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お正月はもうすぐ

登場人物一覧

古木・文(p3p001262)
文具屋

 極月のある日、朝からしっとりとした雪が降り、空は鳶色に染まっている。夕暮れ時、文具屋のあるじである古木・文(p3p001262)がカウンターに座っているとせっかちな足音が近づいてきた。ベルの音を聞き、文は立ち上がり、白いシャツに黒いズボン姿で客を出迎える。馴染みの客だった。
「いらっしゃい、雪大丈夫だった?」
「何度か滑りました。転びはしませんでしたが」
 金色の着物を着た青年が苦笑しながら、黒い傘を傘置きに丁寧にさした。角ばった顎に大きな口、目は切れ長で眉は太い。短髪の黒髪が濡れ、くるりとうねっている。
「凄い雪だもんね、転ばなくて良かったよ。わざわざ、こんな日に来てくれてありがとね」
 青年は照れたように頷き、「スノーブーツでも滑るんですね、びっくりしました」とのんびりとした声を出したかと思えば、あっと叫んだのだ。
「何かしたかな? 忘れ物?」
「あ、いえ。すみません、急に大きな声を出してしまって。私、ブーツの雪を払わずに来ちゃいました。ちょっと、雪を落としてきます」
 見れば、ブーツは雪で真っ白だった。
「いいの、いいの! 大丈夫だよ、ありがとう。そこで待ってて、すぐにいつものインクを出すから」
「ありがとうございます」
 青年は頭を下げた。文は壁に並んだインク棚によいしょと手を伸ばす。
「何度来ても凄いですね」
 青年の言葉から視線が棚に移動したのが分かった。
「皆さん、そう言うよ」
 壁全体を包み込む棚は天窓まであり、気が付けば視線を上に向けてしまうようだ。
「ですよね。見てるだけで圧倒されるというか興味深いというか……あれ? 文さん、笑ってます?」
「え、うん。笑ってるよ。だって、皆さん、貴方と同じことを言うから」
 文は青年に背を向けたまま、くすりと笑い、青いインクを取り出す。青年は「そうなんですね」と恥ずかしそうに呟く。文は乱れた前髪を元の位置に戻し、青年と向き合う。文の身長は青年より高いはず。だが、猫背のせいだろう。青年を見上げている。
「ありがとうございます」
 文の瞳に青年の喜びが映った。手渡した鮮やかな青は、オーダーメイドだ。
「そういえば、文さん。お腹すきません?」
「どうして? そんな顔してた?」
「なんですか、それ。してませんよ」
「じゃあ、どうして?」
 目を丸くする。
「美味しいおにぎりを私が持っているからです」
 至極、可笑しかったのだろう。青年は笑っている。
「おにぎり! 美味しいよね」
 青年は頷き、尋ねる。
「最近、幻想に出来たおにぎり専門店は知っていますか?」
「あの行列の?」
「そうです。キノコ専門店『きのこのUMAMI』の姉妹店なんですよ」
「それは知らなかった。そっかぁ、姉妹店なんだね。美味しくて素敵なお店だよね。懐かしいなぁ」
 文は美味しい記憶を辿りながら、丸まった背を労るように拳で優しく叩き、今度は腹をさする。
「食べ物のことを考えてたらお腹が空いてきたね」
「それは良かったです」
 青年は微笑し、プラスチック容器をカウンターに載せ、「では、良いお年を」と頭を下げた。
「良いお年を」
 言いながら、でもと背を向けた青年を呼び止める。
「でも?」
 振り返った瞳が文を捉える。
「せっかくだから一緒に食べない?」
「一緒に、ですか?」
 今度は青年が驚く番だった。
「勿論、嫌じゃなければ。せっかくだしどうかな?」
「お店は大丈夫ですか?」
 青年は心配している。
「大丈夫だよ。そろそろ閉める時間だしお客さんが来たらその時はその時かな。おにぎりだから飲み物は日本酒がいいよね? ちょうど、すっきりしたのがあるんだ」
「えっ!?」
 青年はびっくりした様子を見せた。
「あれ? 飲めなかった?」
「いえ、大好きです」
 青年は笑った。文は微笑する。
「決まりだね、飲もう」
 それからの文の行動は素早い。トレーに冷えた日本酒とワイングラスを載せ、そういえばとスーパーで買ったらっきょうを白い皿に盛り、小走りで戻った。
「早いですね、走ったんですか?」
 びっくりしている青年に「うん。早く、楽しみたくてね」と笑う。青年はカウンターの前に置いた椅子に礼儀正しく座っている。足元には文がさっき、引っ張り出してきた電気ストーブ。
「綺麗なピンク色ですね。赤しそですか?」
 青年は視線をらっきょうに向け、小首を傾げた。
「そうそう、赤しそらっきょう。無限に食べれるよね。好き? 食べれる?」
 文は青年がどちらを使ってもいいように割り箸とフォークを置く。
「好きです。気が付いたら居酒屋で頼んじゃいます。この大きさもいいんですよね、お腹いっぱいにならないからお酒も沢山飲めますし」
「至極、分かるよ」
「酒飲みですね、文さん」
「そうだよ、もしかして知らなかった? でも、貴方もだよね」
 文は楽しそうに、ワイングラスに日本酒を注ぎ始める。傾けた黒色のボトルからとくとくと素敵な音が聞こえる。
「知っていましたよ。そうですね、実は私もお酒が大好きなんです」
 青年はくすくすと笑う。文は目を細めた。グラスの中ほどまで満ちた繊細な液体は、山吹色の光沢を放っている。
「さあ、飲もう」
 文はグラスを手に取った。乾杯の時間だ。
「待ってました! どんな味がするのでしょうか」
 青年が頷き、グラスを掲げる。
「楽しみだね」
 気泡がグラスの中で踊る。文と青年は一口、日本酒を喉に注ぐ。レモンのような香り。舌が爽酒の旨味を感じる。青年と文は驚き、すぐに表情を緩める。
「冷えてて美味しいね。やっぱり、これは今日の為のお酒だよ」
「癖がないですね、本当に飲みやすい。美味しいお酒です、飲めて良かったぁ」
 息を大きく吐いた。文は笑う。酒好きは皆、この表情をする。タコのようなふにゃふにゃの顔だ。文は青年のグラスに日本酒を注ぐ。

