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認められざる者の顛末

登場人物一覧

佐藤 美咲(p3p009818)
無職
佐藤 美咲の関係者
→ イラスト
佐藤 美咲の関係者
→ イラスト


 ――――――多くの場合に於いて。学校とは『専制型』の集団であると言える。
 教師はそこに属する生徒たちに対して義務的に教導すべき部分を除いて恣意的な指示・指導を行い、そしてそれについていけなかった者を劣ったものであると決めつけ、クラス内、学級内と言う共同体から排斥される構造を呈し続けている。
 だからこそ。
「……また」
 結樹 誓と言う少女にとって、「普通の学校」と言う環境との相性は凡そ最悪の一言に尽きた。
 当時の年齢は12歳。地元の中学校に進学したばかりの彼女は元来の人付き合いしない性格ゆえに、早くも同級生たちからいじめの対象とされる日々を送り始めていた。
 昇降口の下駄箱に詰め込まれた塵を取り払い、中に入っていた上履きに画鋲が仕込まれていないかを確認し、慎重にそれを履く。
 他者からすれば目を背けられるであろう行為すら、今の彼女にとっては序の口であった。教室に行くまでにクラスメイトには絡まれて鞄の中身を捨てられ、授業を受ける前に落書きと言う名の誹謗中傷が書かれた机を教室の外から内へと戻し、給食の時間になれば食事を身体に直接叩きつけられることもある。
 万人に排他され続ける毎日。それを救う者は誰も居ない――周囲の大人たちでさえも。
「……………………」
 誓は、既にそうした仕打ちに慣れ切っていた。
 それが良いことであるかどうかと問われれば、当然否であるべきなのだろう。さりとて今の環境に幼い少女一人が抗ったところでその結果は分かりきっており、何時来るかも、そもそも存在しうるのかも分からない救いを待ち続けて徒労に等しい抵抗を続けるほどの気力を誓は有していなかった。

 ――かわってはくれないだろうか、と誓は思う。

 それがいじめを行う周囲と言う環境か、或いは虐められている自分に対しての言葉かは、誓自身にも解らなかったけれど。
 何れにせよ、詮無き話である。何時ものように暗澹たる感情で諦念のみを抱き、誓はゆっくりと教室へ向かう。
 ……彼女にとっての地獄はこの後、大学生に進学するまでの間続くことになる。


 自分が自分で在り続ける限り、周囲が自分に対する行動を翻すことは無いと誓は理解した。
 だから変わってやろうと誓は思い、そのように行動した――或いは、『壊れて』しまったのか。
「結樹誓って言いますぅ。皆さん、よろしくお願いしますねぇ?」
 高校を卒業すると同時、彼女はその様相の一切を変化させた。黒やピンク色であるロリータ調のブラウスやスカート、ドレス等を好み、ハートや十字架のモチーフを積極的に自身に取り付けて周囲に話しかけまわるようになった。
 その当時、彼女の居た世界に於いて「地雷系」と称されたファッションに身を包み、多くの人と関わるようになった誓の内心は、けれど表層の態度とは違って痛苦に蝕まれていた。
 何故と問うことも無いだろう。本当の彼女はそもそも、このような姿になる前の人付き合いしない性格である筈なのだ。
 それでも。学校と言う大多数が住まうコミュニティから爪弾きにされ、スクールカーストの上位層に弄ばれ、或いはいじめられる生活に追いやられないためにも、誓は偽りの姿と行動で以ての自己防衛に立ちまわり続けた。
「すいませぇん、次の講義の教室の場所が分からなくってぇ……」
「あ! 昨日お会いしましたよねぇ? 覚えてますかぁ?」
「試験の打ち上げ、ですかぁ? はい! ご一緒させてください!」
 幸いにもその甲斐あってか、嘗てのようないじめの被害に遭うことは無くなる。だがそうした成功経験ゆえに、誓は益々今の姿を捨て去ることが出来なくなっていく。
 本人の知らないところで疲弊していく精神。それを回復させる方法も無いままに、取りつかれたように今のファッションと容姿を保ち続ける。
 ……或る意味では。
 彼女は、此処で一度自身と言う重荷に対して潰れてしまった方が良かったのかもしれない。
 自らを省みることが出来なかった彼女に対して、そうした機会が訪れさえすれば、少なくとも――

 ――……1年の結樹さん、だったよね。大丈夫?

