PandoraPartyProject

SS詳細

2023年2月3日

登場人物一覧

綾敷・なじみ(p3n000168)
猫鬼憑き
越智内 定(p3p009033)
約束

 からからと音を立てて窓を開けば寒々しい空気が流れ込んだ。綾敷 なじみは白いと息を吐出す。思えば、『君』の誕生日は何時だって困りごとばかりだった。
 なじみの誕生日を越智内 定は最大限に己の出来る限りを尽くして祝ってくれる。例えば、海に行きたいと提案すれば自転車を漕いで連れて行ってくれるのだ。
 自転車で長い坂を2人乗りで降っていく。坂を登るときは後ろから押して、囃し立てて。コンビニで買った肉まんは半分に分けて食べた。夏場はラムネ瓶でも買って2人で美しさを眺めるような、そんな楽しい毎日を送ろうと約束をして。
 そうやって当たり前の夜妖なんていない日常平和な毎日を過ごしていきたかった。現実は、そこまで甘くはないけれど。
 昨年のこの日はどんな風に過ごしただろう。ああ、そうだったとなじみは思い出す。こっぴどい喧嘩をしたのだ。ジャバーウォックの襲来に、練達という場所が舞台になった事で定は決意をしてくれた。なじみを護る為に――怖いという感情さえ直ぐに猫に差し出してしまうなじみであっても、怖がらせないように――怖がりで、臆病者で、それなのに強情で。
 なけなしの一歩を踏み出した彼は見事、ジャバーウォックの目を奪った。ビギナーズラックだと誇らしげに笑った彼はその後直ぐに鬱ぎ込んでしまったのだ。
 彼を褒めてやりたかった。うんと褒めて、生きていてくれたことを感謝したかった。初めての衝突になじみは大いに戸惑ったものだ。仲直りをし、一つの約束をした。
(ああ、けど――私は、その約束を破っちゃったね)

 ――なじみさんが困ったとき、辛いときは半分こして欲しい。なじみさんが苦しいときも悲しいときも、僕が君の力になれるように。

 本当は忘れたことはなかった。そんな約束が大切で仕方が無かったからだ。
 それでもなじみは定を巻込みたくなかった。其れは自身の中のこれまた甘ったれて莫迦みたいな感情に起因していることは分かって居た。
 綾敷なじみは、越智内定を巻込みたくなかっただけだった。ただ、彼には平和な世界で笑っていて欲しかった。
 無理だと分かって居る。イレギュラーズともなれば戦場に向かわねばならないこと位、十分承知だ。
 ……それでも、自分には困ったことを半分こすることの出来ない彼に余計な荷物を背負わせたくはなかったのだ。

 だ、なんて。
 そんな思考を垂れ流してみたなじみは現在は澄原病院の病棟の個室を陣取っていた。最初こそは検査入院だと無理矢理に院長である澄原 晴陽に詰め込まれたわけだが、退院が可能になってからも何となくなじみはこの場所に居座っていた。
 東浦の自宅に帰っても母は帰っていない。それが理由だった。早くに父を亡くしたなじみは誕生日のあの日、定に別れを告げてから部屋に戻って母が居ないことに気付いた。
 どうしてなのかを理解してから母を追った。父親を夜妖に起因して亡くした少女は、母親までもを失いたくはなかった。
 夕方までうんうんと悩んでからなじみはベッドにごろりと転がった。案外、居心地が良い病室は晴陽が気を配ってくれたからなのだろう。
 が何日か知っていて、どうしようもなく悩んでしまったのだ。
 意を決してメッセージアプリを開く。

 ――定くん。

 登録してあるその名前をタップして名前を入力して送信する。
 ……既読が付いた。

 慌ててなじみはメッセージの送信を取り返した。

 ――あ、慌てて消しちゃった。違うんだ、あの、その……怒ってないかなって思って慌てて消しちゃった。ごめんね。

 ……既読が付いた。

 ――ええと。
 お誕生日おめでとう。定くん。
 それから、今日、暇だったら来て欲しいところがあるんだ。
 澄原病院の東504号室。
 もし暇ならでいいから。
 待ってるね。

