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月曜九時のラプンツェル
登場人物一覧
●私はもっと華やいで、貴方はきっと枯れてゆく
(ああ、きっとこれは――)
――そうだ、特別な一瞬なのだと。
後から振り返らなくてもそうと分かる瞬間はきっとある。
舞台に上がる人々の視野は往々にして狭窄で、それはどんなニヒルを気取る大人であっても同じなのだけど。
人並みより長い人生に幾多のイベントがあったとして、一生に一度の恋のハイライトは決して上書きされる事は無いのだろうと。
「――私、大人っぽくなったでしょう?」
『戦い』にはアクシデントが付き物だという事なのだろう。
足元の雪に履きなれないお洒落な靴を取られたのが悪かった。
ドラマがバランスを崩してしまったのは偶然だ。完全に偶発の出来事である。一切の作為性がない事は言い切れる。
胸の中でレオンの体温を感じてしまったのは錯覚なのだろう。彼の分厚い胸板と温度を体感するには野暮ったくも分厚いコートが邪魔過ぎる。だからきっとそれも気の所為なのだ。少なくともドラマの思考を一方向に傾ける決定打には成り得まい。
(だから、そう。だから何でもない)
理屈では確かにその通り。ならば、危険な問いかけを紡いだ唇の意味は何だろう?
(でも、だって、もう、これは――)
ドラマの思考は胡乱としていて、ぐちゃぐちゃだった。
煮え切らない男は瀟洒な癖に『それ以上』の時間を決して彼女には与えなかったものだ。そうと自覚して年単位で我慢して――ドラマは間違いなく目の前の男を愛していたけれど、彼は宝石を愛でるように自分を大事にはしてくれても、決してそれ以上に踏み込もうとはしなかった。
師匠と弟子、上司と部下、特別な友人、或いはそれ以上。
胡乱な関係に名前をつけるのは簡単だったが、それで満足しないなら『一歩』が要るのは火を見るよりも明らかだろう。
結局は『だから』に違いない。兎にも角にもドラマはこの時、止まれなかった。
「もう小さな子供みたい、何て思わないでしょう?」
決して煮え切らない不誠実な男の本音なんて知れていたのに。
(もう五年も経ったのですよ。五年も経ってしまったのです)
我ながらどうしてこんな風なのか首を傾げたくなる位なのに――ドラマの唇は止まらない。
「貴方に会ったのはローレットでの初めの日。
だから私の外の世界には、ずっと貴方が居て」
「ああ」
「幾つも季節を重ねてきました。近くで、或る意味、遠くて」
ドラマの肩を抱いたレオンは彼女の被った白い雪を軽く払った。独白めいた彼女の告白を彼が茶化さないのは、『言う通り』随分と大人びた美貌の所為かも知れない。幼かった少女は美しく羽化を果たし、ここに居る。過去に拘泥し、何一つ進まない男をその気もなしに置き去りにするかのように。
小さく咳払いをしたドラマの頬は熱を持つ。
胸元にしがみつくようにした彼女の上目遣いは濡れていて、生理的に浮いた目尻の涙をレオンの指が優しく払った。
「……ん」
彼の指先に意識せず頬擦りするように顔を動かしたドラマは呼吸と人心地を取り戻し、身体の芯に力を入れて言葉を続ける。
「頑張ったのです。ええ、叡智の捕食者はかしこいので。これも修行の成果です」
「ああ」
「闘技場でも負けません。ローレットに、レオン君に恥になるような戦いはしてこなかった筈です。
でもね、レオン君。
期待に応え、大人びて、一人前になって……
その経緯で得られるものに価値がないとは思わない。
ライバルとの切磋琢磨も、鉄火場を駆け抜けた経験も
でもそれでも。聡明で合理的で、時に誰より感情的な彼女は今となっては認めざるを得ない。
――思い出、ですか。
或る時、水を向けたリュミエの瞳がやけに遠かった事を思い出す。
自分にどれ程にそんな女ではなかったのだと言い聞かせたとて、既に語るに落ちている。
ドラマはリュミエの気持ちを理解せずにはいられないし、実に無邪気な問いかけを向けたあの頃の自分を叱咤せずにはいられない。
閑話休題。
幾ら待っても
それはきっと早いか遅いかの違いに過ぎず、聖夜の奇跡が些細な偶然を重ねてくれたのならば天祐だろうとさえ言い訳もつく。
「……だから、だから、ね。レオン君……」
ぎゅっと彼のコートの端を握り締め、自分を見下ろす彼の顔をじっと見つめる。
出会った頃より、また幾分か疲れを溜めたその顔がドラマは悲しく――あんまりに悲しいから必死で気付かない振りをした。
――今夜は綺麗、って言ってくれますか?
いじらしくて、少し弱気な言葉は改めて問う意味を為さない。
「綺麗になったよ」
「――――」
意地悪く、意気地のない男は
丹念に正解を選び、踏み外さないように安全運転を心がける彼が幾分かの譲歩を見せたのは聖夜の奇跡か。
「……っ、今のは合格です。良しとしましょう!」
自然に緩む頬を引き締め直し、それでも『ここから』を考える今日のドラマは止まらなかった。
「……そう。私はもっと華やいで、貴方はきっと枯れていく。
幻想種の特徴をご存知ですか?
