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Off with their heads!
登場人物一覧
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──それは記憶の中で、既に色褪せつつある映像記録。
『〜♪』
1人の少女が大勢の人間の前で歌っている。楽しそうに、高らかに。少女はその歌に合わせ、華奢な肢体を伸び伸びと踊らせるように動かしていた。本来は微笑ましい光景である筈のそれ。しかし少女の手に握られた、身の丈を容易く越える大鎌の所為で少女が軽やかに足を運ぶたび、優美に腕を振るうたびに周囲の人間の首が玩具の様に落ち、あるいは刎ね上がる、そんな冗談じみた凄惨な光景と化していた。
悲鳴の中でも尚、心地よく響く歌。血飛沫を浴び、衣服や頬に紅を差しながらも楽しげなままに微笑む少女。──そんな光景に、彼は魅せられていた。
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「ファニー、居るか? 入るぞ?」
扉を3回ノックし、クウハは愛しい恋人が住まう観測室の扉を開けた。時刻は既に真夜中を過ぎていたが、彼の予想通り、この観測室の主人はこんな夜更けになろうとも関係なく読書に没頭しているようだった。
「……ん? ……ああクウハ、いらっしゃい。来てくれたんだな」
少し間があって、呼びかけの声ではなく室内の気配に反応したスケルトン……ファニーは振り向くと恋人の来訪に嬉しそうに顔を綻ばせ、ココア淹れるか? と訊ねた。こんな真夜中に来訪してきたことを一切疑問に思わない──というか、現在の時刻がわかっていない表情をしている。
「いや、ココアは大丈夫だ。ちょっと出かけようぜ、って誘いに来たんだよ」
「お、いいな。デートか? どっか行きたい店でも──」
あるのか、と言いかけてそこでようやくファニーは窓の外の、星の輝く光景に気がついて言葉を止めた。若干ジト目のクウハの視線を受けて気まずそうに視線を逸らしてへらへらと笑う。
「あー……もうこんな時間だったか……」
「オマエな……時間忘れて没頭するのもほどほどにしておけよ? 心配になる」
「こればっかりは
「ったく……」
「まあ気を付けるさ。それはそうと、なんだってこんな時間に?」
「いいだろマイハニー? 悪霊とスケルトンがデートするには絶好の時間だ」
見せたいものがあるんだよ。そう言ってクウハはファニーへエスコートする様に手を伸ばし、愉しそうに笑った。
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誰かが廃墟を寝床にしていたとしよう。その者達は、余程特殊な事情が無ければ何らかの理由で社会からこぼれ落ちてしまった『弱者』に分類される。しかしながら、その廃墟に居た者達はただの『弱者』ではない。他者を害する力を得て、徒党を組んで己より更に『弱者』から生きる糧や財を奪う『ならず者』であった。
「今日は大量だったなぁ!」
「おうおう、見たかよあの商人の顔! 目の前で護衛ぶっ殺したら完璧にブルっちまってやがんの!」
「傑作だったよなぁー?」
「ぎゃはははははは!!」
「おうい! こっちにも酒くれよぉ!」
「うるせー! 取りに来い!」
「ああん!?」
「やーめろって! 酒が不味くなるだろが! ほれ!!」
森の中にある、ひっそりと放棄された教会。ステンドグラス越しに月光が降り注ぐその内部は敬虔に祈る者が絶えた後も荘厳な雰囲気を感じさせていたものの、今はその雰囲気を全てぶち壊す様な下卑た笑い声と酒気に満ちていた。ランタンの頼りない光に照らされた影はおおよそ10人ほどで、それら全てが男であり年齢は10代から40代まで。種族もまちまちだ。彼らはこの廃教会を拠点に付近の街道を通る旅人や商人を襲っている野盗で、今日も荷物をたっぷりと積んだ商人の馬車を襲い、その戦果を宴会場代わりのチャペルで祝っているところだった。
「……何か今、音がしなかったか?」
「あ? 獣じゃねえか? 憲兵対策に罠張ってんだ、誰か来たってこたぁ……」
バアアンッ!!!!
