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労働者という男

登場人物一覧

鹿王院 ミコト(p3p009843)
合法BBA
鹿王院 ミコトの関係者
→ イラスト
鹿王院 ミコトの関係者
→ イラスト


 石造りの家々が立ち並ぶ街並みに、イチカが足を踏み入れたのは昼時は少し過ぎたあたりの頃。
 果物、絨毯、使い古したモバイル端末。雑多な売り物が所狭しと犇く市場を抜けて、住宅街へ。建物と建物の間に吊り下げられた紐が、ぶら下がる洗濯物を支えている。
 今日はからりと晴れたもので、連日の寒さを警戒し、分厚く着込んできたのを少し後悔し始めた頃だ。
 イチカは既に、この街の奇異を察していた。
「だって、ここまでだぁれも見てねえもんな」
 果物のような食品が、そのまま放置されているというのは考えられない。洗濯物を吊るしたまま、引っ越すような奴はいない。
 この街は、突如として、つい先程、人間が消失しているのだ。
 手の込んだ、あからさまな異質。こういう時はたいてい、
「罠だわな」
 住宅街の道筋。上り坂に差し掛かった頃。石畳の道の向こうで、こちらを見下ろす影があった。
「鹿王院イチカとお見受けする」
 低い声だった。スーツにサングラス。スキンヘッド。体のあちこちに、入れ墨が見えている。
「なんていうか、如何にもって感じだな」
 男は、イチカの言葉に答えず、両の拳を軽く開いたままファイティングポーズを取る。
「おいおい、マジかよ」
 驚くのも当然だ。罠と気づいた頃から、周囲の気配は探り続けている。大勢が押し寄せ、多勢に無勢、イチカを確実に仕留めるための部隊が潜んでいるものとばかり思っていたが、男の構えでそれが誤っていたのだと悟る。
 男のそれは、ひとりと相対するものだ。この期に及び、男以外からは微塵も殺気が感じられない。このスキンヘッドの男は、標的を罠に嵌めておきながら、サシの勝負を望んでいるのである。
「個人的な恨みはないが、始末させてもらう」
「おいおい、人を殺そうってのに、随分な態度じゃねえか。もうちょっと申し訳無さそうにしろよ」
「こちらの都合だけで他人の生命を奪おうというのだ。許しを乞うて良い筈がない」
「そら生真面目なこって」
 言いざま、取り出した短機関銃で適当に狙いをつけて引き金を絞る。奇襲と銃撃。術者というものは、自分の術式に絶対の自信があり、あらゆる手段にそれを用いる傾向が強い者が多い。また、それを他者も同様と捉えがちだ。
 イチカにすればそれは明確な隙に過ぎない。殺し合いというのは生き残ってこそ。指先ひとつで片がつくのなら、それに越したことはなかった。
 だが、ある程度上位の戦闘者となると、そのあたりも心得ている。
 スキンヘッドの男が空中を指先で撫でると、六芒星を中心とした魔法陣が浮かび上がり、銃雨のことごとくを防いだ。金属同時がぶつかり合うような硬質の音がして、鉛玉があらぬ方向へと跳ね返る。
 その動作の滑らかさに、イチカは思わず口笛を吹いた。
「へえ、西洋魔術かよ」
 魔術、魔法と言った呼び方をされる技法である。それも、銃弾をあっさりと凌ぐ程となると非常に高い熟練度を示している。だがその反面、特化し過ぎた能力は汎用性に欠ける。これ程の防御力を持つのなら、男の見た目に反し、攻撃性のレベルはさほどではないと踏んで、イチカは一気に距離を詰める。
 拳による正面からの打突。だがこれは防がれることを前提としたフェイク。顔を狙った攻撃で視界を防ぎ、見えない角度から別の打突を入れ―――腹部に強い衝撃。イチカの身体は地面と水平に吹き飛び、坂道でバウンドし、後方の壁へと叩きつけられた。
「――――――ごほっ」
 詰まった呼吸を痛みとともに吐き出す。
 腹を殴られたとわかったのは、背を壁にぶつけられてから。衝撃は全身に巡り、吐き気による倦怠感が一気に支配する。
 しかし、それで休ませてくれる程、殺し合いという壇上は優しくはない。笑う膝を叩いてお越し、背中を壁に預けたまま立ち上がる。
 その間も、イチカは賢明に頭を巡らせていた。
 理屈が合わないのだ。
 銃弾をあっさりと防ぐだけの防御魔術。それを有しておきながら、見た目通りの攻撃術式も持ち合わせている。
 無論、高レベルの実力者なのだと言われればそれまでだが、それならば、イチカひとりの為にこんな大掛かりな罠を仕掛ける必要がない。
 何か、その攻防を両立させているカラクリがある筈なのである。寧ろそうでなければ、イチカには万にひとつの勝ち目もない。
「どうなってんだ……」
「キミの疑問は正しい」
 だが、論理立てた理屈を構築するよりも早く、スキンヘッドの男本人から解答はやってきた。
「…………あ?」
「私はキミのことを遥かに凌ぐ実力者、ではない。今の一撃と銃弾を防ぐ魔法。その両立を果たしている仕掛けが存在する」
「じゃあ、それが何なのか教えてくれよ」
 なんて、言うわけがないかと脳内で自重したというのに。
「『変換』だ」
