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SS詳細

雷雨に穿たれ

登場人物一覧

バルガル・ミフィスト(p3p007978)
シャドウウォーカー
バルガル・ミフィストの関係者
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バルガル・ミフィストの関係者
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バルガル・ミフィストの関係者
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●除去された者
 雨が降っていた。
 A国とB国の国境線が苛烈するなか、製薬会社キュリーメディカルはA国へ鎮痛剤の出荷を取り止めなかった。表向きはただの鎮痛剤。だが乾燥させたA国自生の植物と砕いて吸引することで酩酊感、幻覚作用、依存性、不安感、虚脱感を得る。平たく言えば麻薬と同じだった。
 大手製薬企業フローレン・ファーマシーの私──通称スダイバー──の所属する『処理部署』Cancer Removal。調査を続けるも目新しい情報はなかった。フローレン・ファーマシーも穏やかとは言い難い。創設者兼先代社長が倒れて以来、兄と弟で経営権を巡り争っている。とくに弟派がキナ臭く、農業国家であるB国を軍事国家のA国と対等に渡り合わせるほどの武器を横流ししている。

 私は電脳を切り替え、今日のターゲットの資料に意識を向ける。部下の運転するトラックの助手席に座り、窓に頬杖をついている。街のサイケデリックなネオンが雨に反射して車窓の後ろに流れて行く。私はトラックの荷台に声をかける。荷台は椅子や武器が並んでおり、椅子には8人の武装部隊が鎮座していた。
「バルガル! 震えてないだろうね? 今更家に帰りたいって言ったって遅いよ!」
「スダイバーこそ! ネイルが剥げたからって落ち込むなよ!」
「ハッ、それだけ返せれば十分だ」
 バルガルがそんなことでくよくよする男ではないことは百も承知だ。専門的な能力が低く見くびられがちだが、総合的な立ち位置に回れば伸びるだろう。が、まだまだ青い。私は軽口を叩いてバルガルの固く閉じた口元を緩ませる。
 本日の目的はキュリーメディカルの子会社フォーミュラ。ここで例の鎮痛剤の一部を生成している。
「私と4人は正面から。2人は15時方向から。残りの2人は裏手から回り込め」
「「「了解」」」
 雨脚は一層強まっていた。

 夜間のフォーミュラ社。最小限の常夜灯残し、シンと静まりかえっていた。いや静かすぎた。
「待て……。何かがおかしい。バルガル。そっちの様子は?」
『人っ子ひとりいやしません』
 私は電脳を。バルガルはヘッドセットを使い無線を送る。正面玄関を抜け中庭に到達する。ブリーフィングの情報と違う。これは……、
「待て! 進むな! 引き返すぞ!」
 私より背後の2人が撃たれる。不意打ちに巻き込まれ、刀でいくらか銃弾を切り伏せたがまともに銃撃を食らってしまう。
「……ッ!!」
 物陰に隠れようにもここは中庭だ。大した遮蔽物がない。部下の落とした盾を借りて背後の襲撃者へ近付く。サイボーグ化した強化筋繊維で地面を蹴り、盾を投げつけ、大きく刀を振りかぶり袈裟斬りに。
 刀と銃。ふたつの武器は射程が大きく異なる。スダイバーは両足をサイボーグ化することでターゲットとの間合いを詰める戦い方を得意としていた。
『スダイバー! 銃撃が聞こえたが?!』
「んぐっ……。襲撃された! 情報が漏れている!」
『今そっちに行く!』
 間に合わない。とっさにそう思った。バルガルは一番遠いフォーミュラの裏手にいる。バルガルですら間に合わないのであれば救護などさらに。ならば。
『スダイバー! スダイバー……! スダイバアアァぁ!』
 私の名を悲痛に叫ぶバルガルの声。だから青いんだよアンタは。
「私の命は高くつくよ!」

──ざああああ
 ズタズタになったスダイバーが雨に穿たれている。死因は恐らく失血と衰弱死。襲撃者を返り討ちにした後、体を引きずってバルガルの元へ向かったのだろう。血と雨のまだらな模様が道となっている。俺はスダイバーへと触れる。すっかり雨で体温を感じられなくなっていた。
「あああぁぁぁあああ……!!!」
 生き残ったのはバルガルと裏手に回った1人の隊員だった。

●雨を降らせた者
【スーサイドダイバー事件】
 フローレン・ファーマシーの処理部署Cancer Removalの隊員を多く失った事件はこう呼ばれました。
 そしてスダイバーを知る者であれば『スーサイドダイバー』が彼女を指すものだとすぐに気づいたでしょう。

