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SS詳細

Santa Leganés hold 'em

登場人物一覧

シュテルン(p3p006791)
ブルースターは枯れ果てて
シュテルンの関係者
→ イラスト

 シカモア材の卓を覆うクラレットのラシャ布へ。
 裏面のカードが一枚、また一枚と滑るように配られる。
 トラッポラのカードはわざわざ練達から取り寄せた高級品だというが――指に伝わる独特のぬめり感もなく、そもそもひどく使い古されていた。
 第一ラシャ布とてあちこちに虫食いがあり、袖先とて触れていたいものではない。
(やれやれ……)
 カマル・フェンガリーはカードの粗悪さに内心毒づいたが、さりとて勝利の確信を揺らがせる要素は微塵もなかった。
「兄ちゃん、奢りだ。まあ一杯やんな」
「頂きます」
 ゴブレットになみなみと注がれた聖血(ぶどうしゅ)に口を付けるふりをしてから、カマルは作り物の笑みを貼り付け一つ礼を述べた。
 こんな粗悪な酒など飲む気になれない。

 この町サンタレガネスはフォン・ルーベルグとエストレージャ領の間を走る街道を外れた場所にある。
 なにぶん小さな都市だ。聖都の混乱は伝え聞いても、人々の営みがそう変わるものでもない。
 尾ひれの付いた噂話も聞かれるが、牧歌的な空気が消え去るほどではなかった。

 さて。サンタレガネスは田舎ではあるが町である。
 町は町であって、村ではない。宿もあれば市場もあった。
 そして田舎には田舎特有の荒々しさがあるというもので、カマルが滞在しているこの場所はいわゆる賭場なのだ。
 威圧的な風貌の男達、派手な身なりの女達の中で、貴公子然とした装いのカマルは大いに浮いている。

 踏み込んだときから感じる好奇の視線はぎらついており、どれも格好の獲物を見つけた猛獣めいていた。
 天義(このくに)に置いて、おおよそ賭け事などというものは不正義の象徴のようにも感じられるが、どうにも言葉や手法を変えて生き残っているらしい。
 物は言い様、嘘も方便。賭け金の行方は喜捨と施しとに分かたれ、無関係を装うチャペルを経由してやり取りされている。それがこの町の流儀であるのだろう。

 ゲームの運びは典型的なものであった。
 始めに大きく一勝したカマルは、その後勝ち負けを繰り返したが、当初の持ち金はじわりじわりと減っている。
 トラッポラに続き様々な遊戯が選ばれ、今はポーカーとなっていた。
 それでもカマルは食いつくように戦い続け、荒くれ達は代わる代わる上機嫌に相手を続けている。

「兄ちゃん、そろそろやめときな」
 下卑た笑いが響く。
「ここは兄ちゃんみてえな坊ちゃんが来る所じゃねえんだよ」
 安易な挑発だ。最後までむしり取ろうという魂胆が丸見えであるが、カマルは構わず一枚の貨幣を取り出す。
「これでもう一戦、お願い出来ますか?」
 古いが見事な意匠の金貨だ。それもかなり大きい。
 ごとりという重い音にどよめきが走った。

「なんだなんだ!?」
「兄ちゃん、男じゃねえか!」
 喝采が沸き上がる中、荒くれの一人が進み出る。
「いいぜ。おいてめえら、有り金全部貸しやがれ」
 みるみるうちに、卓に多量の銅貨が積み上がる。中にはカマルが幾度か賭けた銀貨も混じっていた。
「足りねえか?」
「結構ですよ」
 男は全身が泡立つほどの興奮を抑えながら、舌なめずりをする。
「後悔すんじゃねえぞ」
「お手柔らかに」
 カモだ。
 全ての男達が、そう確信した。

 そして――
 今。蒼白を通り越し、土気色の表情となった男が天井を見つめていた。
「ま。勝負は勝負って事だろうさ」
 腕を組み見物していたオーナーが冷たく言い放つ。
「おい聞いてんのか、ドビウスさんよ!」
 ドビウスは賭場の常連であったが、出身は遠い村である。聖都で一旗あげるためにやってきたのだが、結局はこの町に居着いた。
 賭け事には滅法強く、腕っ節もある。周囲から一目は置かれていたが、同時にその強引さがやっかまれても居た。
 この賭場で有り金を奪われた者も多かった訳である。
「どうしてくれんだ!」
「返すんだろうな!?」
「お、お、おれ、おれ、は……」
「ドビウス!」
 荒くれ達はドビウスを取り囲み、小突き始めた。

