SS詳細
愛玩
登場人物一覧
自作シナリオに使うNPC設定を練っていたら派生SSができたんですよ。ちなみに先生を参考にしました! ――by豪胆な図書室常連生徒
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人間の身体は、脆い。自分たちと「同じ」にしようにも、急げば肉体が崩壊し、精神も己の変化に耐えられず人の心をなくしてしまう。だから気に入った人間を愛玩の対象にしようと思うのなら、ゆっくり、ゆっくり、慣らしていく必要がある。
「ああ、天使様。弱き我らにどうか、力を」
手を組み合わせている少女は、目の前を通り過ぎる僕に見向きもしない。僕がかつて天使と呼ばれたことなんか知りもしないで、姿形も分からない誰かに向かって祈りを捧げている。
つまらない、と思う。人間なんて、都合よくこちらの存在を定義する生き物だ。「天使」がこの星の外から来ただとかいう事実や、その生き物自体には見向きもしないで、都合の良い部分だけ享受しようとする。人間のそういう部分が嫌いで、もう百年ほど「天使」の役割を放棄している。
天使でなくても、この星で生きていく方法はたくさんある。見目麗しい青年の姿をとって、人間に紛れて過ごしていくことだって、できてしまう。うまくやれば人間と共に「生活」することだって、できるのだ。
この世にいる人間のほとんどには興味はない。だけどただ一人だけ、気に入った人間がいる。彼との「生活」は他の何にも代えがたいほど魅力的で、蠱惑的だ。
「セス、ただいま。仕事貰ってきたよ」
共に生活している人間――セスは居間にいなかった。大方空を眺めているのだろうと階上へ向かえば、彼の長い髪が風に揺られているのが見えた。
「何か見える?」
僕が問いかけると、彼はようやく僕が帰ってきたことに気が付いたらしかった。部屋に散らばりかけていた自身の半身を人間の形に整えて、それからゆっくりと頷いた。左右で色の違う瞳の焦点が合わさって、僕を真っすぐに見つめた。
「ああ、戻っていたのですね」
「うん。たった今」
セスが腰かけていた窓際に僕も腰かけると、彼は僕に場所を譲るように端に寄った。空いた隙間を詰めるように片手をそこに置くと、セスは「何かあったのですか」と口にした。
「ううん。何も? セスこそ何もなかったよね」
「ええ。もう長らく外に出ていませんし」
「ならよかった」
彼の手に自分のそれを伸ばして、細い指先をなぞる。人の形にまとめられた黒い靄はたしかに指らしいけれど、つつけばそれが人でないことを教えてくれる。しばらくそうして彼の身体をいじっていると、彼は「何かあったのですね」と指先の形を変えた。
「うん、まあ。天使に祈る人間を見たんだ。今日は、たくさん」
だから君が恋しくなっちゃった。
冗談めかして言うと、彼はそうですかと頷いた。
セスの表情の変化は控えめだから、こういう時でも何て思っているのか察するのは難しい。だけど彼が僕自身のことを見てくれていることは分かるから、セスも嫌がっていないのだと解釈したくなる。
「ねえ、セスはいつになったら僕と同じになれる?」
セスの身体は、もう半分ほどが僕と「同じ」になっている。彼の胸から下は黒い靄に変えられていて、彼の意思に合わせて蠢く。
「もう半分も食べちゃったけど、もっと食べていいんでしょ」
最初に出会った時、僕はこんな青年の姿じゃなくて、本来の姿をとっていた。宇宙の外の存在である「それ」に発狂せず、真っすぐにこちらを見てくれたのは、セスだけだった。
「臓器はあと何が残ってる? もうこの辺りはなくなったよね」
彼の腹のあたりに手を差し込むと、彼はほんの少し眉を寄せた。痛覚は鈍くなっているはずだが、身体をかき混ぜられるような感覚はあるらしい。
僕が黒い靄を掻きまわすと、細い息が彼の唇から漏れた。その反応が可愛く見えて、何度も繰り返してしまう。
「こんな身体じゃ外に出られないね」
彼は望んで自分自身を対価に、宇宙を常に見つめるための片目を得た。それどころか、一緒に居られる時間が長い方が宇宙の話をたくさん聞けるからと言って、異形に少しずつ変えられていく行為も、こういう「遊び」も受け入れてくれている。それが僕は嬉しくてたまらないのだ。
「そうしたのは貴方でしょう」
彼の声は淡々としていた。事実を述べただけと察するのは容易かったが、僕の中に駆け巡った感情はまた別のものだった。
彼に突っ込んでいた手を引き抜いて、そのまま彼に抱き着く。彼が窓から落ちないように気を配りながら、その首に頬を摺り寄せた。
「存外、貴方は寂しがりですね」
「セス、好き。大好き」
君がいないとだめになっちゃった。そう告げると、セスは「もう知っています」と返してくる。
セスともっと一緒に居たい。僕が本来の姿になっても、ずっと。だから、ゆっくり毒と狂気にならしていこう。
彼の肉体から零れる靄に触れながら、ひっそりと笑みを浮かべた。
何があっても、君を離さない。
おまけSS『読後』
自分と同じ名前で似たような性格の人物が出てくる物語を読む機会は、そうそうないだろう。
物語が綴られた用紙を生徒に返して、セスはそれから内心首を傾げた。
知識は問いに答える為に必要なものである。自身の探求心を満たす為だけにセスは動くことをしないため、知識の代償に心身を差し出すという行為が不思議だった。
それに自分の身体は肉体でできていない。だから血肉を対価にもできないのだが、この生徒はこの身体が機体であることを知らないのだった。
「生き物は強欲ですね」
セスが呟いた言葉に、生徒は満足気に笑みを返した。
「だから何処までも行こうとするんですよ。先生」