PandoraPartyProject

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グラスに映るは

登場人物一覧

ルナ・ファ・ディール(p3p009526)
ヴァルハラより帰還す

 浮遊島アーカーシュでの騒動は一段落し、安寧の空気に溢れる。
 鉄帝国の上空に存在した伝承。伝説の浮島。前人未踏を前に、冒険の旅に繰り出したイレギュラーズ。
 その冒険の終点がこの魔王城での祝勝の宴であった。
 賑わい溢れる会場でグラスに注いだシャンパンの泡を眺めていたラダは「ラダ」と呼ばれたことに気付いた。
 グラスを僅かに傾けたルナの誘いに応じグラスを重ね合わせる。僅かな会話の後、視線を酌み交わして再度の乾杯は挨拶にも似通った。
 かちり、と音を立てたシャンパングラス同士、その音を聞きながらルナはラダの横顔を眺めている。
 ラサ出身の女性。同じ獣種であると言うことから多少の親近感を抱いていたのは確かだ。堂々たる居住い、人脈を駆使し駆ける姿。
 ルナから見てラダという女性は自身が持たざるものを持っている真逆の存在であった。部族で疎まれ過ごしてきた男にとって、ジグリ商会という看板を背負った彼女には大切な家族が居た。ジグリ商会、それは名も知れた家門であり将来的にも安定した生活が送れるはずだ。
 しかし、家門に甘え胡座を掻かず銃を手にする女の姿は武と商の何れをも両立し己が足で立つことを優先した勇ましささえ感じさせたのだ。
 その実に勇ましいこと。眩い存在だ。正反対と言えども妬ましいわけもなく、疎ましいわけもなく、ただ、強かに生きる彼女を美しいと感じた。それは疾うの昔のように感じるほどに――最初の印象だった。
 若い女だてらに我を持って生きる姿は美しい。あの赭色の瞳が見据えた未来はどの様な輝きに溢れているのか気になった。
 若い娘が一人で進む姿を心配していたというのは嘘では無い。幾ら銃を構えれど、彼女が一人の女である事には違いなかったからだ。
『若者を心配する』という大人の庇護。只、その感情がそれを飛び越え、別物に変化している事が分からぬほどにルナは疎くも青くはなかった。

「最近はどうだ?」
「そうだな……商会の立ち上げで奔走しているところはある。だが、忙殺されることも好ましくは思う」
「そうか」
 その凜とした居住いが好ましい。器用に繕ってその感情に蓋をして隠し通すほど枯れているわけでもない。だが、あからさまにその感情を曝け出すでもない。
 今以上を求めているかどうかと言われればその答えには詰まるほど複雑な感情はグラスを併せたときに変化した。
 信頼も、抱いた難解な感情も。『護りたい』という言葉に直せばストン、と胸中に落ちる。グラスを見下ろしていたラダにルナは「まあ」と口火を切った。
「何かありゃ呼んでくれ。もう一度竜が……というのもあるだろうしな。
 これからも戦いは続くだろ。ダチの窮地にゃ手を貸す。ラサに何かありゃ……そりゃ勿論、戦うだろ」
「……そう、だな。そうかもしれない。その時は」
「ああ。おまえさんの事は護ってやるよ」
 護らずとも、一人で立ち向かえるだけの強かさを有していると知りながら、それでも言葉にしておきたいかった。
 ルナの回答にラダは驚嘆に僅かながら目を見開いた。それが彼の『為したいこと』だというならばラダが敢て拒絶することもない。寧ろ臆面もなくそう告げられた事に驚いたのだ。
「……感謝する」
 そう紡いでからシャンパングラスを傾ける。喉を潤しながらラダはふとルナを見遣った。
 ラダからルナへの印象はと言えば仕事で顔をよく合わせる同僚からスタートした。同郷であるラサの出身のイレギュラーズ。それが無数に居る仲間達の中での彼の印象だ。
 その語気の荒さはラサではよくあることである。故に語調に関しては対して気にも止めて居なかった。仕事を熟す段に至れば真面目で勤勉さを感じる様から信が強まったのも確かだ。
 彼女の中で僅かな変化があったとするならばそれは竜種。六竜と呼ばれた竜の襲来だ。
 それがラダとルナの中で一つの転機だったのだろう。『怪竜』ジャバーウォックが飛来したあの日、練達が漸く取り戻した平穏はいとも容易く壊れ去った。
 その際にラダは「みゃーこと呼んで下さい」と笑う少女の身の安全を危惧していた。彼女は従姉と共に練達市街へと出て来ていたのだ。勿論、再現性東京も未曾有の危機に瀕していたのは違いない。希望ヶ浜怪異譚にてそれなりの友誼のあった相手だ。ラダ自身も彼女の救出を行ないたかった――が、向かう事が出来なかった時に彼が手を差し出したのだ。
 彼に託すことが出来たのは此れまでの仕事ぶりのお陰だ。自らのことは自らで。其れを大前提としていたラダはその時ばかりは彼に頼み込んだ。だからだろう。この件を契機にしてルナの事を『困ったときに頼れる相手』であると認識した。
 それ以来、大きな戦場でルナはラダをカバーしてくれるようになった。その状況を思えばこそ、ラダはルナに問うたのだ。

