SS詳細
まえまわり
登場人物一覧
戻せない、戻れない。
他人事なのだと自分に言い聞かせた、否、他人事なのだと無意識に、ナンセンスを口に含む。膨らんでいった未曾有への臓物もくされた破裂に紛れて終い、なんとも、病的な無関心へと身を捧ぐのか。まるで快楽の『か』の字を知らない餓鬼のような、欲を失くした白痴の沙汰のような、酔っ払った経験を拭い取るような、まったくスサマジイ化け物サマの輪郭。中学三年生の味わった芸術的な、退廃的なほどの献身については煉瓦造りの彼方側に投げ棄てて悪こう。口元から滴ったのんべえ様の末路に極めて近しい、過去の産物、水車の真似事。なあ、聞いているのか、耳をちゃんと傾けているのか、オマエ。本当に英雄ごっこが大好きなのだな、と、誘うかの如く『声』が糸を引いている。誰だ、こんな場所に重苦しいカッター・ナイフを置き去りにしたのは……勿体ない、嗚呼、勿体ない。ものを大切に出来ない盲目な人間サマにはとっとと、自らの存在、気付いてもらわなければ。崩壊した人生、クソッタレどもの咆哮、ただの一人、いや、二人以外への怪物めいた雑なファン・サービス。まさか、アノマロカリスの刺身を喰う為だけに徘徊しているのではないだろう。渾身の一撃が何処かのトカゲの尻尾だけを千切った……佛草を啜っている侍が混沌の園を再び……?
練達、再現性アーカムに足を運んだ所以など一切、頭の片隅にも残っていないが、此処に『行くべき』だとアルコール塗れの脳髄が導いてくれたのだ。過去と現在のアルバムがぐちゃどろに成り果てたのは、おそらく、俺が正気を手放しつつある結果と謂えよう。まあ、つまり、ちょっとした「アハハ」との再会と洒落込んだワケだ。あの時に咀嚼したお肉サマの底知れずも、なあ、結局はおんなじ感覚だと認識した方が良いのではないか。殺戮、解体、酩酊、反芻して反芻して反芻して、ようやく、※※と一緒のスタート地点と思える、想える――坂道で転んだ。支えられる事も、支える事も、不可能だ。まわる、まわる、コンクリートだけが全身を擁している。意識は悪意と融け合って玉虫色と化し、じっくりと捕食者の目の玉に変わる――ハハア? 随分と旧い、埃塗れのワイングラスだね。根っこからイカレているオマエに相応な飲み口ではないか? ごくりと咽喉へと通した、涎、痰、胃酸……。
あらゆる事象から距離を取っていたい、そんな根底すらも引っ掻き回す、滅茶苦茶な転嫁の坩堝でオマエは『なにかしら』と晩酌していた。此処までの記憶は坂道に掻っ攫われており、棘々とした頭痛だけが訴え尽くしている。よう、アンタ、人間ってのは七十年くらいでぐじゅぐじゅに成るんだぜ。そんな事は知っている、何を今更、俺に用事でもあるのか。つまりオマエは俺よりも先に死ぬってワケだ、莫迦々々しい、はやく還ってくれ。おっと、アンタはどうやら優しくねぇみてぇだから忠告しといてやる。もう手遅れだろうがな――とん、押された。油断からか、超自然的な力故か、オマエはそのまま『くち』へと、伽藍洞へと、闇黒へと吸い込まれる……「この首はよい鞠になりましょう」……。
闇黒がくちを閉じると同時に、断頭、行われた。
首から下は虚に貪られ、オマエ、鞠に懐かしさを与える。
ころころ、ころころころ、ころころころころ……。
レンズ一枚すらも赦されず、冷酷な戦士は何処へと向かう……?
皮肉だ、凄惨なほどに、冒涜だ、かみさまに嫌われたのは俺だけで、僕だけで、胴体の方は抱かれたと謂うのか。視えない、聞こえない、届く筈がないと謂うのに、死装束が剥かれている。アハハ、おいおい、僕に対して「よいではないか」なんて悪趣味な闇黒サマだ。俗らしくて、賊らしくて、吐き気がするほどに不愉快だ。数分後に停止した、頭部改めて鞠、永続とされた眩暈の中であまい、あまい、かおり――お子様がアイスクリームでも落としたのか、羊羹でもこぼしたのか、脳天に付着したお菓子なもの――そろそろ身体を返してくれないと夕餉に遅れてしまう。今日は※※ちゃんが簡単なものを……?
つまりオマエは巻き戻しを希望するワケだ。つまりオマエはオマエの悪意を『元に戻したい』と宣うワケだ。駄目だね、これは代償だ、これは契りだ、無意識にでもかみさまを招いた、オマエの失態、アヤマチだ。いいや、俺は知っている、アンタは、オマエは、貴様は、神ではなく、ただの面白くない怪物なのだと、夜妖なのだと……? 竜すらも屠って魅せよう、意気揚々と構えたところで蛆虫、自分そのものを滅する術など持ち合わせていない。
嗚呼、思い出した。頭部、オツム、脳味噌は考える為の『もの』ではないのだ。で、在れば、持ち去られた胴体こそが、呑まれた胴体こそが、真実。得物を握り締めようと試みた刹那、自らの掌が、腹を空かせていた……。
君ニ幸アレ、生贄喰ラウマデ、永久ノ飢餓ニ苛マレル。
湖畔ノ民ヨ、攫ウ術ヲ理解シタノカ。
おまけSS『でんぐり返し』
――お腹が空いたの?
――腹が減ったね。
――口が無いのに?
――ここにあるんだ。
――頭が無いのに?
――ここにあるんだ。
――そう。わかったよ。
――これも、何もかもを元に戻す為さ。
――じゃあ、約束して。
――なんだい?
――せめて、今日だけは、あの笑い方をやめてね。
――アハハ。