 まさか、本当に答えを返してくれると思わなかった。
「私が使える魔術はそれだけだ。キミも知ってはいるだろう。力を別の力に変える魔術、『変換』を使用している」
「いや、言っちゃうのかよ」
「む……すまない。確かにキミの言うとおりだ。自分の努力をひけらかすなど、未熟者のやることだな。みっともなくて済まなかった」
 そう言うと、男はまさかこの場で頭を下げて謝罪をするものだから、イチカは思わず毒気を抜かれてしまう。
「いや、そうじゃなくて」
『変換』。確かにそのような魔術はイチカの知識にもある。防御力を攻撃力に変換した。そういう概念的な処理を行ったのだとすれば、一応、その両立は可能である。
 だが、一応、だ。
 変換の魔術は効率が非常に悪い。十の力を変換したとして、その結果は一に届くかどうか。意味合いが薄いのだ。だから、この魔術は存在するだけで実際の現場で使用されることはまずない。
 だがこの男は、使える魔術が変換だけだと言った。ならば、その変換効率を極めたのだろうか。十の力をそのまま十とは言えずとも、八や七に及ぶ高効率の術式を組み上げたとでも言うのだろうか。
「その通りだ、鹿王院イチカ」
 スキンヘッドの男はこちらの疑問を察したのか。大きく頷いてみせた。
「マジかよ……」
「うむ、確かに変換魔術の効率は非常に悪い。よって、私は元になる力を膨大化させることでその結果を高めることにしたのだ。十の結果が欲しいなら、元の力が百であればいい」
「………………は?」
 思っていたのとは違う答えにイチカの目が点になる。言っていることは間違っていないが、現実的ではなさすぎる。この男は何を言っているのだろう。
「そして、私が鍛え上げた力とは、筋力。筋力を日々鍛え続けることにより、その十分の一の防御力を向上させ続けることが可能なのだ」
 馬鹿だった。この男、マッスルで魔法を使っている。
「さて、おしゃべりもここまでにしよう。鹿王院イチカ」
 男の手がこちらを向き、同時に会話時間で回復したイチカが横っ飛びに回避する。イチカがさっきまで居た場所に、横向きに稲妻が流れていた。
「筋力を電力に『変換』した」
「何でもありかよ……!?」
「む……どこだ?」
 スキンヘッドの男が周囲に視界を巡らせる。しかし、稲妻が壁を壊し、砂埃が上がったせいでうまく身通すことができない。
 だが、この状況ではイチカも男の姿を捉えることもできないと踏んだのか。その場から足音を立てずに数メートル移動し、砂埃が晴れるのを待とうとしたところで、背中から銃弾を浴びて男は崩れ落ちた。
「なに……!?」
 どうして見つけられたのか。それもわからぬまま、視界が晴れると、後ろから近づいてくるところだった。
「視界を悪くしたのは失策だ。俺、家の中でも『眼』が良い方なんで」
「……教えては、くれないのか」
「そりゃ、アンタみたいに優しくはねえさ。あ、もしもし、ばーちゃん?」
 勝負はついたと見て、イチカはどこかに電話をかけ始める。男もそれを理解しているのだろう。余計な抵抗を見せようとはせず、勝負の結果を受け入れていた。
「うん、うん。いや、それが面白くってさ。ばーちゃんも見る?」
 そう言って、イチカは男の顔にモバイルの画面を向ける。テレビ通話になっているのだろう。その画面には少女の顔が映っていた。
『ほっほーん。確かに術者とはそぐわぬ鍛え方をしておるの。本当に、筋力で魔力を補っているのかえ?』
「ああ、その通り、だ……」
 痛むだろうに、男は律儀にも言葉を返す。
 その答えに画面の中の少女は噴き出したように笑い出した。ひとしきり、腹を抱えて笑い終えると、笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながら、イチカに告げる。
『良いぞ、その男、連れて帰ってくるのじゃ』
「マジかよばーちゃん。話わっかるぅ」
『それはそうと、雇い主はこっちで洗っておくでな。まっすぐ帰るんじゃぞー』
「へえへえ、寄り道しませんよ」
 通話終了。何がなんだかと言った顔をする男に、イチカが声をかける。
「いや、アンタ面白いから、気にいっちまってさ。よかったらウチこねえ?」
 驚いた顔。その後、納得といった顔。男は身体を起こすと、頷いた。
「了承した。守秘義務故に依頼人のことを私から離すことはできないが、敗者として可能な限り、勝者には従おう。何より、私個人はキミのことを悪く思っていない」
「そりゃどーも、って、もう動けんの?」
「うむ。筋力を回復力に『変換』した」
「ほんっと何でもありだな。でもまだ痛ぇだろ……」
「うむ、筋力を鈍感力に『変換』しなければ耐えられない」
「マジでなんでもありなの!?」
「何でもではない。力と認識できるものだけだ」
「いや、なんかほんと真面目だなアンタ。そいや、名前は?」
 それが、イチカとプロレタリアの出会い。実際にチームを組むまではまだ紆余曲折あるものの、これが始まりであった。

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