PandoraPartyProject

SS詳細

どんなに辛くても、哀しくても

登場人物一覧

コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)
慈悪の天秤
コルネリア=フライフォーゲルの関係者
→ イラスト

 ––コニー。
 ––あの時と同じだ。
 ––今の君には、俺は撃てないよ。

 脳に響く声に呼応するかのように、疼く腹部へ無意識に手を当てる。
 既に外傷は無く、傷は疾うに癒えている。それでもだ。アタシはあの時、あの顔を見てからずっと痛むの。
 戦場で真っ白になってしまった頭が、震えて力の入らない指が、呼びたくても声を発してくれない喉が。じくじくと蝕んでいく心を、必死に押さえつける。吐息が震えているのを自覚すれば、今も尚、自分の精神は撃たれた時のままなのだと、嫌でも突きつけられる。
『どうして呼び声に応えてしまったの』
 あぁ、なんて当たり前で、悲劇的な言葉なのだろうか。
 魔種となってしまった彼を憐れみ、世界の理不尽に怒る。かつての身内が敵として現れ、葛藤に苛まれる。
 だがその前、ヴェルンヘルの声を聴いた時。アタシの脳内を占めたのは。
『犯した罪が目の前に立って此方を見ている』
 遅れてそこに気づいた時にはもう、引き金に入れる力が緩んでしまっていた。
 ヴェルンヘルでもなく、彼に巻き込まれた人達のことでもなく。アタシは。
「テメェの事しか、まだ赦されたいとか……考えてんのか」
 わたし、アタシ、自分ばかり。
 救われぬ誰かの手を取りたいと、命の重さと向き合って生きていたかった筈なのに。
 そのどれでもない、理解しながも目を逸らし、仕方ない、仕事だからと己を納得させ続けていた穢れが、人の形をして眼前に立っていたのだ。
 彼は言う。
『コニー、俺は君の罪でも罰でもないのさ』
 それは救いの言葉では無い。
 アタシがこの世で生き続ける理由を取らないで。
 縋る先を取り上げないで。

 ここまで来てもまだ、アタシは生きたいのだ。
 死にたくない、怖い。
 わかるでしょう、貴方なら。
 アタシの弱さが。
 赦される為の生と、罪が拭われぬ事を望み、罰を欲しがる矛盾。
 互いに依存した傷の舐め合いは、他から見れば歪だったのかもしれない。
 手を伸ばしても、もう取ってくれない。騙されていたとしても、アタシは確かに貴方を愛していた。
 今もきっと愛しているのだろう。
 手に掛けて尚、愚かな想いは心を締めつける。
 養母の死で無力を知り。
 師を殺めて無常を抱き。
 恋人に騙され、現実に絶望する。
 今は亡き仲間の献身で生への執着に気付かさた。
 アタシを怨んでいるであろうあの子アエミリアに会った時、自分は何を思うのか。


 こんな鬱屈な思いがあったから、あの戦場でアタシは動けないままでいた。
 だが、一つだけ容認出来なかった。
『ヴェルンヘルの未練が、アタシの後悔を深くする』
 アタシが動けない中で、彼に啖呵を切ってくれた仲間が……友達に向けられた銃弾。
 経験がその弾道を警告してくれたのに。
 アタシの迷いが彼女を傷つけてしまった。
 直ぐに他の仲間がカバーしてくれたのに、アタシはまだ震えたまま。
 彼との視線が交差した時、決定的な言葉を紡ぐ。
『コニー』
 呼ばないで、アタシの名を、聞き慣れた何時もの声で。
『あの時と同じだ』
 違う。あの時と同じで弱い女なのは変わらないけれど。
『今の君には、俺は撃てないよ』
 養母の想いを受け継ぎたいと、シスター服に袖を通した決意は。
 師、自らの生命を持って教えてくれた覚悟は。
 生きて欲しいと願ってくれた優しい友達の想いは。
 誰かを助けて笑い、何かを見捨てて目を逸らし、手を掴んでも救えなかった命に泣いた苦しみは。
 此処で動けなきゃ、仲間まで見殺しにしてしまったら。アタシは何の為にここまで生きて戦場に立っている。
 何も選択せずに、見ているだけなんて、そんな自分だけは、認められなかった。
 今この一瞬だけ、心に抱える全てを封じ、引き金に引っ掛けている指に、血が巡る。
『ざ、け、ん、な……!』
 絞り出した声は、掠れていただろう。
 涙も流れ、鼻水も垂れていたかもしれない。酷い顔だ。
 それでも、それでもアタシは漸く、撃てたのだ。明確に、自分の意思で彼を。
 互いの弾丸が、自身の腹を、彼の腕を穿つ。
 彼は撤退を選んだ。
 更に仲間を撃ち、死にたくないと宣って消えていった。
 撃てなかった、心臓に一発、頭に一発。確実に屠る一撃までに届かなかったのだ。
 覚悟、殺意、技術。足りてないものだらけである。
 あんなに、悔しい気持ちになるものなんだと、今更ながらに他人事のように思う。
 次の邂逅でアタシは彼を撃てるのだろうか。向こうは撃つだろう。抑えられない憤怒はアタシ一人でどうにか出来るものではない。
 撃たなければ、此方が殺られるだけ。
 ならば、改めて覚悟を決めよう。
 二度、愛する者を害することを。
 決別と、どちらかの生命が朽ちることを。


 銃は害する為にある。
 師に教えられ、ずっと心中にある薫陶だ。
 これを握るのは、如何なる理由があれども、誰かを害するものなのだ。
 決して忘れてはいけない。どんな生命でも、どんな経緯があったのだとしても。撃った結果は変わらない。持つのだから。
 アタシは目を背けてはならないのだ。このの重みを。
 この先もアタシは迷いを抱きながら歩いていくだろう。
 後悔しながら、鬱屈した気持ちを消しきれずに。
 それでも。

「アタシは生きたいと叫ぶ想いを、求める声を」
 諦めたくないのだ。

PAGETOPPAGEBOTTOM