PandoraPartyProject

SS詳細

2023/01/21

登場人物一覧

澄原 晴陽(p3n000216)
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者

 ――1月21日は開いているか。
 天川からの連絡を受け、晴陽は「大丈夫です」とだけメッセージを返した。新年を迎えた澄原病院は原因不明の体調不良を訴える患者でごった返していたが晴陽は珍しくその日をしっかりと休暇にしたらしい。らしい、というのは水夜子談だからだ。
 天川からすればクリスマスの晴陽を見ていれば弟最優先の『良い姉』だった。まるで今まで出来なかった弟との幸せなパーティーという穴を埋めようとしているかのようだった。彼女は跡取りとなるべく育てられた才女だと聞いている。幼少期から勉学に励み、本人も感情表現が下手なことも有り、楽しいパーティーや誕生会なども余り経験がないのだろう。念のために天川が水夜子に問うてみた所、彼女の両親は誕生会を開いてみたらしいが晴陽が余り喜ばなかった(水夜子曰く『とても喜んでたけど感情表現が下手すぎて伝わらなかったのでは?』とのことである)事で、それ以降はプレゼントを渡すだけだったそうだ。
 その実情を鑑みれば目一杯にお祝いしてやりたいと天川は考える。それは義弟を可愛がる以上の気持ちに変化していると天川は知っていた。
 その感情が分からないほどに男は青くなければ若くもない。ある意味、酸いも甘いも死の一歩手前までも経験してきた男だ。故に、天川が晴陽に抱いている感情は恋情であると本人は定義した。
 次第に惹かれている自覚はあるが、妻子に対する罪悪感が先ず一つ。妻子に関して知っている晴陽が其方へどの様に感じるのか、というのも一つ。
 そして年の差がある。晴陽は人の感情の機微に疎く、自身の感情表現も下手だ。語らう相手の少なさは友好的な関係を築く事への臆病さにも繋がっているはずだ。彼女に其の儘の感情を伝えれば困らせる可能性が高い事もよくよく知っている。故に、その辺りを考慮し『晴陽を困らすつもりはない』というのが天川の結論だ。
(まぁ、困らせるなら墓まで持っていくしかないだろうよ)
 それで今の心地良い関係性が壊れてしまうのも癪だ。折角、晴陽の側から歩み寄ってくれるようになったのに。
 その様な事を考えていた天川は待ち合わせ場所に向かっていた。普段よりも清潔な衣服は彼女の傍に立っても嫌がられないように配慮した。勿論、デザインなどもある程度考えてのものだ。
 待ち合わせ場所には冬用のコートとワンピースを着用している晴陽が立っていた。aPhoneに視線を降ろしている様子を見て仕事中か、と少しばかり距離を取る。彼女は私用のaPhoneと病院用のaPhoneの端末を分けていることについ最近気付いた。今、弄っているのは簡素なスマホケースであるため仕事用だろう。
 暫く端末を弄った後、鞄にそれを仕舞い込んだ晴陽が顔を上げる。少し距離を取って天川が眺めていることに気付いたのだろう。晴陽ははっとしたように目を丸くしてから「申し訳ありません、気を遣わせましたか?」と問う。
「いいや、忙しかっただろう。それに、待たせちまったか? 割と早く出たつもりだったんだがすまない」
「いえ。病院に少し顔を出してから来ましたので、つい早く着いてしまったのです」
 肩を竦めた晴陽に天川はそうか、と頷いた。目的自体はそれ程伝えていなくても晴陽は買い物でも食事でも誘えば顔を出してくれるようにはなった。
 今日は――そう、天川としてはデートのつもりではある。気持ちを告げないことと本人の心持ちは別物だ。一人のレディとして丁寧にエスコートするのはデートの嗜みだろう。
「本日は何処へ行きますか?」
「ああ、今日は先生の誕生日だろう? 年に一回くらい俺に甘えても罰は当たらないと思うぜ。甘えてくれると俺も嬉しい。
 どうしても気になるなら次の俺の誕生日に何かしてくれればいい。勿論無理にとは言わない。どうだ?」
「天川さんの誕生日に贈り物をしたのはしましたが……そうですね、では次回のお約束も其方に予約とさせてください」
 晴陽は「誕生日でしたね、そういえば」と思い出したように呟く。晴陽の気持ちも確りと尊重し、無理強いせず対等な関係であれば彼女は気を遣わない。それも彼女と関わりを持つ内に理解した彼女の性格だ。費用自体も天川が持つ事を晴陽は納得してくれた。
「では誕生日のお祝いをしてくださる、ですね」
「ああ、デートだ」
「デ……」
 ぱりくちと普段は見ない驚いた表情を見せる晴陽は小さく咳払いをした。どうかしたのかと問えば、21日に出掛けるとあの『喰えない従妹』が異様に服装選びを張り切っていたらしい。普段の晴陽はと言えばシンプルな服を選びがちだが水夜子達が晴陽を着せ替え人形にして可愛らしいものを選んだそうだ。
「水夜子はデートのつもりで服を選んだのでしょうか……」
「先生もみゃーこに良いように遊ばれたな」
「共犯者ではないのですね」
 違うと首を振れば晴陽は「どちらでもいいですが」と肩を竦めた。やや視線を逸らしたのはデートという言葉に慣れていないからなのだろうか。耳が少しばかり赤くなったのは慣れない状況への困惑なのだろう。

