SS詳細
エンドレス
登場人物一覧
打ち捨てられた数字の群れが無意味な回転を始めて幾※、膨大な桁の奴隷と成り果てたのは、嗚呼、何者の為だったのか。咬み砕かれた唯一無二のパールも最早原形を留めて在らず、プロトタイプ・ショゴスの如くに母親の胎へと還っていくのか。ざわついた人工の光が暗む頃合いに、クラクラと、眩んだ人々の輪郭が混ざり込んだ。まるで歴史を知らない、教育を知れない化け物のように、じゅぐじゅぐと行進する貌は何かしらを否定する沙汰だった。ねえ、聞いた? 聞いた聞いた。僕等は実は最良な個の為に選ばれた群なんだって。ぐんぐんと伸びて往く巨木の下で枯れ、只管と、土を肥やす役割を続ける。しゅるしゅると嗤っている生命の傍らで絶え、只管と、糞を転がす演技を続ける。それでね、僕等は個の為になんだってやれるんだ。ある種の歯車めいた喜色がおどっている。ある種のラヂオめいた砂嵐がうたっている。再現性アーカムって知ってる? それは知らない。その個はアーカムって謂う街を救ったんだ。それってさ、世界をひとつに纏めるのとおんなじ偉業じゃない? 凄まじいではないか。物凄いではないか。じゃあ僕等は今、最良の個の為に何が出来るって謂うんだい――決まってるじゃない。最良の個の為に『最良の個』の在り方を広めるのよ。ああ、簡単なフウに視えて、聞こえて、その実、ひどく難しい事だ。全ての知的存在が『最良の個』の足を舐るなど不可能に等しい。故に――とてもやりがいのある布教ではないか。それじゃあ再現性東京の※※ってところで皆集まってるから最良の個の為に頑張ろうね。わかった。それで、最良の個ってのはいったい『誰』なんだ――名前? 耳を貸しなさいよ……イルミナ・ガードルーン。僕等の素敵な隣人。
規格外の不良品こそが『最も良い』とは如何様な皮肉か、と、※※博士は息を漏らした。練達のとある研究室では今でも『01号』の行方を探している。研究員どもの必死さが最近狂気的な熱量を持っている事、嗚呼、たいへん喜ばしいと※※博士は頷いてみた。いや、つまりは、私も彼等も既に『魅了されている』結果、と謂えるだろう。ネイバーに関しては『先日記した通りだ』が――如何やら『増えている』様子だ。いや、研究所内部、再現性東京、練達だけの話ではない。たとえば幻想のお偉いさん、01号が欲しいと連絡してきた。01号が旅人、つまり特異運命座標と理解しての交渉だ。まったく、世の中がおかしくなりつつあるのは何もかも無意識からの侵略の所為ではないだろうか。故に※※博士はある調査に乗り出した。01号は――イルミナ・ガードルーンは正常なのか。人間性を求める異常は些細な事と判断しておく。
『イルミナ・ガードルーンに似た機体が狂気をばら撒いている説』
練達の外、果ての迷宮で発見された秘宝種と呼ばれる存在を諸君はご存じだろうか。何らかの遺失技術によって造られた『機械体』、人型を模しており、寝食を不要とするものだ。秘宝種にはコアが嵌め込まれており、それが命、つまりは記憶などを司っていると考えても良い。近年、電子生命体が人工身体に定着したタイプも見られるが、兎も角――彼等がもしも、万が一に、コアに『別の記憶』を刻み込めるのだとしたら、如何だ。とある秘宝種が『イルミナ・ガードルーンを最良の存在』だと認識し、それを拡散する為に『反転』したのならば如何だ。アッと謂う間に『イルミナ・ガードルーンに似た魔種』の完成とも解せよう。素晴らしい。実に画期的な、人類の進化の要ともなる、賢しい仮説ではないか。そうとは思いませんか、我等ネイバーの言の葉、如何か、如何か、イルミナ・ガードルーンに届きますように――私らしさが我々らしさで在り、復唱するのではなく、自律しているのです。
囲むかのように並べられたのは、渦を描くような、無数、無限に茫する鏡面で在った。神秘的に輝きその沙汰は、成程、※※※※に対する嘲りとも思えた。殺してください、と、願われたのは何時だったのか、真っ黒に塗りたくられた背景が花畑と重なってたまらない――ドッペルゲンガーってやつッスか? 這い出てきたのはイルミナ・ガードルーン――夢なのか現なのか、わからない状態で命じられる。
――隣の芝生を焼いてきなさい。アナタの色に染めなさい。
――綺麗でしょう?
今日はイルミナさん、お休みですか。珍しいですね。風邪でも引いたんでしょうか。せんせー、せんせー、イルミナさんならさっき廊下で見掛けましたよ? えっ? そんな莫迦な。俺は科学室でちらっと見たぜ? じゃ、じゃあ先生、ちょっと電話掛けてみるから今日は少しだけ自習って事にしましょう。はーい。よっしゃ、ゲームやろうぜ。最近だんうぃっちってのが流行ってんだよ……。
――イルミナさん。大丈夫? 調子は……?
先生? 今から授業ッスよね? どうして……?
――今日は調子が悪いのでお休みするッス。
おまけSS『プロバケーション』
最近、イルミナさんを『みる』事が多くなった。
授業中は勿論の事、休み時間、帰宅途中、寝る前にも『みる』ようになった。
前を向いても後ろを向いても右を向いても左を向いても、イルミナさんが目の中に飛び込んでくる。
もしかしたら私がおかしくなったのかもしれない、と、病院にも行ってみたけれど。
なんというか、安心した。だって、ほら、看護師さんもお医者様も、全部が全部、イルミナさん。
きっとイルミナさんは世界にたくさんいるんだろうと、ようやく、私は理解したんだ。
――声を掛けられた。何かの宗教団体、勧誘の類だと思ったけれど。
イルミナ・ガードルーンが最良の個だなんて謳っているじゃない。
イルミナさんの良き隣人となれるなら、ええ、喜んで。
己を愛するかの如く、汝の隣人を愛せ――。