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生き物の性とは
登場人物一覧
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──昼の幻想、某所にて。
「──人間というのは奪わねば生きていけない生き物だ」
揺れる炎の様に赤い髪の男──刺幻が、厳かに告げる。片目を眼帯で隠したその眼差しは厳しくも威厳があり、彼の生きた厳しい人生を物語る様であった。
「そもそも人間というのは──ああ、この場合は面倒だから人間種とか、獣種とかそういうタイプのを一括りに人間としよう。人間というのは、食物を食べねば生きていけない。それは他の動植物から命を奪う行為であり、そうして生きながらえている。生存に関係する行為ばかりじゃない。戦争なんかが人間の最たる業だ。繁栄のための略奪。禍根を残すと知っていても、それが本質的に悍ましい行為だと知っていても、人間は何度でも"それ"をする。──哀しい、生き物だよ」
それに相対した紫色の髪の男──クウハは眉間に皺を寄せて刺幻を眺めた。
「……で? 今オマエさんが吐いた壮大な内容と俺様のお高いチーズケーキが食われてることに何の関連が?」
「他人の金で食うデザートは美味い」
「ふざけろテメエーーーーーーーーッ!!!!」
クウハが放ったナイトメアユアセルフは刺幻が皿ごと回避したためその真後ろに居たお客が犠牲になった。出禁になった。
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──昼の鉄帝、某所にて。
「ふっざけんな……マジふざけんなよテメエ……財布持って来てなかったってどういうことだ……? デザートどころか料理全品俺の金なんだが!?」
「ゴチになります!」
「ほざけ!
「……あの、」
「おいおい、一回分の食事くらいで小さい男だな」
「テメエ幾ら分食ったと思ってんだ? そこそこあった筈の俺の財布が小銭しかないさもしいことになってんだよ」
「そのぉ……」
「Ptubeの動画投稿で稼いでるんだろう? ほら、赤スパの人」
「それとこれとは話が別だっつーの。知ってっか、食べ物の恨みってのは根深い……」
「すみませぇん、」
「さっきから
「ひーーーーっ!? ごめんなさい命ばかりはどうか!!」
2人の会話に何とか入ろうとしていた人物は、ビョンとバッタの様に飛び上がってその場で土下座した。刺幻からは刀の切っ先を、クウハからは大鎌の刃を突きつけられたのだから一般人のほとんどはこうなる。
「あー……? 待て待て刺幻、コイツはあれだ。依頼人だ」
「何だ、それを早く言え。危うくぶっ飛ばすところだった」
「ひぇええ……」
「まあまあ、そう怖がるなよオマエさん。悪かったって。俺様達に依頼があるんだろ? 話してくれヨ」
しゃがんでがくがくぶるぶる震える小柄な鉄騎種の男の前にしゃがみ込んだクウハは、整った顔立ちに人の好さそうな笑顔を浮かべてみせた。その笑顔に緊張を解いていった男はおそるおそる話しだす。
「わ、私達の村に、化け物が徘徊する様になってしまって……それを、お二人に退治していただきたいんです」
「化け物?」
「天衝種、というやつだな。最近の鉄帝国内で蔓延っている
「ほー……確かに旦那が最近、鉄帝関係で忙しそうにしてたな。そいつらも原因か」
「はい、そう言われてますね……た、ただでさえ今までにない寒さで、みっ、みんな参っているのに……恐ろしい化け物に食糧も荒らされて……だから私が、ここまで命からがら……」
「よし、そうと決まれば行くぞ」
「えっ!? ……あっ、ありがとうございますっ!!」
「おいおいおい、待て待て。即断即決って言っても限度があるだろうが。せめてもう少し情報が無ぇーと対策も立てられねーよ」
今すぐに出立と言わんばかりの刺幻にクウハが一度待ったをかける。こちらは命をかけるのだ。「魔物が出ました」「じゃあ退治に行きます」では余りにも割に合わない。
「せめてその魔物がどんなやつかくらい教えてくれたっていいだろ?」
「えっ、あ、その、」
「一刻も早く倒さなければ被害が拡大する。情報なら道すがら聞けばいい話だ。私とお前なら何とかなるさ」
「……しょーがねーなー。で、村ってのはここからどれくらいだ?」
「こ、ここから馬車で半日かからないくらいです……。私が用意しておりますのでそれに乗っていただければ……」
「……ふぅん、わかった。依頼料は?」
「こちらに……村からかき集めたなけなしのお金ですが、化け物を倒していただいた暁には必ずお支払いしますので……!」
「時間が惜しい、さっさと行こうじゃないか」
「は、はい!馬車はこちらです」
刺幻とクウハは視線を交わすと鉄騎種の男の案内に従い、馬車に乗り込んだ。男は御者台に座ると馬を走らせ、雪降る鉄帝の地を横切っていく──
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──夜の鉄帝、某村にて。
