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倫敦の聖女、二つの花

登場人物一覧

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)
あいの為に

 再現性倫敦一九八四。
 物語より生まれ、ある男の郷愁により世に顕現することとなった、ディストピアの花。
 それはローレット・イレギュラーズ達の活躍により崩壊し、消え去った。
 だが……そこに住む者たちは、倫敦の継続を望んだ。
 厳密には、ディストピアの再現を継続したわけではない。ディストピアたる倫敦は、確かに暴走によって生み出されたものであり、多くの住民たちにとって、偽りの現実に間違いはなかった。
 だが、それでも……住民たちは、この町の住民であることを望んだ。
 それを、現実逃避としてみる者もいるかもしれない。
 だが、こう言いかえることもできただろう。すでに倫敦という都市は、彼らにとって現実となっていたことに間違いなかったのだ。彼らは現実を生きていく。この倫敦という、仮初であっても、実存する現実の中を。
 『彼』が見ていた。かつての町の中であちこちに貼られていたポスターは、大半ははがされたか、ストリート・アーティストのおもちゃとなっていた。街は相変わらず灰色で、一九世紀風の建物の残骸と、それを無理に改築したコンクリートで埋め尽くされた奇妙な風景であったが、それでも、新しい建物は、芸術家と美術家とか、かつては『体制』によって独占されていたそれを名乗る民間の者たちによってデザインされて生み出され、新しい『倫敦』を描きつつあった。
 そんなストリートを歩く、二つの花がある。
 ライ・リューゲ・マンソンジュ。ライは今や、『倫敦の聖女』の一人として、人々の信仰をひそかに集めていた。ライの活動は、倫敦崩壊……否、その渦中から進んでいた。倫敦の政治体制は、一種の『宗教』といってもよかった。『彼』という絶対神を頂点に抱く、宗教である。どのような形であったとしても、『彼』とは人の心の拠り所であったのは間違いないのである。
 畢竟、それが崩壊したときに、多くの『宗教的迷子』を生み出したことは事実だった。『彼』の生み出した世界を現実として生きていた者たちはその心に明確な迷いと絶望を抱くこととなった。
 その心の隙間に手を差し伸べたのが、ライという人間だった。ライは、『弱った人の心』を悟るに聡い。なぜなのかと言われれば、『聖職者ですから』、とライは変わらずに聖女のような笑みを浮かべるだろう。
 いずれにしても、ライは徐々に、そして確実に、人の心を集めていった。シスター兼カウンセラーとして、ライという存在は、倫敦においてなくてはならない存在になっていった。
 さて、そんな聖女の隣に立つのは、もう一人の『倫敦の聖女』である。名を、エクスマリア=カリブルヌス。革命の最中、住民たちの爆発の起爆剤となった『聖女』である。
 この街を変えようとあがき、体制により打ちのめされた。彼女は願った。壊してくれ、この間違った都市を、と。
 その願いは、住民たちの爆発という形でかなえられた。それこそが『聖女』のねらいであったし――自己基盤の確立という意味の最初の一歩であったことに間違いはない。
 エクスマリアは、『革命のシンボル』に間違いなかった。この倫敦一九八四という都市において、自由をもたらした聖女。それが住民たちによるエクスマリアへの評価であったといえる。
 革命の戦士たちは多くいた。だが、ゆえに、ローレット・イレギュラーズ達の働きは、確かに住民たちの心に刻まれている。それでも、この二人はその中でも強く、色濃く、残っていたといってもいい。
 ところで、そんな二人が、仲睦まじげに、二人でストリートを歩いているわけである。当然、人の目を引かないわけがない。アイドル、という言葉があるが、この二人はある意味で、この倫敦に生まれたアイドルであった。そんな二人を、遠巻きに人々は見つめていた。ある人は、興味深げに。ある人は、尊いものを見るように。
「くすぐったいものですね」
 と、ライは微笑んだ。
「人に見られるというのは、どうにも」
「いいじゃないか」
 エクスマリアはくすりと笑う。
「みせつけてやるのも。それが目的だろう――?」
 エクスマリアは、その手をライの手に重ねて見せた。ぴくり、とライの手がわずかに震えて、その上にエクスマリアのぷにぷにとした手が重なる。きゅ、と手をつないで見せれば、暖かな感触が二人の手を通じて伝わった。
「聖女が二人、だ。注目をひかないわけがない」
 エクスマリアが、少しだけ背伸びをして、ライの耳元に口を寄せた。
「ライは、見られるのは嫌いか?」
「ふふ」
 ライがほほ笑む。
「あなたとなら?」
 ふ、と耳元に吐息を吹きかけて見せる。くすぐったそうに、エクスマリアは笑った。そのまま優しく、ライはエクスマリアを抱きしめた。やさしい、ハグ。
「なら、よかった。
 さて、デート……ということだが。倫敦にはまだ、娯楽というものが、花開いたばかりだ。
 外のような楽しみはできないだろう」
「ですが、今の倫敦を楽しむことはできます」
 ライがそういって、笑った。
「楽しみましょう? わたくしたちの作った都市なのですから」
 ライの言う通り、といえただろう。イレギュラーズたちの作った都市であり、同時に民衆たちの勝ち取った都市でもあった。奇妙な協力体制といえただろうか。だが、住民たち自身が革命に加わったことによって、住民たちは、自立意識と、自分たちの得た『自由』を大切に、街を発展させようとしている。
「ならば、この先に酒場がある。プロレタリアート……いや、今はみな、平等な市民たちだった。
 とにかく、彼らの憩いの場だ。今なら……いいお茶も飲めるだろう」
「いいですね。では、そちらに。お手を、聖女様?」
 ライが優しく微笑んで、もう一度手を握った。エクスマリアも、ぷにとした手を握り返す。

