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鬼は満ちた月を見上げる
登場人物一覧
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ラサ傭兵商会連合……平素は何処の勢力にも与せず、依頼を受ける事でスタンスを変える傭兵国家。力のある商人(商会)と傭兵団が結びつく事で共同体を形成した連合体。
大陸中央部の砂漠地帯を根城とし、砂漠のオアシスたる首都ネフェルストはその美しさから夢の都とも称される。自由を愛する気候風土が強く、何かに縛られる事を嫌うのは国民も国家も同じである。
旅人(ウォーカー)である彼女、『氷結』Erstine・Winstein(p3p007325)はそう言う国に身を置いた。
12月12日深夜。満月。
「……っ、うぐ……」
ラサの街の隅にあるErstineが暮らす小さな家の奥の部屋……彼女の私室に当たるようだ。しかし彼女は自身の部屋の照明もつけずに過呼吸とでも見間違える程に息を切らしていて、小躯である彼女には似合わない大きいサイズのベッドに倒れるように身を預け、縮こまりながらその苦しさに耐えていた。
「っ、吸血欲に耐えてる吸血鬼だなんて……はぁ、きっと、小馬鹿にされるでしょうね……っ……」
彼女は苦し紛れに毒を吐いて強がることしか出来ない。
そもそも彼女がどうして苦しんでいるかと言えば、前の世界にいた時に義妹からの呪いによって、全ての血に対し嫌悪感を抱くようになるというものにあるらしい。
元々他者から血を貰うのは苦手ともしていた彼女ではあるが、呪いによって一切の血液を摂取出来なくなることは吸血鬼である彼女にとって死活問題であるはずなのである。
「あぁ……また紅く……」
特に満月の日は吸血欲がいつもより一層高まる他に、ここ無辜なる混沌(フーリッシュ・ケイオス)では綺麗だと評されて少し嬉しかった黒髪は、足元まで伸びきり血のように赤く染まり果ててしまい
「眼も……きっと、変わってるわね……」
もう何も考えたくなくて彼女は目をぎゅっと閉じる。普段はクールな印象を与えている静かな青の眼は、飢えた獣のように瞳孔が開いた金の眼になってしまうのだから。
「……早く呪いを解いてしまいたい」
呪いを解く。即ち義妹の死を望むことだ。この呪いが発動しているということは、この世界にその義妹がいるということ他ならない。彼女は一体どこで何をしているのだろうか、きっとまた碌でもないことだろうけれど。Erstineはそう義妹のことを考えるだけでため息が零れた。
「……満月の日はやなことばかり考えてしまう。……いえ、満月の日ぐらいになれた、と言う方が正しい……のかしら?」
ぽつりと呟いたErstineは、息苦しさに苛まれつつも窓の外に映る満月を見上げる。
ここ最近は心が落ち着かないことばかりだ。
召喚後『赤犬の群れ』へ所属したいと直談判したあの日から、毎日が嵐のようで何かを考える余裕もなかった。敵の生死について信念を貫いたり、ラサのメディア王に依頼されモデルをしたり……そしてラサと深緑の間で起きた大事件に関わったり……。
千と五百年余りを生きてきたと自称するErstineにとって、それまで生きてきた長い時よりもこの無辜なる混沌での毎日は元いた世界よりも色濃い日々となっているのだ。
「元いた世界では……やなことしか考えていなかったものね……」
ひそひそと騒ぐ使用人達、義妹を好きなようにする愚かな王であり義父、そして……我儘し放題だった義妹。考えるだけで頭痛が酷かった。時には気絶してしまおうかとも思った程。
それが、だ。境界と言う新たな世界で自分の抱く思いが確証へ近づくまでは多分良かった。だがここ最近はよくわからない運命のせい(?)で、あられもない醜態を晒すことになり、それがかの方へ伝わっていたりととんでもなく心がざわつく日々に至る。
「…………う、思い出してしまったわ……」
あの仕事から帰ってきてまだ日が浅いErstineは、思い出した瞬間羞恥でみるみる頬を染めその顔を両手で覆い隠す。尊敬していて認めて欲しいと思っているあの方へ、咄嗟に助けを求めるなどと悔いても悔いきれない。
……しかも、だ。多分あの方にそれを見られているかもしれない、のだ。そう考えたErstineの顔色は次第に赤から青く染っていく。
「ぁ、ぁあんな……醜態を……み、みみ……」
あまりのことにErstineは視界がグラッとしてしまう。
この『尊敬』では収まりきらない思いを強がりで固めるには、そろそろ限界が近づきつつあるように伺える。
が……彼女の意地はもう少しだけ続くらしい。
「あ……、朝……」
いつの間に……とぽつりと呟いたErstineの姿は、元の長さの黒髪と青眼を取り戻して。その姿に少し残念に思えるようになったのは、その『色』故だろう。
満月の日はいつも吸血欲で苦しくて眠ることなど出来なかった。けれど、ここに来てからは違う。否、他者と関わりを持ってからは、だろう。
Erstineは少しだけ頬を染めて照れくさそうに頬笑みを浮かべた。