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深紅の空は、まだ遠く
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しばらく、顔を伏せて考え込む時間が続いていた。
珈琲が乾いてしみになったマグが片付けられて、満たされたものがやってきて。幾度となくそれを繰り返されてなお、頭の中は晴れずにいた。
取り乱してはいなかった。ひどく心は落ち着いている。少なくとも自分にはそう感じられていた。
「イーリンさんがイーリンさんでなくなる結末……ね」
それが、どうしたというのだ。
悲劇的な結末。
喪失――自分目線で見れば何も変わらない事実としてそこにあるだけだった。
初恋だった。
だったというのはおかしいだろうか、今なお好きでい続ける気持ちには変わりはないのだから。だけどもその初恋は逃げられぬ袋小路なようなもので、恋人のいる彼女に、より強く魅力的な
イーリン・ジョーンズはどうするであろうか。
やることが終わればもといた世界へと戻るのだろうか。結婚して幸せに暮らすのだろうか。それとも成すべきを果たせずに敗北し、朽ちていくのであろうか。あるいはこのまま友誼を続けてどちらかが墓の前で手を合わせる関係になるかもしれない。
だがそれは赤羽旭日という個人が
今ここで聞かされた可能性も、その一つに過ぎない。
顎を上げて、どっかりと背もたれに体重をかける。
思考の海に沈んで得たもの。
深い悲しみはなかった。ただいまさら、新しい可能性が一つ加わっただけだ。
喜びも別になかった。誰のものにもならない結末や人間性の消失。このままであれば訪れる変革――それらに諸手を挙げる精神性は、持ち合わせていなかった。
ほしいものは何も得られなかった。残ったのは、きっと手の中に握り隠せるほどの後悔と迷い。
後悔――なぜ俺はこんなにも何も想わないのだろうか。確かにあの笑顔に呑まれて恋に落ちたはずなのに。その愛らしさと勇ましさのギャップに心奪われたはずなのに。あのスタイルと衣装を着こなす力、その影から覗く愛らしさに男心をくすぐられたりもしたのに。自分に出来ることで何か、彼女を守ってあげたいとすら思ったのに。
それはきっと、俺が彼女のことを何も知らないから。
迷い――彼女は何を望むのだろうか。その体質の先にある変革だろうか。それともそれを止め、人間であり続けることであろうか。ただこの混沌でなすべきことを遣り通したいという願いであろうか。それとも元いた世界へと戻り、規定路線へと戻ることだろうか。こじんを、偲び、その想いを叶えることだろうか。
俺が彼女のことを、何も知らないから。
……きっと、内容はどうであれ自分自身とイーリン・ジョーンズのことを想い、願望を吐露する人がいるであろう。
俺はそうなれない。
それが、心の奥底にこびりついた心残り。
= = = = = = = = = =
いつまでもここにいることは出来ないし、これ以上一人で考えても無駄だと結論付けて席を立つ。飲みすぎた分の珈琲代を払い外に出れば、雲の隙間から赤い夕日がこちらをのぞきこんでいた。
「そいうことなのかね……いや」
彼女の姿に重ねて、少なくても今は違うな、と首を横に振る。
結論は出ないと言ったばかりなのだ。俺が聞いた話ならきっと他の人にも伝えられてる。他の声を聞けば、イーリン・ジョーンズの声を聞けばまた、心が動くであろうと結論付けて翼を広げる。
「俺は銃を扱うより、狭い部屋で会議するより、
羽ばたき、加速する。
「イーリン……あんたは……」
――深紅の空に、紛れていく。