PandoraPartyProject

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Emergence

登場人物一覧

ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者

●起
「……っ……」
 寝苦しい夜。
 思わず漏れ出た呻き声を押し殺すようにジェック・アーロン (p3p004755)はシーツを強く噛んでいた。
 背中に走る激痛。確実に身命を脅かすその疼きは強い毒気を帯びていた。
「……っ、っ……ッ……!」
 断続的に続くその痛みは病変の発作を思わせた。
 声を上げてしまえば楽になるのにそれはせず、線の細いジェックは硝子細工よりも繊細な美貌に似合わず強かにこれを耐えている。
(もう少し)
 そう、もう少しなのだ。
(……あと、少しだけ)
 喰いしばった歯が緩まないように意識を強く持ち直す。
 ふうふうと荒れた呼吸を整え、苦鳴をやり過ごそうと全身全霊の努力を重ねていた。
 これは初めての事では無かったから――嵐の訪れを解決するのが時間のみである事を彼女は知っていたのだ。
「……はぁッ……!」
 大きく息を吐き出したジェックは濡れたシーツを離し、漸く新鮮な空気を口に含んで人心地をつく事に成功した。
(……一体、何が……)
 その『異変』が現れたのは何時の事だっただろうか?
 少なくとも彼女はその始まりを正確に認識していない。
 少なくとも彼女はその原因を、その先を正確に理解しては居なかった。
 一番最初はちょっとした背中の痒みだったように思われる。
 その次に自覚したのは僅かな疼きだ。
 ほんの些細な疼きはやがて違和感に変わり、痛みの姿を見せ始めた。
 そこからの進展は早く、今となっては御覧の有様だ。ジェックの事情に関わらず、身勝手に生じる『発作』は一人の時間であろうと、友人や恋人と共に過ごす時間であろうと、真夜中の夢の中であろうともお構いなく凶暴に彼女を苛み続けていた。
「……ん……」
 小さく身じろぎした愛しい太陽タントの眉が小さく動いた。
 思わず息を押し殺したジェックはやがて彼女が規則正しい寝息に戻った事に安堵して、彼女の頬を優しく撫でる。

 ――平穏の日常、その象徴たる恋人かのじょに気付かれてはならない。

 ジェックは賢しい。
 賢しいから、自身の努力が破滅の時間を先延ばしにするだけの意味しか持たない事を知っていた。
 だが、しかし――
(……何時までも変わらないタント)
 ――タントとは対称的な歪な世界の象徴ガスマスクが外れた時、恐らくジェックの時間は動き出したのだ。
(出会った時と何も変わらない。何時も、何時までも可愛らしいアタシのタント)
 ――手足はすらりと伸び、今にも折れそうだった身体は随分と肉付きが良くなった。
(アタシは)
 色素の薄いミステリアスな美貌は昔と変わらなかったけれど、まるで羽化するようにジェックは大人の女性へと姿を変えつつある。
(アタシは、きっと。キミと同じ時間を歩けない……)
 成長自体は素晴らしい事だったかも知れないけれど、ジェックにとってそれは簡便な事実を思い知らされるだけの確認に過ぎなかった。
(……それは、分かってた事だったけど)
 無意識の内、ジェックの目元に熱い何かが滲んでいた。
 
 
 ……毒に満ちた廃滅もとの世界で十余年を過ごした彼女はあの場所の残酷さへいきんじゅみょうを知っている。
 きっとあの頃、ジェックは死ぬ事を然程恐れてはいなかった。
 世界には死が満ちていて、突然の終わりさえ日常に過ぎなかったからだ。
(なのに)
 なのに。
(今、アタシはこんなに『怖い』――)
 キミを置いていかなければいけない事が。
 こうして発作に塗れ、瘦せ我慢をし続けなければいけない事が――
「……いけない」
 小さく一人ごちたジェックはのそのそとベッドから起き上がり、一杯水を飲み干した。
 繰り返すが原因は知れない。解決方法も微塵も分からない。
 しかし、その正体が一切不明である以上は――これ以上悪くならないとも限らないのは事実なのだ。
 辿
 ジェックは強く気持ちを持ち直した。
 どうあれやれる事をやる以外には無いのだ。
 抗える限りは何か一つでも抗って見せよう。
 お仕着せの運命を嘲り、万に一つの好機でさえも穿ち抜く。
(……簡単な奇跡だよ。今ここにこうして居られるのと比べたら。
 簡単過ぎる奇跡だよ。キミに逢えた運命と比べたら――)
 一日、一時間、一分、僅か一秒でも長く――キミには笑顔で居て欲しい。
 一欠片も曇る事無く、変哲もない日常が明日も続く事を信じていて欲しいだけ。

