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そして二人の幕が開く
登場人物一覧
●見届け人は語る
砂混じりの風が吹く。
アスファルトの地面を革靴が踏み、数歩あるいたところで止まった。
背の低い建物に囲まれた、そこは町の一角である。
壁際に立つ花嫁衣装の女が、ゆっくりと閉じていた目を開いて『彼』を見た。
黒い仮面に覆われた素顔。どこかラフに着崩したフォーマルスーツの下には、遊んだ柄のネクタイが巻かれている。
彼は女を一瞥すると、ゆっくりと……そして静かに頷いて見せた。
女はそれにはなにも返さない。代わりに、男の反対側から現れたもう一人の男に目を向ける。
スニーカーを鳴らし現れる彼は、青年と呼ぶに相応しい若々しい男であった。
カッターシャツにジーンズパンツというこちらもまたラフに崩した格好をした青年は、仮面の男とぴったり10mの距離を保って立ち止まった。
彼は女を一瞥し、小さく短く、だがしっかりと頷いた。
そうしてやっと……女は彼らの中心点を見つめるように視線を定めると、ゆっくりと片手を上げる。
それが合図となった。
青年――『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)は腕に装着したゼータバングルを操作。
仮面の男――『怪人暗黒騎士』耀 英司(p3p009524)は腰ベルトにバックルを装着。
「――変身」
「――蒸着」
英司からは金色の稲妻が。
ムサシからは赤き焔が。
それぞれ吹き出し彼らの全身を覆う。
英司の胸板に漆黒の鎧が現れ、それは全身を包む暗黒騎士の鎧へと変わっていく。
ムサシの胸に赤い宝石が光ったかと思うと白い鎧が装着され、それが全身へと廻っていく。
英司の頭部を黒いヘルメットが。
ムサシの頭部を白いヘルメットが。
それぞれ覆った所で目元にギラリと意志の光が灯った。
両者、剣を抜く。
英司の漆黒の剣と、ムサシのレーザーロッド。その二つが――激突した。
白と黒の戦士が激突し火花を散らすそのさまを、澄恋は己の瞳に焼き付ける。
彼女こそが見届け人にして、語り部である。
今こそ語ろう。
二人の『ヒーロー』の戦いを。
●一人のヒーロー、ひとりの男
ワイバーンが空を飛んでいく。それは混沌世界の一角にある、何気ないカフェのテラス席であった。
「これを、英司様に?」
封書を手にした澄恋は、中身を見ること無くテーブルの向かいに座る彼……ムサシを見た。
見るつもりがないのではない。
見なくても、わかるのだ。
ムサシと英司の間で関係性が変わりつつあることを、第三者である澄恋は第三者であるからこそわかっていた。
「きっかけは、『あのこと』でしょうか」
思い当たるのはひとつだけ。ある老人を廻る依頼だ。
――「アンタをただ殺すんじゃ恨みが晴れねぇ。だから……全部奪うことにした」
――「嬲り殺しにしてやる。村の奴等ァいい声で鳴いてくれたぜ……後はアンタと、そのガキだ」
そう、まるでテレビの中に映る悪役のように嗤って言う彼の素顔を、まだ誰も見ていない。
けれど、誰もが『見た』のだ。
スーツの中に入ってしまったひとりの男の、素顔よりも素直ななにかを。
テーブルの上で拳を握り、ムサシは小さくうつむいた。
「英司さんは、ヒーローでした。なんでも解決してくれる、本当の」
「……」
何か言いたげにした澄恋に、ムサシは苦笑する。
「分かってます。あの人はそんな言い方認めない。悪役だって言い張るでしょう。自分は『怪人』だって。けど……」
あのとき、確かに見てしまった。
怪人の中で息を切らしたひとりの男を。
それは決して、完全無欠のヒーローなんかじゃなかった。
「このままじゃ、あの人はどこかへ消えてしまう。スーツの中に他人の怒りや憎しみをため込んだまま、それを誰にも触らせないで」
●一人の怪人、ひとりの男
空に雲が流れている。
混沌世界の一角。ベランダの手すりによりかかった英司は澄恋から封書を受け取った。
「これを、ムサシ様から」
「……そうか」
封書の中身を見る前に、英司はゆっくりと顔をうつむける。
――「一人一人が、勇気を持って誰かのために戦える、そんなヒーロー達を……」
『あの依頼』のあと、ムサシが自分に向けた表情を忘れることは出来ない。
「アイツは、俺を……」
そこまで言いかけて、英司は次に続けるべき言葉に迷った。
許していない?
憎んでいる?
恨んでいる?