 軽くイタリアンでの昼食を楽しんでから百貨店の催事場に向かうことにした。天川が「催事が開かれている」と提案すれば、晴陽は私用aPhoneで無数に開いているブラウザを選択し直してから「奇遇ですね」と告げた。
「先生も『ブサカワキャラクター集合』イベントはチェック済みか」
「はい。正直、本日は何処に行きたいのかを聞かれたら此処を提案しようと思っていました。
 お勧めのキャラクターはこの子なのですが……天川さんも気になるキャラクターが居れば教えてください」
 やけに真面目な表情で告げる晴陽に天川は笑った。晴陽の希望通り、ブサカワキャラクター集合イベントと題されている催事に向かいキャラクターを見て回る。
 可愛らしい動物とのふれあいコーナーにはミニブタ(ミニではない)が堂々と鎮座しており「むぎちゃんよりでかいですね」と晴陽は不思議そうに観察していた。餌をくれと立ち上がる豚に慄いていた様子を見る限り、晴陽は動物とのふれあいも余り得意ではないようだ。
「実は、前も山羊さんにスカートを食べられました。飼育下の動物と言えどもも野生は捨てていませんね」
「……そ、そうか……」
 スカートを食まれる晴陽を想像して思わず笑いかけた天川であった。
 催事場を回った後、ディナーまでの空き時間はのんびりとカフェで休憩をしてから百貨店内を回ることにした。晴陽はどうやら龍成に何か贈り物をしようとも考えているらしい。
 斯うした日でも弟のことを考えている辺り『拗らせた姉』なのは確かなのだろう。天川とのデートで弟の品を選ぶ理由は少し気恥ずかしいから、と、自分が選んだものは龍成に余り受けが良くないからだという。

