PandoraPartyProject

SS詳細

なくなってしまったひとと、なくしてしまったひとの、おはなし。

登場人物一覧

柊木 涼花(p3p010038)
絆音、戦場揺らす
柊木 涼花の関係者
→ イラスト


 ――最初に、「素敵な名前ですね」と言ってくれたのだ。
『彼女』には、それが皮肉としか映らなかった。溶けるような銀の髪も、澄んだ青の瞳も、『彼女』の名前とは余りにも相反するものであったから。
 それを。屈託もなく話す少女に、『彼女』は怒るよりも呆れてしまった。手を引き、「一緒に遊ぼう」と言った少女へと、『彼女』は返事をするよりも先に連れられて行って。
 強引なひとだった。
 快活なひとだった。
 それでも、共に居ることが苦にならない人であった。
 最初は渋々付き合っていた少女との遊びも、時と共に『彼女』の日常の一部となって。何気ない会話を繰り広げる程度には、両者は良き友人と呼べる関係だと言えた。

 ――嗚呼、そうだ。

 そうだったと。『彼女』は自覚する。自認する。
 夜、眠りについたとき。夢の代わりに回顧される記憶が、『彼女』が何物であるかを教え、そして目覚めと共に再びの忘却を齎す。
 そして今日、この日の夢もまた、彼女が朝を迎えれば忘れ去られてしまうのだろう。

 ――いやだ。

 それを知りながらも、『彼女』は呟いた。
 か細い声で。絞り出すような声音で。

 ――いやだ。いやだ。忘れない。忘れたくない。だって、私(ボク)は。

 記憶の情景が、眼前に映し出される。
 銀髪碧眼の少女と、その横に並ぶ黒い髪の少女が、並んで再現性東京の道を歩いていた。お揃いの制服姿で登下校の道を歩いているのであろう二人は、互いに笑い合い、他愛も無い話をして、ありふれた日々を過ごしている。
 ……それは、『彼女』が今自身として在る理由そのもので。

 ――涼花!!

『彼女』は。
『奏でる言の葉』柊木 涼花(p3p010038)はそう叫ぶ。自ら継いだ、最も大切な親友の名前を。
 夢の中の彼女にそれが届くわけも無いと、知っていようと、なお。


 二人が知り合ったのは、小学校へと進学するよりも前。
 其処から中学生の半ばごろまで共に居た二人は、即ち十年近くの付き合いだ。自他ともに認める親友であった二人は、それを口にすることこそなかったものの、何をするにも互いのそばに居て、同じ日常を過ごしていた。
 ……尤も、親友と言えど、両者のタイプは明確に異なっていたが。
「あれ、涼花ちゃん。もう新しい本買ったんですか?」
「借りたんだよ。今月のお小遣いが来るまでは図書室の本で我慢かな」
 時刻は朝方。通学路を通る二人は、今日も並んで他愛ない会話を交わしている。
 黒髪赤目で、元々が大人しめな少女である涼花と、銀髪青目でありボーイッシュな口調を好む『彼女』。
 親から買ってもらったアコースティックギターのケースを常に大切そうに提げる涼花に対し、『彼女』は何方かと言えば物持ちしないタイプであり、買ったり借りたりした本を読み終えては直ぐに新しい本を手に入れては読み始める。
 容姿は兎も角として、性格や趣味嗜好が異なる割に常に傍に居る二人に対して疑問を覚える者も少なくはなかったが、涼花たちはそれを気にしたことも無かった。
 涼花にとって、『彼女』は仲良くなりたいと思った人だった。
 その為に話しかけ、遊びに誘った末、『彼女』も同じ想いで涼花に応えた。二人にとってはただそれだけの話だったのだ。
「今日は何の本を読んでるんです?」
「『リプリー』。古いサスペンスものの小説だよ。読んでみる?」
「サスっ……。い、いえ。遠慮しておきますね!」
 そそくさと距離を取る涼花に対して、『彼女』は多少悪戯気に(それでも強引に勧めるようなことはせず)黒髪の少女を見遣った。
「涼花は? 新しい曲、もう弾けるようになったの?」
「いやいや、漸く練習曲がマトモに弾けるようになったレベルですからまだまだですよ!」
 ぶんぶんと手を振る涼花に対して、「そっか」とだけ返す『彼女』。
「けど、若し弾けるようになったら。
 ……その時は、一番に聴かせますね」
「うん。楽しみにしてるよ」
 照れ隠しのような、真実、期待を込めての言葉のようなそれに、涼花は満面の笑みを浮かべる。
「……あ。もうこんな時間。
 もうちょっとペース上げないと遅刻しちゃいますよ、行きましょう!」
「うーん、この頁読み終わってから……」
「ダーメーでーすー!」
 ぐいぐいと腕を引っ張る涼花に、無念そうな顔で本を鞄にしまう『彼女』の姿。
 ……それは、この光景を夢として回顧する今の『彼女』にとっても慣れ親しんだ光景。
 そのはず、だったのだ。


