ＳＳ詳細
グレイルとエリックと平賀の話～はじめまして！～
登場人物一覧
（…これは…夢…じゃないんだよね…？）
雨は小雨に変わった、冷えこみはあいかわらず続いている。
グレイルとエリックは、センセーのあとをついていっていた。センセーは厚生棟の一角へ入っていく。内側はシンプルで清潔なオフホワイトにあふれ、装飾用の淡い緑のラインがどこか心を落ち着かせる。曲がり角の床へ矢印が描かれており、行き先を告げている。その矢印を見るかぎり、どうやら自分たちは寮へ連れて行かれているのだとグレイルは推測していた。
はたして小部屋が並ぶ区画へたどり着くと、ずんずん先を行っていたセンセーが足を止めた。
「ほい、ここから先が空き部屋だ。好きなところへ泊まりな。これは着替え、これは救急箱、使うといい」
「言っておくがオレは……」
「はいはい、言いたいことはまたあした。とにかく体を休めなきゃいけないよ。育ち盛りの子どもが大怪我して飢えてるなんて、ぼかあ詳しく話を聞きたくなっちゃうじゃないか」
おしゃべり野郎へつきあうのは君らも遠慮したいだろう？ そうにやにやしながら、センセーは荷物を押し付けてきた。グレイルとエリックは不承不承、着替えと救急箱を受け取った。なんだか手のひらの上だ、すこしくやしい。
とりあえず手近な部屋へ二人で入ろうとすると、「一人用だよ？」とセンセーから言われた。
「……べつにいい……」
「ああ、オレも」
「そうかい、ゆっくり寝るんだよ」
ふたりは無言のまま部屋へ入った。明かりをつけると、こざっぱりしたビジネスホテルのような部屋がふたりを迎え入れた。オークブラウンのカーペットが目に優しい。
「…監視カメラとか…ありそう……」
「探すか。盗聴器もな」
部屋が安全だと確認し終える頃には、もうすっかりふたりともくたくただった。思えば半日前までは浮浪児として身の擦り切れるような日々を過ごしていたのだ。
「…つかれたね…」
「そうだな。風呂はいって寝るか」
「……そうする…」
グレイルが先にシャワーを浴びる。そのあいだにエリックは洗濯機をまわした。一人用だけあって、洗濯機は小さい。それがキャパオーバーの洗濯物を相手に猛奮闘し、がおんがおんと大きな音をたてるものだから、エリックはうんざりした。それにしても寒い。空気が冷え切っている。このままではせっかく風呂に入ったグレイルが風邪を引いてしまう。そう考えたエリックはベッドのある部屋へ戻り暖房をつけた。ぽち、と押したままでいると、液晶パネルに表示された設定温度がぐいぐいと上がっていく。
「うわ…春みたい…」
風呂からあがってきたグレイルが目を丸くした。タオルドライでは水気を取り切れない青銀色の毛皮、その背中側をエリックはドライヤーで乾かしてやる。
「……ありがとう…エリック…さん…」
「さんはいい」
「…そうなの…？」
「ああ」
こまったな…とグレイルは思った。なんと呼べばいいのだろう。グレイルとしては「さん」をつけたい。エリックが居てくれなかったならば、自分はここまで生き延びていないだろうという謎の自信がある。その感謝を込めて、敬称はつけたい。
「…どう呼べばいいのかな…」
「呼び捨てでいい。オレもそうしてるだろ」
ぶっきらぼうなセリフにグレイルは縮こまった。毛皮をブラッシングしてくれる優しい手付きと、吐かれる言葉が噛み合わなくて混乱する。
「……な…なら……エリック君…とか…どうだろう…」
ブラシが止まった。
（…どうしよう…怒らせちゃったかな…馴れ馴れしすぎただろうか…）
だがグレイルとしては精一杯の譲歩だった。呼び捨てはダメだ。彼は命の恩人なのだから。今だって痛みをこらえながら自分の世話を焼いてくれている。
エリックはむずかしい顔でドライヤーとブラッシングを再開した。命の恩人。同じことを彼も考えていたなどと、その頃のグレイルにはわからなかった。
そのあと、シャワーを浴びたエリックがあまりに顔をしかめていたので、グレイルは急いで傷の手当をしてあげた。
ふたりで同じベッドへ潜り込む。シングルベッドは狭くて、ぎゅっとくっつく。
「そういえば」
「……なに…？」
「オレの呼び名だが」
「…うん…」
「呼び捨てでいい。遠慮されるとオレもやりづらい」