どれも言うべき言葉だと思えなかった。
許さなかったらなんだというのか。
憎まれて、恨まれて、それでなんだというのだろう。
もうこの手はとっくに汚れていて、どんなに洗ったところで血と泥はおちやしないのだ。
けれど彼はどうだ。彼はまっすぐで、真っ白で、裏路地で落ちぶれた自分なんかよりずっと若くて……。
「今更だぜ、まったく」
トンッと額に指を当てて首を小さく横に振ると、やっと封筒の端をやぶった。
●二人の――。
ぶつけ合う剣。散る火花。
英司――もとい『怪人H』は飛び退くともう一本の剣を抜いた。
「アンタとは肩を並べたが……こうして『対面』するのは初めてだったなァ。俺ぁ怪人H。寝かしつけてやるぜ、ヒーロー?」
おどけた様子で肩をすくめる怪人Hに、ムサシはビーム・リボルバーを抜いた。
「英司さん、いや。怪人H! 分からず屋な貴方に、言うべき事は山ほどある。だから……!」
ビーム・リボルバーによる高速三連射。
それを両手の剣で弾きながら、怪人Hは距離を詰める。
「役割が違うのさ。正義じゃねぇ。最早偽善ですらねぇ。だが、俺が決めた、俺の道だ! 変えねぇ、曲げねぇ、押し通る!」
「どうして一人で全てを背負おうとする!? どうして全てをそう簡単に捨てられる!? 貴方一人で背負って、潰れて、何になるって言うんだよ!!」
再度撃ち込まれた剣をレーザー・ジュッテで受け止めると、ムサシは相手を突き飛ばした。
燃え上がる焔。それがコンバットスーツに紅いラインを走らせ、ロッドから炎の刀身を展開する。赤く燃えさかるレーザーソードを振り抜くと、怪人Hは交差した剣で受け……きれなかった。
「ぐおっ!?」
吹き飛ばされ転がった怪人Hはやれやれと首を振って立ち上がる。
「アンタが救うべき命はなんだ! 俺はあの爺さんと同じだ…とっくに今を生きちゃいねぇ、ヒーローが亡者に肩入れするんじゃねぇ!」
怪人Hから黄金の雷が。そして黒き炎のオーラが湧き上がり鎧を更なる形態へと変化させていく。
二つの剣が合わさり、グレートソードの様相をなしたそれを握りしめる。
ムサシの繰り出す焔のレーザーソードと、暗黒のオーラが纏うグレートソード。二人の斬撃はぶつかり合い、爆発を起こし二人を包み込む。
だがそれでも止まらない。
怪人Hは爆発の中から飛び出し、更に新たな形態へと変化していた。
鎧は最終進化を果たし、腰のベルトには二つの月。
もうひとつの剣がどこからともなく現れ、怪人Hは両手に剣を握りしめた。
刀身に黄金の雷光が宿り、重なる円月を描く。
だが、ムサシもまた爆発のなかから飛び出し、白き翼のようなユニットを背負い跳躍していた。
「亡者じゃない! 貴方も! 今を生きている人なんだろう!? なら……半分くらい、自分にも背負わせてくれよ!! 『ヒーロー』!!」
大上段に構えた焔のレーザーソードに、魂の光が燃え上がる。
「円月暗黒斬!」
「ゼタシウム・ブレイザーッ!」
力と力がぶつかり合い、それは互いの鎧すらも傷つけた。
怪人Hのヘルメットにびきりとヒビが走り、ムサシのヘルメットは大きくへこみ、目元が砕けて散った。
結合を解かれたナノマテリアルが涙のように流れる。ムサシはぐらりとよろめき、その背が怪人Hの背にぶつかって止まった。
気付けば、二人の変身は解けていた。
お握りを手に、その様子を見つめる澄恋。
傷だらけの二人をまえに、しかしそこから動く事は無い。
背を合わせたまま、怪人H……いや、英司は呟いた。
「俺達が分かり合う事はねぇ。だが、この世界の涙を拭うには、俺一人じゃ手に余る……何より、アイツを泣かせられねぇのさ」
英司の視線が一度澄恋に向いたのを、ムサシは背中越しなのに気づけた。
「だから、次からは力を貸せ。ムサシ」
「……勿論」
ムサシは目元を拭って息をついた。
「涙を拭い、命を救う。新米のヒーローだけど……それでも、自分で良ければ力を幾らでも貸しますよ、英司さん」
そこで、急にムサシの後ろで英司がとすんと座り込んだ。
つられるように座り込むムサシ。
背を合わせたまま地面に座る。ごつんと英司が自分に後頭部をぶつけてきた。
「あ、半分背負ってくれるっつったとこ、わりぃな。バディはもう決まってんだ」
「え?」
急にハシゴを外された気分になって、ムサシは慌てて身体ごと振り返る。
そこにはにやりと笑う男の素顔――はなかった。仮面に覆われた英司が振り返っていただけだ。だがなぜだろう、彼がニヒルに笑うさまが見えるようだ。
「だから、アンタは俺の『ライバル』だ」
スッと差し出した手。
その手と英司の顔を数度ほど交互に見た後、ムサシは……やっと意味を理解した。
二人の握手が、強く交わされる。
澄恋はそこでやっと、足元のバスケットを掴んで歩き出したのだった。
『二人のヒーロー』のもとへと。