PandoraPartyProject

SS詳細

淡雪粧い

登場人物一覧

澄原 晴陽(p3n000216)
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者

 徹底的に再現された『冬』によって雪を装った希望ヶ浜市街をコートを揺らして天川は進む。白い息を吐きだして、相変わらずリアリティを追求した都市だと感嘆するものである。
 アスファルトの凍結も、降る雪の質感の全てもこの場所が現実を受け入れることが出来なかった者達にとっての揺り籠などとは思えやしない。
 慣れたように脚を進めたのは水晶細工を売りにして居るテナントであった。それなりに名の売れた職人達がスノードームのオーダーを受け、多忙を極める時期でもある。
 サンプルとして並んだ品々をまじまじと眺めていた天川に「いらっしゃいませ」と声を掛けたのは販売員の男性であった。物腰の柔らかな初老の男の説明を受けながら天川が選択したのは可愛らしいスノードームだ。
「こちらはご家族に贈られるのですか?」
 オーダーシートを手渡されながら「ええ。まぁ、そんなところです」と曖昧に濁して返したのは、スノードームには澄原 晴陽と龍成姉弟と従妹である水夜子を並べる事にしたからだ。小さなフィギュアから全てを手作りしてくれるというこの店をセレクトしたのは家族への憧憬が強かったのだろう。
 スノードームは天川の妻である晶が好んでいた品だ。オーダー品にした理由は自らが失った家族というカテゴリへの憧憬そのものだ。自身は守れなかったが澄原家は紆余曲折があったとすれどもこれから仲良く出来ると天川は感じていた。
 特に、晴陽と龍成に関してはそうだ。二人は血の繋がった姉弟ではあるが、それぞれの立場の違いから関係性の構築が不十分だった。今は、互いに歩み寄ることが出来て居るのだ。その関係性を大事にして欲しいと願っている。そして、その二人と共に居る水夜子も抱えることはあるのだろうがその問題もしっかりと解決してやれればとも天川は考えていた。沢山の幸せを享受してくれ――と願いを込めたからこその一品。天川の表情を読み取って、販売員はそう問うたのだろう。
「ふむ。では作成に当たってNG項目の有無を教えて頂きたいのと、アレンジを加える許可は頂いてもよろしいでしょうか?」
 突然の問い掛けに天川は驚いたように瞬いた。オーダーシートに書かれた文面をまじまじと見詰めていた販売員に倣って天川もオーダーシートを眺める。
 事前に作成したオーダーシートは見直した限り不備はなさそうだ。
「……特にNGはない。仲睦まじい幸せそうな物になるのであれば問題はない。細かい部分やアレンジは任せる」
「ありがとうございます。承りました」
 穏やかな紳士の返答に天川は頷いた。商品の引き取りは12月23日を予定している。24日は晴陽と昼頃から待ち合わせをし、水夜子や龍成、そして近所の子供達を招いたパーティーを行なう予定だ。aPhoneでの連絡ではペットとして探偵事務所で引き取ったアーカーシュの豚、むぎのサンタコスチュームを用意したという楽しげな文言が並んでいた。
 ある程度の掃除を終えてから、23日の午後に天川は改めて店舗を訪れた。接客を担当したのは受付を行なってくれた初老の販売員だ。
「お客様、お待ちしておりました」
 穏やかに微笑んだ販売員から品を受け取って、天川はぎょっとした。スノードームには確かにオーダー通り澄原病院と澄原家の三人の姿がある。楽しげな三人の傍に――天川の姿があった。
「折角ですから、ご家族とご一緒に」
 販売員の気遣いに天川はがりがりと頭を掻いた。おとがいに指先を当ててからどうしたものかと唸る。自身が見守っている姿も『らしい』にはらしいが家族団欒に共に在るのは妙な心地だったのだ。
「お客様がご家族様の幸福を本当に祈ってらっしゃることが伝わってきましたので」
 ――そう言われてしまえば、天川は「そうだな」と肩を竦めるしか出来なかった。特注のスノードームだ。この平穏を護って遣るという決意の表れとして受け取ってくれるだろうか。天川は品を3つ引き取ってから店舗を後にした。

