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遊園地は楽しむところ
登場人物一覧
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深夜2時。草木も眠る丑三つ時。練達にしては珍しく人気も灯りも無いその場所に場違いに明るい声が響く。
「ドーモ、こんばんはぁ。ほ〜ほけきょの夜ドキ廃墟探検! 今日はですね、曰く付きの廃遊園地へ行こうと思います」
【ばんわ〜】
【待ってた】
【ほけきょ期待】
【廃遊園地?】
【まさか噂の……】
【ちゃんと許可とった?】
声は歳若い男のもので、練達の──特に、希望ヶ浜でのみ使用出来るaPhoneという携帯端末を掲げ、それに向かって何やら話しかけている。周囲を明るく照らすほどのaPhoneの画面には男の姿がリアルタイムで映されている動画とそれに対する不特定多数のコメントが流れており、知っている者が見れば練達でよく見られる動画配信の光景だとすぐにわかるだろう。
「え〜知らない人のために説明しますと……この配信はですね、
【知ってる】
【しらね】
【やっぱり】
【説明希望】
【pprks】
【深夜に遊園地が動いてるってやつか】
「あ。そうです、そうです。『営業停止になった筈の遊園地が、真夜中に誰もいないのに営業している』って噂ですね。で、そこへ誘い込まれてしまった人間は二度と戻ってこないとか……。都市伝説のお決まりで具体的な場所とかは語られてないんですけど、」
男はゆっくりと歩きながら周囲をライトで照らし、その様子をaPhoneで映している。男の歩く道は舗装こそされているものの、道の所々に見られる欠けや周囲に植えられた木々から落ちて散乱した枝が、その道が長年人が通らず手入れされていないことを示していた。
「今回はですね、視聴者の方から情報をいただきまして。それらしき廃遊園地がある場所を教えていただいたので、都市伝説の真偽はともかく廃墟探検してみたいな〜っと訪ねてきたわけですね」
【どこ?】
【場所教えて】
【マジであったのか】
【何で放置されてるんだろうな】
「場所はえーっと、希望ヶ浜市の××の方に×××る××××××ってところです」
【なんて?】
【雑音酷い】
【聞こえなかったですね】
「あれ、雑音入っちゃいました? 希望ヶ浜×の××の方に×××る××××××ってところで……」
【やっぱ聞こえない】
【えっ怖】
【ピンポイントで雑音入るじゃん……】
【もしかして:霊障】
「えぇー、何だろうマイクの調子が悪いのかな……あんまり酷かったら一回配信切って再起動して再配信しますね」
【やべえ怖くなってきた】
【他の声はクリアなんですがそれは】
【ほけきょさん帰った方がいいんじゃね???】
「それで廃遊園地の現在の土地の所有者なんですが、いろいろ調べたんですけどはっきりしなくて。それで遊園地の中には入らないで外周を──、」
ふと、男の声も……歩みも、止まった。その視線は一点に注がれている。
【ほけきょ?】
【どした】
【何かあった?】
「──観覧車が……回ってる……?」
【え】
【は?】
【今何時だと思ってんのやめろください】
【こわいこわいこわい】
「えっと……廃遊園地っぽい外壁とジェットコースターと、観覧車らしきものがあるんですが……なんか……回ってますね」
【回ってますねじゃないんだが】
【回ってるうううううう!!!!】
【やらせ?】
【逃げて】
「明かりも無いし、音……というか、遊園地にありそうな音楽ですね、そういうのも聞こえないな……え、まさか動力だけ動き続けてるとかそういう? ……ちょっと入口の方覗いてみますね」
【やめとけ】
【どうして覗こうと思った】
【不審者だったらどうする】
【盛り上がってまいりました】
「──ぁ」
──ぶつっ。
暗転。
【切れた!?】
【放送事故?】
【ほけきょやばくね……】
【ほけきょさん戻ってきて】
【やらせだろ】
【通報しました】
騒然とするインターネット上の視聴者たち。それらは心配する声や煽りの声、やらせと決めつける声と様々であったが、結局この後『ほ〜ほけきょ』を名乗る配信者は配信を再開することなく……この日を境に、インターネット上から姿を消してしまったのである。
