PandoraPartyProject

SS詳細

赤いイチイの実に秘める

登場人物一覧

トキノエ(p3p009181)
恨み辛みも肴にかえて
トキノエの関係者
→ イラスト

「此処が今日からお前の『家』だよ」
 連れられて来たのは大きな屋敷の地下だった。狭いけれど一人一部屋、それぞれの扉に鍵は無い。奴隷に与えるには破格過ぎる待遇は、万が一発覚しても『孤児』を世話しているのだと繕うためだろう。
「『里親』が見つかって外へ出るまでは、皆が『家族』だ。私のことは『お父様』と呼んでくれ」
 地下室への唯一の出入口を後ろ手で閉ざし、男が笑う。愛を知らない子であれば涙を流して縋り付きたくなるような、優しくあたたかな仮面だった。


 太陽の光が少ししか入らないこの家にも朝は来る。
「おはよう。君が新しい17番?」
 新入りを起こして世話を焼くこと。それは『長男』になった俺の今日最初の『仕事』だ。
 夜遅くに街へ帰ったお父様が連れてきた子は、髪も肌も背負った翼も真っ白だった。その中でぱっと目を惹く蝋燭の火のような瞳が俺の顔色をうかがってる。きっとこの色が原因で前の親に捨てられたのかも。でも、もう大丈夫。
「俺は6番。朝食の前に、君に家族の決まりを説明するよ」
 ここなら、お父様の子でいれば、ご飯を食いっぱぐれることもないんだよ。安心させるように話しかければ人懐っこい笑顔が返ってくる。よかった、元気そうだ。
「わからないことがあったらなんでも聞いてね」
 ふと。おかしな事を言い出して入院した前の17番のことを思い出しながらも『教育』を続けた。これが俺の役目だから。


 左右に小部屋の並ぶ廊下を抜け、突き当たりの食堂へ向かう間に子供達の小さな世界を理解する。
 この家と『本邸』とを繋ぐ扉は内側からきちんと鍵を閉めること。合図無しでは開けず、勝手な外出も禁止。理由は——
「——お父様は尊い血筋の方なんだ。だから様々な身分のお客様が出入りする本邸で失礼があったらいけないし、全員が良い人とは限らないからね」
「代々受け継いできたとっても歴史がある建物で、建て増すうちに今じゃ迷路みたいなんだって」
「だからね! おとうさまは、わたしたちをまもってくれてるの!」
 最も幼い外見の2番が燥ぐのを嗜める12番と最年長の6番。捻りもなく与えられた部屋番号そのままで呼び交わすのは「此処を出て生まれ直したなら本当の名前をもらいなさい」というありがたい教えによるものだそうだ。空いた部屋へ補充して埋めていくからか、数字が若い程に古株でもなく年齢順でもないのはややこしい。
「はやく、あたしのばんにならないかなあ?」
 2番が振り返る『勉強室』は外で生きるための知識や礼儀作法を学ぶ場所だ。呼び出されるのは毎晩ひとりずつ。敬愛するお父様を独り占めできる絶好の機会だという。
「お忙しいお父様の手を煩わせないように、夜は部屋から出歩いちゃいけないよ。連帯責任だからね」
 それは最も大事なルール。ひとりの罪は止められなかった全員のもの。償わなければ外の世界では生きられないから、食事が減っても、蝋燭に火がもらえなくても、そのせいで誰かが欠けても受け入れる。
「お父様に育てられた立派な子供として、出来れば笑顔で旅立ちたいからさ。こうやってみんなで教育するんだ」
 上の子から下の子へ。古株から新入りへ。共同生活の中で自然と共有されるのは確かに家族らしい。誇らしげな6番に、17番と呼ばれたぼくはお礼を口にした。随分と躾が行き届いているんだね、と鼻で笑う代わりに。


 紙とインクと蝋燭の匂いが染み付いた壁に揺れる大小の影はいつだって私を高揚させる。
「それで、此処の生活はどうだい?」
「……みんな優しくて夢みたいです、お父様」
 やわい頬と声音にはまだ緊張が残り、葛藤する様が実に愛らしい。この子を17番と名付けて今日で5日目。無垢なものを従順に染め上げていく過程こそが、継いだ爵位に付き纏う煩わしさの全てを忘れさせてくれるのだ。
「お前が良い子でいるのなら、この夢は決して覚めないとも。約束しよう」
 所在なさげに裾を握っていた小さな手を解かせる。そこだけ熱を帯びたようなまあるい瞳に私だけを映し、まずは優しく甘い飴を。


 貧しい村やスラム街で生まれ、虐げられた子供達を拾い集めて育てる。なるほど、立派なお貴族様の慈善活動だ。一皮剥けば幻想国の腐り切った利権と欲望の煮凝りなのだけれど。
 大人の庇護下の心地良さに、愛を知らない子供をどっぷりと浸けたなら。多少嬲っても勝手に罰と受け入れるようになれば元の生活になんか戻れやしない。お父様を愛し愛されるために。そんな盲目を、人は奴隷と呼ぶ。
 当然、彼らが言うところの『外の世界』も真面であるはずがない。一定の年齢で送り出される『里親』は癒着した腐敗貴族のことだし、反抗的になった子供を売り捌く先は『病院』と言って退けるのだから人間という生き物はどこまでも醜くて笑ってしまう。
 でも同じ演目が延々と続いても飽きちゃうから、ぼくがもっと面白い展開をプレゼントしてあげるね? さあ、楽しい楽しいお勉強の時間だよ——

