SS詳細
ナイトレイド
登場人物一覧
飢えた野盗というのは、つくづく見境がない。
その夜も、彼らは既に三つの馬車を襲い、半年は遊んで暮らせるほどの額を手に入れていた。
「頭ァ。そろそろイイんじゃねぇですかい。塒に帰って山分けといきましょうや」
「まァ待て。確かに実入りはもう十分だ、だがここまできたらお楽しみも一つ、用意しなきゃあ勿体ねえだろ。……聞こえねぇか? 脳天気なこの鼻歌がよ」
頭、と呼ばれた一際大柄な男が顎をしゃくると、数名の男が耳を澄ませ、野卑な笑いを浮かべる。
「なるほど。ひひひ、こいつァいい夜になりそうだ」
「なるべく傷をつけんなよ。壊すと長く楽しめねぇ」
「合点」
――闇の中で、男達は静かに動いた。
次なる彼らの狙いは、宝ではなく、その鼻歌の主――少女だ。まだ年端もいかぬ容貌に、僅かに紫の色味がかった白髪、金の瞳。踊り子然としたブルーブラッドか、猫耳が二つ頭に跳ねている。ハーレムパンツにアームドレス、ケープを纏った姿は踊り子然としている。
か弱い少女がこのむくつけき男共に捕まれば、その末路が凄絶であることは疑いようも無い。
野盗たちは万全の奇襲態勢を整え――鼻歌の主が、目の前の山道に差し掛かった瞬間に、その前後を固める形で飛び出した。
「待ちな、お嬢ちゃん。こっから先は通行止めだぜ」
「――」
少女は鼻歌を止め、自分を囲んだ男達の風体を確認した。ぼろぼろの山刀に、ぼうぼうの髭。貴族から奪ったと思しき装身具。
言葉もなく男達を見る少女に、男達は下卑た笑いを浮かべていたが――
「おじさん達が、この辺りに出るっていう泥棒さん?」
少女はまるで恐れていない。声が震えることも、強がったような響きもなかった。
気づいた数人が訝るような顔をするが、首領らしき大柄な男が少女の言葉を笑い飛ばす。
「ハッ、だったらどうするってんだ。正しい教えでも説いてくれるってかァ?」
「この先の町の人が困ってるの。届くはずのものが届かないんだって。返してもらえないかな、って」
「――おいおい、おいおいおい、このガキ、正気か?」
「盗品返せって言われて返す盗賊がよ、この世のどこに居ると思ってんだ!」
「頭ァ! 足と腕くらいは折っても『使える』よなぁ?!」
色めき立つ男達に、首領は凄みのある笑みを浮かべ――
「ああ。だが顔はやめとけよ。ボコボコじゃあ面白くねぇからな」
山刀を振り下ろし、手下共を少女に嗾けた。
夜の山間に、おお、と鬨の声が湧く。一斉に五人ばかりの男が少女に目掛け襲いかかり――
「……やっぱりこうなっちゃうかぁ。なら、」
少女は――スー・リソライト(p3p006924)は、
「ちょっぴりだけ、痛くするよ」
その身を翻して地を蹴った。
踏み込みは電瞬。襲いかかった男が、翻ったその白髪の房すら見失うほどの速度。
「がぐぇっ?!」
山刀の射程、その内側に潜り込んでの蹴り。スーは非力だが、力は速度で補える。撃力とは質量と速度の乗算で定まるもの。飛び込んだ勢いのままに叩き込んだ爪先が、大の男の身体を浮かせる。
「なッ……このガキ!!」
その身体が地に付く前に、手に雷光めいて引き抜くのは短剣『Dance of death』。反りのない真っ直ぐな短剣。男達が浮き足立ったその瞬間を逃さず、スーは靴の踵をリズムを取るように鳴らし、突撃した。
正に死の舞踏、ダンス・マカブル。その戦いは舞踊めいている。さながら戦舞。
振り下ろされた剣をステップ一つで躱し、ケープを翻して距離感を欺き、短剣では届かぬと見せかけ、飾り布を掴んで振ることで飛刃めいて使い、敵の腱を、肉を斬り断っていく。
「ぎゃあっ??!」
「っでええっ、いてえぇよおっ……!」
瞬く間に七人が戦闘不能に。残る数名が距離を取りあぐね、二の足を踏む。
「テメェらそんなガキ一人に何手こずってんだ、もう良い、どけェ!!」
一喝とともに、首領が巨大な斧を振り翳してスーへと駆けた。振り下ろされる戦斧の一撃は受ければ得物ごと断ち砕かれるだろう。
スーは――しかし受けようとも、避けようともしない。その身に斧の刃が今まさに、食い込み――
「なっ」
擦り抜けた。血が散ることもなく、渾身の戦斧は地面を揺るがし耕したのみ。
残像である。スーは疾うに斧の軌道上から身を躱し、短剣の柄と飾り布を巧みに取り回して無数の銀孤を描きながら、首領の横合いより踏み込んでいる。
「悪い子にはちゃんとお仕置きしないと、ね!」
振るう銀閃、月照り返し鋭く。
駆け抜けざまに放った十重の斬閃が、首領の全身を切り刻む!
獣めいた叫びを上げて血を噴き倒れる首領を尻目に、スーは刃から血を払い、残った野盗を見回した。
「――さぁ、次に私と踊ってくれるのは、だあれ?」