「遠慮じゃないよ…エリック……さん……のこと…僕は…」
「さんはよせってば」
「…君は付けさせてほしい…」
「わかった」
返ってきた内容にほっとする。
「よかった…これからもよろしくね…エリック君…」
「ああ。オレはいままでどおりでいいか？」
「……ああ…うん…エリック君の好きなように呼んで……」
「そうする」
そこが限界で、ふたりはことんと眠りに落ちた。
「起きろ、起きろグレイル」
グレイルはねぼけまなこをこすった。喧騒が部屋の周りを取り巻いている。そういえばここは寮だった。
「…学生たちが起きたのかな…」
「朝の準備か。戦争でも始まったかと思った」
しばらくしてあたりが静かになる。ふたりがどうするべきか話し合っていたら、誰かがインターホンを鳴らした。覗いてみると、外に立っていたのはセンセーと売店スタッフ姿の校長だった。
「あさごはんの準備できてるよ。でといで」
しぶしぶ顔を見せると、センセーはにやにやした。
「怪我の手当をしたんだね。感心感心」
昨晩来た道を逆戻りし、朝日が眩しい外へ出る。
「……わあ…」
思わずグレイルは声を上げた。エリックもまた感心したのか短い吐息をもらした。通学ラッシュの学園ノアは、まるでテーマパークみたいだった。さまざまな制服を着た、色鮮やかな生徒たちが、明るい顔であっちだこっちだと駆け回っている。誰も自分の容姿を気にしないし、皆が種族の壁を超えて、さも当然という顔でいる。
連れて行かれた食堂では学生たちが朝食を順番に取っている。蜂の巣をつついたような騒ぎに、グレイルはちょっとくらくらした。人酔いしそうになったグレイルの手をエリックがさりげなく握って先導してやる。あさごはんを確保してすみっこの席についたふたりは。
「…おいしい…」
「ああ」
「だろ？」
「シャンくんの手柄ではないからな？」
向かいに座っていたセンセーがふんぞりかえり、校長がたしなめる。その様子に笑いそうになって、グレイルはきゅっと顔を緊張させた。となりではエリックもどう反応すべきかわからないという顔をしていた。話の流れで、シャン・ジャンズゥというのが、センセーの本名だとわかった。なんでも養護教諭をしているらしい。夜回りは本当に趣味だそうだ。
「さて」
と、校長が前置きした。
「洗濯物が乾くまで、学内を見て回るかね？ 見学というやつだ」
そう誘う声音はとびきり魅力的で、気がつくとふたりはうなずいていた。
（…まだ完全に安全…という訳じゃないと思うけど……学園側に何か裏が無いと決まったわけじゃないし…）
グレイルはうなずいたあとで気を引き締めた。
（…でも…暖かい布団やご飯…拾ってくれたことには…感謝しなくちゃ…見学くらい…いいかな…エリック君がここに馴染むきっかけになるといいんだけど……）
一方でエリックの方も、最後の一切れを心の声とともにごくんと飲みこんだ。
（まだ完全には信用できないが、拾ってくれたことには感謝しないといけないな。見学か。グレイルに入学を勧めるいいチャンスにもなる）
そしてふたりは勇気を出し、一歩学園ノアへと踏み出した。
おっ、なんだ校長とセンセーじゃん、珍しい。しかも、うしろのふたりは見ない顔だな。転入生なのかな。真剣な顔して校長の説明聞いてるし。この薫ちゃんサマの情報網を抜けるとはやりやがる。ここはぜひともお近づきになりたいな。やっぱり最初は挨拶からか？
「よっ、こんにちは。はじめまして！」
……めっちゃ警戒されてる。なんだなんだ、俺けんか売ってないよー、その逆だよ。たぶんセンセーが拾ってきたんだろうな。センセー経由だとこういう子が多い。だから気にしない。仲良くしたいだけだから。
きれいな青銀色の、ブルーブラッドかな？ もうひとりは、うう、ガード固そう。めちゃくちゃガン付けてくるくせに、俺と視線合わせようとしない。ん、でも、この感覚！
「なあ、君、もしかして旅人？ なんかギフトの気配がするんだけど！」
俺はすっかり興奮して彼へ話しかけた。
「どういうギフト！？ なあなあ、教えてよ！ 俺は平賀薫。かおちゃんでいいよ！ ギフトのこと調べてんだ、よろしく！」
いっぺんにしゃべりたくると、彼はたいそう辟易した顔で校長を向いた。
「このカオスシードは？」