 そんな中で。
「皆さんにはお世話になりました」
 カマルは突如、周囲の荒くれ達に礼を伝えた。
「あん?」
 カマルはまず勝ち取った貨幣の山から、ひと掴みだけを革袋に収める。
 それから残る山を卓の向こう側に押し出した。
「今日は私の奢りということで、いかがでしょう?」
 賭場に喝采が沸き起こる。

 ――仕掛けは簡単なことだ。
 初心者のように振る舞ったのだ。

 初めの一勝はもらい物なのだが、それを実力と勘違いしたビギナーは次々に金を賭けていくものだ。
 賭場の荒くれ達はカマルを獲物と定め、たまに勝たせながらも金を毟り取っていく。その策略全てにカマルはあえて乗ってやった。
 彼らの狙いはカモだと思わせ最後に全てを奪う、典型的なスロープレイだ。
 だがそれはカマルにとっても同じ事。彼はもう一歩引いた場所から見ていた訳である。
 カマルが狙いを付けたドビウスは、イントネーションが違っていた。そこから出身地が違うと分かる。
 賭け事には自信がありそうで、何度も勝っている。そんな時に周囲はドビウスへと一瞬だけ昏い視線を投げるのだ。
 周囲となじんでいるようで少しだけ距離を置かれていた。そんな所に目を付けたのである。

 無論だがカマルが掴み出した金の中には、山の中の銀貨ほとんどが含まれている。大幅な黒字だ。
 当然この程度の金が欲しかった訳でもないのだが。
 荒くれの視線は皆ドビウスに集中しており、手を加えるのは容易だった。
 残った山は端金ではあるのだが、あの程度の酒を賭場の者達が飲み尽くしたとしても十分に釣りは来るであろう。問題はあるまい。

「おいテメエ!」
 ドビウスが周囲を押しのけ、カマルに詰め寄った。
「何のご用でしょうか」
 あえて眉をしかめてみせる。
 いかにも殊勝げな物言いは、けれど相手を尚更に逆上させただけだった。
「イカサマだ!」
 それは『お互い様』ではあったが、悟らせるようなヘマはしていない。単なる言いがかりだ。
「外に出ましょうか」
 そこで冷たく言ってやる。
「気取りやがって!」
 喚く男に背を向け、カマルは外へ向かった。
 そろそろ暑くなってきた所だった。
「いいんじゃねえの?」
「ドビウス、はやく行ってやれよ」
「美人のお誘いだぞドビウス、男にしてもらえや!」
 下卑た笑いが室内を揺らす。荒くれ達に囃子立てられ、ドビウスの顔がどす黒く染まった。
「クソが! 小僧テメエ後悔させてやる!」

 ドビウスは短剣を抜き放つと、カマルの背に向けて走り出す。
 荒くれ達の笑いが止んだ。
 さすがにまずいと感じたのだろうが、遅い。

 至近に迫る巨体。
 避けようもない。
 カマルが振り返り――だがドビウスは突如盛大に転んだ。
「もうよろしいので?」
 ひっかけてやった足を引き慇懃に煽る。
「野郎!」
 飛び起きるドビウスにカマルは再び足をかけると、男は鼻先を石にぶつけて喚き出す。
 投げ飛ばすことも出来たが、脂ぎった薄汚い袖になど触れたくもなかったのだ。剣など抜くまでもない。
 ドビウスは四度程転んだ後、とうとう起き上がらなくなった。大の男の泣く声が聞こえる。
 あまりに一方的すぎる実力の差に、周囲の荒くれ達は息を呑むことしか出来ていなかった。
「ダッセ」
「帰ろうぜ。強えな兄ちゃん、気をつけて帰んな」
「感謝します。しかしお構いなく」
 追撃は荒くれ達に任せ、カマルは馬に乗る。
 下らぬ事にずいぶん時間を使ってしまったが、数日後には聖都へと戻らねばならない。

 ドビウスは小金と腕力だけが取り柄の男だった筈だ。
 ただの八つ当たりで、その小さな尊厳全てを奪ってやった。
 カマルはこの日めずらしく気が落ち着かなかったのである。

