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アリギエリの睥睨
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- アベリア・クォーツ・バルツァーレクの関係者
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●人生という喜劇
――
恋人が我が子を宿した、弟子にそう相談を受けた時、私は些か優しくない目を向けていたのだろう。
怪訝そうに、幾ばくか僅かな不審を湛え。私に尋ね返した彼の目には確かに困惑の色が浮かんでいた筈だ。
――間違いではない。人は強欲なものだから。
溜息交じりに返したその言葉とて、まるきりの嘘では無かった。
――君は見所のある人間だ。天性とでも言えばいいのか。
誰でも良かった訳ではない。私は他ならぬ君だからこそ、熱意の願いを受け止めた。
余人に持ち得ないその感性を磨ければ、思いもよらぬ大成さえも期待出来ようと。
彼は恐らく続く言葉を知っていた。
――弟子に取ると決めた際に、私は一つだけ要望した筈だ。覚えているかね?
即ち『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』。
「ままならないものだな」
『マエストロ』ダンテの苦笑交じりの言葉を聞く者はもう『居なかった』。
音楽の悪魔に搦め取られたのはもう何十年も昔の話。
ダンテはその手に抱きしめるだけで全てを投げうっても構わない愛の温もりを知っていた。
抱き上げるだけでどんな苦難にも敵にも立ち向かえる、心地良い重みを知っていた。
それでも彼は懐かしいそれを追い求めながら、それ等を否定している。
(我が事ながら、人生とはどうしてこうまで喜劇のようなものなのか――)
たった一つ。
そう、たったの一つである。
ダンテ自身を狂わせた
それは何らかの意味を帯びていた訳ではない。
特別な悪意を有していた事も無いのだろう。
あの日、あの時、あの瞬間――玲瓏郷の美しい風景に自身が居た事は、運命の悪戯だ。
人の身には届かざる
(いや、そうだ。それは確かにその通りなのだ)
もし、若きダンテがあの場所に到る事が『設計』されていたならば。
それさえも神の予定の内だったというのなら、現在が余りに罪深い。
罪深く敬虔であり、ただ静かに深く沈むダンテはそんな主の不品行を望みはしない。
――破門、でしょうか。
「ああ……」
天上の才を以って、家庭に収まる凡夫足り得るのも良いだろう。
王侯貴族も民草も、誰をも万雷の拍手に熱狂させる術を持ちながら、休みの日に娘に弾き語りをする人生も悪くはあるまい。
「君は――良く出来た男だったからな」
打ちひしがれた弟子に頷いたのはダンテにとっての優しさに他ならなかった。
賽は既に投げられている。
彼の『神曲』は彼にとっての『全て』を投げうつ事で完成する。
何よりも大切な宝石のような存在を、自身にとっての愛の全てを。
侵し、汚し、壊す事のみで完成する最低にして最高の願いに違いない。
囚われた彼はそれを厭いながら、止まる事は無く。
突き進む彼は必死に押し止めるもう一人の自身を嘲笑うかのように
「ほろびのうたがきこえる。ちかく、とおく……」
全ての魂を彩る為に、学びたいと思った昔。
悲しみの満ちるこの世界に、希望を添えたいと思った昔。
愚かな男はミューズの囁きに一時惑い、それから不幸な事に愚かな夢を叶える術を知ってしまった。
「英雄幻想、クオリア、満ちる器の全てが揃った時、英雄幻奏は神曲へと届かん。
終局へ導く……それこそが、救済へ至る道なれば」
――本当に可愛い子。音楽が好きなのね。きっと貴方に似たんだわ。
それに――君に似て、とても美しい。
――優しい子に育つかしら。それとも意外とお転婆かしら?
……私に似て、なんて言わないでね? これでも『永遠の淑女』で通っているのよ?
世間の評判は存外に当てにならないものだからね。
――もう! またそうやって意地悪を言って!
名前をどうしましょう? 私は何分初めてだから、全然分からなくて……
僕だって同じだよ。そうじゃなかったら君だって妬いてしまうじゃないか?
「名前は、――がいい」
実に酷い幻影だ。
そんなものは幻聴なのだ。ダンテの夢想は自身に背く大それた願いであり、捨ててきた希望の残滓に他ならない。
たった一つばかり、
●人生という悲劇
「……もう、嫌だよ」
独白めいたその言葉を聞いた者が『彼女』を良く知っていたとするならば、一瞬耳を疑った事だろう。
頭を抱えたリアの強気で勝気な美貌に隠し切れない消耗があった。
凛とした大きな瞳からはボロボロと宝石のような涙が零れ落ちている。
「……どうして? どうして、こんな風になっちゃったの……?」
彼女の
この能力はリア・クォーツの人生にとって常に諸刃の剣で在り続けた。
例えば先天的に音楽の才に優れた事には少なからぬ貢献をした事だろう。
例えば『察する』事で如才なく危機を超えられた事も無かったとは言えない。
しかし、クオリアは彼女に決して恩恵ばかりを与えてきた訳では無い。
『分かってしまう』事で、必要以上に傷付いた事もあった。
生来から優しく、酷い争いを好まない彼女は時に否が応無く突き付けられる人間の汚さに辟易する事も少なくは無かった。
だが、それでもクオリアは何時も彼女の一部であり、彼女自身もそれと向き合って生きてきたのに――
――もう、駄目なのだ。全ては変わってしまったのだ。
最初は些細な違和感だった。
ピリピリとこめかみに突き刺さるかのような軽微な頭痛。
何が原因なのかもその時は分からない位だった。
問題は『正体』が分かり始めた頃に訪れた。全ては『理解』する事から始まってしまったのだ。
――痛いのは、素敵な音を聞いた時だけ。
嫌な音を聞いて気分を落とした事はある。
だが、素敵な音から起きる問題は嫌な音の比では無かった。
『体調不良』を気遣う家族の言葉が鬱陶しい。泣きそうなその顔が煩わしい。
酷い喧嘩をしたのに――月に二度は公務の合間を縫って見舞いに訪れる伯爵の顔が見たいのに、見たくない。
『愛する者を程、拒否しなければいけないのは寂しがりであり、愛情に飢える彼女には恐ろしい苦痛だった』。
「……どう、して」
怒りにか嘆きにか、緩んだ痛みと共にリアはシーツに包まった。
真夜中の時間は音が聞こえにくい。少しは寝ておかないと――また『皆』に心配をかけてしまうから。
……リア……
「やめてよ」
頭の中で響いた小さな声をリアは拒絶した。
(認めたくないけど、あんただって私の――なのよ)
声色を聞けば分かる感情に、『何故か』暴走のクオリアは余り過激な反応をしなかった。
……ごめんね。
「やめてよ」
謝らないで。それともこれもあんたの所為なの?
……違う。違うに決まっているから、リアはそれ以上を尋ねなかった。
――人生が誰かにとっての喜劇であるならば、また他の誰かにとっての悲劇のようであるに違いない。
- アリギエリの睥睨完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別SS
- 納品日2022年12月26日
- ・アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)
・アベリア・クォーツ・バルツァーレクの関係者