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星芒と梯

登場人物一覧

梯・芒(p3p004532)
実験的殺人者

●ダミーフェイク
 幾らかは真っ当になったとは言え――路地を一本裏に潜れば途端に人気もなくなるものだ。
「……」
 棒のついた飴玉を口にくわえて、黒いパーカーを着た女は両手をポケットに突っこんだまま、半眼でその光景を見つめていた。
 木枯らしの吹き付ける冬の夜の出来事だった。鼻腔の奥を刺激するのはツンとした鉄分の香りであり、一面のぶちまけられた無遠慮な赤がペンキでない事は『手慣れている』彼女ならずとも知れていた。
「他ならぬ君を迎えるとあっては。演出の手にも力が入る。きっと喜んで頂けると思ったのだが――」
 芒の視線の先にはこの惨劇の光景と、もう一人――背の高いスマートな男が居た。
 芝居がかった台詞と共に半身を振り返ったのは、舞台からそのまま抜け出してきたかのような美男だった。声量豊かな声(テナー)が特徴的だ。少しウェーブがかった前髪を指先で軽く払うその仕草はナルティシズムを思わせる。
「別に頼んで無いんだけど」
「それは確かに。しかし今夜同好の士を迎えるとあっては――流儀をお見せしたくなるのは人情というものだろう?」
「『同好の士』ねぇ」
 飴玉をくわえたたま、幾らかわざとらしく表情を崩した女は肩を竦めて見せた。
 成る程、男の言う通り取り敢えず両者間は『友好的』に見えなくもない。しかし、ジリジリと周囲を焦がす裏路地の異常性は表面だけを辛うじて上手に取り繕った幻想(このくに)の有様に良く似ている。

 特異運命座標――『実験的殺人者』梯・芒(p3p004532)。
 今夜の状況をより正しく理解する為には、まず彼女という存在を正確に把握する必要がある。
 外見はまぁ、綺麗な黒髪金目の女である。人を食ったような所もあるがコミュニケーションも十分可能だ。
 混沌に召喚された特異運命座標としては十分に意思疎通の出来る存在であり、活動的な彼等の多くに漏れず、現在はローレットで仕事を請け、日々の活動を繰り返している……

「おや、謙遜かい?」
「そういう殊勝な気持ちで言ってはいないけどね」
「……ほう?」
 しかし、そんな芒の最大の特徴は――一般からの逸脱は。
 目の前で朗々と語る殺人鬼がそうと知る『嗜好』の方であった。
 常識の異なる世界から善悪を問わずに強制召喚される旅人達は時に大小様々な問題を孕む。
 かつてローレットの門を叩いた時、レオン・ドナーツ・バルトロメイを前に彼女は言ってみせたものだ。

 ――何で人を殺しちゃいけないって、知ってるかな?
   異質だからだよ。異質があったら社会は麻痺しちゃうからなんだ。
   当然だよね。でもそれは――社会を成立・発展させるために淘汰されてきた本能とも言えるんだよ。
   ニンゲンは動物だから本能には個人差があるし、稀に無い人、更に稀には逆にあり過ぎる人だっている。
   そう、いるんだよ。ぶっちゃけ、今ここに。目の前に――