 なぜか――
 いくらか前の事になるが、聖都に月光人形事件が起こり始めた。
 騎士団長としてカマルが仕える天義名門エストレージャ家は裏に様々などす黒い問題を抱える一族だが、少なくともレオパルを信奉しており当然そちら側(レオパル派)である。
 僅かながら兵力を引き連れローレットと共闘する事になった訳だが。作戦立案中に彼はシュテルン――エストレージャの姫君の存在に気がついた。
 エストレージャ家を手に入れようと画策しているカマルは、以前から彼女を手に入れる構想を立てており、聖都の混乱は絶好の機会と思われたのだ。
 そこで彼は盗賊を間接的な手口で雇い、現場を襲撃させる計画をねじ込んだ。

 戦いの最中。
 かつて踏み台にした貴族の娘が月光人形となって現れたことはどうでも良い。
 本物の枢機卿が現れたことには、さしものカマルも肝を冷やしたが。
 しかし何より問題だったのは、あの忌まわしい声だ。
 枢機卿ではなく月光人形から響いてきた、あのおぞましい声。

『カマル・フェンガリー。
 手にしなさい。
 あなたが望む物を。今――ここで――すぐに――――』

 あの声。原罪の呼び声。
 角の少女に引き戻されたのは、その瞬間の事だった。
 決して。或いはこれは自惚れなのかも知れないが。彼女の声がなかったとして、即座に堕とされたとは思わない。
 だがあそこで引き戻されなければ、おそらく――次に。また次に。例えばあの戦いで敗北を感じた瞬間、或いは近く訪れそうな機会に耐え切れたとも思えない。
 自信家のカマルにしては珍しく、そんな風に考えていた。

 そもそもカマルはシュテルンをその手で直接的に攫おうとは思っていない。
 たとえば自作自演の舞台を整えた上での救出、他には今回のようになんらかの事態に巻き込ませる形で実行しようと狙っている。
 彼が欲しいのはシュテルンという個人ではなく、あくまでシュテルンの後ろにあるエストレージャ家であり、平たく言ってしまえば金と権力なのである。
 シュテルンと婚姻し当主バーロンには退場して貰う。そういったやり方が理想なのだ。
 だがそこへ、シュテルンを無理矢理攫いアストリア枢機卿の手を取るという第三の選択が現れたのだとしたら――
 闘争を契機に上り詰めるなら最終勝者の側となるべきであり、エストレージャが属するレオパル派よりもアストリアとアブレウのラインが有力なのであれば、彼は飼い主の乗り換えも検討しなければならなかった。
 時代が動く瞬間。その激動というものは世の中には確かに存在する。それをつかみ取り乗りこなせぬようでは大貴族など務まらない。
 そうでなければ一介の騎士団長――他者が幾ら望もうとも手に入れることさえ出来ぬ地位を彼は一介と呼んだが――そこまでで終わりだ。
 法王となったアストリアの元にバーロンを始末し、シュテルンと結ばれる。そうなればエストレージャは己の物なのだ。
 星(エストレージャ)から星(アストリア)へ。かつて旅人から『星間飛行』等と言う異世界の夢物語を聞かされた話を思い出し、多少皮肉気な心境にもなる。
 あの時彼は、その空虚な夢を危うく信じそうになったのである。

 だからイレギュラーズとの共闘という幸運に恵まれて良かったのだろう。
 それまでカマルはイレギュラーズを明確に敵だと見なしていたが、少なくとも魔種との戦いにおいては協力した方が良いと思える。
 尤もなぜか己の心中を見抜いているとも思えるシュテルンの態度から見て、彼女にもその友人達にも信用はされないのであろうが。
 そこばかりは甘んじて受け入れるしかない。ゲームは最後に勝てば良いのだ。彼はカードを嗜む中で、そう考えるようになっていた。

 今回の件で彼が十名もの騎士を失ったことは明確な失態である。
 しかしカマルは先日の報告で、かのバーロン・エストレージャに赦されていた。
 責は魔種発見の功績、及びレオパルの信任厚いイレギュラーズ一行の無事を以て相殺とされている。
 最悪のケースではシュテルンの存在をカードにすることも考えては居たが、そうする必要もなかった。
 老獪なバーロンから見ればカマルはおそらくコマの一つでしかないのだろう。何せ剣の腕前と統率の実力は確かなのだ。未だ利用価値もあろう。
 カマル自身にも、それだけのものを積み上げてきた自負はあった。
 それならばそれで、カマルにとっては都合も良かった。

 聖都に残る手勢と共に、再びローレットと共闘する。
 次の布石は信頼を勝ち得る手番だと言えよう。

 ともあれカマルは馬を走らせ続けている。
 報告によれば、聖都で為さねばならぬ事は山積みであろうから。

 街道の向こう側。森の彼方に細い三日月が沈もうとしていた。

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