「文さん」
 何杯目かもう分からない。ただ、ふわふわとした時間が流れ、居心地の良さを感じていた頃、青年がらっきょうの皿とおにぎりが入った容器を指差す。
「うん?」
「あの、食べるのを忘れています」
「あっ、食べずに飲んでばかりだったね」
 文は慌てておにぎりの蓋を開けたのだ。肉巻きのおにぎりが六つ、ぎゅうぎゅうに詰められている。甘辛いタレが豚バラ肉をぴかぴかに光らせている。宝物を見つけた時のような気持ちになった。
「美味しそうだね」
「でしょう?」
「ボリュームも凄いしね」
「文さん、感想早く、聞かせてくださいよぉ!」
 真っ赤な顔で笑っている。
「いただくね。あ、お肉が柔らかい」
 醤油とごま油の香り。濃厚なタレが粒厚の米にしっかりと絡んでいる。
「そうでしょう、私も食べますね!」
 青年は得意げだった。
「食べて、食べて! 美味しいなぁ」
 唇に付いたタレと白ごまを指で拭い、濡れた指を無意識に舌で舐めとる。ふと、青年と目があった。
「美味しいよね?」
「ええ、説明できませんけど美味しい」
 青年の言葉に文は微笑む。青年はかなり、酔っている。
「今度はこっちを食べようかな」
 文はらっきょうを箸でつまみ上げた。ぷっくりとし本当に綺麗な色をしている。見ているだけで口の中がさっぱりする。小気味よい音を響かせながら、文は目で美味しいよと伝える。青年は大仰に頷き、らっきょうをフォークで突き刺した。
「大人の味ですね」
 ぽりぽりと満足げに音を鳴らす。
「そうだね、大人の味。ああ、幸せだなぁ」
 文はおにぎりに手を伸ばし、かぶりついた。噛むほどに肉の甘い脂が米とまじり合う。

  • お正月はもうすぐ完了
  • GM名青砥文佳
  • 種別SS
  • 納品日2023年01月18日
  • ・古木・文(p3p001262

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