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Soul clap its hands and sings.
登場人物一覧
●Consume my heart away.
焦がれて暑き七月のアスファルトに、乾涸びかけた
突き刺すかの様な陽射しに耐えきれずに今度は空を仰げば、もくもくと膨らんだソフトクリームみたいな入道雲が良く似合う快晴だった。そんな空模様に比例して心に立ち込めたる暗雲の凄まじさと言ったら此の上なく、思い返せば
眩しい位に真っ青な空は夏の良い所の一つだと好ましさすら感じるが、けれど、如何せん人間に取って『青春時代』が其の後の人格を形成するに能って大きな影響を与えるのは確かであり、其の部分が厭な想い出ばかりともなれば言わずもがな疎ましい物になっても仕方が無いなと、
何云ってるんだ、そりゃ誰だって可愛い女の子とお喋りしたいに決まっている、暑いストーブと比べられても――と高らかに聲を上げたくなるのは置いておいて、要は其の例文を『可愛い女の子』を『寒色』に、『暑いストーブの前』を『暖色』に置き換えると判る。
寒色――青色は『実際の時間より短く感じさせる効果がある』。其れを利用して、仕事場なんて誰しもが厭な場所に用いる事で時間を短く感じさせストレス軽減に! なあんて話があるらしい。成る程、あくまでだが。《俺》に取って
額から滲み出た汗が頬を伝い落ちて、黒いTシャツに滲みを作った。『青』の起源を辿れば、『
「あーあ、最近少し退屈だな」
曲がりなりにも
「嗚呼、そうだ、そういえば、」
【次は、渋谷、渋谷――……】
「ハンスさん、ハンスさん! お休みのところごめんね!」
複雑怪奇に改革を続ける其の街は、今日も何処かで工事の音がする。技術の急成長の結果、淘汰される寸前のレンタルショップや本屋が入り組む十一階、最近出来た許りのコワーキングスペースは其処迄神経質な人種は居らず程々のお喋りにも丁度いい。
「なぁに、眞田さん。急に呼び出して来たと思ったら」
「折り入ってお願いがあるんだけど、嗚呼因みに今日は奢りだから! アルコールプラン付き!」
顎に手を当てる仕草は何処か艶があるハンスが押し黙って、其れから漸く目線を合わせ『取り敢えず、聴きましょうか?』と続きを促した。渋谷を一望出来る二人席、隣人が気が逸っている様子を見て、絶賛休養中の彼としては
「音楽フェスに一緒に出て欲しいんだ! ええっとね、音楽フェスって云うのは――……」
「待って、ひょっとして『貸し』を使う心算?」
「うん、何ならもう申し込み済み」
「わお」
焼酎のシャーベットを齧る音だけが、いじらしく二人の間を満たす。『音楽フェスってあれでしょう』と遠く見上げる空には一番星が輝いていて、『あれですね』と頷く階下では居酒屋のキャッチが忙しなく歩き回っている。
「そういうのって『出たいです!』って云って出れるものなんだぁ……?」
「いや、少なくとも『俺が居た日本』じゃあ、プロのアーティストだったんだけどね」
――青い空、熱狂、止まない音、聲、歌。これが昔からずっと好きだったんだ、とそうも輝いた眸で友達が語ったら、貸し借りなんて無くても
「本当に!? 此れお揃いのサコッシュ! あと、タイテ送るね、ロック画面にすると時短になるよ!」
「うわあ、矢鱈と準備周到じゃないですか」
「うん、フェスコーデの女の子ってかなり可愛いよ、ストーブの前で我慢するより女の子と喋りたいもの」
「え、ごめんなさい、何の話?!」
【次は――……】
空は青々と盛る夏旱。燦々とした輝きの上を、微風が搖っていて、欲情にきらきら光る汗を撒き散らして大衆が身を宛り、跳ね、拳を突き上げ湧いている。此れならレインコートは要らなかったかなあ、と
踊るドリンクホルダーに
回るミラーボールの替わりに皮膚を焦がす高い太陽の下、シンプルな舞台で小細工の利かない野外ライヴは何だか何時もよりも人との距離を近くに感じさせる。鍔の広い帽子の下で汗を掻いても崩れない女の子達のメイクは啻ならぬ努力の結晶である事が窺えたし、少しだけぼやけた目尻のアイラインは却って垢抜けた印象すら抱く。男達が、普段なら通り過ぎる様な素知らぬ他人と肩を組んで大きくむさ苦しくも燥ぎ立てて、タオルが絞れるのではないかという位に汗を掻いた子供が大人顔負けの発音で奏者と一緒に口遊む様などは見ていて驚かさせられる。誰ひとりとして除け者は居ない、差別も垣根も無い、均等にスポットライトが当てられているかの様な感覚。
そんな最中で、高く振る腕に飾られたリストバンド――『出演者』を示す青色が、凄く誇らしくて、今日は好ましくすら思うのだ。
「凄い、凄いねえ」
仄かに上気した顔のハンスの呟きが、鮮明に、明瞭に耳を擽って、其れだけで最初こそ無理矢理にだったが誘った甲斐があったし、此れが
「でしょ? でしょう!! 其れじゃ、軀も良い感じに解れた所でスタンバイと行きますか」
――其の日の事を、多分忘れる事は中々無いんじゃないかって想う。
見上げていた時には、唯、憧れだけがあった。そんな舞台はいざ立ってみれば見晴らしはそう良くなくて、『近さ』に足が竦んだのも。緊張で手汗が酷くて、何度も首に掛けたタオルで拭ったのも、何時ものアコースティック・ギターがヤケに重たく思ったのも。最初の挨拶で聲が震えたのも。
どっどっど、と心臓が煩い位高鳴って、弦を爪弾く指の動きが緩慢に感じて、口を開いて――其の後の事は余り覚えていない。
暑さで如何にかなってしまった様に、叩かれる手の音に合わせてリズミカルに視界がちかちかと明滅して、何とか喰らい付いた先にあったのは、眩しい、眩しい、太陽みたいな
気持ち程度に用意された控室の、錆びついたパイプ椅子が体重を掛けるとギィ、と音を立てる。垂らされた剥き出しの電球に掌を翳して、握って開いての繰り返し。
「もう、何時迄そうしてるんですか、眞田さんったら」
歓声で我に還る迄の束の間で。彼が捉えたのは、確かに幸せの青い鳥だった様に想う。
「だってさ、ハンスさん、俺、凄く愉しかったんだもの。だから」
「うん」
「だから、ありがと」
「ふふ、どう致しまして!」