SS詳細
未熟な機械と凍った純真/Baby vs Soldier
登場人物一覧
・偶発的必然
「マッッッジで申し訳ねーです……」
練達某所。 赤煉瓦で作られたとある工房の中。 黒煤に塗れた作品達と、そこに降り頻った雪。 上に目を向ければ瓦の天蓋がぶち開けられていて、雲の過ぎ去った後の青空がよく見える。 とある筋に呼ばれてやってきたハンナ・フォン・ルーデルは、そんな光景の中心にいる人物に問いを投げてみる。
「えっと……あなたは何故土下座を?」
「あの〜……ひっじょーに後めたい依頼なんですけどねー……」
その人物――この工房の主である綺蘭は、芸術的な土下座から顔を上げて、ハンナにこれまでの事の顛末を語る。
「最初は出来心だったんですよ」
「は、はぁ……?」
「しかも……結構見た目にもこだわっちまったんで〜……潰せねーんですよ……」
コレですよコレと差し出された設計図には、性能とは違い天使のような微笑みを浮かべる女の子が。名前はリリーフ、マジでコレ私の用心棒として最強なのでは? という思いが見え隠れする。
「壊せないのなら、停止すれば良いのでは? この方はあなたの創造物なのでしょう?」
その話を聞いてハンナはふと言った。確かに、今回の対象が非創造物であるなら、その創造主である綺蘭には簡単に止められるハズ。 ……本来なら、そうなる筈だった。
「……それができたらわざわざ呼んでねーですよ……」
だが、綺蘭はとてつもないガバをやらかしたのだ。深夜テンションで作っていたからか、リリーフに搭載された人工知能に"安全装置"をつける前に寝落ち。 そして寝落ちしたまま間違えて起動ボタンをポチッと。 轟音に綺蘭が目を覚ました覚ました時には既に、リリーフは飛び立っていたのだった。
「あの子を壊すのはすっごい心苦しいですんですけどね〜……人様に迷惑をかける前に止めてやってくだせぇ〜……」
しおしおと顔で縋る綺蘭に、ハンナは仕方ないですねとこの依頼を受けるのだった。
・大空に羽ばたいて
『彼女は今練達沖上空に居るみたいですねー。 位置情報とか諸々そちらのディスプレイに送るので、改めて確認してくだせー』
「わかりました」
ハンナの腕に付けたスマートウォッチ的通信機器に幾らかの情報が映し出された。 それを一瞥し、進路を修正する。
『いやはや……マジで助かりますよ〜……やっぱコネクションって最強異能ですね〜……お陰でハンナさんに会えましたし』
「はぁ…?」
『あいやすみません、ひとりごとですひとりごと。 もうすぐ目的地周辺です、お気をつけて』
綺蘭の言葉通り、ハンナの目にも海上に浮遊する女性の姿が映る。 一見するとソレはただの人間にしか見えないが、瞑想の構えで浮いていた。
「…………見た所、何も暴れていないようですが。放っておいても良いのでは?」
『まぁ、元が守るための子ですしね〜……でも何かの干渉を受けたらどうなるのかわかんねーので、リリーフを……よろしくです』
「承知しました」
ハンナは自らの所持する狙撃銃を構え、照準をリリーフの脳天へと当てる。一呼吸を入れて、引き金に指を掛けて。
「――いきます」
弾丸は銃口から淀みなく飛翔する。 空気を穿ち、素晴らしい精度を以て目標を貫かんと。 確かに狙いは、正確だった。
「危険を察知」
しかし、周囲の環境変化を感じ取ったリリーフは高度を下げて周回機動。 弾丸を回避して発射元を見据える。
「外れた……?」
『いえ空気の流れでバレたっぽいですね……ってやべっ』
「マスター……そこに居られるのです?」
通信機器から漏れた綺蘭の声にリリーフは反応する。 従うべき命令を与えられぬまま解き放たれてしまった彼女のマスターを求めて。
『あの〜……上手いこと誤魔化してください』
「……いえ、居ませんよ。 そして私は、あなたを壊しに来た者です。 大人しく、眠ってください」
ギフトによって虚空から弾丸を作成し、狙撃銃へと二発目を装填。 無機質にその銃口をリリーフの胸元に向ける。
「そう、ですか。 マスターは居られないのですか――であれば、無論、こちらも抵抗させていただきます」
リリーフも体内からライフルを取り出して、ハンナに向ける。。 当然こうなりますかとハンナは一つ息を吐いて言葉を返す。
「どうぞご勝手に。 私も無防備に見えた貴方に不意打ちを一発入れるだけでは物足りませんでしたので」
そして、互いの
「当機の攻撃が一発も命中していない…?」
リリーフは自信を持っていた自己の射撃能力に戸惑って、一瞬だけ機動を止めてしまう。 が、それをハンナが見逃す訳はない。
「そのような事気にしても仕方ないでしょう。 そこです」
至って自然な様子でハンナは引き金を引く。リリーフの回避は間に合わない。
「被弾ッ…!?」
紙一重で急所は逃したが肩の装甲板は弾け飛ぶ。 ファーストアタックはハンナに入った。
「こ、のっ…!」
「あなたの動きは読めてきました。 続けないのですか?」
怒り心頭な命無き機械と、至極冷徹に振る舞う軍人。 しばし互いの視線が交錯する。 心の底まで凍えるような瞳が、産まれたばかりの心に突き刺さる。
「――ッ、正当防衛モード強制解除…! 戦闘モードに移行しますッ!」