「……え?」
 ――少なくとも、この後訪れた『本当の破綻』に至ることは、無かったのかもしれないから。


「そっか。虐められた経験から、今みたいな……」
「……は、い」
 取り繕った自分と言う演技に疲れ切った頃。一人の青年が、誓へ手を差し伸べた。
 茅切 言羽と名乗った青年は、本当の自分との乖離を見せる誓の内面を何処かしら察していたのだろう。最初に出会って以降積極的に誓へと関わるようになった言羽に対して、誓の方も虐められないために被っていた仮面の内側を徐々に見せ始め、何時からか自分の過去についても話すようになっていった。
「チカは、だから、『誓』のままでいちゃ、いけなくて。
 だって、今のチカだったら、嫌いになる人が居ないから。間違ってたんです。今までの『誓』は……」
「それは違う。ヒトは……結城さんは、どんな姿でいても構わなかったんだ」
 言羽という青年は、不思議な人間だった。
 一つ一つの言葉に奇妙な説得力があった。それに応援された者は勇気を奮わせ、それに窘められたものは自責に苛まれる。悪し様に言ってしまえば――人を操る術に長けている人間であった。
「人と人が一緒に居るなら、勿論配慮すべき場面も在るべきだとは思う。
 けれど、本当の自分を極限まで抑圧して、なりたくもない自分であり続けるなんて、そんなのは間違ってる」
「……茅切さん」
「言羽でいいよ。……結城さん」
 学生食堂の一角。昼をとうに過ぎ、夕刻を迎える前。言羽は居住まいを正して誓へと口を開く。
「僕が主催してるサークルに、来ない?」
「え?」
「活動自体は問題じゃないんだ。つまり、その。
 ……君が本当の君らしく在れる場所を。僅かな間でも、君が自分を抑圧せずに済む場所を、僕なら用意できる」
 ――君の心を、休ませることが出来る、と。
 語る言羽に対して、誓は呆然とした表情を浮かべて……その後、ぽろりと一粒の涙を零した。
「結城、さん?」
「……チカで、良いです」
 目に見えてうろたえた様子の言羽に対して、誓は涙を拭いながら笑顔で応えた。
「チカって、呼んでください」
「……チカさん」
「言羽さん――これからよろしくお願いしますねぇ」
 それが、彼女の答え。
 本当の自分を受け止めてくれた言羽へと、誓はより一層想いを寄せていくこととなる。


 言羽が主催するサークルに参加するようになってから、誓はより一層の変化を見せていった。
 言羽の目を惹くために、よりファッションや容姿を磨くようになり、また彼の言葉であれば盲目的に従うようになっていった。
 自らの主体を言羽に置くようになっていった誓は、ゆえにそれ以外の環境からは自然と距離を置くようになっていった。
 その危うさを止める周囲の人間も居たが、誓はそれら総てを躊躇なく切り捨て、関係を断ち、言羽の傍に居ることを至上と考えるようになっていった。
「おはよう、チカ」
「言羽さん、お早うございますぅ」
 ――気づけば。
「それで、今日は何をすればいいですかぁ?」
 誓と言羽の関係性は、主従にも似たそれへと変化していった。
 サークルの活動の『雑務』を誓が担当し、それを終える彼女を言羽が優しく褒める。ただそれだけの関係。
 他者が見ればその歪さに気づきもしたろうが、生憎と誓はその「他者」の一切を排斥した以上、自らそれに気づくことは無く、だからこそこの関係に終わりは見えなかった。
「……あ、そう言えば」
「うん?」
「言羽さんのサークルと親交があった団体、摘発されてましたねぇ」
 正しく今思い至ったかのような発言をする誓に対して、「そうだね」と静かに言葉を返す言羽の表情は伺えない。
 ……「現体制の正しきを問う」。それをモットーとした言羽の『政治系サークル』は様々な外部団体との関りがあったが、ここ最近それらが公的機関の摘発を受けることが多く在った。
 それらの中には、誓が言羽に頼まれメッセンジャーとして交流していた団体もあったが……誓本人にとって、大事なのは「言羽に託された要件」それ自体であるため、関わった団体が無くなろうと彼女にとって然したる痛痒にはなり得なかったのだ。
 赤の他人であっても、ならば言羽のサークル自体の危うさが理解できたであろうが、最早盲目となった誓にはそれすら理解することが出来ない。
「……チカ」
「どうしましたぁ?」
「これから先、同じように『不当な摘発』を受けるグループが出てくるかもしれない。
 それを防ぐためにも、チカには今より危険な目に合う必要が出てくる。申し訳ないとは思うけど……」
「……良いですよぉ、言羽さん」
 婉曲的に「官憲の捜査に逆らえ」と言い放つ言羽に対して、しかし。
「チカは、言羽さんの為ならなんだって出来るんです」
『何も見てない』笑顔で、誓は言った。