 そこまで打ち込んでからなじみはふう、と息を吐いた。着替えをして、ある程度身の回りを整理しておこう。
 屹度、彼は来てくれる。確信半分、期待半分。まだ、きちんと話せてないことも多い。彼は話すタイミングを待っていてくれているから、屹度、来てくれるはずだ。
 暫くソワソワとベッドに腰掛けて過ごしていたなじみは病室の扉がノックされたことに気付いて慌てて飛び上がり「はい」と返答する。
「なじみさん?」
 扉を開いてやって来た定は思ったよりも寛いでいるなじみの様子を見て目を丸くした。彼がその様に感じるのも仕方が無いだろう。
「ご足労どうも」
「ああ、どうも」
 敢て、何時も通りのテンションで胸を張って見せたなじみに定も常と同じ反応を示す。
 そんな当たり前の日常が帰ってきたことが可笑しくて顔を見合わせて思わず笑い合った。
「どうぞ、座って」
「有り難う。案外、病室でも豪華なんだね」
 晴陽が用意してくれていたテーブルへと案内し、少し硬い座面だがあれば便利な椅子に腰掛ける。定が座ったのを確認してから院内のコンビニで購入しておいたプリンを二つ並べた。
「こんな所でごめんよ。お話をしたくって。君と話すなら、此処の方が良いかなって。
 あ、後で誕生日の埋め合わせさせておくれよ。何処に行きたいかとかも話そう。イベント情報はアプリでチェックしてあるんだぜ」
 にこりと笑ったなじみに定は一先ず頷いた。お話、という言葉に身構えてしまったのは言うまでもない。
「あ、ええと、それで……あの、お話なんだけどさ」
「もう?」
「だって、こんな空気は嫌だぜ?」
 自分がいなくなった理由も。自分が何をしたかったのかも。其れ等全てを全部話すとなじみは決めていた。
 定を見詰めてからベッドに腰掛けてなじみは一度俯いた。何処から伝えるか、言葉を選ぶ事がどうしようもなく難しい。
「全部、言うって言ったけど……あの、ね。ええと……コレだけ、先に伝えておこうと思って。
 君を巻込みたくなかったし、君にもっと沢山の重荷を背負わせたくなかった。私の我儘なんだ。
 あと、言うのが怖かった。……私ね、私……お母さんが、静羅川の信者で……それで、あの時、家に帰ったら書き置きがあって……」

