PandoraPartyProject

SS詳細

グラオ・クローネをあなたと。

登場人物一覧

ハンナ・フォン・ルーデル(p3p010234)
天空の魔王
クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい

※この出来事はグラオ・クローネ当日と思っていただいても構いませんし、前後の日と思っていただいても構いません。

●デート日和の朝

 晴れた冬空。風も穏やか。人は疎らながら活気がないわけでもない、幻想のとある小都市。そんな町にもローレット支部はあり、特異運命座標であれば空中神殿を経由して簡単に行き来ができる。支部の前に立つ彼も、その一人だ。なにやら手にした紙に視線を落としていた彼は、ふと鼻をくすぐるシフォンケーキを連想させる甘い香りに振り返れば。

「ヨゥ。早ェな。」

 声をかけた相手は、風に吹かれ目にかかる灰色の髪を手櫛で整えながら、どこか不満げな顔を浮かべている。

「あなたがそれをいいますか? まだ約束の時間には早いはずですが。」

 言外に「私の方が早く着くつもりだったのに。」という意図が透けて見えて、可愛い奴だと笑みが零れる。

「何にやけてるんですか?」

「いや? 今日も可愛いなってナ。」

「……て、照れたりなんてしませんよ?」

 そういいながら、首元に光る、目の前の彼からもらったペンダントネックレスを指で遊ばせるその姿もまた。かつては戦場で”魔王”などと呼ばれていたとは思えぬ、本当に一人の可憐な女性である。

「つけてくれてんだな。」

「当り前じゃないですか。クウハさんから……恋人からもらったんですから。」

 そういって上目遣いに、頬を上気させ口元を綻ばせながら話すハンナを見れば、今日の予定なんざ全部ぶっちして部屋に連れて帰ってやろうかと思いたくもなるが。残念。クウハは他人に対してはすべからく屑であり、身内に対しては紳士であった。

「んじゃ、行くカ。」

 そう言って自然に手を取れば、彼女もそれを受け入れて指を絡め。町行く二人の姿は、平時のパーカー姿でも、軍服姿でもない、等身大のカップルのよう。ファー付きのモッズコートでかたすぎずラフすぎない彼に、落ち着いたロング丈のチェスターコートで可愛くも大人の女性を演出する彼女。彼の前では珍しくもなくなったが、ショートパンツとヒールのショートブーツの間を彩る黒のタイツがその脚線美を顕わにしている。これがスカートではないのは、彼が内外へ向けて暴走しないためなのは内緒である。

「それにしても、今回はクウハさんから場所を指定されましたけど、この町になにかご縁が?」

 初めての街並みを眺めながら、ヒールのおかげで少しだけ近くなった斜め上の彼へと声をかける。あまり男女の付き合いの経験のないハンナは気づいているかはわからないが、ハンナのヒール姿を見て、クウハは当然のように歩調を緩めている。

「いんや? 来んのは初めてだがヨ、この間ローレットでこいつを見かけてナ。ハンナ、前にこういう奴みてただろ?」

 そういって見せたチラシには、「カップル限定メニュー! グラオ・クローネを大好きなあの人と一緒に。」というキャッチコピーとともに色とりどりのケーキやお菓子の絵が載っていた。それを見て、目に見えて目を輝かせるハンナに、自身のプランの成功に内心安堵する。
 もちろん、このチラシを見たのが町を選んだ理由だが、実はもう1つ。この町ならば、クウハを知る者がいないからだ。ハンナやもう一人の恋人、あるいは主と出会い幾ばくかの充足を覚える前のクウハは、お世辞にも素行がいいとは言えなかった。悪人連中は表には出ないところで始末したこともある。見目が良く、どこか危なげな雰囲気は、男を知らない、あるいはちょっと癖のある一部の女性には受けが良く、すり寄ってくる彼女らに対し、クウハは直接的に何かを奪ったりはせずとも、しばしの夢を見せ、そして絶望を与えてきた。
 紆余曲折合って互いの思いを通じ合わせて結ばれた恋人との蜜月の最中にそういった連中と顔を合わせるのは、さすがのクウハも避けたかった。ハンナの怒りの矛先が自分に向かうだけならばいいが、存外このシンデレラは過激だから。
 つまるところ、互いに似た者同士の執着心と独占欲の塊というわけだが。