「わー、楽しかったですねえ」
「まあ」
 上機嫌な水夜子と引きずり回される龍成。それぞれには『可愛らしい子供』という印象を受けている天川はプレゼントを渡していた。
 勿論、買い出しの際に大きすぎるほどのテディベアに、アメジストを飾って堂々とした贈り物を準備した晴陽は龍成に迫っている様子も見受けられた。
「姉ちゃん」と慌てた龍成へと晴陽は「私は姉ではなくサンタです」と繰り返していた。一応は天川も「龍成も成人男性だろう?」と助言を送りはしたが晴陽にとっては弟は可愛らしい子供の儘なのだろう。寧ろ、彼を可愛がることで今までの『関係の穴』を埋めようとしている事が見て取れるのも愉快そのもの。
「姉さんってば、張り切っちゃって」
「こうやってクリスマスを弟と過ごせるのも嬉しいんだろうさ」
 プレゼント有り難うございますと微笑んだ水夜子に天川は頭をポンポンと叩きながら頷いた。水夜子も龍成も、それなりの年齢になってきたとは言えども子供らしさが時々ちらついた。晴陽も最近は表情の豊かさにより少しずつその空気も和らいで来て時々幼さが覗くが――それでも天川の中では彼女は立派なレディだ。
 水夜子の頭を撫で「セクハラですかー」と揶揄われても「おっと、それは行けないな」と軽く躱すことが出来るのは彼女は庇護下の少女であるからだ。
「天川さん、熊は駄目だそうです」
「先生、言ったとは思うが龍成も一応は『成年男子』だぜ。テディベアの置き場にも困るだろう」
「……燈堂に持って帰りなさい。同居している彼女はテディベアはお好きですか? もしそうならば、この子を置く許可をくれるはずです」
 彼女って、と口を開きかけた龍成に晴陽は「許可が出たら直ぐに連絡するように」と厳しく言いつけた。その腕にはいつの間にやら豚のむぎが抱かれて居る。
 サンタクロースの帽子はテディベアに被せられ、むぎ自身はトナカイの着ぐるみを着用し脚をぷらぷらとさせている。可愛らしいトナカイ姿の豚が「ぷい」と鳴いて存在をアピールしている。
「テディベアの服も用意します」
「……着せ替えに嵌まってんのか?」
「はい。むぎちゃんを着せ替えると色々と見てしまって楽しいのです」
 姉の新たな趣味を聞いたからか龍成は「はいはい」と肩を竦めた。天川の手渡したスノードームはラッピングされ、水夜子と龍成はそれぞれ持ち帰ってから開くそうだ。割れ物だと告げれば二人とも気をつけて帰ると言った。
 クリスマスパーティーに参加していた子供達はむぎと共に楽しげだ。料理も鱈腹食べ終わり、菓子などを土産に手渡した頃合いに保護者達が迎えに来る。楽しげに帰って行った子供達を見送ってから四人である程度の掃除を終え、先に未成年である水夜子が帰宅することになった。
「龍君、送って下さいよ。あ、ついでにプレゼント買って下さいね。みゃーこ、あれが欲しいな~? コスメとか~、あとは~」
「ねだるなよ」
「可愛い従妹なんですから~」
「……はあ」