 ――お誕生日おめでとう。なじみの為に、お母さんは頑張ってきます。
   お父さんの二の舞にならないように。お母さんが護ってあげるわ――

 その言葉を口にしてからなじみは俯いた。顔は蒼褪め、指先が冷たくなっていく。不安ばかりが支配する。でいられなくなる。
 なじみは自覚している。何時だって、朗らかで、悪戯めいて笑って、弱さも恐れも何もかもをひた隠した女の子であることが望まれている。それがだったからだ。
 失望されないだろうか、幻滅しないだろうか、こんな弱くて可愛くない自分を彼は――否定しないだろうか。
 不安げに俯いたなじみを暫く眺めていたのは、どうするべきか分からなかったからだ。定は立ち上がり、座っているなじみへとそろそろと手を差し伸べた。
 冷たくなった彼女の指先をきゅっと握りしめる。握り返して揶揄い笑う事もしない。何時もは隠している本来の綾敷なじみよわいおんなのこだ。
 定は緊張して、僅かに声が上擦った。どうすれば彼女に寄り添えるのかが未だ分からない。人と関わることを不得手とする青年はやっとの事で言葉を紡ぐ。
「お母さんが? ……猫鬼を、消そうと?」
「うん。お母さんは猫鬼が――私に流れる憑き物の血が、嫌いだから」
 それはそうだろうと定は納得するしかない。父親の凄惨な死を思えば、母親がそう言う反応をするのは当たり前だろう。
「それを、止めたかった。お母さんを、助けたかった」
「うん」
「でも、お母さんのことを誰かに相談する勇気が無かった。私は、皆を失望させたくなかった。幻滅させたくなかった」
「うん」
「……君は、優しいからこんな私でもいいよって、言ってくれるんだろうな、って……勝手に思って、勝手に、今、言って」
「勝手じゃないぜ。約束しただろう」
「うん。私は、君にばっかり甘えているね」
 お互い様だと定は思う。自分だって弱い所を吐露し、ぶつけて、を一度経験したようなものだった。
 なじみがゆっくりと立ち上がる。定は一歩、後退して彼女を見詰めた。
「君は私を甘やかすのが上手だなあ」
「そうかな。僕はなじみさんに甘えてばっかりで気付かない事の方が多いけど」
「違うぜ、女の子は気付かないで欲しいことだって多いのさ」
 普段より力無く笑ったなじみは定をじっくりと見詰める。何時も通りの猫のような丸い瞳。定はそれを真っ直ぐに見返してから彼女の出方を見る。
 こういう時、女の子って言うのはどうして欲しいのだろうか。参考書が欲しい。恋愛の参考書なんてモノは大概当てにならないことを知っているけれど。
 思わず硬直した定を眺めてからなじみはくすくすと笑った。
「……私は、君が好きだよ。定くん」
 定は突然過ぎる宣言に思わず仰け反った。深い意味があるとは思って居ない。彼女はそう言う人間だ。好意を平気で口にして、そこに大きな意味なんて無い。
 もしも目の前に何時ものメンバーがいたら同じように声を掛けるだろうから。
 勘違いするな、自惚れるな。いや、でも、ちょっと位は自惚れても良いかもしれない――? いや、でも、勘違いは毒だ。落ち着こう。
 ぐ、と息を呑んでから「僕もだよ」と至ってシンプルに、それでいて可笑しくは聞こえないように、慎重な声色で答える。
「20歳になったんだね。おめでとう。お酒が飲めるね、煙草も吸える」
「なじみさんは酒と煙草をする僕ってどう思う?」
「煙草は、嫌かも?」
「え」
 定が要していた答えは「君が良いなら良いぜ!」だった。だが、明確に否定する意味合いがやってきたものだから、つい驚いて声を漏す。
 なじみは普段通りの悪戯めいた笑みを浮かべてから近付いた。体がぴたりと引っ付いてしまいそうな距離に立つ。そして見上げてくる彼女との身長の差はそれなりだ。ヒールを履いていないから、小さく見えたのだとその時気付く。
「な、なじみさん?」
「『煙草は命を縮めます』だぜ? 定君が早死にしたら私は寂しいと思うんだ。長生きしてよ。
 私と一緒におじいちゃんとおばあちゃんになって、縁側でお茶を飲もうぜ。団子を喉に詰まらせるのは三日に一度ね」
「三日に一度の誤嚥は勘弁して欲しいぜ」
 思わず笑えばなじみは嬉しそうに笑い返した。手を上げて、と奇妙なオーダーを受け取って定が手を上げれば「タッチ!」となじみは手を打って、離さないままぎゅうと指先を絡める。ぐっと力を込めれば手の大きさの違いも分かる。
「でも、狡いぜ」
「……何が?」
「年齢って追いつけないんだぜ。『はじめて』って大事だよね。お酒とか、大人の第一歩っぽくって。
 お酒の作法を習ってきておくれって言ったけどさ。……アーリアせんせも、天川さんも、君の『はじめて』を一緒に過ごせるんだ。
 半年たてばカフカくんだってそうだぜ。狡いよ。私は未だお預けなんだ」
 拗ねたように呟いたなじみが手を離す。其の儘、ぎゅっと前から抱き着いて「じゃあ、20歳の君の初ハグは私だね」と可笑しそうに見上げてくる。
 ――そういう事をする!
 定は思わず叫びそうになった。彼女が誕生日に『ぎゅっとして』なんて定にとって突然の必殺技攻撃をしてくるのだ。それでも、彼女からならば感情全てを置き去りにして来ることが出来た。
 病院の一室で自分は何をしているのだろうと呆然と思いながらおずおずと背へと腕を回す。11月11日の、彼女がいなくなる前に感じた温もりがそこにある。
「暖かいね」
「……そうだね」
「ねえ、定くんはプレゼント何が欲しい? 『20歳』って何が欲しいか分からないんだ。教えてよ」
 まるで猫のように甘えて、胸に擦り寄ってなじみが問うた。その仕草だけで定は「ああ~」と思わず叫び出したくなるが、グッと我慢する。
「君が――」
「君が帰ってきただけで十分だぜ? なんて気障な事は言わないでくれよ」
 言うつもりでした。定は思わず唇を引き結んだ。それ以外に何を求めれば良いのか。寧ろ、欲しいものが多すぎて、選ぶ事も出来ないというのに。
 なじみがぱっと離れてから悪戯めいて笑う。ああ、あの笑顔は何時もの揶揄うときのものだ。
「ちゅーでもするかい?」
「どうして!」
 思わず叫んだ。叫んだ後に此処が病院である事に気付く。
「嘘だよ」
「いきなり何を言うんだい!?」
 慌てる定に「書いてたから」となじみはスマートフォンの画面を見せる。
『男の子が喜ぶプレゼント』という検索ワードに『ちゅーでもすれば良いですよ』と書き込んだ不届き者が居たらしい。
「ふふふ。プレゼント、欲しいものを考えておいておくれよ。
 あ、それより、私は此処に住み着いているだけだから、外出は自由に出来るんだ。行きたいところがあれば教えてね」
 遊園地で春前までやっているイルミネーションを見に行くのも良いだろう。カフェや食べ放題、カラオケに行って遊ぶのも楽しそうだ。
 冬場は自転車やバイクは寒いから、暖かくなってからが良いだろうかと未来の話しを連ねる彼女を見て定は呆然としてしまった。
 まるで2ヶ月も姿を消していたのが嘘のように、彼女は笑って、未来の話をしている。
「静羅川のことが全部落ち着いたら、一杯出掛けようね。
 それから、それからね。私がバカみたいなことしたら叱ってね。私が泣いてたら今みたいにぎゅっとしてね。
 私、君が好きだよ。一番大切だよ。本当だよ? 私の特別なんだから」