リリーフの体の各部からは火器が現れて、狙撃だけでなく弾幕に追尾を行うように。 しかし、ハンナはそれらを避けて、狙って、壊してゆく。
「数を増やせば勝てるというものではありません。 弱い数千よりも、狙い澄ました一が上回るのです」
迫り出たアームが砕けで武装が取れる。
ガトリングの弾薬庫が貫かれ暴発する。
ミサイルが発射した側から誘爆される。
リリーフの一挙手一投足が潰えている。
「何故、何故、何故何故何故何故ッ! 何故マスターの技術の粋が集った当機が押されているのですか!?」
「当然でしょう。 あなたの身体に詰められた兵器達はまるで稚児の玩具箱。 ただ悪戯にばら撒くだけの攻撃などただを捏ねているようにしか思えませんよ」
そう言ってまた一つ、リリーフの装甲が貫かれた。
『うぐっ……』
別の場所にいる彼女のマスターも心の傷を抉られた。
「このまま、おとなしくしていただけます?」
「うるさい……」
「…………」
武装を失い、装甲も数を減らし、打つ手を無くされつつあるリリーフ。 しかし、まだ降参の意思を見せないソレにハンナは油断せずただその行動を見据えて。
「うるさいんですよ! 何も知らないくせに! 高速起動モードに移行!」
割れた装甲を脱ぎ捨て、推進装置を限界まで起動。 ハンナが狙撃銃を使わないのを見、リリーフは白兵戦ならば分があると踏んだらしい。 その様子に再び野次が飛ぶ。
『やっば 自暴自棄になりやがった 大丈夫ですハンナさん!?』
「問題ありません、対応可能です」
案の定、直線状に突撃を行ってくるリリーフ。 ハンナは装填を済ました狙撃銃を構え…ずに、慣れた手つきで銃身を握る。
「甘い」
「あぶっ!?」
『ナイスっ!』
弾丸は放たれず。 銃床にてリリーフの脳天は無慈悲に叩き墜とされる。 そして、銃はストラップで保持されたままハンナは無手に。 怯むリリーフへと今度はハンナから接近した。
「あなたは相手を甘く見積もり過ぎです。 目先の事に囚われている」
手袋に包まれた黒い拳が胸へ入る。
「ッ!?」
「格闘ならば勝てると思ったのでしょうが、私は軍人です」
黒革のブーツが背へと迫る。
「カハッ……」
「近距離戦闘の心得程度、持ち合わせているに決まっているでしょう」
未だ立て直せないリリーフの鳩尾部へ、膝がめり込む。 堅い装甲を失ったから、取り返しのつかない域で壊れてゆく。
「が、ァ……」
ポロ、ボロ、と外れる部品に、部位。 浮かぶ為のパーツも、今一つ墜ちて。 到底先頭を継続できるとは思えない。
「もう、潮時でしょう」
親を守るために生まれた子が、役に立てぬまま、亡くなってしまう。 道を違い手から離れてしまったのだから、これ以外に他はない――
『――頼みます』
ハンナは、最後にトリガーを引く。 もう、聞き飽きた発砲音がする。
「さようなら」
「ッァァァァ!!!」
けれどそんな不条理は、リリーフにとって知った事ではない。 どうして、こわれなきゃ、いけないの。 まだ、なにも、できてないのに。
「――――ッッ!?」
けれど、決死の一撃は。
「おやすみなさい」
届く事はなく、身を翻ったハンナの肘鉄を喰らって。 リリーフは、ついにその動きを止めるのだった。
「……きのう、てい……し――」
ハンナの、小さな腕の中に抱えられて。
『……ありがとうございます』
「ご依頼通り『止めた』だけですよ」
『――ああ、そうでしたっけ。 温かいコーヒーを淹れておきますから、ゆっくり帰ってきてくださいね』
大きな人形を抱えたまま、ハンナは綺蘭の工房へと戻るのであった
・赤蔵にて
「ただいま戻りました。 この子はどこへ?」
「おかえりなさいハンナさん。 リリーフはそこのソファーに座らせてあげてください」
動力源の壊れた人形は柔らかな腰掛けに座らされ、ハンナは綺蘭に手招きされるまま工房の居住エリアへ。ガラスのテーブルと黒革のソファーの歓談部で二人は向かい合う。
「……改めて、壊さないでくれてありがとうございます」
深々と頭を下げる綺蘭に、ハンナは静止をかけた。
「いえ、私はただ私のできる最善の手段を採ったまでです。 あなたの依頼通り、ね」
私のやった事は当然のことだ、と。
「あぁ…ふふっ、そうでしたねー……だからこそ、本当にハンナさんに頼んでよかったです。 もちろん、少し悔しい気持ちもありますけどねー」
あくまでもいつも通り、皮肉を交えつつ明るく振る舞う綺蘭だったが、大事なものをまた失わずに済んだという安堵の表情は隠しきれない。
「あの子は、どうなされるのですか?」
「……私がちゃんと、面倒を見きれるくらいちゃんとしてから……また、彼女に会うことにしますよ。 幸いにも、内部データは壊れてないみたいですし。 混沌肯定だって、乗り越えないとなので。 いやー、忙しくなりますよー、ほんと」
アレだけは本当に恐ろしいですからねーと、涙を隠しながら笑って言う。
「もし起きたのなら連絡をくださいね。 彼女にはまだまだ教えてあげたいことがありますから」
「……わかりました。 その時には、必ず」
「では私は帰りますね。 お疲れ様でした」
「ええ、本当に……お疲れ様でした」
こうして、空で行われた激戦は幕を閉じたのだった。 幸いな事に、被害者は0のままで。