「……4番が、変死? 変な病気どころか一番健康なものを引き渡したのに!」
「脱走した? ありえない、あの9番が!」
「こっ……殺されかけたって、何を言っているんだ? 要望通り素直でとりわけ大人しいのを選んだ!」
「ひとまず13番は処分して、新しいものを用意して……ああもう、クソが! 冗談じゃないぞ!」

 ——蜜のような毒で飼い慣らされていたあわれな玩具を壊すのは、ほんの一粒の種で十分だった。
 里親達から続々と届く苦情。悪評。どれもこれも本来なら子供達の耳には入らない情報ではあるけれど、送られていく間隔が極端に短くなれば不信感だって湧く。
「きのうのよるのおとうさま……あのね、こわかったの……」
 処理に奔走する焦りは嫌でも伝わるし、それを口に出せば余計に不興を買う。彼の当たりが強くなって病院へ行く子も増えた。完璧な循環。そろそろ仕上げに取り掛かろうか。


「お父様、お父様」
 優しい声が私を呼ぶ。そうだ、今日は17番だった。
「ぼくは良い子です、他のみんなとは違います」
 初めてこの部屋を訪れた夜よりずっと綺麗に微笑むようになった少年の手に触れる。握り締められた指が、ゆっくりと真白い喉へと誘われる。
「あなたの辛さをぼくに分けてください」
 やわらかく沈む感触と、炎のような瞳から逃げられない。
「ぼくなら、受け入れてあげられますから……」


「ねぇ、見たよね? 酷いね、みんなお父様に殺されちゃうんだ……要らない子だってさ」
 その夜、残り少なくなった子供達は見ていた。僅かな扉の隙間から、箍の外れた男に散々殴られた2番がピクリとも動かなくなるまで。
 全員が納得して部屋を出るなら罰とか関係ないでしょ? そう言って唆した17番は静かに告げる。
「お父様達も、みんなみんな悪い子だ」
 今日からこっそり日記をつけよう。生きた証を。外へ出る時は置いていって。
「きっと、最後に残るのはぼくだから」

 ——火種は撒いた。弓は番えた。燃え広がれ。隣人へ矢を放て。

 たっぷりと時間をかけて甘く実ったそれは唯一毒を持たないが、欲に負けて強く歯を立てたが最後、走る苦味に目が覚めてももう遅い。
「お前が、ぁッ!?」
 大舞台の幕引きだ。ぐわんぐわんと襲う頭痛と眩暈と不快感は錯覚ではない。
「だぁい好きな連帯責任、あなたが最後だよ。お父様?」
 膝を突く男の喚き声に天使の貌は鮮やかに綻ぶ。それが、彼の最期に見た景色だった。

おまけSS『種と花片』

「明日から新しい家族のところへ行けるんでしょう? おめでとう! ぼくも早く一人前に……え、本当はお父様とずっと一緒にいたい? それじゃあ……はい、みんなには秘密。特別だよ?」
「これはね、とある悲劇の恋物語にも出てくる仮死状態になる薬なんだ。とっても苦いんだけど……うん。どうしてもお父様のところへ帰りたくなったら飲んで、埋葬される前に逃げ出せばいい」

「……4番が、変死? 変な病気どころか一番健康なものを引き渡したのに! 毒殺の疑い有りだと? そんな馬鹿な話があるか!」

「可哀想なお父様……ぼく達を里親に売らなければ貴族でいられないんだよ。貴族でなければ身寄りのない子供なんてとても養っていけない……だから、泣く泣く君を手放すんだよ」

「脱走した? ありえない、あの9番が! まぁ捕まったならそれで……はあ? 自分を買った悪徳貴族だと吹聴して回っていた? 今更そんなヘマをするとでも!?」

「里親なんか見つからなければ、お父様とずっといられるのにね。もしいなくなったら帰れるのかなぁ……」

「こっ……殺されかけたって、何を言っているんだ? 要望通り素直でとりわけ大人しいのを選んだ! 暴れ出すなんて……扱い方を間違ったんだろう? 此方の落ち度であるはずがない!」
「ひとまず13番は処分して、新しいものを用意して……ああもう、クソが! 冗談じゃないぞ! なんなんだ一体!? どうして急に! これまでずっと上手く回ってきただろうが!」


 誰もが目を瞑っていた深い闇の中、幻想各地で身分のある者が襲撃される事件が起きた。犯人はいずれも年端の行かぬ子供であり、難を逃れた数名は奉公に出した貴族の名を挙げて罵った。
 一人残らず自死を選んだ子供達と同じ毒で息絶えた彼の死体。散りばめられた虐待の記録と人身売買の痕跡の数々。それらを開け放たれた地下室で見た者は語る——まるでカーテンコールに撒く花片のようだった、と。

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