 ――あの日、君は『最高の友達』だと言っていたけれど。
 其れを言い換えたのには何か意味があるのか、自惚れても良いのだろうか。恋愛感情だとは思わない。それは違う。
 それでも、君が一緒に未来を生きていたいと願ってくれた事が何にも代えがたい贈り物なのだから。
 猫が全てを奪ってしまうことがないように、誰かの特別になってもいいと。何時か終わる未来だって、立ち向かって先を歩いて行きたいと。
 君が望むなら、答えは決まっている――けれど、君へ「僕もだよ」と返す事が出来ず頷くだけだ。

「ふふふ、次は何処に行こうか」
「その前に勉強は?」
「う、うう……教えて下さい……」
 何気ない毎日を、日常を。当たり前を。そうやって謳歌して、積み重ねたずつ。

 ――君に、どうしようもないほどに恋をしている。
 口調を真似て、仕草を真似て、可笑しいねと揶揄う所も。誰にだって優しい所も。
 屈託ない笑顔も。調子が良い所も。自転車に乗っていたら後ろから応援してくれる所も。
 ぎゅっと抱き着いて、落ちてしまわないようにする怖がりな所も。
 強がりで、泣き虫な所も。秘密ばっかり抱えているくせに、一人で抱えきれないところも。
 ……小さな掌も。君が『定君』と呼ぶ声も。なにもかも。こんな風に、ひとつひとつ。
 どうしようもないほどに、患った恋した僕と君の2

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