●承
 ギルド・ローレットのオーナー執務室。
 イレギュラーズにとっては日常そのものと言える場所だが、今回ばかりはそうであるとは言い切れまい。
「成る程、ね」
「……ごめんね。忙しい所に」
「馬鹿言えよ。『最優先』だろ?」
 やや伏せ目がちのジェックのやや力の無い苦笑にレオン・ドナーツ・バルトロメイ(p3n000002)は小さく息を吐き出した。
 書類仕事の最中だった彼は眼鏡を掛けている。手元の書類のサインを放棄し、羽ペンを机の上に放り出している。
「……しかし、『発作』か」
「うん。全く原因は分からないんだけど」
 元々が忍耐強いジェックはこれまで自身の身に起きた『深刻なトラブル』を誰かに相談した事は無かった。
 されど、事これに到っては捨て置ける話ではなく、目を閉じてやり過ごすには破滅の足音は生々し過ぎたのだ。
 座して待てばやがて訪れるのが緩慢な破滅のみなれば、思い切る気持ちも強くなる。
 元の世界で染みついた生活からしても、特にこの問題解決には独力独歩を意識しがちなジェックとしてはやや不本意である事は否めない事は確かなのだが……
『職場』の責任者は世界的冒険者にして多くの情報屋を抱える大ギルドのオーナーである。
 自身の知る限り最も多くの情報を持ち、或いは効率的にかき集められそうなレオンに打ち明けたのがつい先程の話であった。
「それで。状況は時間の経過で悪化している、でいいんだな?」
「……ん」
 可能性は元より三つだ。
 一つはこの発作が『特異運命座標』という属性を原因にするものである可能性。
 一つはこの発作が『ジェックの世界』を原因にするものである可能性。
 一つはこの発作は『ジェックそのもの』に問題を発している可能性。
 但し択は三つあっても、可能性の内訳が等しくないのは子供に分かる話である。
「何か心当たりはない? 例えば、特異運命座標に似たような事例があったとか――」
 内心で期待薄である事を理解しながらジェックはそう問いかけた。
「――いや、少なくともオマエの状況に該当する話は聞いた事が無いな。
 こんな事聞く位だ。もう真っ当な医者には掛かった……よな?」
 ジェックは小さく頷いた。
 診断の結果は『内科的にも外科的にも重大な病変はなし』だ。
 非常に重篤な病が発見される事が幸運かどうかは別にして、五里霧中の霧を強めた結論は決して嬉しい話では無い。
 混沌の医学レベルに十分な信を置けるかは兎も角、それは現状では医学の力で解決を望む事が不可能である事を示している。
「……」
「……………」
 重い沈黙と難しい顔は直面した問題の難解さ、厄介さを物語るものに違いない。
「……………………」
 背中は相変わらずズキズキと痛んでいた。
 だが、日常的に加わるその負荷は決して耐え難いものではない。
 問題はその疼きではないのだ。問題はあくまで波が来る事。悍ましき致命にいたる瞬間なのだ。
(……多分、アタシは次の発作で)
 ……内心の先は言えば語るに落ちる何とも救われない『結末』だ。
 次の方策はまるで思いつかないが、時間を無駄に出来ない事だけは確かだった。
 ほんの僅かにでもチャンスがあるのなら、次の発作が来るより前に掴み取らなければならない。
「……ごめんね。時間を取らせて」
 苦笑して席を立ちかけたジェックを「待て」とレオンは呼び止めた。
「……何か、いい話がある?」
「……………非常に、何て言うか。『筋の良くない』話だが。或いはチャンスがある話なら、ある」

