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剣術を教えて。或いは、獅子若丸の実戦剣術指南…。
登場人物一覧
●獅子の剣
青い空に朱が散った。
とある山奥。寂れた小村の中央広場に、男の頭が転がった。
ポカン、と目と口を開いた、どこか間の抜けた表情で男は息絶えていた。きっと彼は自分の命が尽きたことにも、気づかないまま死んだのだろう。
「貴様らはか弱き村民たちを虐げ、平和な村を我が者とした大罪人と聞いている。出来るだけ苦しませずにあの世へ送ってくれるのでな……せめて心安らかに逝け」
低く唸るような声で、そう言ったのは小柄な男だ。
小豆色の着物を纏い、腰には赤鞘の刀を差した獅子頭の剣士である。
彼の名は獅子若丸 (p3p010859)。
手にした刀は無銘の業物だが、すでに3人を斬ったというのにその刀身には、ほんの僅かの曇りさえない。刀を打った鍛冶師の腕がよほどに良いのか、それとも刀を振るう獅子若丸の技の冴えによるものか。
或いは、そのどちらもか。
「獅子若丸」
背後から、獅子若丸の名を呼ぶ声。
声の主は銀の髪をした青年、アレン・ローゼンバーグ(p3p010096)であった。
「おぉ、アレン殿。いかがであった?」
周囲を男たち……つまり、村を占拠していた盗賊たちに囲まれたまま獅子若丸はそう問うた。
アレンは静かに首を振る。
「駄目だ。1人も生き残っちゃいない」
「そうか。では……貴様らに聞きたいことももはや無くなったな」
そう言って、獅子若丸は盗賊たちに向き直る。
獅子若丸とアレンの2人が山村を訪れたのは、今から数十分ほど前のことである。
山奥の小さな山村が、盗賊たちに襲われた。麓の街で、そんな話を聞いた2人は大急ぎで山村の様子を見に山を登ったのである。
山村に辿り着いた2人が目にしたのは、村の中央広場で牛を焼いて喰らう小汚い男たちの姿だった。老人しか住んでいないような小さな村だと聞いていたが、目に見える範囲に“年寄り”の姿は1人さえも見当たらない。
どこかに捕らえられているのか、それとも……。
最悪の可能性も頭の片隅に置きながら、2人は役割を分担し、行動を開始した。
つまり、陽動と索敵。
広場にて獅子若丸が盗賊相手に暴れている間に、アレンが村人たちの居場所を探るというものだ。
残念ながら“最悪の可能性”が現実となったわけだが……。
そこから先、アレンの出る幕は無かった。
時間にして、ものの数分程度。
獅子若丸が咆哮と共に刀を振るえば、盗賊が1人、地面に倒れる。
その繰り返しを、ほんの10回。
盗賊たちは1人残らず、三途の川を渡って行った。
●獅子若丸の稽古
盗賊と、それから村人たちの遺体を埋葬してから2人は山を下山した。
村人たちを惨たらしく殺めた盗賊たちまで、丁寧に埋めてやる必要があったのか……。アレンの抱いた些細な疑問に答えをくれたのは獅子若丸だった。
「死ねばそれまで。同じ仏だ」
生前に稼いだ金は、あの世へまで持っていけない。
だが、生前に積んだ善行と悪行はあの世にまで引き摺って行くものとされている。つまり、盗賊の遺体には既に生前の“罪”は無い。それは彼らの霊魂が、あの世に背負って行ったからだ。
遺体を弔い、山を下りたのが夕方近く。
まだ、太陽は高い位置にある。
「それにしても、獅子若丸の剣の冴えは凄まじいね」
ふと、アレンはそんな言葉を口にしていた。
村で見た獅子若丸の剣術が、目に焼き付いて離れないのだ。
獅子若丸は、一瞬きょとんとした顔をして、それから堪えきれぬという風に呵々と笑う。
「それしか取り柄がないのである。その剣技にしてもこちらに呼ばれた際、ほとんど失われてしまったがな」
