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ただ務めの道すがら

登場人物一覧

加賀・栄龍(p3p007422)
鳳の英雄


「いやあ仕事受けて来たんやけどな。はづみが『すぐ寄り道するからオトモつけろ』言うんやわ。せやからエータツくん、今日ひま?」
『エータツくん』こと、加賀栄龍が、久慈峰弥彦から声をかけられたのは今朝方のこと。特段、暇というわけでもなかったが、尊敬する相手にそのようなことを言われては、即応に否もない。頭の中でリスケジュールを試みようとしたところ、まだ返事もしていないのに、「ほな行こか」と半ば無理矢理に連れさられてしまった。
 いや、その物言いには語弊があるかもしれない。断ろうと思えば、断ることもできたはずだ。言葉に出さずとも、行動で示さずとも、弥彦に同行することを選んだのは栄龍の意志である。
 と、自分に何度目か言い聞かせたところで、栄龍は胸中のため息を吐いた。
 場所は屋外茶屋の赤座席。豊穣みのある出で立ちのそれに腰掛けて、栄龍は隣に座る弥彦になんとも言えぬ顔を向けていた。
 その弥彦は、お供の顔など何処吹く風かと、呑気に三色団子をぱくついている。
 早々に仕事現場に到着したため、一息入れて英気を養っている、わけではない。この場所は弥彦に聞いていたそれからはまだまだ遠く、むしろ出発した地点の方が近くさえあった。
「ええ感じの茶屋があるやないの。よってこか。エータツくん、甘いもん好き?」
 そんなことを言い出して、時間の余裕もあったものだから甘い顔をしたのが、運の尽き。先の弥彦の言葉は、三軒前の店でのことであった。
「……弥彦殿」
 なんとか、言葉を絞り出す。この自由すぎる男を、どうやったらその気にさせられるだろうかと苦悩しながら。
「どしたん? あれ、食うてへんやないの。団子嫌いやった? もろてええ?」
「えっ、あ、はい、どうぞ、差し上げます」
「おおきにー」
「いえ、弥彦殿の支払いですので」
 そうやって、もきゅもきゅと団子を頬張る弥彦。幸せそうに食らう彼の姿に、嗚呼さしあげて良かったと、栄龍が自分の行動に良を与えようとしたところで。
「いえ、違います違います」
 栄龍は我を取り戻した。意を決して言葉を絞り出したはずなのに、あっさりと流されている場合ではない。
「弥彦殿、任務には向かわなくてよろしいのですか?」
「えー、向かってるやないの」
「向かっていません。我々は茶屋で休んでいます」
「休むのも仕事のうちやで。現場ついても、ひーひー言う取ったら話なれへんやろし」
「とっくに、移動時間よりも休憩時間の方が長くなっています。このままでは現着できるかも不安なのです」
「エータツくんは心配性やなあ」
 そういうことではない。
 栄龍からすれば、自分は弥彦から『オトモ』を命じられた身である。そして弥彦の言うはづみの言葉を信じるならば、自分は寄り道する彼を急かし、現場に脚を向けさせねばならないのだ。
 役目は重要である。このままでは、栄龍は『オトモ』たり得ているとは言えないのだから。
「弥彦殿」
 少し強い語気で言うと、弥彦は降参とばかりに両手を挙げた。
「わぁた、わぁた。ちゃんと行くさかい、堪忍してや」
「ご理解頂けたなら、それで構いません」
「ほな、あとお汁粉一杯頼んだら出よな。お姉さーん、お汁粉二杯追加してくれはるー?」
「弥彦殿!?」
 理解してもらえたと思った矢先、これである。このようなやり取りが、都合三軒あったと思えば、彼の苦労の程もわかるだろう。
 遅々として道中が進まず、朝も未明に出たはずが、昼どきを向けているのはそういうわけがあった。
 頭を抱える栄龍。しかし、彼は弥彦の目がさらなる好機に包まれるのを見逃しはしなかった。
 食い終えた団子の串を、行儀悪く口先でぶらぶらとさせる弥彦。その目が、甘いものを食べていた時とはまるで別、その奥に、ギラリとしたものを覗かせている。
 その視線の先には、帯剣をした男の姿。道に面した茶屋の前を通り過ぎ、行くそれ。その姿は、栄龍の目にもなかなかの手練であると見て取れた。