 ガァン!
「何がスーサイドダイバー事件だよ?! ふざけやがって!」
 ディガブロが壁を蹴りつける。その名前を聞くだけで忌まわしい記憶を連想させたのでしょう。それだけではありません。隊員を多く失いました。全てはスダイバーの愚劣な策が引き起こした事態だと……そう烙印を押されました。
 廊下をスーツの人たちが乗り込んで来ました。
「ディガブロだな」
「誰だこいつら……」
 バルガルが疑問を口にします。
「……同じフローレン・ファーマシーの人だよ。何か御用でしょうか」
 私がバルガルの疑問に答え、社員を出迎えます。嫌な予感がします。
「ディガブロ。貴様をスダイバー並びにCancer Removal隊員殺害及び、殺害未遂で拘束させてもらう」
「ふざけ……やがって!」
 頭に血が上ったバルガルが、拳を振りかざそうとしたその時、
「バルガル!!」
 ディガブロが静止させました。
「いい心掛けです。貴方のことですからすっかり正気を失っていると思いましたが」
「ただでさえスダイバーがヘマしたんだ。これ以上立場を悪くする訳にはいかねえ」
「その通り」
 スーツの社員たちの背後には武装した人が。私たちは今たった3人。何も出来るはずがなく。ディガブロは社員達に連れられて行きました。
「ディガブロオオォォッ……!」
「…………」
 ……こんなの、こんなの……黙っていられる訳ないじゃないですか。
「カーティルどこへ?」
「無能なバルガルはここでわんわんと泣いてればいいです」
「泣いてなんかッ……! 何する気だ?!」
「やることなんてひとつに決まってるじゃないですか。ディガブロの拘束を解いて、スダイバーの名誉を回復するんです。……いつものCancer Removalを取り戻すんですよ」
 はっ、としたようなバルガル。いつもスダイバーが青いと言っていたのがわかる気がします。でも私はそういうとこ嫌いじゃないです。
「わかった。俺は何をすればいい?」
「まずは情報を集めましょう。何もかも足りません」

「随分質素な部屋だな」
 バルガルを引き連れマンションにある一室へと案内しました。ベッドとパソコンデスクしかない部屋。我ながら女の部屋っぽくないなと思いつつ。
「デリカシーのない人ですね。モテませんよ」
「なぁにぃ?!」
「と、ジョークはさておき……。ここはいくつかある隠れ家ですから」
「なるほどな」
 ここは複数あるセーフハウスのうちのひとつ。転々とすることで襲撃されにくいようにしています。
「本当の私の部屋はもっとかわいいです」
「何で主張した」

「ディガブロがどこへ行ったかわかるか?」
「社内の監視カメラは……ああ駄目、やっぱり。もう私にその権限はないみたいです」
「……そうか」
「でも、街中の監視カメラなら……あった」
「郊外か……遠いな」
「ナビゲートします」

 バルガルは郊外へと車を走らせました。スピーカーモードで私と会話を続けます。
「バルガル。製薬企業キュリーメディカルの子会社、フォーミュラを覚えていますか?」
『ああ。……何しろスーサイドダイバー事件で俺たちが襲撃した場所だ』
「そのフォーミュラであなたたちを襲撃した部隊ですが……我が社キュリーメディカルの部隊です」
『はぁ?! 何でライバル会社をウチの会社が守ってるんだ?!』
「さらにフォーミュラ社の訪問記録をたどりました」
『ハイドの野郎……我が社の弟ぎみじゃないか』
「そうです。弟派がキュリーメディカルと繋がっていました。フローレン・ファーマシーの兄派を抹殺し、乗っ取ろうという計画を立てて。表向きはキュリーメディカルが我が社の一部役員を殺害した、ということになるでしょう」
『そうすればいずれ弟がボス……ってことか』
「スダイバーはもちろんそんなことは知りません。ですが非常にまずいタイミングでした」
「黒幕は弟か」

「バルガル」
『どうしたカーティル』
「アンジェラ」
『あん?』
「私の本当の名前です。アンジェラ。これが終わったら私の本当のかわいい部屋に招待します。約束ですよ」
『……ああ、約束だ』
「忘れないでください」
『……忘れないさ』

 バルガルが目的地についたみたいです。廃工場とは名ばかりの一部真新しい区画や可動している設備がありました。
 ドドドド、パンパン、タタタ
 そんな銃声が屋外から聞こえる。
「けっ、バルガルの奴やっと来たか」
 銃声を合図に椅子に縛り付けられたディガブロが脚で見張りを引っ掛ける。転ぶ見張り。拘束されたまま後ろ手で見張りの拳銃を拾い、撃つ。
「ぐあっ……!」
 悶絶した所を頭突きで追い打ち。気絶した。
「あー……これ痛てえからやりたくなかったんだけどよ」
 ゴキリ。片腕の関節をはずし椅子から離れる。工場はいくらか工具が残っているようでチェーンカッターで脚と手の手錠を断ち切る。

 バルガルが廊下の曲がり角で止まる。……誰か来る。素早く銃を向ける。お互い銃口が額に向かう、が顔を確認して止めた。
「バルガル」
「ディガブロ!」
「青二才が俺を助けに来るとはなあ」
「ディガブロ、俺たちとスダイバーを襲ったのは弟派だ」
「……あん?」

