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インウィディア
登場人物一覧
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そういえば、とポテト=アークライト (p3p000294)は思う。
いつだって私の旦那様は優しくてかっこよくて、ずっと私のことを愛してくれている。真っ直ぐに。誠実に。
蒼銀の騎士、リゲル=アークライト (p3p000442)はポテトを心の底から愛してくれているとおもうし、ポテト=アークライトはリゲルのことを愛している。お互い愛し愛され満たされているはずだ。
だけど、だけどこれはおんなとしてのポテトが思うほんの少しの不安と好奇心。
――リゲルは嫉妬したことがあるのだろうか?
――私は何度も何度も嫉妬した。リゲルが女の子と笑顔で話していたときも、友達と戦っているときも、そうだ、この前リゲルを送ってくれたあの人にも嫉妬した。
リゲルと関わる全ての人達が、羨ましくてしかたない。
「……てる? ポテト?」
「ん? なんだ? えっとすまない。きいていなかった」
考えすぎて、リゲルが話しかけていることにすら気づかなかったポテトは申し訳なさそうに頭をさげる。
「はは、ぼんやりさんだな。ポテト。えっとね。知り合いの貴族がね、パーティをすることになったんだ。で、俺も奥さんといっしょにって」
「ふむ。パーティか。うん、大丈夫」
「で、ポテト、貴族のパーティっていうのはね?」
ポテトはリゲルの続く言葉に心底辟易したような表情になる。
曰く――。
貴族のパーティというものは兄弟神たちや友人たち、リゲルと開くパーティとはわけが違う。
ドレスコードはともかくとして、礼儀作法にテーブルマナー、社交ダンスのマナーと覚えることが山程あるのだ。あくまでも貴族のパーティというものは家同士の社交場なのである。
「覚えないと、ダメなのか?」
それが当たり前だとわかってはいても、一縷の望みでもってポテトは尋ねる。
「うん、俺の奥さんのお披露目にもなるからね」
そういって笑顔になるリゲルには妙な迫力があった。
パーティの日まであと数日。
リゲルの超絶スパルタ教育が始まる。
興味が或る人はその猛特訓の様子をポテトに聞いてみるといい。きっと彼女は嫌そうな顔で拒否するはずだ。
ただ一言あるとすれば
「戦闘訓練の100倍、いや1000倍は厳しかった」
などという答えが帰ってくることだろう。
さて、そのスパルタ教育の甲斐もあり、ポテトはどこにだしても恥ずかしくないほどの淑女として完成していた。
といってもリゲルの母親の手をかりて、ギリギリの合格ラインではあるのだが。
絢爛豪華なダンスホールには豪奢なドレスやタキシードで着飾った多くの貴族たちがこのパーティに迎えられている。
「さあ、踊ろう? ポテト」
気後れするポテトにリゲルが微笑み促した。
まるで王子様のようなリゲルにポテトは見惚れる。
「は、はい」
姫を恭しくエスコートする王子のステップは姫にあわせたゆっくりとしたもの。
厳しい先生も、本番ではポテトに気を使ってくれる素敵な王子さまに変身だ。
アンドウトロワ、アンドウトロア。
つま先が踏むステップに淀みはない。
何度も一緒に踏んだステップ。
わあ、と貴族たちから感嘆の声が漏れる。その賞賛の視線はポテトの多大なる努力がもたらしたもの。
リゲルはそれが嬉しくてしかたない。自分の妻はれっきとした淑女であるのだと、社交界に自慢することができるのだ。
「ポテトにみんな見惚れているよ。僕のお姫様」
「なな、なにを、リゲルっ! へんなことを言うな、これでももうかつかつなんだ。ステップを間違えてしまう!」
少々淑女には足りないそんな返事にリゲルは苦笑する。
「がんばったね、ポテト。見事なダンスだよ」
「先生が厳しかったからな」
「その甲斐はあったとおもうよ?」
「足、あとで踏んでやるからな」
「はは、こわいお姫様だ」
生のオーケストラの演奏にきらびやかなドレスをきた男女たち。まるで夢のように美しい世界。
その真中で一番輝いているのは彼ら二人だ。
ステップをリゲルと踏んでいくうちに、あれほど嫌だったはずのダンスも楽しいものになっていく。
「たのしいな」
「そうだね」
だけど、楽しい時間もあっというま。一曲目の終わりをコントラクターのタクトが告げる。
「私とダンスを」
次の音楽が始まり、このダンスホールで一番の舞姫であるポテトを貴族の青年が誘う。
「えっと」
ポテトが不安そうにリゲルをみやれば、リゲルは笑顔で微笑んで頷く。
その笑顔に、すこしだけ心がちくんとした。