 芯の入った立ち振舞。歩いているだけなのに、強者のそれを発している。
 弥彦は少しだけ息を吸い込むと、咥えた団子の串を、吹き矢のごとく、男に向けて放ち―――その即座、横合いから伸びた栄龍の手が串を握り、勢いを殺してみせていた。
「……弥彦殿」
 やや怒気を孕んだつもりで、見知らぬ達人に奇襲を仕掛けようとした男に声をかけるが、うまくいったかどうか、栄龍には自信がない。
 いまのを、よく止められたものだと自分でも思う。心臓がバクバクと高鳴っている。掴んだタイミングは完璧だったが、手を出したのは直感に過ぎない。ただ、弥彦なら人の意識の隙間を縫うようなタイミングで奇襲を仕掛けかけないと、何かを感じ取ったのだ。
「おー、やるやん」
 ぱちぱちと軽い拍手をしてくれる弥彦。奇襲を仕掛けようとした当人に言われても、何も嬉しくはない。
 戦いを好むこの男のことだ。強者を見て、血が騒いだのだろう。どうせなら、今回の任務にこそ、騒いでくれれば良いものを。
「弥彦殿、早く向かいましょう」
「せやから、お汁粉頂いてからね。ほら、もうきたで。はい、おおきに。団子の皿、先に片付けてくれはる?」
 席に置かれる汁粉の椀。これを飲んだら出発すると、弥彦は言った。ならばと、栄龍は自分の側におかれたそれを手に、中身を一気に飲み干した。
 ぐびぐびと、音を立ててどろりとした甘いそれを胃の中に流し込む。
 無論、出来立ての汁粉は熱い。飲み干したはいいが、遅れてやってくる喉を焼き尽くす感触に栄龍は胸を抑えて硬直する。
「あーあーそんな一気飲みして。もっとゆっくり頂かなあかんよ。お姉さん、彼にお水持ってきてくれはる?」
 熱さに悶える自分に水を持ってこようとする店員を手で制す。
「いえ、お水は結構。これを頂いたら出ますから、先にお代をお支払いします」
「いやいや、エータツくん、ここはボクの奢りやて―――」
「弥彦殿は早く、汁粉を頂いてください」
 少々強い語気に、弥彦は押し黙る。
「本日は、茶飲みをする弥彦殿しかお見受けしていません。もう、昼も過ぎました。そろそろ働き時でしょう。せっかく旅のお供に連れていただいたのです。俺は、早く任務で戦う弥彦殿が見たい」
 しっかりと相手の目を見て、まっすぐに。ただお願いするだけでは、ただ引っ張るだけでは言うことを聞いてくれないのだから、正面から希望を伝える。自分はこの男を尊敬しているのだ。尊敬に足ると信じているのだ。ならば、実直を持って向き合えば、それを無下にするような男ではない。
 だから、のらりくらりと躱すばかりだった弥彦の雰囲気も、ぴんと、たわんだ糸が張るように、引き締まる。
「ええよ。そこまで言われたらしゃあないな。お姉さんお勘定。これ美味しかったわ。ご馳走様」
 代金を順路へと身体を向ける弥彦。その立ち振舞が、何のことはないたったそれだけの振る舞いが何とも流麗に見えて、栄龍は思わず呆けていた。
「エータツくん、何してんの」
 その声で、栄龍は我に返る。
「きみ、ボクのオトモなんやから、ちゃんとついてこんと。かっこええとこ、見逃すで」
「は……あ、はっ、失礼しました!」
 短い距離だが、駆け足で弥彦の元へ。一旦踵を返し、茶屋の店員に会釈をすることも忘れない。
 やっと見られるのだ。その心持は喉の熱さも消し去ってしまったようで。
 代わりに、胸に滾る期待を得ながら、栄龍は弥彦のあとに続くのだった。
 ただ、栄龍は忘れていたのだ。
 このやり取りが、今日だけでもう、三度目だと言うことを。


 ほどなくして。
「お、蛋糕屋さんやでエータツくん。美味しそうやなあ。ちょっと入ってみよか。エータツくん、甘いもん好き?」
「弥彦殿ぉぉおおおおおおおお……」
 昼下がり。
 栄龍の苦悩は、まだまだ終わらないようだった。

  • ただ務めの道すがら完了
  • GM名yakigote
  • 種別SS
  • 納品日2022年11月16日
  • ・加賀・栄龍(p3p007422

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