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鹿王院さんちの一幕[1]

登場人物一覧

鹿王院 ミコト(p3p009843)
合法BBA

[厄ウサギ☆、今年も21歳の誕生日を迎える]

「厄ウサギ☆ちゃんお誕生日おめでとうヒューーーーーーー!!」
 盛大に鳴らされるクラッカーの中心で、誰が写真を取るわけでもないのに渾身のポーズを決めたのは厄ウサギ☆である。
 色紙で作った輪っかのチェーンで飾り付けられ、どうしてだからクリスマスツリーと門松と顔の形にくり抜かれたでかいかぼちゃが置かれているが、準備をしたのは厄ウサギ☆である。
 ヒューーー言うたのも厄ウサギ☆である。
 流れる微妙な空気。
 クラッカーを鳴らし、適当にタンバリンをシャンシャン振るイチカの眼には生気がない。できれば来たくなかった。そんな心持ちがありありと見て取れるようだった。
 横断幕で主張される『厄ウサギ☆ちゃんお誕生日おめでとう』の文字を虚ろな目で見つめる。去年と柄が違うが、今年も発注したのは厄ウサギ☆なのだろう。
 本日は皆、厄ウサギ☆の誕生日を祝うために呼び出されたのである。もう毎年のことなので、イチカとしては今年こそ出席すまいと仕事を入れていたはずなのだが、スケジュールを見るとこの日だけピンポイントで開いていた。何故だ。
 隣ではプロレタリアが野太く平坦な声で『ヒューヒュー』と合いの手を入れている。確かこいつも仕事だと言っていたはずだ。何故だ。
 わからない。理屈は分からないが、みんなこの厄ウサギ☆の誕生日に出席できるだけの時間はなぜか確保できてしまったのだ。
 どうやったのかは、考えないようにしておこう。
 見れば、これまた少しだけ時間ができたと、顔だけ出しに来たナナセが厄ウサギ☆に挨拶をしている。
「お誕生日おめでとうございます、厄ウサギ☆さん」
「え、なんで発音できんの?」
 イチカの疑問はすぐに口をついて出たが、兄には聞こえなかったらしい。
「ありがとうございますぴょん。ご当主様に祝っていただけるなんて感激ですぴょん!」
「いえいえ、たまたま時間が空いたものですから。普段は出席できず、申し訳ありません」
「そんなそんな、その分イチカ君に祝ってもらってますし。今年も無事、21歳の誕生日を迎えられたぴょん」
「……」
「…………?」
「…………にじゅう、いち?」
「はい、21」
 どうやら兄はショックを受けたらしい。気づいてくれただろうか。毎年21歳を祝う気持ちを。溢れ出る空虚感を。
「い、イチカ……」
 衝撃を受けた面持ちのまま、ナナセがイチカに振り向く。言いたいことはわかる。もう来年は出席しなくていいと思うよ。
 だが、弟の読みは大きく外れていたようで。
「イチカが厄ウサギ☆さんと出会った頃から逆算すると、我々は年端もいかない頃から彼女を戦いの場に送っていたことになる。そんな、ああ、お祖母様。なんてことを……」
「うん、違う」
「確かに、古い時代はそういった福利厚生が行き届いていなかった面もあったのでしょう。しかし、今や当主は私。イチカ、決めましたよ。私は家中のモラル改善を行い、エンプロイサティスファクションの充実を図ります」
「お、おう。兄貴がビジネス用語使うとなんつーかすげえ違和感あんのな……」
「そして、みんなが笑って働ける明るい職場にしていきましょう!」
「それは怖いからやめて」
 謳い文句にすると逆に黒い。
「そうと決まればさっそく実情調査を行わなければ! お祖母様にも話を聞いておかないといけませんね。では、私はこれで。厄ウサギ☆さん、あなたのような被害者を二度と出しません。出来ればイチカと共に、術式界隈にイノベーションを起こしましょう。それでは!」
 なにやら決意を胸に、ナナセは帰っていった。
 流れる微妙な空気。
「……ねえ、イチカくん」
「おう」
「ご当主様ってさ」
「うん」
「…………………ちょっと、天然?」
 イチカはこの日、厄ウサギ☆が言葉を選ぶところを初めて見た。

[チコーニャ、自宅の猫の数が出身世界のそれを上回る]