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「というわけで!!! 廃遊園地で遊ぶぞ!!!!」
「恐怖の余韻が根こそぎぶち壊しだなおい。賛成だが」
枯れた噴水のテッペンで仁王立ちした男──皇 刺幻は高らかに宣言した。燃える様な深い赤のコートを羽織った彼はつい先ほど、廃遊園地の入り口で地に塗れた斧と手錠を持った不気味なマスコットの着ぐるみをグーでぶん殴ってテンションも鰻登りだった。
噴水の淵に座っている猫耳パーカーを着たパンクファッションの男──クウハはだいぶ古びたパンフレットを丁寧に広げて園内の設備を眺め回している。因みによくわからんマスコットの着ぐるみはクウハの手によって遊園地の出入り口ゲートに逆さ吊りにされた。急に襲いかかってくる奴が悪いのだ。
【魔王】と【悪霊】の悪友コンビが依頼されたのは『廃遊園地に潜んでいると思しき夜妖の退治』である。もう一度言おう。『夜妖退治』である。断じて遊びにきたわけでは無い。……が、この2人だけが揃って最初から真面目に依頼がこなされるわけもなく。
「入口の奴をぶっ飛ばして『はい終わり』になるわけねぇよなぁ?」
「無論だ。潰れた小さな遊園地とはいえ広さはそれなりにある。つまり──」
「
理由だけは最もらしく、2人の笑顔は悪童そのもの。斯くして(夜妖にとって)悪夢の夜は幕を開けることとなる。
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魔王と悪霊は兎角、刺激のあるものがお好みである。例えば──
「ふん、係員の指示もないのに律儀に安全バーを降ろすとはな。ビビってるのか?」
「は? 誰がビビってるって? こんなもん要らねえっての」
クウハの一言と共に大鎌によってジェットコースターの安全バーが破壊される。ついでに刺幻の首も狙われたが余裕綽々で避けた。被害を受けたのは安全バーを壊されて駆けつけてきた係員の姿を模した夜妖の腕である。
「これで文句無ぇだろ」
「はは、甘いな。私は……前のバーも握らない!」
「はー!? 馬鹿じゃねえのかオマエ!!」
「何だぁ? やらないのかクウハ???」
「上等だコラ。シートベルトも締めねぇでやるよ。オマエには出来ねえだろうなァ魔王サマよぉ!」
「ほーぉ、舐めるな?」
結果。
「「ああああああああああああああああああ!!??」」
まあ、重力とか慣性とか(或いはそれっぽいもの)は混沌にもあって、ジェットコースターと2人にも働くのである。しっちゃかめっちゃかに動くジェットコースターにお互い煽り合って何の枷もなく乗ってた2人は、当然ながらすっ飛ぶのだ。馬鹿の所業である。
「──あ、俺様飛べたわ」
「ちょっ、おまそれはズル──!」
きゅっと空中でブレーキがかかるクウハとすっ飛び続ける刺幻。刺幻はお前も道連れとばかりに手を伸ばすが、後ちょっとのところで届かない。刺幻がボウボウと生い茂った植木の中に突っ込む直前に見たのは、空中で腹を抱えて爆笑しているクウハの姿であった。
※危険なので絶対に真似をしないようにしてください。
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「お、ゴーカートがあるぜ刺幻」
「フッ、私のドライビングテクニックを見せてやろう」
若干の取っ組み合いはあったものの、お互い大らかな2人は仲良く次の遊びを探しにゴーカートへとやってきた。なかなか本格的なサーキットコースが気に入った2人は、それぞれ好みのゴーカートに乗り込み意気揚々と発進させる。2人が乗り込んだゴーカートは夜妖が化けており、普通のゴーカートを遥かに越える速度で走り回って恐怖に陥れた上で最後には生気を奪い尽くして殺してしまうという恐ろしい夜妖ではあるのだが──
「おお! なかなかいいスピードが出るな!!」
「ほー、こいつはスリルがあって燃えるじゃねーの!」
普通のゴーカートが出せる速度を遥かに超えて広めのサーキットを走り回る車体に、2人は怖がるどころか大はしゃぎでアクセルベタ踏みである。その上、2人がただ走り回って満足する
