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あの人に見せたいそれぞれ
登場人物一覧
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えーと、こほん。
この映像を見ているということは、儂はもうこの世には……んー、いや、おるやもしれんな。うん、たぶんおるおる、きっとな。
まあそんなわけでおりはするんじゃが、皆と気安く会えるような場所には、おいこら、オブ、またか。いま大事な話を、ああもう。
すまぬ、オブライエンがな、さっきから邪魔ばかりしよって。この甘えたの猫め。
それでな、あー、なんじゃっけ。
ああそうだ、ビデオレターなんぞ、変に思ったじゃろ。儂の雰囲気に合わんし。
それもさっきからこやつ、オブライエンのせいじゃよ。最初は儂も、手紙にしようと思ったんじゃ。味もでるしの。それが、書いたそばから紙の上をこの駄猫がとっとことっとこ。ご丁寧に脚に墨までつけよって、それでこの通り、書き損じの山じゃ。足跡付きまくりで何か可愛いグッズ見たくなっとるし。
で、なんじゃっけ。ああ、そうじゃ、こら、オブライエン、あっちにいっておれと……もう、なんじゃー、遊んでほしいのかえ? 仕方ないのう。すまぬ、しばしまっとれー。
(小一時間、無人のビデオ映像が続く)
「おはようございます、ほしぞら。もうすぐ出来上がりますから、顔を洗ってきてください」
目をこすりながら起きてきたほしぞらを、フライパン片手にナナセが迎えた。
素直に頷いて洗面所へと向かうほしぞらを温かい目で見送りながら、ナナセは手首のスナップを利かせ、フライパンの上のオムレツをひっくり返した。
こういうことはまるでやってこなかったが、触れてみると楽しいものだ。小さな工夫が上手くいったときなど、術式を完成させた時に似た達成感を感じる。
皿は全部で4つ。ひとりはまだ寝ていて、ひとりは、果たして、帰ってこられたろうか。昨晩は仕事で、あちこち駆け回っていたようだ。作らずに居て、寂しがらせても良くはない。余っても、きっとほしぞらが食べてしまうだろう。
「おとーさん」
「ああ、ほしぞら、来ましたか。まなづるはどうしました?」
「寝てた」
「では、起こしてきてくれますか?」
「寝てた」
「ええ、でも、朝ですから。起きないと」
「ん」
そう言って、まなづるの寝床に向かうほしぞら。この数年で、なんとも表情豊かになったものだ。もしくは、ナナセがその表情を読み取ることに慣れてきたのか。
でもきっと、それはナナセだけの功績ではない。ほしぞらが情緒豊かになったのは、ひとえに祖母の努力の賜物だろう。彼女はいさな、ほしぞらという存在に対し、誰よりも応えていた。誰よりも存在を認め、誰よりも話を聴き、そして誰よりも人間を教え込んだ。
だから、だからいさな、ほしぞらという存在は、今や人間に近い。体の構造の違いも、生まれの瞬間の違いも、この世界では大したことではない。どのようにあるかが、人間との線引なのだと、ナナセは考えるようになっていた。
あの子は、祖母によって、人に成れたのだ。
その役目はきっと、ナナセに引き継がれている。
「さしあたって、朝ごはんを教えましょう。作法とか、難しいことはまだいい。それとあとは……学校でしょうか」
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それでの、あー、こほん。
正直な、こうなる気はしとった。
九裏浜十三鞭口縄を封印するに、どうしても鹿王院の血を引いた術者は必要じゃからの。
儂が楔になることはなかったと思うか? 阿呆、そんなことをしてみい、水梛が真っ先に飛び込むに決まっとろうが。
舐めるな。これでも、顔を見取るつもりじゃ。娘の心がわからぬ母だとなど、二度と悔いたくはないわい。
……じゃから、儂がなるしかなかろうて。
なに、死にゃせん、死にゃせん。
運が良ければ今生でもまた会えるじゃろ。
あー……そういえばの、口縄そのものは封印するがの、とうに散らばった呪印持ちは儂にもどーにもならん。
そっちで上手くやっとくれ。
なに、ナナセとイチカがおるんじゃ。なんとかなるじゃろ。
まご~、ファイトじゃぞ~。
「ファイトじゃぞ~、じゃねえよババア!! くそっ、ラス2!! そっちは!!?」
「6だ。ひとつ分けよう。前々から思っていたが、君はバカスカ撃ち過ぎじゃないか?」
「今言うなよ!! 青色! 耐ショック姿勢!!」