「カオスシードではないよ。彼はウォーカーだ。レベル１のイレギュラーズでもある。ただローレットではなく、ノアへ在籍しているんだ。専攻は恩寵学、ようするにギフトの解析を目的とした学問だね」
校長は今日もエエ声だなあ。
彼は顔をしかめたまま薄目で俺を見やった。すぐに顔をそらす。やだなー、そんなに嫌うことないじゃん。ひどいなあ。しょんぼりしていたら、それを見られたのか。
「……かおちゃんは……ちょっと……」
青銀色が苦笑した。よし、将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、だ。ギフト持ちのなんだか犬っぽい彼は、その人を大切にしてるみたいだし。作戦変更。俺は青銀色の彼の方へ向き直った。
「じゃあなんでもいいや。俺は平賀だよ。仲良くしてくれるとうれしい。なんて名前？」
「…グレイル…」
「いい名前だね。そっちの彼は？」
「エリックだ」
「グレイルにエリックだね、覚えた！ これからよろしく！」
「平賀ー。そのへんにしとけー」
センセーに怒られた。
「…えっと…まあ…ね…」
「それじゃ」
歯切れ悪くそう言うと、ふたりは逃げるように俺のもとから去って行った。
ショック。
あー嫌われた。フラグ折れちゃった。せっかく友達増えると思ったのに。まあぼちぼちやるか。千里の道も一歩からっていうし。また会えるといいな。
「すこし驚いた」
「……そうだね……」
「ここはあんなやつばかりなのか？」
「ああー、平賀はな。少しばかり強引なところがあるから」
見学からの帰り道、センセーは手のかかるかわいい子を紹介する調子で続けた。
「悪い子じゃない。ちょっとギフトの研究へのめりこんでるだけで、そのへんさえ理解すれば、わかりやすくて付き合いやすい子さあ。ところで」
入学する？ センセーはいたずらの計画をもちかけるみたいに相好を崩した。
「そうだな。ここは、種族の分け隔てがなくて、悪くない」
「…うん…僕もそう思う…たくさんの人が…自分らしく生きてる感じがする…」
「ただし入学には条件がある」
「……僕も…」
校長とセンセーは聞く態勢に入った。真剣に耳を傾けてくれている。
エリックは考えていた。
（ここならグレイルも安心して暮らせるはず。それでも何かあったら俺が守ってやらないと）
グレイルもまた思っていた。
（…ここならエリック君も穏やかに暮らせるはず…それでも…何かあったら力になりたい…）
「条件はグレイルもいっしょに、だ」
「…条件はエリック君と…だよ…」
「すばらしい条件だ」
校長が破顔した。
「校長室へおいで。寸法をとって制服を作らせよう。デザインを決めてくれたまえ。ここの制服は特別製でね。着心地は服だけれど、並の刃物は通さないくらい強靭なんだ。きっと君たちも気にいるだろう」
「…制服って…こんなにすぐ作れるんだ…」
「すこし驚いた」
「…着替えまで追加でもらっちゃって……」
借りができたな。
…そうかも…。
ふたりはてくてくと厚生棟のなか、寮を目指して歩いていた。窓の外は夕暮れ。全天候型スクリーンに映し出された人工太陽が夕映えを魅せている。橙色に染まったまま、ふたりは心のなかで考えた。
（…これでエリック君は…おだやかな生活を送れる…すこしわがままかとも思ったけれど…予想以上にいい方向へ転がったみたいで…よかった…）
（今日から衣食住が保証される。悪くない。少々外法かとも思ったが、グレイルを寒空の下へ放り出すよりよっぽどいい。しばらくは普通科か。いっしょに過ごせるな、よかった）
思考に沈んでいたふたりは、その人物の影にようやく気づいた。彼はちょうど自分の部屋に入ろうとしていたところだった。グレイルの部屋のおとなりさんにあたる。
彼はきょとんとして、それから喜色をにじませた。
「また会ったね。うれしいよ」
平賀は、にぱっと笑った。
それは少年たちの、学園ノアでの出会い。
- グレイルとエリックと平賀の話～はじめまして！～完了
- GM名赤白みどり
- 種別ＳＳ
- 納品日2023年01月13日
- ・グレイル・テンペスタ（p3p001964）
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