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叛逆の踊り手
登場人物一覧
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「頭を上げて、神郷さん……の、赤い方かな?」
テーブルを挟んだ先、頭を下げる中年の男を前にして『猫のワルツ』スー・リソライト(p3p006924)はあわあわと両手を前につき出した。
通常、境界案内人が特異運命座標に頼む依頼は、やりたい者が仕事をこなす挙手制だ。しかし今回は、境界案内人から直々にスーへのオファーがあったのだという。それで話だけでも聴こうと境界図書館に出向いた訳だが。
開口一番、頼むと頭を下げた彼に、こうして慌てる事態になったという訳だ。
「ご明察。境界案内人の神郷 赤斗だ。今回の件をスーに任せたいと推薦したのは蒼矢も同じだがなァ」
話しながら取り出されたのは一冊の本だった。彼曰く、この世界は戦いのために音があるのだという。敵を討つため怒りを込めて太鼓を叩き、ねじ伏せるために歌声を響かせる。
そして、その世の戦争はもうじき2大勢力がぶつかる事によって終わるだろう。滅びの道を辿る形で――。
「この世界は、不思議な事にいくら音楽が発展してもダンスという文化が生まれなかった世界でもある。だからこそ、彼らの知らない文化をもって乱入すれば、注目を浴びる事は間違いないと踏んだんだ」
<物語の娘>では、皆を巻き込んで楽しいダンス。
<墓掘りの世界>では、自分の生きざまを見せつける自由なダンス。
それら全てが成功したのは、オンリーワンの魅力があったからこそ。その実績を見たうえでスーに白羽の矢が立ったという訳だ。
「要するに、私の踊りが必要な世界があるって事だよねっ?」
難しい事は分からないけれど、音楽で悲しむ世界を変える事が出来るなら……次に躍るステージはもう、決まったも同然!
「勿論やるよ!」
「恩に着る! そうと決まりゃ早速準備だ。まずは衣装選びだな」
「えっ。この服じゃダメなの?」
「当たり前だろォ? あちらの世界の人間に、少しでも注目浴びなきゃいけねぇんだからな。向こうで人気出そうな服で踊らねぇと」
平然とした顔で、まずは上着から……等と言い始める神郷の頭上にスコーン! と小気味よい音を立てて手刀が落ちる。机につっ伏した男を無視してスーの方へ滑るように近づいてきたのは、見知らぬ境界案内人の女だった。
「私がコーディネートして差し上げますわ。どうぞこちらへ」
「ええーっ、嬉しいけどアレ大丈夫なの? 神郷さん痙攣してるよっ!?」
「ナチュラルに乙女のお着換えを手伝おうという野郎に、聖女の鉄槌(物理)ですわ。そうそう。警告を無視して覗いた日には……」
捥ぎりますわよ?
(何をだよ……)
心の内でツッコミを入れながら、赤斗はそのまま意識を手放したのだった。
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着替えを手伝いに現れた境界案内人は、ロベリアというらしい。
「こういう感じでいいのかなっ?」
その場でくるりとターンしたスーの姿を見ては、腕を組み眉根を寄せいている。彼女が特にこだわっているのはミニスカートだった。
「ありがとう。
……まだ上手く戻りませんわね。仕立て屋に直しを入れて貰いますわ」
「すっごい執念だね。私は今のでも十分可愛いと思うけど……どこを直すの?」
問いかけたスーの目の前へとロベリアは急に迫り、おもむろに太ももへ触れようと手を滑らせた。
「うわわわわっ!?」
「プリーツはご存じ?」
スカートの切れ目に入っている、ひだの部分の事だ。これの数や大きさによって、動いた時のスカートの広がり方と収まり方が違うのだという。
「スーさんに軽く踊って戴いた時、畳みかけるように素早く次の振りつけに変わるのが魅力的で……その踊りについていける衣装が相応しいと思いましたの」
優雅にターンをして、終わる頃にはピタっと広がったスカートが元に戻ってきる。そういう”踊りに適した衣装”作りは、踊り手の力を借りながら、仕立屋の努力によって生み出されているものなのだ。
「詳しいねぇロベリアさん……っていうか、ち、近……」
「ふふ。アイドルの異世界を担当した時に色々調べましたのよ」
“可愛い踊り子さんね?”なんてトドメのように猫耳に囁かれ、くったり耳を垂れさせたスーへ、まだまだ着替えの洗礼は続く。
(でも、私の踊りに合わせた衣装ってスゴイかも。ここまでして貰えるなら、私も頑張らないとねっ!)