●恋人たちの昼下がり

「なぁハンナよォ……」

「だ、だって……こんな……」

「ほら、口開けてみせろって……」

「いえ、でも……」

「ホォラ……旨そうだろ? これが欲しかったんダロ?」

「そ、それ、は……」

「ククッ……みせつけてやろうゼ?」

「……そんな、恥ずかしい……」

 その声だけを聞いて、貴方はどんな場面を想像しましたか?
 現実はこうである。
 ハート形のカップルストローのささったチョコレートドリンクを前に照れる美人のくせに初心な彼女さんと、それを楽しそうに弄るちょっと悪っぽいイケメン彼氏さん。彼らの横で死んだ魚の目をしてカメラを構えている店員の私(自称ギリギリ20代女性、独身)の姿。いいからはやくしろ。誰だこんなメニューとサービス考えた奴、私だよバァカ。以上、スタジオ(?)にお返しします。

「お、今度のはちゃんと撮れたな。ほら、見てみろよ。」

「私はいいです!」

 本人が悪霊でもあるため、クウハの写る写真はたびたび心霊写真となる。先日も、せっかくいい雰囲気になって撮った二人の写真に邪魔者が写り込んでしまい台無しにされたクウハは、愛する恋人が顔を真っ赤にしてストローを咥えるその姿にご満悦である。もちろん、当の本人は顔から火が出そうでそれどころではないが。

「オマタセシマシタ。コチラ、ゴ注文ノ、チョコレートパフェ ニ ナリマス。」

 そんな甘々なテーブルに運ばれる、さらなる甘味。運んできた店員さんは入店時のにこやか元気な様子とうってかわって無表情で声もどこか抑揚がなかったけれど、どうかしたのだろうか。何はともあれ、店員さんが来たことでハッっと我に返ったハンナの前に運ばれた、チラシにあった特別メニュー。チョコレートの層の上にはハンナの羽のように白い生クリームの雲が浮かび、その上には、クウハの瞳の色と同じ赤色のさくらんぼと一緒に、珍しい灰色のマカロンが添えられている。飾り付けされたそれは、まるで王冠のようで。

「ほーん。そいつがなぁ。」

「えぇ、グラオ・クローネ・パフェ、だそうです。」

 灰色の王冠、Grau・Krone。
 御伽噺になぞらえたそのパフェを瞳を輝かせてみる彼女。

「ハンナ、オマエさん、そんなに甘党だったか?」

「たしかに、活動に糖分は必要ですし……あぁ、いえ、そうではなくて。……私も人並みに甘いものは嫌いではないですよ。それに……」

 そう話しながら、細長い専用の銀製匙で、一口。掬った茶色は、口に入れればすぐに溶け、冷たさと一緒にその甘さが広がる。

「グラオ・クローネを、恋人と。クウハさん、あなたと一緒に過ごしてみたかったんです。まるで夢見る女の子みたいだと、笑いますか?」

 そう笑いかける彼女の笑顔は、とても穏やかだ。出会ったばかりの頃の冷めたソレでも、心を通わせる前のギクシャクしてしまった頃の痛々しい様でもなく。
 互いにウォーカー。別の世界で生きていた二人。けれど今こうして惹かれ合い、互いを大切に思い合っている。2つの特異な運命が、この混沌で出会い、結ばれた。それは運命というにはあまりに奇跡のようなもの。そんな奇跡のような確率でクウハと出会い、知らなかった自分を知り、少しずつだけれど自分を出すことを覚え、ハンナは外の世界へと興味を覚え出した。少しだけ、素直になる勇気を持てた。それは彼女にとって、とても大きな一歩。