 言羽と出会ってから2年の時が過ぎた。
 それは即ち、彼と誓が属する『政治系サークル』の活動が最低でもそれ以上の期間活動し続けてきたことを意味する。
 ……そのサークル自体の具体的な活動内容は伏せるものの、『崩壊』を迎えるまでの期間としては非常に長いと言えるような活動(もの)であった、とは此処に記しておく。
「はっ……、ひっ……!!」
 路地を、駆ける姿。
 人影は誓のものであった。何時ものようなロリータ調のファッションと髪型ではなく、人目に付きにくい黒を基調としたコートなどの装いで必死に逃げ惑う姿は、凡そこれまで言羽と共に在り、見せていた恋する乙女のそれとは全く無縁のものであった。
 ――そう、「逃げ惑っている」。
 過日、言羽の言を受けた後、摘発対象とされていた団体へ危険を知らせる伝令役として方々に飛び回った誓や、彼女が属するサークルへと、遂に国が矛先を向けたのである。
 尤も、差し向けられたのはそれまでの官憲などのような公的な国家権力ではなく。
「あ、ぐっ……!?」
 ……通称『00機関』。彼女の住まう国、日本における秘密諜報機関のエージェントであったのだが。
「……捕らえました」
『女一人か? 連れの男はどうした』
「周囲には居ません。……おい」
 地面に転がされたまま、携帯端末を差し向けられた誓は、自身の背に馬乗りになった何某かの声に視線を向ける。
「茅切言羽の居場所は?」
「……知りません」
「私たちは警察とは違う。非合法的な尋問も辞さないぞ」
「本当に知らないんですぅ! チカはっ……ちゃんと待ち合わせ場所で言羽さんを、待ってて……!!」
 誓の言葉に嘘はなかった。
 エージェントから逃走する前。彼女は言羽の指示でそれぞれ分かれて行動していた後、指定された場所で落ち合った後に国外へ逃げる計画であったのだ。
 だが、指定された時間になっても言羽は現れなかった。何度も通信をかけたが繋がらず、そうしているうちにエージェントに居場所を捕捉されて後、現在に至っている。
「貴方達が……言羽さんを連れて行ったんじゃないんですかぁ!?」
「……ふん、成程。捨てられたのか」
「………………。は、」

 ――「ステラレタノカ」?

 その言葉を。
 一瞬、誓は理解できなかった。
「……違う。違う違う違う!
 言羽さんは! チカと一緒に居てくれるって! チカたちが一緒に休める場所を作ってくれるって! だから――」
「これまでの行動は此方でも確認できている。
『彼氏』の指示で良いように使われて、都合が悪くなったら蜥蜴の尻尾よろしく切り捨てられたんだろう? アレがお前の思っているような清廉な男だと誰が信じるかよ」
 それ以上を語ることなく、エージェントは誓の額に銃口を押し付けた。
「お前の端末一つで、お前自身から取れる情報は事足りる。これ以上の危険因子を生かしておく必要もない」
「待っ――――――!」
「さらばだ」
 ぱん、と言う、乾いた音一つ。
 それが、結樹 誓と言う少女が送った、無為な生涯の顛末であった。


「………………」
 一人の女性が、隠していた写真を手に佇んでいる。
『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)が手挟んでいるのは、結樹誓の写真そのものであった。携帯端末のロックを解除して保存されていた画像データを印刷した彼女は、こうして世界を経て尚、誓の存在を未だ忘れずにいる。
「結樹、誓」
 呟く名前。声に出すまでも無く、その存在を美咲は覚えている。
 恋に生き、恋した人に利するために動き――その結果として、彼女らが属する政治系サークル……否、過激派団体によって多くの被害に遭った無辜の人々の顔を、覚えている。
「……だから私は、アンタを許さないっス」
 今にも握りつぶしたくなる一葉の写真を再び隠し、彼女は自身のアパートを出て、『ローレット』の依頼へと向かっていく。
 ――あの日に彼女が捕縛されて尚、美咲が彼女に対して秘めたる想いを昇華できていない理由は、ただ一つ。



「結樹 誓は、今も生きている」のだ。

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