めた。ご機嫌に武器商人手作りのクッキーをパクついていた嘉六が「あ?」と口を開いたままで動きを止める。数秒後中途半端な位置にあったクッキーを口の中に放り込んで、咀嚼し、呑み込んでから嘉六はしゃべりだした。
「俺からすれば商人殿の方が綺麗だと思うがね。その絹みてぇな白くて長い髪とか。紫水晶みてぇな目とかな」
「ふふ、お上手だこと」
「俺はしょうもない嘘はつかねぇぞ? 顔が良い奴は顔が良いんだ」
そういって、嘉六はまたクッキーを摘まんだ。これ美味いな、なんていいながらご機嫌にもぐもぐしている姿は狐というより栗鼠に似ている気がした。
「ソレを食べ終わったらでいいから、今日は頭を撫でさせてくれないかい?」
「頭か? いいぜ、あんたの手は気持ちが良い」
空になった袋をゴミ箱に捨てて、嘉六は商人の元へ歩み寄った。そのままゴロリと相好を崩し、武器商人の膝に頭を預ける。女性と違い柔らかさは無いが、固すぎるということも無く少し硬めの枕の様な感じだった。武器商人の手が嘉六の頭をゆったりとした手付きで撫で、その心地よさに嘉六は目を閉じた。
「――あんたに飼われる獣は幸せだろうな」
ぽろりと嘉六が零した。
世話好きで、愛情深くて。甘やかしてうんと可愛がってくれる主人。
武器商人に飼われる獣は優しい
思いもしなかった言葉に、武器商人はぱちくりと瞬きを繰り返した。そしてうっそりと口元に笑みを浮かべる。蠱惑的で、この世のものではないナニカの微笑みだった。
「……嘉六の旦那も我(アタシ)の眷属になるかい? 我(アタシ)としては大歓迎なのだけれどね」
嘉六が目を開けて、武器商人を見上げるとつい二か月ほど前に見たあの紫の光が怪しく燈り、三日月を描いていた。暫くその光を綺麗だと眺めていた嘉六だったが「はっ」と短く笑った。
「俺ぁ、誰のモノにもなれねぇよ」
「ありゃ残念、フられてしまったねェ」
「判ってたくせに」
「まぁね」
けらけらと二人で笑い、再度、武器商人は嘉六の頭を撫でた。ゆるゆると幼子を寝かしつけるような優しい手つきに、陽だまりの温かさもあって瞼が少しずつ降りていき、数分後すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえてきた。
「おやすみ、可愛い狐のコ」
再び浮かべた微笑みは、先程の人外めいたモノとは違い慈愛に満ちた微笑みだった。
●二人だけの秘密
「なぁ、商人殿。また
「嗚呼、いいとも。
今日も二人は、秘密の契約を交わしている。
おまけSS『小噺』
「なぁ……商人殿」
「おや、いつもの『お願い』かな」
「いや、今回はちょっと……ガチっつーか」
「キミが言い淀むなんて珍しいねェ、言ってごらんよ」
「あー……その―……」
……。
…………。
………………。
「賭けに……勝ちやすくなる……薬とか、装飾品とかぁ……ねぇかなぁって……」
「……嘉六の旦那」
「はい」
「我(アタシ)にもできないことがあるんだよ」
「はい……」
「あと賭けは自力で勝ってなんぼだと思う」
「はい…………」