「笑わネェよ。恥ずかしがりやの俺のプリンセスにそうまで言われて、笑えっかヨ。」

 そう返しながら、テーブルの上に置かれた彼女の手にそっと手を重ねる。互いの手が互いを受け入れ、指が交わる。クウハの細く大きな手に、ハンナの小さな手が包まれ。けれどその実、ぬくもりに包まれているのは、クウハの方。

「私の手は小さいですが、あなたの手を温めることは、できていますか?」

 元々が悪霊だったためか、人より冷たいクウハの熱。夏は彼が、火照る彼女の肌を冷やしてくれた。ならばと、ハンナはその柔らかな手で。いくら戦場を飛び交おうとも、武器を手にし、傷つこうとも、骨格からして違う女性らしい手で彼の手を包む。

「貴方は別に寒さなんて気にしないかもしれませんが。少しでも、私の熱を感じてくれていますか?」

 重ねた手は今やハンナの頬に。本人は意図していないのかもしれないが、頬する際に、その柔らかな唇が、その熱が手背に触れる。

「……もの足りなくなるくらいに、感じてるゼ。」

 言葉とともに、添えられた手をひく。「あっ……」と、どこか物足りなそうに声を上げるハンナに、「こいつわざとやってんのか。」と思いながら、今度は絡めた指はそのままに彼女の手を自身のもとへと手繰り寄せ。その指に、甲に、唇を重ねる。

「んっ……クウハ、さん……ちょ、っと……あっ……」

 唇だけでは足りず。ペロリと舌先で触れてみれば。漏れ出る声は、どこか熱を帯び。けれど拒絶はなく。そうなれば、クウハの中の雄が鎌をもたげそうになるところだが。

「やりすぎ、です……!」

 さすがに店員の目も気になったか、腕を払われてしまう。

「悪ィ悪ィ。甘くてうまそうだったんでな。」

 そう揶揄いながらも、彼女と重ねていた自身の指をわざとらしく舐めて見せる。すると、彼女は無言のまま匙を手に取り、ごそりとパフェを掬い上げると。

「あ-ーん。」

「あ゛? オイ、ハンナ……」

「あー---ん!!」

 甘いものが好きなんでしょう? という、有無を言わさぬ圧がそこにはあった。

「おまえ、だからって、その量はよ……ったく。」

 若干気圧されながらも、煽った手前、仕方なく。整った顔に見合わぬ大口を開け、クウハは匙一杯に盛られた甘味を頬張る。多すぎるそれに頬を膨らませながらなんとか租借するその姿に。

「……フフッ。なんですか、その顔……。」

 目の前のお嬢様はどうやら冠をおろしてもらえたようだ。

「もう、ほら、鼻にまでついてますよ。」

 そういって、ナプキンを手に取り、テーブル越しに身を乗り出してクウハの鼻についたチョコをふき取るハンナ。前かがみになった拍子に首から下がる、いつかのネックレスにクウハは手を添え。

「……次は指輪も贈らねぇとナァ? ファーストバイトが先になっちまったがヨ。」

 ナプキンを持つ彼女の左手。エスコートするかのようにその手を取り。指の1本、1本をなぞっていく。

「……え?」

 彼の言葉が理解できないハンナ。その様子を楽しみながら、クウハは続ける。

「知ってッカ? どっかの世界じゃ、人間は結婚式ではじめての共同作業~っつッテ、一緒にケーキを切ってヨ。そのケーキを互いにすくって食わせんだと。」

 話しながら、ハンナの左手、その薬指を愛でる。

「んでヨ。嫁さんは旦那に、食えネェくらいに大量のケーキを掬って、無理やり食わせて顔べちゃべちゃにしてナ、かいがいしく拭いてやんのが定番なんだとヨ。」

「それ、って……」

 自身の指に添えられた彼の細い、けれど男性らしく骨ばった指に。その冷たさに。そして彼の言葉から、先ほどの自身の行為を思い出し。

「……っ!!?」

 茹でたトマトのように真っ赤になるハンナであった。



●これからも共にこの夕暮れを。

「……落ち着いたか?」

 あれからハンナが再起動するまで、かなりの時間を要した。いくら少女の殻を破り、恋人として彼と向き合おうと、共にあろうと努力しているとはいえ、今日は色々と刺激の多い1日だった。