●転
「何だ、貴様は」
 何とも居丈高な声と言葉は『彼』の性質をこれでもかと言わんばかりに強調するものだ。
「『そんな事』で小生を医者か占い師にでも見立てにやって来たのか?」
 天上天下唯我独尊、何ともはや説明するのも億劫な程に『偉そう』な男は塔の主。
 混沌の空を神代より貫き屹立するTower of Shupellなる伝説そのものであった。
「レオンから直接話が来たから何かと思えば。フン、神も軽く見られたものだ」
(ああ、うん。確かに筋の良くない話だね)
 恐らくは言葉程には機嫌の悪くないシュペルの――それでも何とも扱い難い物言いに肩を竦めたジェックはレオンの歯切れの悪さを良く良く理解した。
 されど、事これに到れば確かにこれは筋が悪いながら意味がある話にも思われた。
 レオンはジェックの事情を他に口にしなかったが、『登頂』には何人かのイレギュラーズをつけていた。

 ――ああ! 大丈夫よ。あたしが言えばアイツは一発だから、何せ弟みたいなもんだしね!

 ……可笑しな安請け合いをした或る人物の強烈な思い込みはさて置いて。
 何れもジェックの友人である彼等は何も聞かずにこの試みに協力をしてくれたものだった。
 機械仕掛けの神デウス・エクス・マキーナが何も救わない事は知れていたが、同時に全てに処方箋を持ち合わせて居るのも確かである。
「……で?」
「うん?」
「尋ねたい事があったから来たのではないのかね。答えると言っている訳ではないが」
 宙に浮いた椅子をくるりと回したシュペルはジェックの顔をじっと見てそう言った。
「実に顔色が悪いではないか。深刻な寝不足に、気力体力の低下も見受けられる。貴様、実際限界が近いのではないかね?」
「心配してくれてるならありがと。でもそうでもないよ」
「誰がそんな事するか!」と分かり易い反応をしたシュペルを向こうにジェックは臆面もない。
 全知全能を気取る自称神は目の前の人間の余力バイタルを知る事等、児戯よりも簡単な話なのだろう。
 実際の所を言えば、彼は恐らく当人よりも正確に状況を把握しているし、指摘は実に正鵠を射抜いたものなのだろう。
 但し、彼は自身を目の前に実に堂々たるジェックの持つ強い意志力を偏差していない。
 ……長生きの割には情緒が深く、人間的な感情を持ち合わせる彼は、その癖生来からの偏屈偏狭さから心や魂なるものの強さに無理解なのだ。
 事実、彼を目の前にしても視線を真っ直ぐに向けたままのジェックは何時にも増して『強い』。
 歴戦の狙撃手は運命に抗い得る『目標』からまんじりともせずその視線を逸らしてはいないのだから。
(諦められない)
 さて、この捻くれ者になんと問うべきか?
 そんな事は簡単だ。
 どんな小細工を弄した所で大した意味等無いのなら、真っ直ぐに答えを求めれば良いだけだ。
「シュペルには、この発作の原因が分かる……?」
「ハン!」
 ジェックの問いかけにシュペルはわざとらしく鼻を鳴らした。
 先刻承知、想像の範疇の反応である。続く言葉は――
「当然だ。誰にモノを言っている」「当然だ。誰にモノを言っている」
 ――ユニゾンした二人の台詞にシュペルが非常に渋顔をした。
「確かに愚問だったね。問題は『答える気があるかどうか』の方でしょ」
「分かっているではないか、狙撃手」
 薄く笑ったシュペルはこの言葉には満足そうだった。
「そうして本質を見て、本質を知る事だ。
 貴様を襲った問題も同じ、混沌のスープの一掬いに過ぎん。
 どうせ貴様等の視点なぞ、数多存在する事実を一側面を見るで精々なのだ。
 せめてもマシな視座を持てば幾らかマシな結論に及ぼうよ。
 ……うむ。しかしながら、その有様ではある。
 本来ならば、神との会談の栄誉に浴せ、と言いたい所ではあるが……
 貴様とて、無駄な時間を浪費するのも本意では無かろうな?」
「分かってくれてるなら助かるね」
 長広舌なシュペルに対しての中々どうして見事な皮肉の一刺しである。
 一方のシュペルは咳払いを一つ。
「……ならば、『時間がない』貴様に免じて結論から言ってやろう。
 先の問いだが、『小生は答えを持ち合わせるが、回答する気がない』」
「……」
「……………」
「……じゃあ、お邪魔しました」
「待て」
 それはちょっとした既視感デ・ジャ・ヴュである。
 余りにも早いジェックの結論にシュペルが僅かに苦笑した。
「小生は貴様の事情はどうでも良いが、それで帰られたら余りにもこの時間が無為ではないか。ええ!?」
「構って欲しかった? 人に頼まれて結論を変えるような人じゃないでしょ」
「それはそうだが……ええい、ローレットの連中はどいつもこいつも人の話を聞きやしない!」
(……他の人と同じにされるのも微妙なんだけどなぁ)
 憤慨するシュペルにジェックは肩を竦めた。
 ともあれ、彼がそんな調子という事は――
「……何か教えてくれるとか?」
「答えは兎も角、先行きを示す松明トーチ位はくれてやろうと言っている」
 渋々そう言ったシュペルは机に向き直り、背を向けたままジェックに告げた。
「運命の変転は三日後だ。
 小生としては心からどうでも良いが、隠し続けて意味があるか?
 大イヴェントの供には貴様が最も過ごしたい相手を選ぶ事をお勧めするがね」
 長生きしているだけ。まるで人の機微を理解しない神の癖に生意気な。
「……………」
「人間の選択は常に不可逆だ。貴様の人生の『最初で最後の機会』を逃しては浮かばれるものも浮かばれまい?
 ……小生は神だから、そんな気持ちは一切理解出来ないがね!」