 和食を中心とした創作料理の店へとやって来た天川は「晴陽先生、誕生日おめでとう」とサプライズケーキを前にそう告げた。
 ケーキの登場に少し緊張した様子であった晴陽は「あ、は、はい」と何度も繰り返す。
「俺が混沌に来て最も幸運だったのは先生に出会えたことだ。本当にありがとう。俺は先生を産んでくれたご両親にも感謝しねぇとな」
「ええ、いえ、その……医者としては当たり前のことでした。寧ろ、天川さんが立ち聞きをしていた無作法な医者を不審に思わずにいてくださった事に感謝しかありません。
 それに、心咲の事も……その、私も助けられています。貴方が混沌に、いえ、再現性東京に来て下さったことに感謝をしております」
 やけに真面目な表情なのは緊張しているからなのだろう。辿々しく、感情表現の下手な彼女なりに礼を伝えてくれたのだろう。
「先生はあんまり祝い事にゃ慣れていなさそうだったからな。驚かせたならすまないが……これはプレゼントだ」
「プレゼント、ですか」
 差し出したのは小さな箱だ。「開けても良いですか」と問うた彼女に頷けば少しばかり不思議そうな顔をしてリボンに手を掛ける。
「これは……」
「ああ、前に聞いたことがあっただろう?」

 ――なんだ先生は親しい男性からアクセサリーを贈られるとして、普段するならどんなものを好む?
   俺が勝手に親しいと思っている女性の誕生日に贈り物をしたいんだが、重いと思われたり負担になると困るだろう?

 その際に彼女が答えたのはピンキーリングだった。酒の席でのことではあるが『天川の親しい相手』の事を考えて髪飾りやピンキーリングなど様々な例を上げていた。
 その中で、天川は晴陽が提案した『本当に親しいならピンキーリングも』という言葉に従ってアクアマリンのピンキーリングをセレクトしていた。それなりの質を追求し、『特別製』にも拘ったものである。
「私に、ですか?」
「ああ。……受け取ってくれるか?」
「はい」
 何処か緊張した様子の晴陽の手をそっと取ってから天川は「よければ使って欲しいのだが」と咳払いをする。少しばかり感情が溢れ出た気がして『ごまかし』が入った。
「嵌めて下さいますか。手、取って下さっていますし……折角ですから」
 人との距離感を図りかねる晴陽は天川の様子を伺ってのことなのだろう。天川は頷いてからそっと晴陽の小指へとピンキーリングを嵌めた。
「こいつは特別製だ。物理的にも先生を守る助けになるはずだ。良かったら使ってやってくれ。一応機能性以外も先生に似合うように色々考えてオーダーしたんだぜ?」
 照れ隠しのように笑った天川に晴陽は釣られて破顔した。妙に照れくさいのは屹度、指輪というアイテムのせいなのだろう。
 食事をしながら晴陽が問うたのは機能性であった。天川からすれば静羅川立神教の事もある。晴陽に何らかの危険が迫る可能性が無いとは言い切れない。
 天川のオーダー理由や機能性を確認し終えてから晴陽は「素晴らしい品ですね」と目を光らせた。願わくば龍成に同じような品が届かない事を祈るばかりである。そこまですると過保護も行き過ぎたと龍成に叱られてしまいそうだからだ。
 食事の途中で仕事用の端末に連絡があったと晴陽は席を外す。天川を置いて一度席を立ってから、暫く歩き化粧室の戸を開いてから晴陽ははあと息を吐いた。
「……吃驚した」
 確かにあの日、酔っては居た。人と酒を楽しむ機会など余りなかった。酒宴の席では『晴陽』ではなく『澄原先生』を求められることが多かったからだ。ついつい、口数も多くなり失礼な態度を取ったような気もしていた。だが、それ以上にあの日、帰宅後にあった着信だけは覚えて居る。

 ――一応言っておくが先生以外に親しい女性なんてのはいねぇからな?
   どうしてあの場であんな話をしたのかはそれで察してくれるとありがたい……!