 何時も通りの一日が始まって、続いて、終わる。
 それだけの筈だったのだ。それを永遠だと、『彼女』は考えていたのだ。
 ――――――それでも。
 此処が『無辜なる混沌』であり、『再現性東京』であるならば。
 きっとそれは、抱いてはいけない考えだったのであろう。

「………………それで」

 粗末な幌馬車の荷台にて。縄で両手を後ろに縛られた『彼女』が、淡々と言葉を発する。
「ボク達は、今どこに向かっているんだい?」
 荷台の中には、『彼女』だけではなく、他にも多くの人が捕えられていた。
 それらは全て、再現性東京から攫われてきた一般人たちだった。ほんの数時間前までは各々が住む家に居たはずの彼らは、突如として起きた夜妖たちの襲撃――それによって混乱した者たちの隙を縫って、その身柄を拘束され、今この場に攫われてきたのである。
 その数は十名程度。恐怖に震え、或いは自由を奪われたことに対する憎しみを瞳に浮かべる者たちの中で、ただ一人何の感情も浮かべぬまま問うた『彼女』へと、恐らくは人さらいたちのボスであろう大男が笑いながら言う。
「聞く必要があるか? 奴隷市だよ。
 お前さんらみたいに小綺麗な街で住んでたボンボン共は、見た目が良いから愛玩用として売れるのさ」
 男の言葉に、反論する者は居ない。
 それは単純に報復を恐れてのことだけではなく――実際、この世界に於ける再現性東京ほど整ったライフラインが構築されているところは珍しいためだ。
 勿論、他の国や都市に於いてはかの街から持ち込んだ技術を利用したり、或いはそれを魔術的な機構で補い、同様の生活水準を満たしている場所もあろうが、それとてやはり『少数派』だ。
 人さらいの男の言う「ボンボン」という形容に対する指摘は避け、『彼女』は続けざまに言葉を掛ける。
「其処に着くのにかかる日数は? 下手にボクらを飢えさせたりすれば、その見た目とやらも悪くなるんじゃないかい?」
「精々半日程度だよ。何、水も食い物も一食分くらいは用意してある。イイコにしてたら配ってやるさ」
「………………」
 男の言葉に対して、『彼女』は静かな表情のまま首肯のみを返した。
 未だ、大きすぎる状況の推移に付いていけず、混乱から脱し切れていない者は多い。本来ならば『彼女』自身もその内にいた筈であろうが。
「……大丈夫?」
 その傍には、涼花も居た。
 運悪く。自分たちの住む町に夜妖が攻めてきたとき、人さらいたちに連れ去られる者の中にこの少女も含まれていたのだ。『彼女』にとって最悪な事態が訪れたからこそ、ゆえに『彼女』はその状況から脱するべく必死に頭を働かせる。
 ――せめて、涼花だけは逃がすことができるようにと。
「気分がいいとは言えないな。今朝の本は読み終えていなかったんだ」
「……凄いね。何時も通りだ」
 忘とした表情でそう返す『彼女』に、涼花は驚きの後、苦笑にも似た笑みを零す。
 此方に対する心配げな様子から、幾らか落ち着いたと思しき涼花に、『彼女』は一度息をついてから話しかける。
「向こうには食事の用意があるらしい。逃げるチャンスがあるとすれば、連中のうち何人かがその準備のために此処から離れたタイミングだけだろう。
 縛っている縄はボクが何とかする。涼花は拘束から抜けだした後、馬を馬車から切り離して練達の方に逃げた後、助けを呼んできて欲しい」
「それは……!」
「無謀なのは分かってるよ。あの街で暮らしてきたボクらの内、乗馬の経験が在るものは居ないだろうし、そもそも君が逃げるまでの間、人さらいたちを食い止められるかどうかも謎だ」
 ……「それでも」と、『彼女』は涼花の目を見て、言う。
「この状況に甘んじていれば、ボク達の未来は間違いなく奴隷としての凄惨な日々だ。
 それなら万に一つの可能性に賭けたい。……乗ってくれるかい?」
 無謀だと、『彼女』は言う。涼花もそうなのだろうと思う。
 だけど、ならばこの状況を覆す方法が他に在るのかと言われれば、それは否と言うしか無いのだ。
「……絶対に」
「?」
 ぽつり、零す涼花の言葉に、『彼女』が首を傾げる。
「絶対に、帰ってきますから。
 どうかそれまで、無事にいてくださいね?」
「……ああ。約束する」
 言葉と共に、『彼女』は自分たちの他に連れ去られてきた人々へと視線を向ける。
 人さらいのボスに聞かれないよう小声で交わした会話は、しかし彼らの耳には入ったのだろう。困惑と、恐怖と、焦燥と、様々な感情が綯い交ぜとなっている彼らは、しかし幾許かの時を経た思考の後、恐る恐ると言った体で『彼女』たちへと頷いた。
 彼らにも解っていたのだ。最早選択肢はこれしか無いのだと。
 戦うための爪も牙も持たず、戦場を生き抜くような智慧も持たぬ一般人による小さな反抗。
 それは、今この時点より小一時間が経った後――静かに開始された。