チャペルの重厚な扉が突如吹き飛びかねないほど勢いよく開かれる。大きな音にある者は酒を取り落とし、ある者は固まり、ある者は地面から数センチ飛び上がった。皆一様に、唖然とした顔で開かれた扉の方を見る。
「よう! 盛り上がってんじゃねーか、オマエら」
親しみを感じさせる様な陽気で軽い声。扉を蹴破った脚を下ろし、悠々とチャペル内へと入ってきたのはパンク・ロック系の衣装に猫耳パーカーが印象的な若い男。クウハである。酒に酔っぱらい判断力が鈍った野盗達は、ついお互い目配せし合う。『アレ、おまえのダチか?』『いや、知らねえ……』、それが命取りとなった。
「ちっとばかしショーに付き合ってくれよ。つってもオマエらの為のショーじゃねェけどな!」
ニンマリと笑みを浮かべたクウハはすぅ、と息を吸い──
「なんだぁ……歌……?」
直後にチャペル内に響いたのは歌声だった。困惑する野盗達をよそにクウハは歌う。その陽気でアウトローな出立ちからは意外に思えるほどその歌声は清らかで甘く、むしろこの打ち捨てられた教会にかつての清らかで荘厳な雰囲気を取り戻させる様な曲調であった。
「なんか懐かしい曲だな……どこで聞いたんだっけ……」
「……急に故郷に帰りたくなっちまった。もう
「うっ、……ううう……」
「……なぁ、あんた。綺麗な声だなぁ……もっと聞かせてくれよ」
「待て、何かおかしいだろ……おい、お前ら……!」
歌声を困惑しながら聞いていた野盗達の様子が、次第に変わってくる。ある者は涙を流し、ある者はぼんやりと宙を眺め、ある者は……突然この場へ乗り込んできた筈のクウハへ、穏やかでありながら恍惚とした視線を向け始める。この状況の異常さに気が付いた者も、己の内に生まれた
(……こうなったら、もうおしまいだな。馬鹿な野郎共だぜ。即座に殴りかかってりゃもうちょっと楽しめたものを)
クウハは歌声を途切れさせぬ様に気を付けながら、その清らかな歌声とは真逆の悪辣な笑みを浮かべていた。
『追憶の夜想曲』。クウハの歌う歌……正確には彼の歌声には、かつての仲間から受け継いだ『魔』が宿っている。優しく、清らかで、心地よいその歌声に心を動かされた者は深い郷愁に囚われ、歌声の主を何者にも変え難く、侵し難い、愛しい存在であると誤認するのだ。──ちょうど、目の前にいる野盗達の様に。
(さて、と。それじゃあ始めるか)
すっかり大人しくなった彼らを前に、クウハは歌い続けたまま己の手に
(愛しい
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ファニーはチャペルの入り口側に残っていた長椅子に腰掛け、『その光景』をジッと見ていた。
「〜♪」
ステンドグラスから差し込む月光と、頼りなくも幻想的に灯るランタン。その中でファニーにとって誰よりも愛しい
「ああ……こいつは凄えな……」
逃げることすら出来なくなった野盗達にゆったりと、しかしそれでも数分にも満たぬ出来事。しかしながら目の前の惨劇に、ファニーはうっとりと頬を緩ませた。まるで最高の舞台を見るかの様に感動のため息を吐く。
ファニーにとって、『人の首を刈る行為』というのは特別な意味を持っている。過去に『人型の少女が大鎌で首刈りをする』映像記録を見て以来、ファニーはその行為の虜になっていた。といっても自分自身が"人間"相手に首を刈ったことはまだない。その対象は、人間では無い者に限られていたのだが。とにかく、そういった経緯から以前ファニーはクウハに『クウハが首を刈る姿が見たい』とリクエストしたことがあった。それを、ちゃんとクウハは覚えていてくれたのだ。
「言ってくれりゃ、カメラとか持ってきたのによぉ……」
悪戯心のある彼のことだ、驚かせたかったのだろう。だからファニーは1秒も見逃すまいとばかりにその光景を目に焼き付け続けた。この日、この時間、この瞬間。記憶の中の色褪せた映像記録よりも、鮮やかに美しく。愛しい恋人は一等星の様に輝いてファニーの心を照らしていた。
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ぱちぱちぱちぱち……。
終幕。生を持つ者がたった2人しか居なくなった廃教会で、クウハはカーテンコールの様に恭しくお辞儀をする。その行為に、惜しみない1つ分の拍手が贈られた。
「最高だった」
「おう、惚れ直したか?」
「こんなの見せられたら惚れ直すに決まってんだろ」
荘厳な気配の中に立ち籠める血腥い悪臭。それをものともせずに恋人達は笑い合った。一先ず大鎌を虚空に溶かし、クウハは頬についた血を拭って口にするも、うぇ、クソまず。と眉を顰める。
「……確かに、如何にも"不味く"なりそうな生活水準の輩だったが」
「不摂生の極み、下の下。せめて女ならな」
「女の首の方が刈りやすかったりするのかね」
「機会があればまた見せてやるよ」
「……なぁ、次はオレも混ぜろよ。一緒に踊ろうぜ?」
ファニーはポケットからハンカチを取り出すと、恋人の手についた血と脂を拭ってやりながら甘える目で微笑んだ。今回は観客として楽しませて貰ったが、次は舞台の上に。己では脇役がせいぜいでも
「そん時もまた、しっかりエスコートしてやるよ」
「heh、そりゃ楽しみにしておくぜ」
どちらともなく2人の手が繋がれて、しっかりと指を絡め合うと2人は廃教会を後にして家路に着く。きっと帰って、埃と血で塗れているから一風呂浴びて、ファニーにココアを淹れてもらって、そして──、
そんな楽しそうな2人を、赤く大きな満月だけが優しく見守っていた。