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ニルトキのおいしい日和 Vol.3『豊穣、年越しそば』
登場人物一覧
年越しそば。
そばは長く伸びるため寿命を延ばすだとか、そばは切れやすいから一年の苦労を切って新しい年を迎えるだとか、縁起物としての説はいくつかある。この他にも金運、諸々の運勢、ともかくありがたい食べ物としてしばしばそばは季節の節目に食される。年越しそばもその一環の験担ぎであり、それをなんとなしにぽつぽつと思い返しつつ、トキノエは故郷へと足を踏み入れた。
さて、腹はぐうと音を鳴らしている。なんだったら酒も呑みたい、近づく年の瀬を思えばやはりそば。そうすると味の濃いものが良い、つゆの味の濃い店といえば、行きつけがあると店ヘ向かい、歩き始めた、その時だ。
「あっ! トキノエ様!」
「おう? ニルか?」
特に示し合わせたわけでもないのに意外なようなそうでもないような、そんな人物が目の前に居た。
「どうしてまた、ここに?」
「はい! 豊穣の年末年始はたくさんの『おいしい』があると耳にしまして!」
成程、食通の道を突き進まんがするニルの姿勢に、フム、と思案。
であるのならば、自分の故郷の、自分の好きなものを食べさせてやるが道理であろう。
「なぁ、『そば』って食ったことあるか?」
「うーん、ニルは『おそば』、食べたことないです。少し調べたのですが、年越しに食べるとは耳にしました。それは、どうしてですか?」
この様子だと食べたことがないであろう、そう判断したトキノエはニッと笑顔を浮かべた。
「色々と縁起物として意味があるんた。丁度そばを食べように行こうとしていたところなんだ、歩きながら説明してやるよ」
「本当ですか!? 嬉しいです!」
ぱあっと笑顔を浮かべるニルに、満足するにはまだ早いぞと声をかけて、それから二人は店へと向かった。
●
「へえ……おそばにはそんな意味があるんですね」
「ま、いわゆる験担ぎのひとつだな。っと……」
「いらっしゃいませー! ……あれ、兄貴!」
「よう」
元気よく声を張り上げる店員に向かって片手を上げる。
「お知り合いですか?」
「ホタロウっていうんだ。なんだ、よく働いてるようだな」
「兄貴ぃ、まるで俺が働いてないみたいな言い方しねぇでください! というか、お連れさんがいるようで、なんでいなんでい、もしかしてウチまでわざわざご案内を?」
「そういうことだ、こいつぁニル、俺の友達だ。そうだな……いいやつ、頼めるか?」
そう言われると、ホタロウはしゃっきりと背筋を整えた。
小さい子供みたいに見えるけど、兄貴の友達だし、きっとすげえ人に違いねえ! こりゃあもてなさねえと!
そんな意気込みと共に、オーダーされた『いいやつ』について考える。
「そうですねえ……そうすると、今はエビの天ぷらを乗せるのがおすすめですね。プリップリの良い身のエビが入りまして。兄貴に出すそばは、そりゃあもう腕によりをかけますんで!」
「うし、じゃあ、それを頼む」
「お願いします!」
二人からの了承を得て、ホタロウは席へ案内したのち、厨房へと入っていった。
●
まずは天ぷら作りからである。
よく溶いた卵と水を小麦粉に注ぎ込み、天ぷら衣の用意。打ち粉を用意、天ぷら衣へくぐらせる前に小麦粉をまぶしておけば衣が均一に付く。あとは適温と適度の時間で揚げる。この適切さが何より難しいのであるが、そこはそれ、プロの技であるため良く仕上がる。
そばはよく打ち込まれたものでつるりとした食感が評判なものだ、混雑の時間帯のため、そばを打ち、切り分ける作業はすで終わっているため、予め用意されているそれを湯をくぐらせればあっという間に完成。麺についてはこの店秘伝の製法があるが、それは内緒。ただ、汁に絡みやすいように一工夫がされている。それをこの店の味の濃い汁に入れて、完成となる。……が。
「よーし、これに加えて……」
折角の兄貴と、兄貴のお客だ、もうひと工夫をいれてぇところ。
薬味としてネギの他、柚子皮を入れて、サービスとしてエビの天ぷらをさらにもうひとつ。
どっしりとした重みのそれは腹を満たすのに充分すぎるものだ。
「あとは兄貴のことだから、こいつも、だな!」
米で醸造された、この店に置いてある兄貴のお気に入りの酒!