……幻想種は『遅い』のです。温まるのも、諦めてしまうのも――」
後何回こういう時間があるのだろうと考えずにはいられなかったからだ。
確かに十回や二十回はあるだろう。レオンの年齢からしてその位の猶予は残されている筈だけど。
(筈、だけど――)
――たったの、十年? 二十年……?
(私はたかだか数十年で貴方を諦められない)
考える程に狂おしく、身を灼くような不安と焦燥感に襲われずにはいられない。
微睡む幻想種の一眠りは人間種の人生さえも内包しよう。
限界まで我慢させて――
「――だから私は幸せで、ずっとずっと忘れられない。今日も、昨日も、明日も。何も無い一日さえ――
ぜんぶ、ぜんぶ。貴方の為で、きっと貴方の所為なんです」
自覚しての
「ねぇ、レオン君。だから、ほんのちょっとで平気ですよ?
今年こそ、責任――取って下さいね?」
好意を告げる事は当の昔にしていても、この特別な夜に零れ弾む白い息の間合いの近さは二人が意図的に回避してきたものそのものだ。
「――」
「――――」
永遠のようにも感じられる刹那の時間。
早鐘と称して生温い位に激しくなった鼓動を必死で抑え、ぎゅっと目を閉じたドラマは『怖い』時間に怯えている。
「オマエさ」
「……はい」
「
「多分、全部です」
胡乱な問いは皮肉にもレオンからドラマに向けられた最上級の信頼の証のようですらあった。
「成る程。俺も詰めが甘いね」
「……後悔、しますか?」
私を――いや、他人を近くに置きすぎた事を。
ドラマの問いは問いの形をした自傷行為。
「ああ」
頷かれれば誰より深く傷付き、鼻の奥はツンとした。
「……まぁ、だがそれは俺の都合だな。前にも言ったかも知れないがね。
ただ――ただ、ね。少なからず可愛いオマエとか、オマエ『達』とか。
そういうのを好き好んで泣かしたいとは思えねえよ。そうしたら――やれる事なんて知れてただろう?」
「だったらレオン君が引っかけなければ良かったのですよ」
「……ごもっとも」
「あいた!?」
減らず口を叩いたドラマの額を指が弾いた。咄嗟に額を抑えた彼女に嘆息めいたレオンは言う。
「あれだけ言って、続けるなら――もう泣き言は聞かないけど、それでいいんだよな?」
――本気にさせてよ/なってよ
レオンの確認は繰り返された
言い換えれば「これからはオマエを無遠慮に傷付ける」という宣言だ。
望む望まないにせよ、この男が素で生きたならそうなる事は否めまい。
出会う一時にちょっとした特別な時間をプレゼントする事は誰より上手い男だけれど。逃げ水のような彼は本気になった誰をも不幸にしてきた札付きなのだから。
(ええ、ええ。知ってます。レオン君ですものね……?)
昔のドラマならそんな浅薄な男の言葉は一蹴し、冷淡な一撃でもお見舞いしたものだろうが――
「はい。望む所です」
――一切の迷いなくそう言い切れる彼女はとうの昔にこの登壇への覚悟を済ませている。
「……はぁ……」
大きく溜息を吐き、天を仰いだレオンは今日一番の何とも言えない顔をした。
「どうかしましたか?」
「……いや、オマエホントすごいわ。執念深いというか粘り強いというか。流石『捕食者』だ」
「何ですかそれ!」
可愛くない表現にドラマは頬を膨らめた。
言いたい事は分からないでもないが、乙女のデリカシー的にそれは――
「――褒めてんの」
「――――ん……!?」
――世界一の冒険者のスキルを碌でもない事にしか使わない。
レオンの早業は相棒と同じように悪辣で、腰を抱くなりドラマのその唇は塞がれていた。
「ん、ん、ん!!!」
目はぐるぐる、手はバタバタ後に沈黙。
混乱と困惑と色々が綯い交ぜになったドラマを他所に口を離したレオンは軽く笑う。
「聖夜でしょ? プレゼント位は貰わないと」
――実に軽薄に、そんな風に笑ったのだ。
- 月曜九時のラプンツェル完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別SS
- 納品日2023年02月15日
- ・レオン・ドナーツ・バルトロメイ(p3n000002)
・ドラマ・ゲツク(p3p000172)
※ おまけSS『要約するとモードチェンジです』付き
おまけSS『要約するとモードチェンジです』
「要約するとだね、ドラマ君」
「嫌な予感がするのですが、何でしょうレオン君」
「ベタ降り防御モードがドラマ君の決死の特攻によりゲージをまたぎ、身勝手な攻撃モードに転じたので」
「……」
「今後はディルク並に身勝手で、従前の俺と同じようにめんどくさい男になりますね」
「……………」
「喜んでよ。一応本気になる努力を開始してみたんだからさ」
「……はい。そうですね。やったあ(吐きそうなアイコン)」