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お祝いの日は、とびきり

登場人物一覧

ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)
月夜の魔法使い

 リコリスの家に行くのは、もう何度目かになる。そろそろ一人でも行ける頃かとは思うが、カネルがいつも迎えにきてくれるから、その好意に甘えている。
 今日はいろいろな食材とリコリスへのプレゼントを鞄に入れているから、荷物はいくらか重たい。だけどじっとこちらを見上げているカネルが可愛くて、前に来たときと同じように抱き上げてしまう。

 尻尾を振っているカネルを抱えて歩くことしばらく。道が開けて、見慣れた家が見えた。薬草を外に干しているリコリスの姿がそこにあって、ジョシュアは思わず微笑んだ。

「リコリス様。こんにちは」
「あら、ジョシュ君。いらっしゃい」

 彼女は照れ臭そうに笑って、それからジョシュアが抱えている荷物と、ジョシュアからなかなか離れようとしないカネルを交互に見た。「重かったでしょう」と労わるように呟いて、嬉しそうに表情を崩す。

「さ、中へどうぞ」

 通されたキッチンには、先ほどまでお菓子を作っていたのだろう、まだ甘い香りが残っていた。何を作ったのかと尋ねると、彼女はいたずらっぽく笑った。

「それは食後の楽しみよ」

 今日はリコリスの誕生日のお祝いだけれど、ジョシュアにおいしいお菓子を振る舞うことを、彼女も楽しみにしているらしい。こちらに喜んでほしいと思ってくれていることが嬉しくて、ジョシュアもそっと笑みを浮かべた。

「僕もおいしい食事が作れるように、頑張りますね」

 リコリスは、毒の精霊である自分を受け入れてくれた人だ。彼女に教えられてミエルを作ることもできたし、日々のやりとりから、たくさんの温かさをもらっている。
 救われている。そう思うことは何度もあって、だから今日は感謝を込めて誕生日をお祝いしたいのだ。

「では、キッチンお借りします」

 人のために料理をする機会は多いとは言えないけれど、自分のために料理をするよりも好きだ。喜んでもらえたり、おいしいって言ってくれたりする人がいるのは、やはり胸が温かくなる。

 最初に作るのは、オニオングラタンスープ。玉ねぎの甘さとうま味がたっぷりの一品だ。

 玉ねぎを薄切りにして、にんにくと共にあめ色になるまで炒める。コンソメを入れてから煮立たせ、塩コショウを加えてから器に分ける。

「ジョシュ君、お料理上手なのね」

 褒められて、頬が赤くなるのを感じる。「そんなことは」と言いかけたけれど、過去にエリュサのために料理をしていたことや、時折料理を教えてもらったことを思い出した。だから、照れ臭かったけれど、「ありがとうございます」と返した。

 スープにバゲッドとチーズを載せ、オーブンに入れる。焼き上がるのを待つ間にレタスを千切って、薄く切ったトマト、茹でておいたエビを載せて、サラダにする。

 出来上がったオニオングラタンスープを取り出すと、コンソメとにんにくの香りがふわりと漂った。茶色に色づいたチーズが綺麗だ。

「おいしそうね」

 にこりと微笑むリコリスにジョシュアもまた笑みを浮かべて、スープが冷めないように器に布を被せた。

「もう一品作るので、もう少し待っていてくださいね」

 ほうれんそうや卵、ベーコンをキッチンに並べると、リコリスが「オープンオムレツね」と嬉しそうな声をあげた。

「ええ。今日は、大切な日ですから」

 リコリスはオープンオムレツが好きなのに、普段はなかなか食べられないという。そんな彼女にとびきり美味しいものを食べさせてあげたくて、何度も練習したのだ。

 美味しいと喜んでもらえますように。そう思いながらベーコンとほうれん草を食べやすい大きさに切った。

 ベーコンを炒めて、そこにほうれん草を加えてさらに炒める。溶き卵に炒めた食材を入れて、チーズや塩コショウを入れて、よく混ぜる。

「おいしくなあれ」

 リコリスの真似をして、魔法の呪文を口にする。イリゼの雫は使っていないから、彼女と同じ魔法をかけているわけではない。だけどこの気持ちは料理に乗せられて、彼女に届くのだと思う。

 フライパンに食材を混ぜた卵液を流しこんで、少し待ってから数回ぐるりぐるりとかき混ぜる。火を弱めて蓋をし、じっくり加熱する。
 途中でオムレツをひっくり返して両面を焼き、中まで火が通ったら完成だ。

 切り分けたときに見えた断面には、ほうれんそうの緑とベーコンのピンク、それから卵の黄色でマーブル模様が描かれている。今まで一番おいしそうにできて、思わずほっとした。

「それでは、食べましょうか」

 きっと美味しくできているとは思うけれど、実際に食べるまでは分からないものがある。ちょっぴりどきどきしながらリコリスの方を見ると、彼女は楽しみだと言うように微笑んでいた。

 オムレツをそれぞれの皿に移して、出来上がった料理たちを並べる。二人で席についてから、ジョシュアは一つ息を吸った。

「リコリス様、お誕生日おめでとうございます」

 料理をわくわくとした様子で眺めていたリコリスの頬が、ぽっと赤くなる。彼女の瞳がゆっくりとこちらに向けられて、その表情がふにゃりと柔らかくなった。

「ありがとう。祝ってもらえたのは久しぶりだわ」

 優しく告げられた言葉には、彼女を長い間取り囲んできた孤独が滲んでいた。
 リコリスの過ごしてきた過去は、ジョシュアが経験してきたものに似ている。だからこそ、この日を楽しい思い出で埋めてあげたいと思うのだ。

