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観音打至東の妖刀案件・波及
登場人物一覧
- 観音打 至東(p3p008495)
妖刀という物理存在は存在しない。
およそ刀という構造に、あやかしの混じる隙間はない。
だと言うのに、人はこのあやかしのえものに、あやかしを見る。
曰く三代祟る呪怨の刀。
曰く三町黙る告死の刀。
曰く三首轢く怒号の刀。
曰く三劫略す無双の刀――。
「――人の心、あれらの『あさのくすり』にて、麻のように乱れおる。
故に、か。
快刀乱麻を求められれば、観音打三劫剣、草履のごとく打ち振るおう」
懐手に、三昧の目で三界を見下ろす風情の、一人の白獅子無双がいた。
「おや、やる気ですか獅子郎どの」
「無論。忌まれるばかりの楠切村正、寿がれるのもたまには一興にて」
その背中に侍るは、白獅子無双の四人目の嫁、観音打至東。
至東は無手。だのに宙を掴むかのような姿勢を続けているのは、修行の一環だという。
「私もこの『無刀』の試しをしとうございます」
「至東だけにか」
「……」
「至東だけにか」
「……」
応えぬことによって制裁を加えた。
「で？ いくら積まれたんです？ 少なくとも酒屋三件のツケを返さねば、次の正月は迎えられませんヨ」
「安心せい四件目を見つけたわ。勝手口より始終出入りをさせてくれる、気立てと具合の良い後家でな？」
「あーあーきこえませーん。この後お三方呼んで四方説教詰めにせねばならぬ案件など聞こえませーん」
「安心せい冗談だ、裏口などとせせこましい。知っておるのは具合だけだ」
「はいアウトーーーー！ というかこんな白状をするってことはプレイの一貫ですね！」
「左様。こないだのアレは、それがしのビッグバーニングがビッグバーニングであったであろう？ ン？」
「ぐぬぬ」
覚えているので何も言い返せない至東であった。
――ともあれ。
「ほーら獅子郎どの、あまりに脱線しすぎてナラティブ君が場面変更促しましたよ。ほら」
「うーむ仕方がない。もう少しだけ『今の』お前とイチャイチャしていたかったのだがな」
「『今の』？ 獅子郎どの、それは一体――」
――刹那の夢であった、と気づいたときに、至東は額を後ろへと飛ばした。
切っ先が、わずかにずれて眉を衝く。ぴん、と音立てて、毛の一本が毛穴まで真っ二つに絶たれた。
「！」
倒れゆく姿勢の後ろの支えは、腰に差した楠切村正の鞘が代わりとなる。
左逆手で脇差しを抜き、強張った肘の裏側を右掌で押した。
「チィッ！」
対手の右突きの死角を取る一閃は、小さく弧を描いて、その先にしかし何物も引っ掛けてはいない。
至東の割かれた眉の毛穴から、糸筋のように鮮血が溢れた。
「……」
「……」
向き合う二人。講談のように、相手の力量を褒めたりはしない。
「やるな……観音打！ 予想以上、期待以上だ！」
「それでも褒めているつもりですか？ 剣術で叶わぬゆえに『妖刀』に手を出した半端者の癖に？」
殺し合いだ。全ての行動が、呼吸でさえ、対手を『殺す』ために存在する。
全ての細胞が、剥がれ落ちる皮膚すらも、対手を『殺す』ために存在する。
全ての台詞が、例えどのような意味でも、対手を『殺す』ために存在する。
「その『妖刀』、確か潜夢華号とか言いましたか。言いましたね、間違いなく」
「手の内を知って有利になったとでも？ お前のその眉、瞳に血を落とすまであとわずかと見える」
「それだけのためなら……『妖刀』を使う意味はありませんヨ。その辺の小枝で事足ります」
悔しいが、対手の言う通りであった。
潜夢華号は、血を水と化す清めの呪いを帯びた『妖刀』である。
常であれば即座に凝結する至東の――暗剣娼の血が、いつまでも止まぬ。
「……そういう毒も流通していると、ある仙女に聞いたことがありますからね」
「見破ったところで」
対手が本命の刀を抜いた。潜夢華号は、評判通りの仕込む『妖刀』。
故に、界隈にしか仔細の伝わらぬ、凡その相手にとって初手必死の魔道具である。
至東は息を呑んだ。ここぞというときに脈を抑え、我が物とする暮六晩鐘の呼吸法。
「止めたところで！」
代償として、思考が固定化される。決めた動きしかできぬ身体となる。
主に狙撃手に愛用された技であるそれを今、近接を得手とする至東が使う意味は――！
――瞳に血が落ちる。
ズァンッ！
「……」
「……」
「……」
「……獅子郎、どの」
至東は息を吐く。と同時に、脳裏にとどめ置いた獅子郎の夢寐の姿が、かき消える。
対手は縦真二つになっていた。手にした刀の重みが、その死体を左右に分けていった。
「観音打三劫流・夢伝、三分之一劫剣。確かに、忘れ申した……ァ」
至東は気を失った。その見に、潜夢華号の呪いによって霧雨になった、対手の血が降り注ぐ。
混沌召喚前夜の話であった。
