PandoraPartyProject

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「凪よ荒れろ」と彼女は言った

登場人物一覧

マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
マリエッタ・エーレインの関係者
→ イラスト


 花を敷き詰められた棺桶が、少女の眼前にゆっくりと置かれる。
 中に眠るのは年老いた男性であった。静かに涙する親族たちを前に、少女は瞑目を以て一礼した後、棺桶に両手をあてる。
 それと共に、出でる水塊。それは棺桶を音も無く包んだ後にふわりと浮き上がり、少女の背後に臨む海へと運ばれていく。
「おじい、ちゃん」
 繊手を持ち上げ、棺桶を包んだ水塊を海へと運ぶ少女に、その時か細い声が聞こえてきた。
 声の主は、見送る家族のうち、とりわけ幼い少女であった。これまで泣き通しだったのであろう腫れた目蓋を必死に擦りながら、その子供は水塊を運ぶ少女の服の裾を軽く引っ張る。
「……」
 当惑する少女から、子供の手が母親によって引き離される。
 わんわんと泣く幼子を抱えつつ、頭を下げる母親に対して、少女もまた水塊を運び直し――終ぞ、その棺桶は水底へと沈んでいった。
「……有難うございました」
 葬送られた老人の家族は、それを見届けた後漸く少女へと言葉を発した。
「覇竜の習いとでも言いましょうか。死んだ者が亜竜や獣に喰われて新たな命の糧になると言う考えも理解はできるのですが、長きを過ごした家族がそのような扱いを受けるのはどうにもやり切れず……」
 誰ともなく胸中を打ち明ける家族に対して、少女は静かに首を振った後、再度の一礼を返す。
 その態度に対し、家族も瞳を潤ませながらその場を去っていった。
「………………」
 少女は――憐花・アルティスタートと言う名を持つ彼女は、それを見送った後自宅へと歩を進める。
 覇竜領域は海辺沿いに在るこの村に於いて、彼女は死した村人を海へと見送る水葬人の役目を担うただ一人の村人であった。
 元は遠く離れた地からこの村に流れ着いた彼女は、遥か昔から現在に至るまでの長い時を一度たりとて変化することなく過ごしている。
 単調な日々。しかしそれを、彼女は飽いたことも無ければ、疎んだことも無い。
 寧ろ、そのように在ることを、彼女自身が望んでいた。永劫にも思える時の中で、願わくばこの心が摩耗してしまうことを。
 ――けれど。
「あのう、申し訳ありません」
 その日、セカイが憐花へと寄越したのは、彼女が望むそれとは真逆のもの。
「此方に、覇竜の葬儀人さんが居らっしゃると聞いて来たのですが――」
『輝奪のヘリオドール』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)との、これから長く続く関係の始まりであった。


 マリエッタとの初めての出会いから、凡そ2週間ほどが経ったであろうか。
 憐花は、そのころから続く現在の状況に困惑していた。
「――憐花さん、いらっしゃいますか?」
「……!!」
 玄関の扉が叩かれる音と、最早聞きなれた、鈴の音を転がすような声色。
 対し、それを受けた憐花の側は、尻尾を逆立てた猫のように驚きの反応を示した後、緊張の面持ちで玄関の扉を開ける。
「あ、お久しぶりです……と言うほど、会っていないわけでもありませんでしたね」
 果たして。
 扉の向こうには、この半月の間、ほぼ毎日のように顔を合わせていたマリエッタの姿が在った。

 ――そも、現在憐花が住まう村に於いて、水葬と言う文化を知らしめたのは他でもない彼女本人である。
 で、あるならば。それに付随する様々な設備や道具に対する知識を村人たちが有している筈も無い。結果として葬送の文化を定着させた彼女は現在に於いてもその手配を取り仕切っており、その際に訪れる商隊の護衛として付いてくるのがマリエッタだったのである。
 ……其処までは、理解できるのだが。

「……!?」
「えっと、『毎日ここに来る必要は無いだろう』……ですか?」
 意図してか、或いは何らかの理由があってか。声を発さず、身振り手振りで主張する憐花に対して、マリエッタの側も若干苦笑交じりで言葉を返す。
「ええと、最近この近辺に商隊の交易拠点が出来まして。
 其処から新たな販路を広げる道中にここを通ることになりますので、折角なら、と」
「……」
 若干言葉を濁しがちに応えるマリエッタに、憐花の方はじっと視線を送り続けている。
 マリエッタが返した理由は確かに『要因』の一つではあろう。が、それは『原因』では無い。
 友人として――と言うわけではないことは、少なくともこれまでの憐花の反応から誰しもが違うと解っているだろう。
 それでも、マリエッタは会いに来る。葬送の道具を作っているとき。葬儀の手順を考えているとき。一人でいるときに、必ず。
「……私は」
 憐花が睨み、マリエッタが俯く。その沈黙は長く続かなかった。
 けれど。
「憐花さん。貴方は、自らを苛み続けているように、思えてならないのです」
「……っ!!」
 その言葉を聞いた瞬間、憐花は玄関の扉を叩きつけるように閉める。
 感情に任せた、子供じみた拒絶の証左に対して、マリエッタはただ、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。