 冬も本番になると、夜の時間も忙しく顔をだすようになるもので、夕飯前の時間だというのに、とっくに日は暮れて、チコーニャは疲れた体を引き上げるようにして階段を登っていた。
 特段これと言って特徴のない階段。問題は、その長さだろう。2階、3階、4階、5階。12階まで続くそれを、少しふらつきながら上へ上へと進んでいく。
 なんのことはない、集合住宅のそれ。単に、帰宅の最後の難関というだけだ。
 疲労したそれに鞭を打つような行為。やっと自宅のドアの前にたどり着いたところで、チコーニャは軽く溜息を吐いた。
 階層の面で不憫すぎるマンション。この高さでエレベータのひとつもないというのは本当に面倒だ。ファミリー向けの広さで、セキュリティに富んでおり、この事情により、高層ほど家賃が安いというのはありがたい話ではあったが。
 しかし、チコーニャがひとりで住むには広すぎるルームを借りている最大の理由は、別のところにあった。
「ただいま」
 一人暮らしだが、声をかける。必要だ。彼らに、自分が帰ったことを教えてあげなければ。
 扉を閉めると同時、奥から小気味よくてててと音を鳴らし、それらが駆け寄ってくる。駆け寄ってくる。駆け寄ってくる。わらわらわらわらわらわら。
 猫だった。いっぱいの猫だった。それらがチコーニャの前に現れ、じっと見上げている。
 彼女は表情を崩さぬまま、一番近い一匹を抱き上げると、優しく顔を埋めた。
「ただいま、ヘイトリクス」
 そうして、背中を撫でる。撫でる。撫でる。猫は抵抗しない。どころか、甘えるように自身をチコーニャに擦りつけている。よほど慣れているのだろう。
 ぎゅっと、ぎゅうっと。可愛がる、目一杯可愛がる、ひとしきり可愛がる。だいたい10分間可愛がる。
 そして顔を離し、そっと降ろしてやると、チコーニャは次の猫を抱き上げた。
「ただいま、ミケランジェロ」
 その後は同じである。顔を埋め、抱きしめ、撫でまわす。
「ただいま、スタルピッツォ」
「ただいま、よしえ」
「ただいま、ツァオジー」
「ただいま、カトリーヌ」
 どの猫も抵抗しない。むしろ、自分の番はまだかとじっと見上げている。そしてついぞ自分のそれの際には、彼女に目一杯甘えるのだ。
「ただいま、クレパス」
「ただいま、マーブル」
「ただいま、マグマドロップ」
「ただいま、サスケ」
 それを、飼い猫の数だけするものだから、時間は過ぎるばかり。しかし、披露も、空腹も、精神的なあれそれよりも、この時間が優先されるようで。飼い猫全てにただいまの儀式を終えた頃には、すっかり夜も更けた後だった。
「…………しまった」
 またやってしまった。
 全身全霊で猫を楽しんでから、チコーニャはいつものように後悔する。
 ある意味で、自身のプライベートを疎かにしている自覚はあるのだ。
 猫に構いたい。自分を出迎えてくれる飼い猫たちを全力で可愛がりたい。
 しかし、彼女の飼う猫はどんどん数を増やしていって、いつの日か、猫を可愛がることと、仕事をすることしかない人生が待っているかもしれない。
 一匹ごとにかけている時間を減らすのはどうか。論外だ。10分でも少ないと、チコーニャは感じているのだ。それを削るなど、愛情を削ぎ落とすようなものだ。あってはならない。
 では、減らすべきは猫の数なのだろう。当然だ。抱えきれないだけの動物を飼うべきではない。彼女の庇護下における数にも限界がある。キャパシティを超えたとなっては、猫達にも気の毒だ。
 しかし、だからといってどうやって減らすというのだ。あの真面目な男に相談するか。いいや、彼もまたチコーニャ以外に貰い手など知らないはずだ。
 溜息をもう一度。
 どこかに、良い里親は―――りぃんりぃん。
 通信術式である。
 この回線で声を飛ばしてくる人物は、ひとりしかいない。
「おう、チコーニャ。儂じゃ」
 鹿王院ミコト。クライアントのひとりである。明日は彼女の依頼で仕事をすることになっている。その段取りでも確認したいのだろう。
「で、―――がな、―――――というのじゃ」
 話を聞きながら、ふと、チコーニャは思いついた。
 ミコトに、猫を飼ってもらえばいいのではないだろうか。
 鹿王院の先代として、財政面の問題はない。家はここよりも遥かに広いお屋敷だ。ミコト自身が世話をしなくても、あの家には手伝いの者が何人もいる。猫達が不自由をすることはないだろう。
 名案に思えてきた。猫達は幸せ。チコーニャも時間を作れる。あとはミコトが猫を気に入るのかどうかである。
「あ、あのっ」
「ん、どうしたのじゃ?」
 話だけでも切り出してみようと思う。
 極端に猫嫌いでもなければ、ミコトも無下にはすまい。うちの猫は良い子ばかりだ。きっと、迷惑をかけることはないだろう。
 だから、猫を―――どの子を?
 気づいて、硬直する。どの子を譲るというのだろう。猫はみんな家族だ。優劣をつけるつもりはないし、平等に愛を注いできた。
 でも、この家からいなくなるということは、チコーニャの愛情をそそぐ機会は間違いなく減るだろう。寂しい思いをさせないだろうか。つらい思いをさせないだろうか。
「おーい、チコーニャ? どうしたんじゃー?」
 だけど、このままだと、いや、もうすこし、いける、かな、たぶん。
「チコーニャやーい」
「あ、いえ、あの……明日の仕事。頑張ります」
「お、おお、なんじゃ、珍しい物言いしよって」
「大丈夫です。それでは、失礼します」
 通信を切って、その場で膝をつく。何事かと猫が何匹か寄ってきたので、今度はみんなまとめて抱きしめた。

  • 鹿王院さんちの一幕[1]完了
  • GM名yakigote
  • 種別SS
  • 納品日2022年12月14日
  • ・鹿王院 ミコト(p3p009843

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