 ――……ひとつ聞きたい事があるがいいか? ラサでの竜種撃退に今回に、大舞台で同じチームの時はカバーしてもらってるような気がしてね。

 ――あぁ、いや、偶然もあったぜ。竜はほっときゃラサもやばかった。
   今回も足の要りそうな所があったから手ェ貸しただけだ。……ただまぁ、おまえさんが。”ラダがいたから”っつーのは嘘じゃねぇ。

 ラダが頼ったからこそ、ルナは己のやりたいことを抑えて助けてくれていたのではないか、と。
 水夜子を助けて欲しいと願ったのは自身の我儘でもある。
 メテオスラークが飛来したその時に彼が手を貸してくれたことも、アーカーシュの決戦で共に戦う彼を見たときにもラダは疑問に思ったのだ。
 故に、問うた。本意ではないことをさせてしまっているのであれば自身とて気まずさを覚えずには居られないからだ。
 ラダから見てルナは飄々としているところもある。その本心を聞き出すことは容易ではないと想っていたが易々と告げられた言葉に驚いたのは嘘では無かった。
『ラダがいたから』というのは嘘でも誇張でもなく、それは本心からの言葉なのだろう。自身が足りない場所に手を貸しただけだというならば『それは彼の為したいこと』だ。
 誰に言われるでもなく己の感情で切り分けで考え行動しているというならばラダにとっても好ましい回答だ。
「これからも竜種や、魔種との戦いはあるだろう。
 気が向けばでいい。戦場に出る時には共に駆ける戦友として宜しく頼む」
「勿論だ。何かありゃ声を掛けてくれ」
 シャンパンを揺らがせて応えたルナにラダは緩やかに頷いた。
 信頼できる友が居ることは、これから先に何があっても生き抜く為の力となる。ラダにとっての彼は戦友であり、友を託すことも出来る信頼に足る存在であるのだ。
 そこから一歩踏み出したルナからすれば彼女の言葉は喜ばしい者であると同時に、妙な心地にならざるを得ない。だが、それでいい。ただ一つだけの感情があった。

 ――死なせたくはない。絶対に。

 この気丈に振る舞う女が死ぬ場面を見たくはない。ただ、護られてくれるほど柔な女ではない。
 風に髪をなびかせ銃を構えた美しさ。揺らぐ白髪と、華奢な指先。無骨な狙撃銃。そして放たれるのは。その凜とした射撃の鋭さは女の貫く信念と同じであったからだ。
 彼女が膝折れ護られることを望むことなどないとルナは知っている。知っているからこそ、共に立つことを望まねばならぬのだ。
「それにしても、竜種か。深緑から逃げたアイツはどうしてやがるんだろうな」
「……ああ、何れは相見える事があるだろう。その時はラサではなく、覇竜だろうか。
 何処にしたって私にとっては良き隣人や商売相手だ。守り抜かねばならないことには違いない」
「そうだな。ま、何処がどうなるかも分からない。それはその時だ」
 今考えたって仕方がないと軽食を摘まんだルナに「旨いか?」とラダは問うた。
 アーカーシュに持ち込まれた食材は多種多様。様々なものがある。この地の特有の食材も十分な商機を見出せそうだとも感じていた。
 彼女の思考が其方に移ったことを感じとりルナは「ああ、旨い。材料は何だ?」と軽食をまじまじと見詰めた。
「このシャンパンも旨い。中々、考えられることは多そうだな」
「仕事の話か。商会経営も大変だな」
「大変だからこそ、仕事というのはやり甲斐があるのかもしれないな」
 からからと笑った彼女はそう言ってから手許の食材やシャンパンを見詰めた。グラスの中の赤が気泡と共に揺らいでいる。
 アーカーシュの産物であるならば輸入輸出も考えられるか、それとも種などを地上で育てられるかなどの研究が必要だろうか。
 その様に、自身で考え動く彼女の芯の強さを好ましく思うからこそ和やかなこの時間も大切にして行きたい。
 グラスに映る感情は――

  • グラスに映るは完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2022年12月01日
  • ・ルナ・ファ・ディール(p3p009526

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