 ――「お前さんが助けたのは城の王子さ。お前さんが私と契約してくれるなら、彼に会いに行ける足をやろう」

 嘗て、愛した人が居た。
 互いの種族の違いから、結ばれることが叶わなかった少女は、許されざる手段を以てその隔たりを失くし、彼と添い遂げることを願った。

 ――「ああ、愛しい人よ。僕が死ねば、貴方は救われるのだね」

 けれど、その願いは叶わなかった。
 自らの勘違いから恋を諦め、命を諦め、そんな愚かな自分を――彼は、己の命と引き換えに救ってくれた。
 嗚呼。けれど、けれど。

 ――「私の命なんて、いらなかったの!!」

 それは、確かに彼女の命を救ったけれど。
 けれど、同時に彼女の心を殺してもしまったのだと、彼は気づかなかった。
 自らの過ちゆえに愛した人を殺してしまったと言う事実は、今も逆棘のように彼女の心に刺さったまま。
 その命を無為に散らすことも、愛した人への恩義ゆえに出来る筈も無く。
 だから憐花は、ただ生きるだけの日々を続けている。
 自らが殺した大切な人を見送った手段を、今の己の生業にして。

 彼を喪った後、憐花は自らの住まう国を捨てた。種族を歪める契約は失われ、対価であった声も取り戻されながら、しかし彼女は現在に至るまで、一度も言葉を発しなかった。
 自らの罪科を、真っ先に咎めて欲しい人は既に亡く、されど己を罰する方法も見出せぬまま、幽鬼のようにひっそりと生きることしか出来ぬ自身を嫌いつつ、憐花は何処とも知れぬ村に辿り着いたまま、今を過ごし続けている。
「それで良いのだ」と、憐花は思っていて。
「そんなのは嫌だ」と、マリエッタは思ったのだ。
「……憐花さん」
 だから、マリエッタもまた、口にする。
「私は、人殺しだったんですよ」
 自らを罪人だと定義する、自嘲の言葉を。


「自らの利益の為に、無辜の人々を殺して回りました。
 許しを請う人を、恨みを送る人を、その一切の区別なく命を絶ち、その行いに生ずる筈の罪悪感も覚えぬまま、ただ繰り返すだけの日々を送っていたんです」
 その言葉は真実ではあるが、今のマリエッタは、そのような行いをしていた過去のマリエッタとは異なる人物と言っていい。
 それを受け入れ、再び人を殺す『魔女』として生きるか、或いはそれを否定して生きるか――それを自らに結論付けていない彼女は、だから、それを純粋な情報として、淡々と口にし続ける。
「若し、嘗ての私に殺された人々が此処に居たのなら、彼らは口をそろえて言うでしょう。死んでしまえと。身も心も、苦しみながら死ねばいいと」
「……」
 閉ざされた扉の向こうからは、相変わらず何の言葉も帰ってこない。
「憐花さんと会った時、私は親近感を覚えたんです。
 自らの罪を識るひと。その罪に対して、自らがどう向き合うか。それを定め切っていないひとだと」
 マリエッタは、そうして本心を告げる。
 商隊の護衛として初めて村を訪れた時。蹌踉とした足取りで、焦点の定まらぬ瞳で、唯自らの役目にだけ縋りつく、機械のような在り方になり損ねた憐花に対して抱いた、自らの想いを。
「……」
「さっきも言いましたように、私は嘗て、たくさんの人を殺しました。
 その罪は、きっとこれから何をしようと許されることは無い。ともすれば、その罪が故にこの命を落とすことにもなるかもしれない」

 ――――――ですけど。

 マリエッタは、閉ざされた玄関の扉を再び開ける。力任せに閉ざされ、けれど鍵だけは閉められていなかったそれは、何の抵抗も無くするりと開いた。
「『それだけ』で、私は終わりたくないんです」
「……っ」
「苦しんで、痛んで。過去に私が傷つけ、殺した人々の愉悦を満たすだけの玩具として使い潰されるように死んで。
 そのような罰を受ける以外に、私にできることは無いのでしょうか。贖罪と言えなくても良い。誰かのため、何かのために、出来ることは無いのでしょうか、と」
『足掻きたいのだ』。マリエッタはそう言った。
 迫る過去から逃避するだけの人生、ただ許しを請うしかない運命、それが不可避の未来であるとしても、今の自分は、それだけでこの命を費やしたくは無いのだと。
「憐花、さん」
 ……開いた扉の向こうに立っていた少女は、今ではただ、呆然とマリエッタを見ている。
 その、だらりと下げられた手を取って。マリエッタは。
「私と同じように、新しい生き方を探してくれとは言いません。
 ただ、どうか。これから先、私のことを見ていてくれませんか」
「……!」
「そしてもし、これから先、私が何かを残したら。何かを為すことが出来たとしたら。
 それを見た貴方の心に、残る何かがあったら――――――」
 どうか、その心の望むままに、生きて欲しいと。
「………………」
 沈黙は、長く。
 数分か、或いは数十分か。けれど、その終わりの先で。
「……あなたの」
「――?」
「あなたの、なまえは?」
 憐花は、初めて口を開く。
 愛した人の死から、閉ざし続けていた心を、今再び開くように。

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