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「おまたせしましたぁ!」
意気揚々としたホタロウの声と共に、濃い味の汁のかおりが鼻孔をくすぐる。
「お、天ぷら、気前がいいな……あー、酒も一緒か、ありがてぇ」
おおぶりのエビの大きさに感嘆の声を漏らすトキノエと、きらきらとした瞳で届けられたほかほかの天ぷらそばを見るニル。
「さあ! 遠慮なく! ずぞーっと食べてください!」
「それでは、いただきます……!」
「いただきます!」
箸の握り方は学んだのであろう、箸を使い、レンゲに載せて……とやっているニル。
「ん、ちょっと待て」
「なんでしょう?」
「そばはなぁ、こうやって気前よく、すするようにして食う方が良い」
見てみろ、とトキノエが手本を示すようにずるるーっと一口。
口の中に広がる濃い口の汁の味は醤油他ベースとされている出汁の味が良く効いており、早速酒が欲しくなってくる。ちゅるりとすべて口の中にそばがおさまり、咀嚼して飲み込む時の喉越しは抜群!
「パスタとかは、すするのはマナー違反ですが……成程、こちらではある意味これがマナーなのですね」
うなずき、真似をするようにすすってみる。最初はもそもそと不慣れであるが、見よう見まねでずるるっと勢い良く口の中へ吸い込むようにすする。
「……! つるっとしていて、綺麗にしゃっきりと食べ切ることができて……『おいしい』です!」
「よし、それじゃあ天ぷらもサクサクな内に食べよう。そばは伸びるし天ぷらも汁を吸っちまってふよふよになるからな」
そうして二人は意気揚々とおおぶりのエビの天ぷらに挑む。
一口食べるとさっくりとした食感、下味は最低限だが汁がタレのようにアクセントとなり、味わいを深める。ぷりぷりの身は食べごたえが抜群で、衣のサクサク感と共に豊かな食感をもたらす。
「さくさくに、ぷりぷりです! あの、しっぽの方も食べていいですか?」
「構いませんぜ! 食べられるものですので!」
ホタロウの返事に、ニルは尻尾も食べる。スナック菓子のより少しかたいくらいの感覚だ。
「ふぁー、ぱりぱり……!」
「ふふん、このエビ、すっごく良いものですからね。……ささ! そばは勢いよく食べるもの! 味わいながらささーっとどうぞ!」
そばを半分食べる頃にトキノエは酒を注ぎ、肴としてそばを楽しみはじめる。ニルはちゅるちゅる、つるつる、さくさく、ぱりぱりを楽しんで目をきらきらとさせている。
「やっぱ、このそばにはこの酒だわ……」
ちびちびと酒を呑みながら、薬味のネギと柚子を絡めるようにしてそばを今一度すする。柚子の爽やかな風味、ネギの辛み、酒にはうってつけの風味だ。
「しっぽ……ふたつしかないので、なんだかもったいないですね……」
「お? じゃあ、俺の要るか?」
「いいんんですか!? ……あっ! すみません! おねだりしたようで……」
「構わねえよ、そら」
そう言いながら小皿にエビの尻尾を分けてやる。そして目をきらきらとさせてニルは箸を進める。さくさく、ぱりぱり……。
「はい、しっぽ、『おいしい』ですね!」
満面の笑顔にトキノエも案内がした甲斐があったし、ホタロウも兄貴の友達に満足してもらって嬉しいところ。
進む酒の味もよろしく、アルコール度数が高いこともあって程よく頭が酩酊としてくる。
「やっぱり、そばは故郷で、それも馴染みの店で食べるのが一番だな……」
「そう言っていただけると何よりでさぁ!」
パッと笑うホタロウ。
和やかな時間が過ぎていった。
●
「トキノエ様。『故郷の味』というのは、やはり特別なもの、なのでしょうか?」
「どうした、藪から棒に」
「うーんと……とても『おいしい』様子でしたから」
「そうだな……やっぱり、安心するだとか、そういうのは馴染みの味だからというのはある」
「安心……。そうすると、ニルは、トキノエ様と一緒に何かを食べる時、安心いたします。これも、ある意味馴染みの味、なのでしょうか?」
「そうだと思うぜ、俺も、お前と何かを食っていると楽しい」