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砂埃が激しく吹き荒れる熱砂の大地。オアシスも枯れ果て、建物の残骸が砂に埋もれて見え隠れする。荒廃した大地の中、その世界では人々が飢えに苦しみながら怒りと怨嗟に満ちたメロディーを撃ち付けあっていた。
対立する2つの勢力は各々の歌姫を立て、互いに手にした扇子を敵陣へと向けあう。
「妖艶なる私の歌こそ、この熱砂のオアシス。乳むさいガキに教えて差し上げましょう!」
「清廉なるアタシの歌が、砂漠に咲いた唯一無二の花。オバサンには負けないわ!」
「「屠りなさい。これこそが聖戦です!!」」
今宵の激突が世界最大の抗争になると誰もが知り、ある者は覚悟を、ある者は恐れながら楽器を持つ手に力を込めた。先陣部隊が突撃しあおうと動き出した――その瞬間。
「遠からんものは音に聞け、近くばよって目にもみよー!!」
突然の爆発音を伴って、交戦地点にダンスステージがぶち上がった。そこに堂々と仁王立ちするのは、ダークレッドの軍服ワンピースを纏った猫耳少女。
右手に持った槍旗に掲げられた軍機は、どちらの歌姫の勢力のものでもない。夜明けの星空を模したような色合いに、金色のクロッカスと猫のシルエットが描かれたものだ。
「また私よりも若そうな女が! 小娘の差し金ですの!?」
「オバサンの差し金にしてはいい趣味してるじゃないの……でも、あんな旗印だったかしら?」
実年齢は3桁である。という事実はさておき、掴みは上々!
目を惹きつけたその瞬間から、すでにショータイムは始まっている。肩にかけていたロングジャケットを脱ぎ捨てて、ステージの上で旗印を掲げスーは叫ぶ。
「エンターテインメントは争いのための玩具じゃない! 自分に誇りをもって……自分の意志で紡ぐもの。幸せのためにあるものだよっ! だから……だからっ!」
こだわり抜かれたミニスカートの下には黒のハイソックスとの隙間から零れる絶対領域。
ステージを見上げる双方の部隊から「おぉ」と歓声があがる。
「教えてあげる。私から……世界の夜明けを示す踊りを!」
明けない夜はなく、暮れない朝もない。
苦難の日々を乗り越えるために、踊れ――世界を揺るがすほどの情熱を!!
――その日、人々は音を通してひとつになった。
何処からともなく現れた踊り手のリズムに合わせて楽器を打ち鳴らし、歌声を重ねてリズムをとって、
少女の掛け声に誘われながら、生まれて初めてダンスを知った。
「お前達、何をしているの? 今がチャンスです。早く敵を……!」
「諦めなよ、オバサン!」
突然の第三勢力に動揺する歌姫もまた、スーの踊りに全てを悟った。
「私達の負けだよ。ううん、負けとか勝ちとか、そういうのじゃない。あの娘のリズムが最っ高なの!」
それは、荒れた大地に咲いた一輪の花。天から受けた恩恵――ギフトの名は《供犠の徒花》でも、
この世界で誰よりも美しく、誰よりも命に満ちた、全ての視線をわが物にする一輪だった。
黄色のクロッカスの花言葉が"私を信じて"なら、金のクロッカスは"もっと私を信じて"だ。
痺れるほどの歓声の波に包まれて、スーのダンスは明け方まで続いたのだった。