「よーしくたばれ刺幻!」
「それはこっちの台詞だクウハ!」
並走したゴーカートがガツン! と鈍い音を立てて接触する。ハンドルを切ったクウハが刺幻の方へ寄せたのだ。だが刺幻も負けずにハンドルを切ってクウハの車体へと体当たりする。お互い、この速度でぶつかり合ったらただじゃ済まないことはわかっているが殺意は無い。この2人にとってはこの程度はじゃれあいなのである。なお、ゴーカートに取り憑く夜妖たちにとってはたまったものではない。『ギャーッ!』と車体から悲鳴が上がっているのだが2人は揃って無視している。
「ここだあっ!」
「げっ、やべぇ……!?」
仁義なきカーチェイスを制したのは刺幻の方だった。カーブに差し掛かったところで内側の位置を取った刺幻のゴーカートがクウハのゴーカートを外側へ突き飛ばす形で弾き出したのだ。通常より何倍もスピードを出していた哀れなゴーカート(に取り憑いた夜妖)はその車体を壁の中にめり込ませ、大破させる。普通に考えたら搭乗者も車体と一緒にオシャカになるのは間違いない──が。
「あー、ぶっ壊れちまったか。くっそ競り負けた!」
大して応えた様子なく壁の中から這い出てきた人影……もちろん、クウハだ。人知を超えたしぶとさである。
「お前も大したこと無いなあ、クウハ!」
「野郎ぉ……次は俺様が壁にめり込ませてやるぜ」
ニヤリと楽しそうに笑う刺幻とクウハ。クウハは次なる
※※危険なので絶対に真似をしないようにしてください。
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「うぇ……。よぉ魔王……こんぐらいでもう立てねぇとか言わねーよなァ……?」
「フッ、当然だ……。私がこの程度で……うぇぇぎもぢわ゛る……」
コーヒーカップで『どっちがより多く回せるか』勝負した結果、当然のように熱くなった2人は吐きそうになるほど回してベンチでグロッキー状態になっていた。因みにコーヒーカップに取り憑いていた夜妖はコーヒーカップの回転を止めようとしてきたため2人によって捻り潰されている。
「……なァ。だいぶ遊び尽くしたし、あそこで最後にしようゼ……」
「……ミラーハウスか。……そうだな」
お互い頷き、どちらともなく動き出して洋館風の建物の中に入っていく。中は全面鏡張りの迷路になっているスタンダードなタイプのミラーハウスと言えたが、入って暫くすると2人は嫌でも異常に気がつくことになる。
「……なんか、迷ってねぇか?」
「いや……違うな。感覚的に、同じ場所をぐるぐる回らされてる。その上で
「へぇ、つまり?」
「閉じ込められたということだな」
鏡、鏡、鏡、ともすれば気が狂いそうな光景の中で冷静に会話をする2人。焦るどころか、その口元には笑みが浮かんでいる。
バリィン!!!
鏡が盛大に割れる音。最初に動いたのは刺幻だった。
「お、見ろクウハ。鏡が割れたぞ。私の美しさに恐れ慄いたようだ」
バリバリバリィィィィィン!!!
「俺の方は三枚同時だ。魅力が溢れすぎて困っちまうよなァ?」
バリィン! バリバリィィィン!! ガシャーーーン!!!
「どっちが多く割れたか勝負な、刺幻!」
「望むところだ! 吠え面かくなよ!」
「誰にモノ言ってんだ? ほーら色男のお通りだ!!」
「鏡よ、鏡! 世界で一番美しいのは誰だ? 当然私だな!」
そこからはもう阿鼻叫喚である。無論、ミラーハウスに取り憑いた夜妖にとって。目に付いた鏡は割られ、通路を組み替えようにもそれすら片っ端から割られ、何なら通路ごと破壊される。耳を劈くような音。破壊という破壊。2人の悪魔(正確には魔王と悪霊)によってそれらは恙無く行われ──
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「はー、すっきりした! いいストレス解消になったな!」
「よしよし、周りに敵の気配も無さそうだ。帰って寝るとしよう」
笑顔のまま脱出したミラーハウスへ背を向ける2人。崩壊したミラーハウス(と夜妖)。昇り出した朝日を反射してキラキラと輝く鏡の破片は、2人の依頼の達成を祝福しているようであった。
※※※危険なので絶対に真似をしないようにしてください。