「今日が、リコリス様にとって素敵な日になりますように」

 二人そろっていただきます。リコリスが最初にフォークを刺したのがオープンオムレツで、ジョシュアはそわそわとした気持ちで彼女の言葉を待った。

「おいしい」

 ああ、よかった。思わず息を吐き出していた。先ほど林檎のようになったばかりの彼女の頬が再び色づいているのを見ると、お世辞ではなくて、本当に喜んでくれているのだと分かる。

「最初に食べたときから、ずっと好きな料理なの。でもここだとあまり食べられなくて」

 聞けば、リコリスが住んでいる場所も近くの街も、あまり卵が手に入りやすい場所ではなかったらしい。最近ようやく安定して流通しはじめたばかりのようで、今まではあまり食べる機会がなかったとのことだ。

「本当に、おいしいわ」

 嬉しそうに食べるリコリスにならって、ジョシュアもオープンオムレツを口に運ぶ。柔らかいほうれん草がふんわりと卵に包まれていて、噛むと口の中で崩れていく。チーズとベーコンの塩気も丁度良いし、今までで一番の出来栄えに口元が緩んだ。

 オニオングラタンスープも、バゲッドに甘い玉ねぎの味が染みこんでいて美味しかったし、サラダも混沌世界で作ってきたドレッシングが野菜に良く合うと好評だった。
 喜んでほしいと思って何度も練習したし、今日も一生懸命作ったけれど、こんなに嬉しそうに食べてもらえるとは思ってもいなかった。作った甲斐があるというものだ。

「誰かと一緒に食事をするって良いわね」
「ええ。僕も、そう思います」

 たくさんの温かみをくれた彼女と共に囲む食卓には、優しさが溢れている。彼女も同じように思ってくれていることが嬉しくて、ジョシュアもそっと笑みを浮かべた。

「実は、贈り物があるのです」

 隠しておいた箱を取り出すと、彼女はほんの少し驚いて目を丸くした。貰っていいのか、とその瞳に聞かれている気がして、ジョシュアはこくこくと頷く。

「虹色珊瑚、というものがありまして。それを、ブローチに加工してもらいました」

 リコリスの誕生日のことを聞いた頃に、虹色の光沢を持つ珊瑚のことを知った。イリゼの雫の「イリゼ」は「虹」という意味だから、贈り物にするのならこれが良いと思ったのだ。
 夏に海で拾ってからどんな形にするか迷っていたが、ついこの前、決めることができた。

「開けてもいいかしら」
「もちろんです。よかったら、つけてみてください」

 尻すぼみになっていくジョシュアの言葉に微笑んで、リコリスはジョシュアの手から箱を受け取った。

 贈り物をするのは何だか照れくさくて、ちょっぴり緊張して、目を合わせるのが難しい。箱にかけたリボンを解いていく彼女の指先を見ながら、彼女の反応を頭に思い浮かべた。

「まあ、綺麗」

 彼女の唇から、小さな息がこぼれ出る。同時に呟やかれた言葉が、ブローチの上にゆっくりと落ちた。

「これ、もしかしてフルリール?」

 赤くなる頬を押さえて、ジョシュアは頷いた。

「それから、実の部分が、虹色珊瑚で出来ています」

 彼女らしいものを贈りたいと思っていたが、やはりリコリスといえば「イリゼの雫」だ。作るところを見せてもらって、加工するならこの形が良いと思ったのだった。

 リコリスの瞳が、静かに潤んでいく。そして丁寧な手つきで、彼女は胸にその虹色を輝かせた。

「似合う?」
「ええ、とても」

 目元に浮かんだ涙を拭って、リコリスはそっと言葉を紡いだ。

「こんなに嬉しい誕生日は初めてよ。本当に、ありがとう」

 胸元のブローチを指先でそっとなぞりながら、彼女は微笑む。その表情を見ていると、ジョシュアの胸にもまた、温かな光が灯ったように思えたのだった。

「リコリス様に出会えてよかったです。これからも、よろしくお願いします。

  • お祝いの日は、とびきり完了
  • NM名花籠しずく
  • 種別SS
  • 納品日2022年11月16日
  • ・ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462
    ※ おまけSS『タルト』付き

おまけSS『タルト』

 食事の後にリコリスが取り出したのは、かぼちゃがたっぷりと使われたタルトだった。一口食べると、かぼちゃの優しい甘味がたっぷりのプリンに、バターがたっぷり使われたタルトの香りが混ざりこむ。甘すぎない味とさくさくしっとりとした口あたりで、とても美味しい。

「気に入ってくれてよかった」

 リコリスはそう微笑んで、レシピの本を眺めていたときに、今日これを作ろうと思ったのだと話してくれた。

「なんだか、ジョシュ君に食べさせてあげたいって思ったの」
「そうだったのですね。何だか嬉しいです」

 照れ隠しに、膝の上のカネルに視線を落とす。カネルはそこですっかりくつろいでいて、撫でると気持ちよさそうに目を閉じた。

「今日はカネルも嬉しそうだわ」

 ゆっくりと目を細めるリコリスの胸は、虹色のブローチで彩られている。その輝きが目に入る度に、彼女の大切な日を祝えてよかったと思えた。

 タルトにさくりとフォークを刺して、口に運ぶ。先ほどよりもおいしく感じられて、ジョシュアはその優しい甘さを大事に味わうのだった。

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