 嘆息した龍成がひらひらと手を振ってから水夜子と言い合いながら帰路を辿る。その背中を見送ってから晴陽は塵をある程度、纏め始めた。
「悪ぃな先生、片付けまで」
「いいえ。水夜子を龍成が送って行ってくれるのならば安心ですし、寧ろ斯うした後片付けは大人の仕事ですから」
 紙皿を片付け、テーブルを拭いて元の仕事のしやすいフロアへと原型を戻さなくてはならない。疲れ切ったのか晴陽の持ち込んだペット用のベッドで蹲るように眠るむぎが時々「ぷぎい」と鳴き声を漏した。トナカイの着ぐるみに慣れてしまったのか、それとも寒さから逃れるために着ぐるみを脱ぎたくなかったのかは定かではないが丸くなって眠る豚は愛らしい。
「今度はパジャマと用意しましょうか」
「むぎは衣装持ちだな」
 揶揄うように笑った天川に「可愛くて仕方が無いです。私はペットを飼うことが出来ませんから」と晴陽は嬉しそうに眠る豚の頬を突いた。多忙を極める彼女にとって天川からの『むぎちゃん定期報告』は彼女の心の癒やしだ。
 遠く離れたアーカーシュよりやって来た豚は再現性東京でも何不自由なく暮らしてくれている事に天川は安堵した。頭の触覚以外は犬サイズの豚として近所の子供達にも人気で、誰かにその存在を咎められる事も無くストレスなく過ごして居る事で長生きはしてくれる筈である。
「お正月は、鏡餅が良いでしょうか。それとも着物……」
「先生、むぎも良いが作業もそろそろ終盤だぜ」
「ああ、いけません。頭の中がむぎだらけで。……はい。このゴミはどうしましょう? 外に出しておきますか?」
 ゴミ袋を手にする晴陽に「また捨てておく」とだけ告げてから消灯をする。一度、晴陽を送ってから天川は最後の片付けに事務所に戻る予定だ。
 それまではむぎが寝ながら留守番をして居てくれるだろう。施錠を待つ晴陽は事務所の扉の前で立っていた。扉を閉めてから、天川は「先生」と呼びかける。
「はい」
 手許のaPhoneを確認していたのか。緊急連絡が無かった事に胸を撫で下ろしている晴陽は呼ばれたことに気付いてポケットへとaPhoneを滑り込ませた。
「……その、何だ。みゃーこや龍成だけじゃなく、先生にもクリスマスプレゼントだ。大人にプレゼント、ってのも何か変な話しだが……
 メリークリスマス、でいいんだよな? 外は『輝かんばかりのこの夜に』だった気がするが……こっちの流儀は分からんな」
「……! そうですね。やはりサンタクロースは子供に来ると小さな子供達にも教えましたし、大人がその場で頂戴するわけには」
 ぴしりと背筋を正した晴陽に天川は唇のみで笑った。真面目な彼女は子供達が信じるサンタクロース像が壊れることを心配したのだろう。その中に龍成や水夜子が含まれているのが『弟たちは子供』という強い思い込みの儘、過ごしてきてしまった晴陽に歪さを感じずには要られないが――それはさておいておこう。
「受け取ってくれるか」
「有り難うございます。……白いリボンが美しいですね。中を見せて頂いても?」