「……はい。ご迷惑をおかけしました。」

 店を出る時も、恥ずかしくて店員さんの顔を見ることができなかった。長々と居座ってしまったというのに。不甲斐ない。気が付けば、陽は色づき、風も幾分冷たさを含んでいる。ふと、彼が手を一瞬動かし、けれど自身のポケットへと戻すのが目に入った。その意図を察し、ハンナはフフッ、っと笑みが零れる。

「あぁ~あ、普段は飛んで移動しますから、疲れてしまいましたね。どなたか、手を引いて下さったらいいんですけど。」

 わざとらしいまでにわざとらしい、そんなセリフとともに歩みを止めれば。一瞬虚を突かれたような表情を浮かべた彼は、「クハッ」っと笑みをこぼし。

「慣れねぇ洒落た靴を履いたからじゃねぇのか? 誰のためにお洒落したんだかナ。」

 笑顔の彼に、ハンナも自然、笑顔が零れる。

「アナタも、いつもよりお洒落じゃないですか?」

 似た者同士。自分のせいで相手が安く見られないよう。相手にカッコいいと。綺麗だと。そう思ってもらえるように。そこにあるのは互いに相手を思う気持ちだけ。

「違ぇネェ。……んじゃ、お手をどうぞ、プリンセス。」

「えぇ。ありがとうございます。」

 触れた手は、冷たく。温かく。

「……私、手を繋ぐの好きですよ。クウハさんの体温が感じられて。」

 自分の冷たい手で相手を凍えさせたくない。そんな風に思ったことが、果たして今まであっただろうか。そんな迷いすら、彼女は吹き飛ばしていく。

「俺ァ、手だけじゃ物足りねぇけどナァ。」

 そういいながらハンナの髪へとキスを落とす。言葉とは裏腹に優しい優しいキスを。

「フフッ、台無しですね。」

 そういいながら、ハンナもまた、ヒールで少しだけ高くなった頭をクウハの肩へと預ける。

「らしくていいだロ?」

 何処までも言葉は軽いまま。けれど、近づいた彼女の旋毛へと重ねられるキスに込められた愛は重く。

「私だけにしてくださいね。」

「……オゥ。」


「そこは即答してくれないと、乙女心としては複雑なんですよ。大丈夫ですよ。あのお二人は別です。」

「本当、いい女だゼ、おまえは。」

 クスッ、っと笑う彼女は、夕陽に照らされ、いつも以上に大人びて、綺麗に映った。

「……来年も、こうして恋人と。あなたと。……クウハと2人でグラオ・クローネを過ごせると、いいですね。」

 落ちる夕陽に、楽しかった今日を思い、遠い未来を見ているのだろう。

「そうだな。」

 夕陽に伸びる影が重なり、一つになり、しばらくの間、その場に留まっていた。



 ………………



「……そういや、ファーストバイトの話した後にオマエ、なんか惚けてたけど、なに考えてたんだよ。」

「え、それは、その……」

「ンン?」

「結婚式と言われて、その、ドレスを、想像して……」

「あァ、ウェディングドレスってやつか?」

「……はい。」

「やっぱ、着たいもんか?」

「いえ、別に、私は……でもほら、一般的に、女性としては、憧れるといいますか……」

「そいつぁ困ったナ。」

「……どうしてですか?」

「そうすっと、約束を守れなくなっからナァ。」

「約束、ですか?」

「結婚しちまったら、来年のグラオ・クローネは恋人同士じゃなくて夫婦でになっちまうからヨォ?」

「…………!!?!?」

 また林檎のように赤くなった彼女は、彼がカフェで確認した自身の左手の薬指のサイズ、その感触を忘れないように指で輪を作っていることに、果たして気づいていただろうか。

  • グラオ・クローネをあなたと。完了
  • NM名ユキ
  • 種別SS
  • 納品日2023年01月31日
  • ・ハンナ・フォン・ルーデル(p3p010234
    ・クウハ(p3p010695

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