ＳＳ詳細
Loves you, loves you not.
登場人物一覧
- レッド(p3p000395)
赤々靴
レッド・ミハリル・アストルフォーン――『娘』の目の前で、一輪挿しの花弁が散る。日記帳に記されるのは、磨かれた林檎のように赤い文字。
「この世界の人々は、親切です。山道の宿は温かく、内気がちな人々が、はにかみながら迎えてくれました。素敵なことです。地元の人々が静かに酒を酌み交わしていました。沈黙は心地よく、時折礼儀正しく投げかけられる問いかけは、長旅を案ずるもの。部屋の寝台は大きく古く、少し埃っぽくはあったのですが……。宿の主人が冷え切った部屋の暖炉に赤い炎をともしてくれました。今、私は机でこの日記を綴っています。主人は庭の赤薔薇、秋の最後の薔薇を一輪飾ってくれました。スープは暖かく、素敵な夢が見れそうです」
レッド・ミハリル・アストルフォーンの『靴』は少女の肉体から世界を見る。足元に流れるのは、赤黒い血。真朱色の戦旗は、剣を持った初老の男の肉体に刺さったまま。
日記帳に書かれるのは、流れた血よりも鮮やかな赤い文字。
「この世界の人々は、醜いっす。だから言わんこっちゃないと思ったっす。この子が留まったのは盗賊宿。主人と仲間達は、『この子』を身ぐるみ剥ぎ、お約束のように売り払うつもりだったっす。親切なのは眠り薬の入った料理を食べさせる為。赤薔薇は『獲物』の証っす。……どうせよくある話っす。ボクが皆殺しにしたっす」
『娘』の横にはひとつの彫像。『娘』と同じ背丈の乙女の像は、花を持って瞑想の表情を浮かべている。壁に寄りかかって、『娘』は文字を連ねる。ルビーの深い紅色にも似た文字を。
「この世界の人々は、手から様々な美を作り出します。それはとても素敵なことです。私がお邪魔した家には、彫像がありました。家の主は老いた婦人で、若き日に喪った娘をかたどった像をいくつも作っていました。娘のことを語る婦人は、とても優しい瞳をしていました。悲しくも優しい瞳でした。おそらくあの人の中で、娘さんは生きているのでしょう。慈しむ愛があるのは、やはり素晴らしいことです」
『靴』は打ち壊された彫像の上に腰を掛け、足をぶらぶらさせる。腰かけた彫像の中から、砂のように広がる銀色は、練達から運び込まれた禁制の麻薬。描かれる文字は乾いた肉の枯れた赤。
「この世界の人々は、あいもかわらず醜いっす。娘の話なんて同情を引く為の為の嘘っぱち。近所の人達も関わっていたっすね。皆で耳障りのいい夢を本当のことにしていたっす。だって、そうすれば何もせずに大金が手に入るっすから……まあ、娘は存在したそうっすけどね。いうことを聞かないから殺されて、像の中。よくある三文悲劇の一幕っす」
『娘』が座るのは夜明けの部屋。さらさらと書かれるのは爆ぜる炎に似た、活力の赤い文字。
「この世界の人々は、勇敢です。不正に対して憤り、立ち上がることができます。勿論全ての人がそうではないけれど、一度ついた灯を増やしていくように、希望を伝えていきます。それは素晴らしいことです。彼らは領主に立ち向かうそうです。自分達の娘を奪った領主を。領主は圧政を引く老いた強欲な人だと聞きました――」
『靴』は焼け落ちた家を見ながら、静かに文字を書く。夕暮れの不吉な光にも似た、暗い朱で。
「この世界の人々は、醜く臆病っす。抵抗なんて、すぐに消える蝋燭の火。村に影響が出ることを恐れたほかの住民が、誰の命令もなく、『勇敢な人々』が隠れる家に火をつけたっす。そう、この騒動を起こした奴は他の村から来た奴だ、裏切り者なのだから、と。後はお決まり。主導者がどんなにしきたりを破っていて、血がけがれていて、やることに矛盾があったか――細かく、細かく並べ立てて、自分達の正当性を保証しようと、やっきになる。血で手をすすいでも、赤いまま。そんなことを見ようともしないっす。愚かっす」
『靴』は村の端で赤い林檎を齧りながら日記を書いている。平凡な赤色、安いインクが指にはねたので、それを日記のページにこすりつける。血の跡のように赤が残る。
「この世界の人々は醜いっす。結局村人達は処刑されたっす。領主に歯向かった罪だったらまだよかった。罪状は勝手に私刑を行った罪っす。全てが無意味っす。笑えてくるっす」
『靴』は頭蓋骨を重し代わりに日記を書いている。冬の初めを告げる風に、日記のページが吹かれてしまうが為に。
「この世界の人々は醜く、脆いっす。生き残った子どもがいたっす。狩人の祖父の所から戻ってきたら、親も村人も殺された後。一部始終を告げたら、数日間悩んだ後、自ら命を絶ったっす。皆に会いたい、と書置きがあったっす。遺体は燃やしたっす」
『娘』は躊躇いながら祈るように文字を書く。もはや赤いインクはないので黒い炭の端で黒い文字を書く。
世界を愛している、愛してないの花占いは、いずれ破局を迎える――そんなことはない――。
「この世界の人々は素晴らしい」
『娘』の手が、震えた。