イチカが叫ぶと同時、ぶぉぅんという音とともに、波状の何かが通り過ぎた。それは遮蔽物もお構いなしにイチカらに強襲し、その身体を吹き飛ばす。
ごろごろと転がりつつも体勢を立て直すイチカ。チコーニャを探したりはしない。正面切った戦闘を避ける彼女だが、この程度でやられるなど、ありえなかった。
「くっそ、なんだよ衝撃波の呪印って!? 反則だろあんなん!!」
「そうだろうか。昨日のビームの呪印持ちの方が相当無茶だったように思える」
「どっちもどっちだろ!」
その時だ、耳に入れていた小形インカムから声が聞こえ、イチカは意識の一部をそちらへと傾けた。
『生きてるぴょん?』
「なんとかな! そっちはどうなってる!?」
『おまかせでーす。現着現着。ただいまはるか上空也。流石に気付いてないぴょん』
『すまない、真面目に考えたんだが、やはりこの作戦は中止しないか?』
『今更何言ってるぴょん。ノリノリだったじゃないですか』
ノリノリだったのは彼女とアマガッパだけだ。無尽蔵に衝撃波を放ち続けられる呪印持ちを相手に、酒の勢いで完成したとしか思えない作戦は、完全な意識外からの一撃必殺。即ち高空からのプロレタリア投下による一撃だった。
ここでイチカがドンパチやっていることなど、全て囮である。
「おい、時間ねえぞ、ぶちかませ厄ウサギ☆」
『あいさー。直下型ミサイル:プロレタリア。発射~☆』
珍しく、物静かな男の悲鳴が上がる。
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ああそれと、最後に、な。
こほん。
儂を助けようなぞと思わんことじゃ。
考えてもみぃ、それで九裏浜十三鞭口縄がまた野に放たれたらどうする?
おぬしらはまだ青い。家族の命を危険に晒すような行為など、儂は許さぬ。
せめて力をつけよ。術式を編み、精錬せよ。そしてそれを、次代に継いでいけ。そうしていずれ、口縄さえも蹴散らせるような強さを持てば良い。
じゃから、助けるな。
言うて、封印の霊域も検討つかぬじゃろうがの。
あー、水梛あたりは暴走しそうじゃの。婿殿、頼み事をするのは口惜しいが、手綱は握っとれよ?
「残念ながら、お母様。そう言われて、はいそうですかと大人しく引き下がるような娘ではありません」
山道を男女が行く。どちらも野道を行くには似つかわしくない和装だが、それが二人の足を引いているようには到底見えぬほど、しっかりした足取りで進んでいく。
「いえ、先代さまは、きっと水梛さんがそう出ることもわかっていましたよ」
水梛の失われた片目、それを一番悔いていたのは間違いなくミコトである。あれ以来、彼女は水梛のことがわからないということを、極端に恐れていた風にも見えた。正確には、そう感じ取っていた。
「わかっていなかったのは、私のことでしょうね」
きっと彼女は、水梛がひとりで行動をしても、自分がなんとかしてくれると思ったに違いない。
まさか、夫婦揃って封印の地を探し始めるなど、思いもよらなかったことだろう。
探し始めて、何日が、何週間が、何ヶ月が経っただろう。
まだ何も見えてこない。それらしき影すら見当たらない。手がかりの一つすらまるでない。だからこうして、それらしいところを探している。途方もなく、探している。
水梛はきっと、それを苦とは思っていない。彼女はきっと、ひとりならどこまでも探し続けるだろう。その意味ではたしかに、彼が手綱を握っているのかもしれなかった。
「それで、水梛さん。『今日は』どこまで探します?」
あくまで、今日は。今日だけで終わる補償などない。今日見つかるかもしれないが、今日見つけられないこともある。今日探し続けるよりも、明日も明後日も探し続けられる方が、ずっと可能性は見えている。
だから、彼は水梛をそう諭したのだ。いつまでも探していい。ただ、今日はどこまで探すのかと。
「そうですね、じゃあ、あそこの麓までにしましょう」
あそこ、と言って水梛はみっつ向こうの山を指差した。辟易するような距離かもしれない。しかし彼は二つ返事でこう応えるのだ。
「では少し急ぎましょう。今日はイチカが返ってくるんです。帰りにお肉を買って帰りましょうね」
「まあ、そうでしたか。では腕によりをかけないといけませんね」
「ええ、手伝わせてくださいね」
「はい、よろしくお願いします」
そう言って、山道を抜けていく。あてのない探索。いつ終わるともしれぬ、砂漠でごまを探すような行為。だが二人の距離は、これまでのいつよりも近かった。
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んむ、それではの。
達者でおれよ。