 確かにそう言われた以上、何か誕生日に贈り物をくれるのだろうとは想像していた、想像はしていたが。真逆、本当にピンキーリングだとは考えて居なかったのだ。
(……いえ、私の言ったことですから、良いのですが。
 天川さんは奥様から教わった事が多々あったようですし、その一環で相手の好みを探ったのでしょうが……
 酔っ払いわたしの所為ではありますが、このような贈り物を他の女性にしてしまうのは勘違いを招くのでは?)
 いまいち天川の気持ちには気付かない晴陽は彼が今度誰かに贈り物する際には確りとしたアドバイスをしようと心に決めた。
 決めてからやらかすのは直ぐなのだ。食事と共に酒を飲んでいるとついついペースが上がってしまう。ある程度はセーブ出来るようにと天川も気を遣ってくれていたのだろうが照れ隠しの一環で晴陽は「大丈夫です」と酒を呷った。
 一般人レベルからすればそれ程の醜態ではないが完璧を求める澄原 晴陽としては有り得ざる状況になるのである。

 流石にほろ酔いなのだろうと天川は晴陽に「そろそろ帰るか」と声を掛ける。忘れ物がないかなどをやけに念入りに確かめる辺り晴陽も酒が回っている自覚はありそうだ。
 帰りを送って行くと告げた天川は無性に指先を動かした。晴陽はその様子に気付き「どうしましたか」と問う。
 彼女と行動していたこともあり煙草を吸う機会がなかったのだ。
「一本吸っていいか?」
「ああ、すみません。気を遣わせていましたよね。どうぞ」
 気にしませんと首を振った晴陽に天川は礼を言ってから煙草に火を付けた。煙草は吸い始めれば中毒性がある。中々止められるものではないのも確かだ。
 天川は一度禁煙しているが、妻子亡き今はまた煙草を吸っている。強めのものを吸っていたが晴陽と関わるようになってから出来るだけ匂いが残らないものをセレクトしている。
 煙草を吹かしている天川をまじまじと見詰めている晴陽はどうにも興味深そうである。
「……どうした?」
「いえ、煙草、興味はあります」
 酔っているな、と感じながらも天川は冗談めかして「吸ってみるか」と一本差し出した。晴陽は「はい」と感情の読みづらい表情の儘受け取る。
 受け取られるとは思っていなかったこともあり天川はライターの場所が頭から抜け落ちた。普段からポケットに入っているはずなのだが場所を失念する。晴陽が煙草を手にしたことを慌てているのかも知れない。
 俯いた天川の直ぐ傍にアメジストを思わせる眸が見えた。ぎょっと天川が固まれば晴陽の唇には煙草が挟まっている。「火を」と小さく呟かれ、天川の吸っていた煙草に加えていたものを付ける。火が移ったことを確認し晴陽は少しばかり表情を歪めた。
「……ん、何だか妙な感じですね」
 眉を顰めた晴陽に、先程の『酔っ払い仕草』を頭の端に追いやってから天川は笑った。そうしておかねば平静が保てないからだ。
「ふふ。先生が今更グレちまったみたいで不思議な気分だな?」
「私も遅すぎる反抗期でしょうか」
 龍成が見たらどの様な顔をするだろうかと晴陽は妙に嬉しそうな空気を醸している。龍成のことを考えて居るのだろうと天川は晴陽の横顔を眺めた。
 折角蓋をした感情ではあるが時々顔を見せるのだから戸惑って仕舞う。酔っ払いというのは度し難い存在だ。隙が余りないタイプだというのに、ガードが緩くなられては困ってしまうのだ。
「私の反抗期は秘密ですよ」
「ああ」
 酔っ払っているのも秘密だろうかと天川は頷いた。少しばかりご機嫌な歩き方をする晴陽を無事に送り届けてから帰路に関しては彼女が記憶喪失にでもなっていてくれれば――いや、ならなくても良いがそれを負い目に感じないで居てくれれば良いとばかり考えた。

 ――余談ではあるが、翌日、晴陽から案の定、謝罪文という長文が送られてきた。
 お詫びをしたいのだと繰り返し書かれていた為、気にしていないから食事をしようとの提案を天川は返した。晴陽は「その様な事であれば大丈夫です」と返答してから自身の酒癖について顧みることにしたそうだ。
 酒は飲んでも飲まれるな。何度も繰り返す女医の姿は嘸愉快なものだっただろう。

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