「梯芒。ローレットに属する特異運命座標にして、殺人鬼。
 殺人許可証が得られるならばどんな仕事でもお構いなし、どんな主張でも騙ってみせる――
 君は『社会に溶け込んだ病』そのものじゃないか。私と同じくだ。
 今更取り繕いたい君では無いだろう? 『そんな女じゃないだろう?』
 ……では、何故か。流儀の違いはあるにせよ、私達は数少ない『同類』ではないか、芒君。
 それを殊更に否定する気持ちも理屈も今の所分からないのだが――?」
「見てきたように言ってくれるね。
 カンピアー・ド・ディミートリィ。王都劇場の花形スタアでファンを『食べちゃう』悪いひと。
 世の御婦人方、お嬢さん方を『きゃあきゃあ』言わせるのが仕事でも――
 今夜のそれじゃ卒倒させちゃうだけじゃない?」
 芒は男――カンピアーの正体をピタリと言い当てるも、彼の問いの方には答えない。
 特異運命座標として活動を積んだ彼女が知られ――彼に看破された通り、彼女もまた――認める認めないは別問題にせよ――同種の匂いを感じ取っていた一人だった。
「どうも、君は私が嫌いらしいね?」
「分かってくれた? 芒さん嫌いなんだよな。こういうの。
『先輩』に敬意を表する気持ちが無い訳じゃないんだけど――そもそも殺しで興奮する、プラスを得るってところからまったく共感性が無いんだよね。そこが全く違う。むしろ、逆。
 芒さんが殺すのは溜まった殺人衝動の払拭、マイナスを消す為の行為だから――『積む為の殺しじゃなくて引く為の殺し』。喩えるなら口にするのもなんだけど『出すモン出す』ってやつ?
 だから芒さんは殺す相手も殺し方も全く拘らない。トイレは和式じゃないと使わないなんて奴はいないでしょ。
 ――切羽詰まってる時は特に、ね」
 芒が快楽殺人者を称して「嫌い」とする理由はそこにある。
 彼等も芒も己が欲求を満たす為の殺人を行うのは同じだが――彼等が殺人自体に興奮や快楽を感じて凶行に及ぶのに対して芒は『行為を己が機能の欠損を補う為の手段』と位置付けている。
 眉を顰めたカンピアーに構わず芒の長広舌は止まらない。
「芒さんも持続可能な殺人を一生続けて行く方針に固まる前は色々悩んだものだし?
 参考にしようかと『先輩』みたいな人種の情報は追っていた時期があったけど――要はマウンティングなんだ。
 殺す側は殺される側より上だから報復や逆転は許さない――雑魚の思考そのものじゃない?」
 止まらない。
「劇場型殺人(ステロタイプ)なんてそのものだぜ。
 確かに演出は見事で、凝ってるよ。『先輩』のヤツは観客の立場から見れば快哉だ。
 でも種の割れた手品、筋書きの分かったドラマなんて退屈だし――何よりさ。
 他人が便秘で悩んでる状況で目の前で気持ちよさそうにドバドバ垂れ流して、あまつさえ見せつけてくるような変態趣味、殺したくなって当然でしょ? これでも芒さん乙女なんだよ。辞めてよ、言わせんな。
 あー、『自分の状況に関係なく目の前でスカでヒャッハーしてたら殺したくなる?』
 ……せやな。うん、そりゃ道理だよ」
 似た者同士――カンピアーはそう思ったが、芒はそう思わなかった。
 彼等の行為結論は同じだが、それに到る過程は全くの別。露悪主義を気取る快楽殺人者と己が欠損を時に悩んだ事もあるかも知れない芒は悲しい位の別物である。
 どちらも社会の悪なのだ。
 故に彼も彼女も互いを咎めるような無粋はしない。
 単純に横たわるのは生存か美学か。在り様であるか余禄であるか。
 そこに上下は無い。左右も無い。単なる平行線があるだけだ。
「ご高説痛み入った!」
「意外と話せる人なんだねー」
 カンピアーは大笑いをして、月の無い夜に黒い刃を覗かせた。
 芒も同じ。何処から取り出したのか『生存禁止』の標識には黒ずんだ染みが残されている。
「『最後に』一個だけ聞いてもいいかな?」
「何なりと」
「実際の所、カンピアー先輩は芒さんをどうしたかったの? もし『仲間』だったとして」
 問いは詮無く、華やかだった。
 唇を歪めた美しい男は舞台俳優らしい一瞬の溜めも見事に。
「――決まっている。君はメインだ。
『所詮同類』なら無残に可憐にこの夜を飾りたかったのさ!
 どうせ殺すなら『自分だけは安全だと思っている同類の方がずっといいからね』!」
 ぞっとする答えに芒は「あは」と華やいだ。
「うん。いいね。今夜――初めて同感だった」
 殺人鬼二人が嗤い、踊る。影絵の路地裏、ダンスの時間を邪魔する誰かはもういない。

  • 星芒と梯完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 納品日2019年12月12日
  • ・梯・芒(p3p004532

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