●結
「ごめん」
 ぎゅっと自身に抱き着いたタントのお日様のような柔らかい金髪を撫でてジェックは短くそう告げた。
「……ごめんね、ずっと言えないで」
「本当ですわ!」と声を上げたタントの声は涙ぐんでいた。
 塔で聞いた運命の夜、小康状態で落ち着いていたジェックの疼きは日替わりを前にいよいよ堪え難い程に強いものになっていた。
「……アタシは死んじゃうかも知れない」
 あの廃滅の世界は冷酷であり、平等でもあり続けた。
 今も残っているかも知れない、滅びた朽色は『誰も例外にはしなかった』のだ。
「……………アタシはもう駄目なのかも知れない」
 考える程に、納得しかない結論だった。
 動物のみならず植物まで異形と化す世界で、人間だけが元の姿を保てる筈がない。
 あの世界の住人のほとんどは大なり小なり異形を持って生まれてくる。
 生物は変異し、変容し、元の在り様を残せるもの等、極々一握りに過ぎなかった筈だ。

 ――人間の選択は常に不可逆だ。貴様の人生の『最初で最後の機会』を逃しては浮かばれるものも浮かばれまい?

(最後……)
 意地が悪い神は最後と言った。
 信じる信じないの問題では無く、彼は事実として決して間違えまい。
 故にその言葉は否が応なく背筋を寒くする『宣告』だ。
「……っ……」
 死ぬのか、それとも何かに成り果てるのか……
 ジェックは見た事がある。小さな子供が身の丈数メートルの異形に変わり、人を襲ったのを。
 ジェックは撃った事がある。どうしようもない運命に晒され、そうするしかなかったとは言え、終焉を下した事がある。
 因果応報という言葉で片付けられては余りにも言いたい事は多すぎた。
『順番』が来たとするのなら――ジェックも何ら例外にはならないというだけの話なのだろう。
「嫌ですわ、嫌ですわ!」
 抱き着いたまま首を横にぶんぶんと振る恋人をジェックは愛しく思い、同時に深く絶望した。
(願わくば)