 ――待って、手に火傷が……!
 ――焼いたからね。けどお陰で縄は解けた。準備は?

 閃光が。
『彼女』の視界を満たし続けている。音も遠く、その他の五感で得られる情報も何もない。

 ――今だ、馬の方へ走って!
 ――手前ら、何をしてやがる! 野郎共、こっちにこい!

 作戦は、奇跡的に順調に進んでいた。
 ボスの大男が持っていた葉巻用のマッチを一本くすねて、それで縄を焼き切った。そうして自由になった『彼女』は、残る全員の縄を解いて自由を取り戻し。

 ――クソッタレ! 離れろ、離れろってんだ!
 ――行かせない、涼花は……!!

 馬に乗ろうとする涼花に追い縋る人さらいたちを、皆が抱き着いて止めた。
 そして、残る一人。ボスの大男が迫ってくるのを、『彼女』もまた、皆と同様に止めようとして。

「――――――、――?」
「………………え?」
 全ては、唐突だった。
 世界がその様相を変えた。それまで小汚い幌馬車と、その周辺の荒野が広がっている情景は美しい庭園に変わり、そしてそこには自らともう一人を除いて誰も存在しない。
「――。――――――」
「……何で。そん、な」
『無辜なる混沌』に住まう者である以上、『彼女』にもその知識は在った。
 特異運命座標。そしてその適正を持つ者の召喚。
 それを――眼前の神託の少女が言い放つのを見て、『彼女』はそれを聞き終えるよりも前に掴みかかった。
「帰して!」
「――――――?」
「涼花が……友達が!
 人さらいから逃げるところだったんだ! 追手を止められたんだよ! キミがボクを喚ばなければ!?」
「――!!」
 表情に変化の見られなかった神託の少女が、その時初めて目を見張った。
 そうして、その表情に慙愧を滲ませながら……それがもう間に合わないであろうことを、『彼女』は告げられて。
「……な」
『空中庭園』への召喚後、『彼女』は意識を失っていたらしい。
 それが自発的に目を覚ますまで、およそ数時間。即ち最早「追手を止められた瞬間」は遥か過去のものであると言うことを『彼女』は知る。
「――――――。」
「涼、花……」
 静かに、謝罪の言葉を述べた神託の少女に、『彼女』は。
「涼花――――――!!」
 ただ、慟哭を上げることしか、出来なかったのだ。