社交ダンスというものはずっとリゲルと踊っていればいいというものではない。あくまでもここは「社交」の場であるのだから。
「じゃあ……」
男性貴族の手をとれば、男性貴族がポテトを抱き寄せる。
「っ!」
つい、声がでそうになるのを必死にこらえて、ポテトは微笑み、ダンスに応じる。
アンドウトロア、アンドウトロア。
なぜだろう。アレだけたのしかったダンスが、急に色あせてつまらなくなった。
我が妻ながらに美しいとリゲルは思う。
まるで、森を駆けるような軽やかなステップは妖精のようにすら見える。
ダンスホールに輝く宝石。それがポテトだ。
そりゃああんなダンスを見せられたら男性貴族たちが放っておくはずはない。
なんとなくリゲルはあそこまで真剣にダンスを教えなければ……なんて思ってしまい慌てて首を振る。
そんなことを思ってはいけない。
美しい妻が立派な淑女として社交界にデビュタントした。それは誇らしいことだ。母だって喜んでくれている。
間違いはない。間違ってなどいないのだ。
リゲルは気分を落ち着けようと果実ジュースを手にとった。
いつもだったら美味しく感じるだろうその最高級のジュースがやけに酸っぱく感じる。
一方ポテトはひっきりなしに申し込まれるダンスの誘いにてんやわんやだ。
しかしこれこそが貴族の妻としての役目。
旦那様の社交のためにはしかたない。
天儀の騒動を超え、そして当主としてアークライトを継いだリゲルを支えることができるのは自分だけだ。
ポテトの目がリゲルを探す。いた。
とてもきれいな貴族のお嬢さんとリゲルはダンスしている。
ちくん。
だめだ。リゲルだってあれは社交界での貴族としての勤めを果たしているのだ。
ちくん。
あの女の子、あんなに頬をそめて……リゲルのこと好きになったのかな? しかたないよね。リゲルはかっこいいんだから。
ちくん。
胸が痛い。ほんとは嫌だ。あんなの嫌だ。私のリゲルに触れるな。リゲルは私のものなのだから。
ちくん、ちくん、ちくん。
ポテトの心臓は茨に囲まれたように、痛みだけが増していく。
「……?、ん?」
帰宅したポテトはリゲルの食事当番でだされた食事を口にして頭を捻る。
決してまずいわけではない。でもなにか繊細さに欠けるというか、雑な味と感じたのだ。
「ん? どうかしたのかい? ポテト」
「ん? いや、なんでもないぞ、うん」
スープを口に含めば含むほどに増していく違和感。
いつもならリゲルの料理は喜んで完食するはずの娘も途中で食べるのをやめて、部屋に戻っている。
でもリゲルは笑顔でいつもどおりだ。ポテトはリゲルは疲れていたのかなと納得し、味を指摘するのはやめることにする。
もちろん自分だってなれないダンスで疲れているが、それを察したリゲルが今日の食事当番を変わってくれたのだ。文句なんて言えるわけがない。
(疲れているなら言ってくれてもいいのに)
理不尽とは思うけれど少しだけそう思う。
ガシャーン!
突如甲高い音が厨房の方から聞こえ、ポテトは急いで厨房に向かう。
「驚かせてわるいね。ちょっとドジっちゃったよ」
割れた皿のかけらを集めながらリゲルが詫びる。その指先は赤く染まっていた。
「リゲル、怪我をしているじゃないか! 片付けは私がするから」
「ごめんごめん、大丈夫だから、いいから! ポテトはゆっくりしておいで」
リゲルの強い拒否にポテトはそれ以上言葉を重ねることができなかった。
「リゲル」
夜も更け、二人はベッドにつく。
灯を落とし、昏い部屋の中、寝息がきこえないことに気づいたポテトがリゲルがまだ寝ていないと思い、呼びかける。
「……」
返事はない。
「リゲル、おきているんだろ」
「……」
「リゲル」
横たわる愛しい男の広い背中にポテトは抱きついて呼びかける。
きっとリゲルは寝ていない。なのにどうして私を無視するのだ。悲しくなってくる。
「リゲルぅ……」
泣きそうになって呼びかけた瞬間――。
飛び起きたリゲルがポテトをそのまま組み敷いた。
どきんどきんと心臓が跳ねる。
「リゲル?」
自らの手を組み敷くリゲルの手が火のように熱い。
獣じみた男の目がポテトを射抜く。
「どうしたんだ? リゲ……っ、んっ」
言い切る前にポテトの唇をリゲルの唇が塞ぐ。
まるで鳥が餌をついばむような激しい口づけ。
「ん、んっ」
息ができない。
自分が何をされているのかすらわからない。
「どうした、じゃない」
激しい吐息にまぎれて、リゲルが口を開く。
「ポテト、あいつとダンスして、この手をとられてどう思った?」
「えっ」
「腰を引き寄せられてどう思った?」
質問の意味がわからない。ダンス? 今日の社交パーティでの話のことか? 私が何か悪いことをしたのだろうか?
