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郷田 京の独白あるいは慟哭
登場人物一覧
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目の前で、幾人もの男が倒れて行く。
身の程知らずの悪漢を打ち倒して、気絶した彼らを見下ろす。
幻想――レガドイルシオン王国が王都、メフメフィートの路地裏に郷田 京(p3p009529)の姿はあった。
愛車に跨り買い物をしていた都の周囲を明らかに堅気ではない連中が囲ってきた。
もちろん、たかがその程度の連中に後れを取るはずもない。
鮮やかにのして、一つ息を入れた京の背中越しに悲鳴にも似た声がした。
「――どうして」
そこにあった光景に京の口からその単語が漏れた。
こちらを振り向いた男――もっともよく知っていて、最も信じていた男。
でも、どうしようもない嫌悪を拭えない男。
男に――貴道に倒された人物を見下ろして、京は声をあげた。
息絶えた男の手には鈍器。
「そこまで、する必要はないよね!」
――あそこまで、する必要はなかったよね!
今と昔がごちゃ混ぜになって、ドロドロとした黒が胸を突いていた。
驚いたようにこちらを向いた兄が大嫌いだ。
ずっとずっと昔から、彼はそうだった。
大嫌いだ、嫌いなのだと、そう思う以外にない。
酷く利己的に、
「ありがとう、でも、殺す必要はなかったでしょ……」
そうだ、ただ斃すだけなら、この兄ならそれぐらいの加減ができないはずがないのに。
だから、わざわざ殺したことが京は許せない。
「なんで、どうして、どうしてそこまでできるの!?」
ぎりりと握りしめる手に力が籠っていた。
目を瞠る貴道が驚きからか動きを止めるままに、京は詰め寄っていく。
「いつも――いつも、なんだってそう!!
アンタは、いつだって私にはできないことをする!!」
なんだってそうだった。
愚直に強くあろうと、息をするように強さを探究していく。
それは節制をほとんどせず、トレーニングだって気が向いた時だけ。
ただ自ら気ままに生きてきた京とは正反対だった。
百歩譲って、それが自分のせいだと――そうなのだとしても。
強さ以外の炊事や細々とした家事なんかも兄の方が得意だった。
何をしても、どうやっても、目の前を行く兄は頼もしくて。
逞しくて、憧れさえした時もあった。
――あぁ、そうだ、だから、なんだと思う。
「どうして、アタシが持ってないモノを、
やりたくても出来ないことを簡単にこなせるのに――」
踏みしめる脚に力が籠り、地面が微かに埋没する。
怒りのままに、京は一歩前に出た。
「どうして――どうして、いつも一緒にいた、
大切な人たちとの関係を簡単に切り捨てたの!」
その日の事を、京は昨日のように思い起こせる――いや、思い出すしかない。
初めて、兄が人を殺したのだと――最初にその話を聞いた時は、信じたくなかった。
けれど次の日から兄が、その友人が明らかに互いを避けているのを見て、納得するしかなかった。
理解できない、なのに分かってしまった。
相反するけれど、
信じたかった。信じていたかった。
いくら自らへとストイックでも。
強さへの果てなき野心に身を焦がしていても。
相手が自分達とは主張の違うグループの相手なのだとしても。
信じたかったのに――
「どうして、いつも自分を律せるアンタが、あの時は耐えられなかったんだよ!!」
きっと、それはアンタにだって大切だったはずなのに。
楽しそうに笑ってるアンタがいた。
ぶっきら棒でいても、一緒にいるアンタがいた。
よく、覚えてる。あの4人が皆にとって大切な関係だったんだって、妹である京は見ていてそう思えたのに。
「教えてよ……答えてよ。あいつを殺すのは、3人と一緒にいることより、しなくちゃいけない事だったの?」
もし、それを聞いたとしても――納得も理解も出来る気はしなかった。
それでも、応えてくれるのなら、多少なら、彼を許せるかもしれなかった。
――けれど。
答えはない。沈黙が静かに流れるばかり。
「黙ってるだけ、なんだね」
――あぁ、本当に。
嫌いだ――この世界でも、よく知った兄が大嫌いだ。
――――信じられないぐらいに、大嫌いなのに。
「アタシはッ!! どうしてッ――」
――アンタを心の底から恨めしいとは思えないんだ。
嫌いだ、大嫌いだ、きっと、そうなんだ。
いいや――そうだと、信じたいのかもしれなかった。
どうして嫌いなはずなのに嫌いきれない理由は、分かってる。
「アンタは根っからの悪人じゃないって、知ってる。
なのに、どうして、どうしてそんな風に、割り切れるんだよ。
どうして――何もかも投げ出せるの!! 分かんない、分かんないよ!!」
叫びは寂しく路地に反響する。
目を伏せるように視線を逸らして、京は貴道の横を抜けて大通りへと歩き出す。
愛車に跨って、アクセルを吹かせる。
排気音を鳴らす愛車を吹かせながら、手に力が籠る。
速度を増すバイクを何とか制御しながら、帰路を進んでいく。
ふと、あの世界にいた頃を思い出す。
先を行く兄が多額の賞金を使って手にした高級車。
洗練されたデザインのそれを乗りこなす兄の姿は、どこか誇らしかった。
あの時すでに機械いじりが趣味だった京がそれが兄が自分と歩み寄ろうとしているようにも思えた。
――けど、そんなことはなかった。
いや、もしかしたらあったのかもしれない。兄の本音なんてわからない。
少なくとも、その車のことはアクセサリーぐらいにしか思ってなかったんだと思う。
あっという間に消費して、あっという間に売ってしまっていた。
「……味がしないよ」
小さく嘆息する。
いつもなら大好きな大福が普段よりも味を感じられなかった。
「……トレーニングでもしようかな」
気分が乗るとか、そういうのじゃないけれど。
寝たら悪夢を見そうだった。何かをしないではいられなかった。
普段よりも酷く重く感じるダンベルを持ち上げて、京は深く息を漏らした。