「そういうことかよ……」
 ディガブロが目に見えて青筋を立てている。
「カーティル! 聞こえるか、ディガブロは無事だ」

「よかったあ……!」
 スダイバーも死んでディガブロも、となれば流石にそれは私も嫌だった。
「ディガブロ、バルガル、気を付けて帰っ」
 カチャン。マンションの玄関が開く音だ
「え」
 待って。この部屋の合鍵なんて誰も。ずかずかと靴のまま廊下を進む音。
『どうしたカーティル』
「バル」
 パシュン。
 乾いた発砲音。
──こんなことになるなら言っておけばよかった。私はバルガル、君のこと結構……

 質素な部屋に血溜まりを枕にカーティルが横たわっている。呼吸をするように毒舌を振るう彼女はもういなかった。
「あああああああ、カーティル……!!」
 バルガルが慟哭する。遺体を抱き上げるとまだ温かい。

「別れは済ませたか」
「ああ」
 バルガルはカーティルの遺体をベッドに置き、カーティルの瞼を閉じてきた。意味はないのかもしれないけど、冷たい床に転がされるのが耐えられなかった。
──あとで墓を作ってやらないと
「ブッ殺してやる……!」
「ディガブロ奇遇だな。俺もそう思っていたよ」
 乗車する二人。弟の居場所はカーティルが残していた。
 激高した獣がネオンを駆ける。

●破壊された者
 カーティルは律儀で有能な女だ。事の顛末を兄派にすべて送信していた。
 俺はバルガルの運転する車に乗っていた。
「バルガルお前。カーティルがバルガルのこと好きなの知ってたか?」
「ブオッ、いきなり何だ……。そうだったのか?」
 バルガルが噴出した。こんな時、でなければ俺は盛大にからかっていただろう。
「ああ、スダイバーが言っていた。『ありゃ恋する乙女のツンデレだ』だとよ」
「知らないのは俺だけかよ……」
 ため息をつくバルガル。
「……こういう話は酒の場でしたかったな」
「……ああ」
 ただの居酒屋。安い酒。そこそこの飯。酒を浴びるように飲んで酔っ払って、バカ騒ぎがしたい。車窓を流れるネオンはいつも通りなのに、なぜか今日は遠く感じた。
「また出来るさ」
 バルガルが言う。その横顔はいつになく頼もしく見えた。

 再びフローレン・ファーマシー本社。俺とバルガルは攻撃の手を止めず、歩み続けていた。狙いは弟・ハイドだ。
 一人の警備兵と取っ組み合いになる。そこをバルガルが横から仕留める。
 警備兵の死体を盾に前へ前進。俺に注意を引かれている隙にバルガルが弾を打ち込む。俺は姿勢を限りなく低くし接敵。下から天井を撃つように敵を撃つ。
「流石に数が多いな!」
「……バルガル」
「あん?」
「先に行け」
「はぁ?! この数をお前ひとり残せって言うのか?!」
「スダイバーとカーティルの仇を討て」
「……」
 バルガルが何も言えないというような顔をしている。
「……死んだら殺してやる」
「ははっ、いいねえ! テメエのケツを持つんだ。後でおごれよ!」

『網膜認証ロックです。IDを』
 銃で撃ち付ける。
『ガガッ……認証しました』
 オートドアが開く。
「ひっ」
 絞られたネズミのような声を出した男……こいつがハイドだ。
「は、はは、は、君やるじゃないか。その腕を買おう。今の給料の3倍でボク直属の部下に」
「うるせえ死ね」
──ドンドンドンドン
 弾倉を撃ち尽くすほど、怒りのような銃声が鳴った。

「バルガル、殺ったか?」
「ああ、仇は討った」
「……じゃ残りの問題はここをどうやって脱出するかだな」
「難問だな」
「! グレネード!」
 ゴン、ゴロゴロ。と転がって来る手榴弾。だが、
「不発……」
 俺の頭に最高で最悪のアイディアが浮かぶ。
「おい、バルガル。お前だけ行け」
「は?! ディガブロお前何、」
 バルガルの言葉は最後まで聞かず、手榴弾を拾い俺は駆けだす。
「テメェらだけでも道連れだ!」
「おい、ディガブロ! ディガブロォォッ!!」
 爆発。轟音が響いた。

──はぁっ、はぁっ、はぁっ……はぁっ、
 狭い路地へと入る。息苦しい。汗をぬぐう。スダイバーの汚名は返上された。だが
「スダイバー……、カーティル、ディガブロ」
 何も残っちゃいない。地位も名誉もいらない。どうして俺ひとり残っている?
──いつものCancer Removalを取り戻すんですよ
 そう言ったのはカーティルだったか。そうか、俺は心地いいと感じてたんだ。あの場所に。スダイバーと仕事がしたい、カーティルの憎まれ口が聞きたい、ディガブロと馬鹿がやりたい。
 ……でもいつかはこうなるんだ。死と隣り合わせの仕事だ。それを忘れるくらい楽しかったんだ。
 ……俺が死ねばよかったんだ。

 俺はどうして残っている?
「ああああああっっ……!!!!」

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