「ポテトは俺のものだ!」
落とされる口づけはまるで別人のように激しい。
やがてリゲルの唇はポテトの指先を捉える。
「ひゃう」
そのくすぐったさにポテトはつい声を出してしまう。
「この白くて細い手は俺のものだ
この柔らかい髪も
唇も
腰も
全て、全て俺のものだ!」
ぎゅうと強く荒々しく抱きしめられたポテトは目を白黒とさせてしまう。
そうして気づく。
リゲルは不安なのだと。
その不安の源泉は間違いない。
いつだって自分が心に隠している感情。
闇くて、醜い――嫉妬という感情。
「リゲル……っ! まって」
「またない!」
肩口に落とされるリゲルの唇が熱い。
鎖骨にそって胸元に唇が近づいていく。
「リゲル、リゲルっ!」
ぱちん、と両手で強くリゲルの頬を叩く。
「ポテト……?」
「ふう、いつものリゲルをとりもどしたか」
キョトンとするリゲルにポテトはふんすと鼻息を荒げて――。
優しく胸元にリゲルを抱き寄せる。
「ポテトっ?」
リゲルを抱きしめたポテトはリゲルへの愛しい思いが溢れていく。そうなんだ。嫉妬していたのは自分だけじゃなかったのだ。
目を白黒させるリゲルの柔らかい銀の髪を優しくなでる。
「怖かったんだな、リゲル」
「……」
「わたしだっていつもそんな想いをしてるんだぞ、リゲルはやけにモテるから」
「き、君だって、今日の社交ダンスで、あんなに列ができるほどダンス申し込みされてモテてたじゃないか!
連れて行くんじゃなかった。俺のポテトが他のやつと」
ポテトはぎゅっとだきしめて頭を撫でる。
「だからな、怖かった。リゲルが誰かに取られてしまうかも、って思って」
リゲルはポテトの言葉の続きを促す。
「でもな、リゲルも同じ、だったんだな。
ほら、嫉妬とかそういうのを口にだしてしまうと、格好わるいとか、醜いとかおもわれそうで口にだせなかったけど、私はずっとおもっていたんだからな」
「……」
「だから、リゲルもそう思ってくれてるっておもったら、なんというかな、好きが溢れてしまって、たまらなくなった。
つまりな? リゲルが愛おしいんだ」
柔らかなポテトの胸の鼓動が、とくんとくんとリゲルのちくちくした心を癒やしていく。
とくん、とくん。
「だから、あんなに激しかったんだろうけどどっちかというと優しいほうが私はいいかな? あのリゲルは少しこわかった。
いや、ドSなリゲルもなかなかに魅力的だ……とはちょっと思ったけど。うん」
とくん、とくん、とくん。
胸のうちを打ち明けると妙に恥ずかしくなってポテトの鼓動が早くなる。
とくんとくんとくん。
「ごめん」
「あやまらなくていい。私はリゲルの新しい一面を見れて満足なんだ」
「ごめん」
「あやまらなくっていいっていってるだろう? 私は満たされているんだ。またひとつリゲルを好きになれた。
きれいなリゲルも、そうじゃないリゲルも、全部好きだ。
でも今日みたいなリゲルは私の前だけにしてほしい、かな?」
言ってリゲルの頭を固定していた腕をポテトはとく。
「やり直していいかな?」
「ん?」
「違うな。やり直させろ」
「うみゃん?!」
リゲルがポテトの唇を奪う。激しいものだったけれど、こんどはいくぶんか優しく。
「すこしSっぽいのがよかったんだろう?」
いたずらげに微笑むリゲルはいつもどおりで――。
「――ばか」
こんどはポテトからリゲルの唇に自分の唇を重ねる。
月明かりに浮かび上がる二人の影が溶け合うように重なっていく。
次の日、仲直りしたの?
なんていう娘の言葉に二人はびくりとする。
どうも昨日の二人がギクシャクしていように見えて心配だったようだ。
大丈夫だよ、と娘を安心させるためにポテトが撫でようとすると、なにそれと、娘が手首に記された赤い跡を指差す。
それはリゲルがポテトに記した「愛」の楔。
いつの間にとポテトがリゲルを睨みつければ、娘はどうしたの? 怪我? なんて心配するものだから、ポテトは――。
「うん、ちょっと、寝相が悪くてベッドにぶつけたんだ」
なんて言い訳すると、娘は納得したようで包帯をもってくるとパタパタと部屋をでていった。
「……リゲル、いつの間に! こんな、……キスマークなんていつのまに!」
ポテトは旦那様の狼藉に顔を真赤にして怒る。
「誰かに取られないように、マーキングだよ」
悪びれないそんなリゲルの態度にポテトはひとつため息をついて。
「いてっ!!」
思いっきり足を踏んでやった。ざまをみろ、だ。
ポテトは、痛そうな顔をするリゲルが愛おしくて愛おしくてしかたなくて、くすりと笑った。