鍛え直しだ、と。
そう言って獅子若丸は、腰の刀に手を触れた。
剣を振るのが楽しくて仕方ないのだろう。強くなることにしか、興味関心がないのだろう。
「もしよければなんだけど」
腰の鞘からレイピアを抜いて、アレンは告げる。
「僕に剣術を教えてほしい」
それは“なんとなく”の提案だった。
獅子若丸に剣の指導を受けられたなら、少しは強くなれるかもしれない。
タイミングは完璧だった。
獅子若丸が正眼から上段に刀を振り上げた瞬間を狙って、アレンは地面を蹴って前へと踏み込んだ。右手に構えたレイピアによる最速、最短距離での刺突。
狙うは獅子若丸の左胸。
レイピアの先端にカバーを付けて殺傷力を無くしているが、直撃すれば怪我の1つも免れない。
けれど、アレンの刺突が獅子若丸の胸を穿つことは無かった。
「定石通りだ。筋はいいが、読みやすいのである」
上段に構えた刀の柄から、獅子若丸は左手を外す。
左半身を後方へと流し、右腕だけで刀をまっすぐに振り下ろす。アレンのレイピアは、先ほどまで獅子若丸の左胸があった位置を空ぶった。
本来、刀とは左腕で振るものだ。それを右腕だけでとなれば、当然に速度も威力も乗らない。人を斬るには不十分な、あまりに不完全な斬撃。
だが、それで問題ない。
獅子若丸は、刀身をアレンの進行方向に置くだけでいい。
後は簡単。アレンが自ら、刀身にぶつかってくれるのを待つだけだ。
「っ……!?」
咄嗟にアレンが足を止める。
靴の裏が地面を削ってアレンは停止。急制動の代償か、アレンの体勢が僅かに崩れた。
瞬間、アレンの腹部に衝撃が走る。
前蹴り。
獅子若丸の放った蹴りが、アレンの腹部に突き刺さった。
「動きを止めてはいい的であるな」
蹴りに合わせて、アレンは後方へと跳んだ。
痛みに呻くのは後だ。一刻も早く、獅子若丸の攻撃範囲から逃れなければいけない。
だが、間に合わない。
アレンが後方へ跳ぶより速く、獅子若丸は駆け出していた。
肩からアレンの手首にぶつかり、レイピアを引き戻すのを遅らせる。刺突を主とするレイピアで、十分な殺傷力を得るにはそれなりの“間合い”が必要だ。
だが、獅子若丸の小柄な身体はアレンの懐に潜り込んでいた。
「思ったよりも素早いね」
「身体が小さいのなら、小さいなりの戦い方をせねばならんのである」
と、同時に一閃。
獅子若丸が振るった刀が、アレンの腹部を打ち据えた。
峰打ちだ。けれど、もしもそれが真剣ならばアレンの胴は上と下に別れていただろう。
「上段に構えたのは誘いか」
「然り。この背丈では、上段からの一撃に大した威力は乗らんのでな」
つまり、事の起こりから今に至るまで、アレンの動きは獅子若丸の想定通りということだ。否、刀を振り上げるだけで、獅子若丸はアレンの攻撃を誘導してみせた。
かつての技は失われたと獅子若丸は言っていた。
だが、知識までは損なわれたわけではないのだ。一心不乱に剣を振ったかつての日々は、確かに獅子若丸の糧となっている。
とはいえ、しかし……。
「ここまでやるか……っ!?」
アレンの身体は“くの字”に折れ曲がっている。つまり、頭の位置が普段よりも幾分下がった場所にあるということだ。
視界を横切る鈍い銀色。
それが獅子若丸の刀だと気付いた瞬間、アレンの背筋に悪寒が走った。
レイピアを倒して防御に回るか?
間に合わない。そもそも、レイピアの細い刃では獅子若丸の刀を受け止めきれないだろう。
転がって回避するか?
それも無理だ。体勢が悪い。
「あぁ、もう!」
歯を食いしばって、衝撃に備える。
気軽に稽古を付けてなんて口にしなければ良かったと。
そう思っても、手遅れだ。
後で悔いると書いて“後悔”と読むのである。