「あー……」
 天川は気恥ずかしさが勝ったのか頭を掻いた。その仕草に晴陽は首を捻ってから「見たいのです」と念を押す。どうやら彼女も天川の反応から、中身が気になったのだろう。
「その、オーダーした品だ。龍成やみゃーこにも同じ物を渡している」
 そっとリボンを解いてから晴陽は「スノードーム」と呟いた。澄原病院と、その前には晴陽と龍成、水夜子。そして、遠巻きに眺める天川の姿がある。
「オーダーした店のアドリブでな、俺も一緒に並ばせて貰っている」
「良いですね」
「……良いか?」
「ええ、とっても」
 頷いた晴陽はそっと箱を閉め直してから紙袋に倒れぬように仕舞い込む。外は雪がちらついていて、汚れてしまわぬようにと気を配ったのだろう。
「有り難うございます。……見守って下さると、安心しますね。
 心咲も蕃茄となって、新たな道を歩み始めます。私も、そうやって前を向かねばなりませんものね」
 三人が寄り添っているスノードーム。少し離れた位置で見守る天川を思い出してそう言った。
 イレギュラーズが居なければ龍成と楽しいクリスマスなど過ごせなかった。少しでも時間を見付けて顔を出してくれると決めた彼に淡い感謝を抱いたものだ。
 その後押しとなったのも沢山のイレギュラーズが居たからだ。晴陽とて最初からローレットを信用していたわけではない。いざともなれば切り捨てることの出来る存在だと、認識していたというのに。今ではその様な事、出来るものか。
「それで、私からも――よろしいでしょうか」
 真っ直ぐに天川を眺める晴陽はもう一つ、天川から受け取った物とは別の品が入った紙袋を差し出した。
「メリークリスマス。私から、貴方へ」
 メンズブランドの名前が書かれている紙袋の中にはラッピングされた箱が入っている。丁寧に包装されたそれを「開けても?」と問うた天川に晴陽は頷いた。
「あ、ですが……」
 こんな、廊下の寒々しい場所で足を止めて二人で何をしているのだろうかと、顔を見合わせて思わず笑った。もう一度、事務所の扉を開いてから天川は晴陽から受け取った箱を開く。中身はシンプルなデザインのマフラーが入っている。
「鉄帝国は寒波が訪れて寒いと聞きました。向かわれる機会があるかは分かりませんが……体には十分に気をつけて下さればと思い準備をさせて頂いたものです。
 デザインは使いやすいようにシンプルな物を選びましたが、お好みでなければ申し訳ありません」
「ああ、いや。有り難う。そうだな、鉄帝国もそうだが混沌全土が寒波に見舞われている。
 此処は管理空調でそれなりに体調管理は出来るだろうが外はそうも行かないだろうしな。有り難うよ」
 シンプルなマフラーであれば普段からも着用しやすい。天川が頷ければ晴陽はほっとしたように頷いた。プレゼントの品を延々と悩んでいたのだろう。それに付き合わされたのは水夜子や龍成である筈だ。贈り物がある意味で礼になったのだろうかとも考えながら、再度事務所の施錠をして外へと出た。
「ドームだってのに雪も降るんだな」
 呟いた天川に晴陽は少しばかり目を丸くしてから「そうですね」と小さく笑う。この雪も人工だと思えばこそ、だ。燦々と降り積もる雪を眺める晴陽に傘を一つ差しだした。
「先生が風邪を引いちゃ困るだろう」と告げれば「有り難うございます」と彼女は目を伏せる。
 人間関係に臆病な彼女が一つ傘の下に収まってくれるのは、それだけの信頼があるからなのだろう。天川にとっても彼女がどの様な存在であるかは分からない。義弟の面影を重ねているのか、それとも。どうにも脳裏に過るのは妻の晶の姿だ。
 ――気にせず好きに動いて良いんですよ、と背を押してくれる晶を思いながらも天川は傍らの晴陽を眺めた。
「天川さんも風邪を引いてしまいますよ。傘を持ってくるのを失念してしまいましたね」
「子供達に傘を貸したからだな……一本しか残っていない。俺のことは気にしないでくれ」
「いえ、ご一緒に……風邪を拗らせた方が大変です」


 天川は「そうさせて貰うか」と白い息を吐いた。街中はクリスマスムードに溢れている。眩い光の街に鳴り響いたクリスマスキャロル。その中を進む楽しげな人々の声。
 当たり前のように訪れた『クリスマス』。小さな子供が両親に手を引かれて走って行く。「パパ、ママ」と呼んだ少年の声に天川は思わず顔を上げた。
 笑い合う三人家族。そんな『憧れた風景』を眺めてから唇を噛んだ。
「天川さん」
 呼ばれ、首を振る。自身は守れなかったが、彼女達は別たれることはない。家族が揃って楽しげに沢山の幸せを享受できるはずだからだ。
 助けて欲しいと手を伸ばしてくれれば――何時だって飛んでいく。「大丈夫だ」と歩き出した男の背中を誰かが「いってらっしゃい」と押したような気がした。

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