 ――嗚呼、願わくば。せめてアタシの運命が彼女を傷付ける事の無いように。

 揺れた水面は背中の疼きを強くした。少しずつ、少しずつ。『その終わり』が近付いている事だけは間違いが無い。
「……れて」
「……?」
「離れて。もしかしたらタントを傷付けちゃうかも知れない」
「いいえ」とタントは首を振った。
「ジェック様が私を傷付けるなんて有り得ない事ですわ!」
「でも……」
「でももだってもございませんわ!」
 勝気に強気に一切の迷い無くタントは強く言い切った。
「……それとも、ジェック様は負けてしまうおつもりですの?
 私を忘れて、この家での時間も忘れて――全て忘れて」
「ちがう」。悲痛な声を聞けばもう止まらなかった。ジェックは反射的に否定して――
「……そっか。違うなら、離れられないんだ」
 ――自分自身のどうしようもないエゴを思い知る。
 離れたくはないのだ。実に感情的に、実に愚かに。
 否定するなら、証明せねばなるまい。最善策から程遠い事を知っていたとしても。
 今尚諦め切れない愛の天秤は強さであり、弱さでもある。
 だが、散々にかき乱された心は気付けば嘘のように凪いでいた。
 

 ――やがて、その時は訪れる。

 身体の芯にまで到った痛みは、彼女がこれまでに一度も感じた事が無い程に深かった。
『解放』の衝撃にジェックの世界は光に霞む。
 それは恐らく幻想なのだろう。幻視の類に違いなかっただろう。
 唯、嘘と疑う程にハッキリとジェックは白き夢を見た。

 ――燦然と輝く太陽に寄り添うように白鴉が行く。
   見事に澄んだ青い世界を心地良さそうに滑っていく。
   そこに一切の不自由は無く。そこには何の影も無く幸福だった。

 ……恐らく『夢』は僅か一呼吸の出来事だった。
 それでも、それは鮮烈な時間だった。永遠にも思われたのは確かな事実であった。
「……ジェック様!?」
「……ん」
 間近で響いたタントの声にジェックは薄く目を開けた。
 気付けば膝から崩れ落ちていた。自身を抱きしめるタントの熱は変わらない。
「ジェック様、お背中の……」
「……ああ」
「羽根が、とても綺麗ですわ。でも、えっと……」
 言葉は余りにも取り止めがない。
 無茶苦茶で、不器用で、余りに無軌道で胡乱としていて。
 ――同時に何よりも、誰よりも愛し過ぎた。
「ジェック様、ジェック様……」
 繰り返し自身の名が呼ばれる度に安堵と涙がこみ上げる。

 ――大イヴェントの供には貴様が最も過ごしたい相手を選ぶ事をお勧めするがね

 素直に言ってよ。

 ――貴様の人生の『最初で最後の機会』を逃しては浮かばれるものも浮かばれまい?

 わざとだ、絶対に。
 大山鳴動して鼠が一匹。
 この変異は残酷なものでは無かった。
 分かっていたならば、告げてくれれば『おしまい』だった筈なのに。
「それでは面白くないだろう?」という言葉が聞こえてきそうな位だった。
「……とても、綺麗ですわ」
 まさにこの瞬間はジェックが囚われ続けた世界からの『羽化』そのもの。
 美しい少女アンジュの果たした――捨てられない過去と、不幸せな少女時代との決別だった。
「……ごめんね」
「違います! そうではございませんわ!」
「うん、そうだね――」
 淡く微笑ったジェックの背には、成る程。
「――ありがと」
 あの手酷い世界が我が元を去った愛し子に寄越した餞別のような、白い翼が生えていた。

  • Emergence完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 納品日2023年01月22日
  • ・ジェック・アーロン(p3p004755

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