「……」
『彼女』が空中庭園から降り立った後。
 それは正しく、「全てが終わった後」のことであった。
 件の人さらいたちは『彼女』の申告によって捕えられたものの、彼らがそれまで売り捌いた者たちの行方は杳として知れていない。それは涼花を含めてのこと。
 ――それでも、ただ一つ。
「………………」
『ローレット』の一室。『彼女』の眼前には、嘗て涼花が使っていたギターがあった。
 夜妖たちによって涼花と『彼女』の住む町は壊滅的な被害を受けた。同様の被害が各所にも発生したことで祓い屋などの救助が遅れたこともあり、生存者はほぼ無く、唯一生き残った『彼女』の両親も意識不明のまま目覚める様子はないとのことだ。
 そのような被害のあった場所から、奇跡的にケースの保護によって無事であった涼花のギター。友人の財産であると言うことからそれを受け取った『彼女』は、暫くの間それをじっと見つめ……軈て、手に取り始める。

 ――――――♪

 爪弾く単音。単調なそれを何度も繰り返していた『彼女』は、その内それを複合的に混ぜようとして、無様な旋律を奏で続けていた。
「『……あれ、おかしいな』」
『彼女』は、その時笑みを浮かべていた。
 困ったような笑み。コードの練習や曲のフレーズが上手くいかなかったとき、涼花が良く浮かべていた苦笑いに似たそれを。
「『この間は、ちゃんと弾けていた筈なのに』」
 ……聴くに堪えない旋律は、以前涼花が『彼女』に聞かせていた、アコースティックギターの練習曲を真似たものだった。
 ギターの弾き方を知らない『彼女』は、まるで以前はそれが出来ていたかのように振舞う――――――否。
「『うん。でも。
  ちゃんと練習すれば、また、弾けるようになりますよね』」
『彼女』が振舞っているのは、もう行方の分からない涼花の在り様だった。
 それは最早、取り戻せるかどうかも分からない友人を乞う傷ついた心の結果であり、同時に友人を救うための作戦を提示し、その為に皆を巻き込んでおきながら、結果として自分一人が無事に逃げ果せたと言う現状に、精神が耐えきれなかった結果でもある。
『彼女』は『涼花』となった。なってしまった。
 但し、その姿は本来の涼花のものとは違い、『彼女』と言う親友が居たと言う事実が排斥された在り方で。
「『音楽も、イレギュラーズとしての活動も。
  これから、もっともっと頑張らなきゃ、ですね!』」
 唯一残ったギターを大切そうに抱え、『涼花』は『ローレット』の部屋から外に出る。
 傍からその姿を見た者に、絶望は感じ得なかっただろう。これから新たな日常と言う未来に向かう、明るい少女の姿が見えたのであろう。
 ……その裡にある物が、既に壊れた一人の少女の心の残骸で形作られた、偽物の希望であることなど、気づきも出来ずに。

  • なくなってしまったひとと、なくしてしまったひとの、おはなし。完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別SS
  • 納品日2023年02月09日
  • ・柊木 涼花(p3p010038
    柊木 涼花の関係者
    ※ おまけSS付き

おまけSS

 あの子は黒い髪の色。
 あの子は赤い瞳の色。

 あの子はギターを弾くのが好き。
 あの子は明るい丁寧語で話す。

 あの子は。
 私の大切な、たった一人の友達。

 ――――――――――――

 私は銀の髪の色。
 私は青い瞳の色。

 私はギターを弾く本を読むのが好き。
 私は明るい丁寧語男性っぽい口調で話す。

 私は。
 私の名前は、柊木涼花かつての私なんて、いらない



 ――柊木 涼花(p3p010038)が、朝、鏡の前で発する言葉。

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