雪というのは、音を消す。シンと染み入る様な寒さの中、雪に音を吸収されて静かな世界は何とも寂しさや風情を掻き立てるものだ。そして、その村も
「静か、だな」
「ああ。み〜んな家に引き篭もってんのかもな。この寒さじゃ無理も無い」
「ま、まもなく、化け物が出てくる、時間だと思います!」
「よし、じゃあ行ってくる」
「は? あ、おい!」
刺幻は馬車の中で軽く屈伸運動をすると馬車の中から飛び出し夜闇の中へ消えていった。それをあーあ、とクウハは見送る。
「ったく、仕方ねぇ奴だなァ……」
「だ、大丈夫でしょうか……」
「大丈夫じゃねえ方が都合がいいだろ?」
「え?」
「さて、と。ちょっくら
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「おい、こっちだ! 囲め!」
馬車を降りて村の中へ入った刺幻を迎え入れたのは魔物ではなく、人間の声だった。わらわらと粗雑な武器や農具で武装した男達が十数名、刺幻を取り囲む。
「……悪いな、兄さん。頼むから大人しくしてくれ。そうすりゃ命までは取らねえからよ」
「……ほう」
「俺たちも、何もかも奪われちまったんだ。もう、何も残っていない。後は奪うしか生き残る術が無い」
傲岸不遜に刺幻は彼らを見渡した。男達は、戦士の顔ではなかった。日々をささやかに、けれども必死に生きる目をしていた。そんな彼らに、刺幻は問いかける。
「今ならまだ間に合う。武器を下ろせば、死ぬことはない。貴様達から奪った人間と同じ場所まで身を堕とすことも」
「──食わせなきゃいけない人間がいるんだよ!」
「……そうか」
静かに
「遅い。護るものがあるなら、死ぬ気で食らい付け!」
「ぎゃっ!?」
「ひっ!」
「怯むな! 数はこっちが勝ってるんだ! 畳み掛けりゃこっちのもんだ!」
そこにいたのは、戦人だった。刃を恐れず、銃弾を恐れず、華麗に敵を斬り伏せ、そしてただ、勝利を重ねる。
「……哀しい生き物だよ」
刺幻は静かに愛刀を鞘へ収めると、静かに村人の1人の脈を測る。やや弱々しいものの、確かに脈を打つ生命に刺幻は静かに息を吐いた。安堵か、自嘲だったのか、それは刺幻にもわからない。刺幻はため息を着くと家の中の気配を探り、扉を開けた。
「あ、あ……」
部屋の隅で怯えているのは、子供を抱きしめた母親と思しき女。刺幻はそれを眺めると、家の外を指差した。
「このままじゃ、外にいる連中は全員凍死する。早めに回収してやることだ」
それだけ手短に残して、刺幻は馬車へと戻っていった。──後日、この村は『匿名の』情報提供により革命派の手が差し伸べられたという。
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「オマエさァ、嘘がド下手なんだな? 化け物が村の中を徘徊して命からがら逃げてきたって設定で、呑気に村で金かき集めてる暇があるかよ。しかも夜だから遠くからでも村に人間がいる
「ひっ、ひいっ」
「刺幻の奴もノリ悪ぃよなぁ? もうちょっと上手に引っかかったフリしてやりゃ、俺様が一網打尽にしてやったモンを」
「た、たすけ」
「五月蝿ぇ」
雪の降り積もる地面に転がった鉄騎種の男を、クウハが蹴り上げる。蛙の潰れた様な悲鳴をあげて男が更に雪の中に埋まった。
「こちとらクソ寒い中ここまで付き合わされてイライラしてんだよ」
「ぐ……うげ……」
「確か……そう、思い出した。
しゃがみ込んで、ニヤニヤと笑うクウハを前に、男はがたがたと震えて何もできない。
「す、すみません、すみません、すみません……冬を、冬を越せないんです。全部暴漢に取られて、このままじゃ冬を越せないんです。だから……」
「そうか。そいつは可哀想に」
「だ、だから、許し……」
「次からはもっと嘘が上手くなるこった」
クウハが男の頭を掴むと、びくん!と男は痙攣してそのまま動かなくなる。ごくりと喉を動かしたクウハは男をそのまま雪の中へ放り込み、やがて男の姿は雪の中へ埋もれていった。
「来世での教訓にするんだな」
うぇー、クソ不味い。と呟くとクウハは馬車を漁り、男の用意していた金を懐に納めた。刺幻が食べた分くらいは賄えそうだったのが幸いだろう。
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──昼の練達、某所にて。
「おい、私の分の報酬は」
「は? 取り立てるって言ったろうが。ビタ一文渡さねぇぞ」
暖かく快適な気候の中、刺幻とクウハは睨み合う。鉄帝での一件の報酬(と言っていいかはわからないが)はクウハが全て懐にないないしたので刺幻は本気でタダ働きだったのだ。
「いいことを思いついたぞ、クウハ」
「あん?」
「鉄帝では、
「……上等だコラ。返り討ちにしてやるよ! 俺のボーナスになりな!!」
「ハハハハハ! 私のランチ代になってもらおうか!!」
街の往来で刀と大鎌で殴り合いを始めた2人が警察のお世話になるまで、あと5分──。