 倫敦で流行った歌が流れていた。革命の歌。誰が歌ったかもしれぬ、ブドウの歌。
 搾りたてのぶどうジュース、という触れ込みのそれを飲みながら、エクスマリアは微笑む。
「随分とおいしくなったものだ」
「街はずれの農園で作っているらしいですね」
 ライもそれをゆっくりと飲み干す。こくり、と喉が動いた。
「それで、目的は順調か?」
 と、エクスマリアが言う。ライは微笑んだ。
「ええ、とても」
 微笑みながら、ライは胸中で述懐する――ええ、とても順調ですよ、と。
 聖女ライ・リューゲ・マンソンジュ。心傷ついた者たちをいやす、優しきシスター。
 というのは、建前だ。
 ライの本質は――人が思うほど綺麗なものではない。その心の内を隠しながら、聖女は一つの『教団』を作り上げていた。
 ライを『女神』として信奉する、教団。『彼』という導なき時代に生まれた導。それが、聖女のもう一つの顔だった。
 聖女は『素養のある』人間を選び、それを自らの秘密教団に誘った。素養とは、いわゆる有能無能のそれもあったが、どちらかといえば心に欠損を抱えているようなものが多かった。その心の欠損をライという存在で埋めてやれば、容易に操ることが可能。操る、というのはいささか語弊があるか。ライは人を『操ったりはしない』。自発的にそうなるように、仕向ける、のだ。
 心から、ライを信じ、愛するようになる。自分の意志で、ライへの恭順を選ぶ。自分の意志。それが重要である。強制では、反発を生む。導かれたのでば、造反を生む。
 自らの意志で、心から、ライを信じ、愛する。それこそが、彼女の目指すところであり、究極系であった。
「皮肉にも、それはこの国にかつてあった『レクリエーションルーム』のようでしたけれど」
「それも、ライが持っているのだろう」
 エクスマリアが言った。
「親愛省……あの解体の時、ライがいたはずだ。そして、レクリエーションルームの物品は、あの時から行方知れずのまま……知らずに誰かが廃棄したと思われていたが」
「ええ、そうですよ」
 ライは特にごまかすでもなく、認めた。
「わたくしたちが持っています。色々使えそうでしたし、実際に使えます」
「なんとも」
 エクスマリアが嘆息した。
「恐ろしいものだ……だが、そうだな。道具とは、使い方、ではある」
 エクスマリアは、そんなライの本性を理解しつつ、そのあり方を容認した。理由はいくつかあるが、大きな理由は、ライが現状、『何をするか決めていない』こと。例えば、集めた信者を利用してまた騒動を……というのであれば、エクスマリア求めただろうが、現状ライは、自分のシンパを増やすことに注力しているようだった。
 となれば、それはライというシンボルを利用し、人の心を救済している、ともいえた。エクスマリアは、半ばだます形で、人々を聖女として扇動していたその負い目もある。人々の心を救えるのならば、それも一つの手であるといえた。
 だから、エクスマリアはライの手を取った――ライにしてみれば、エクスマリアの存在は現在の倫敦の大きな求心力の片割れであり――エクスマリアを取り込めれば、さらなる自分の教団の拡大にも使える。
 だから、二人の存在は密接にある。そしてそれを、人々に知らしめる必要があり――それが今日の、デート、というわけだった。
「わかっていただけるからこそ、エクスマリアさんはわたくしの手を取っていただけたのだと思っていました」
 思い返す。手。ライの手の、少しだけ冷たく、でも人の手の温かさ。
「どうか、わたくしたちに力を貸してください。この、倫敦という街で
 ライの言葉に、エクスマリアはうなづく。その思いこそは、確実にエクスマリアは同じだった。ただ、ライが心底から、そのように思っているかはわからない。
 理解、ではない。信じあえる、というものだった。だが、人と人との関係などは、そもそもそんなものだろう。信じあう、しかないのだ。どんな相手でも。
「よろしく、たのむ」
 エクスマリアはそういった。もう一度、手を握った。
 二人の聖女は、倫敦を想う――。

  • 倫敦の聖女、二つの花完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別SS
  • 納品日2022年12月26日
  • ・エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787
    ・ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702

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